ジュウゾウが宙を舞った。
比喩でもなんでもなく、小吉が無造作に放った右拳を腹に受けて、あたしと敵の上を飛んでいった。
それを飽きれと驚きがない交ぜになった気持ちで見ていたら……。
「ナナさん。沖田君を介抱しててくれないかい?」
「で、でも……」
ジュウゾウの方へ行けと言われた。
たしかにジュウゾウは、かなり危ない落ち方をしたわ。
でも、頭から落ちないように最低限の受け身は取ってた。
だから、動けなくても命の心配はない。
なのに最も危険な小吉が、最後の守りであるあたしを遠ざけようとしているのが理解できない。
「さっきのを見ただろう?僕は勝算があるから、僕が相手をすると言ったんだ」
勝算なんてない。
小吉がアイツと戦えば、十秒ともたずに殺される。
でも、あたしならアイツを殺せる。
通常のあたしの速度でもアイツは反応しきれてなかったんだから、韋駄天を使えば確実に首を取れる。
それは小吉もわかってるはず。
なのに、小吉は自分が相手をすると言った。
あたしより弱いのに。
龍見姉妹より弱いのに。
ジュウゾウよりも弱いのに、小吉は戦うと言った。
勝算まであると言った。
あたしとしては受け入れがたいけど、きっと小吉はあたしの言うことを聞いてくれない。
だったら……。
「本当に、大丈夫なんじゃね?」
「うん。だから、行って。彼も、手は出さないから」
念押しだけして、あたしはジュウゾウの方へ行こうとした。
でも、何か言わないと気が収まらない。
だから……。
「これ、報酬は別にもらうけぇね」
「わかった。何が良いか、僕が彼を倒すのを見ながら考えといて」
欲しくもない報酬を要求してから、小吉の傍を離れた。
途中、敵とすれ違ったけど、小吉が言った通り邪魔はしなかった。
あたしには目もくれず、ずぅ~っと小吉を見てたわ。
「ねえ、ジュウゾウは小吉の
「い、いいや、知らなかった」
でしょうね。
もし知っていたら、ジュウゾウほどの手練れがアレを食らう訳がない。
「七郎次、俺のことはいいから、油屋大将に加勢してくれ」
「無理じゃね。あの間にゃあ入れん」
いや、入っちゃ駄目なの。
端から見ると、あたしがジュウゾウのそばに着くなり始まったアレは、交代に殴りあってるだけにしか見えない。
でもあれは、ただの殴り合いじゃない。
だってただの殴り合いなら、小吉は最初の一発を撃つ前に倒されてる。
なのに小吉は敵に拳を放って、当てている。
それは異常。
確かに、小吉の右拳の威力は凄い。
岩に放てば難なく割るでしょうし、人に放てば胴体に風穴が空くでしょう。
でもそれは、当てられるだけの技量が有ればの話。
ジュウゾウを殴り飛ばした時みたいに不意を突いたり、あの敵のように微動だにしない限り、心得がある者に小吉の拳は決して当たらないわ。
だから、あの殴り合いに割って入っちゃ駄目なの。
アレはきっと、二人の男の意地の張り合いなんだから。
「良いぞ!凄く良い!もっと本気で殴れ!俺を殺す気で殴れ!貴殿の本気は、そんなモノじゃないはずだ!」
いやいや、相手が普通の人なら、最初の一発が入った時点で即死してる。
それほど、小吉の右拳は強力なの。
なのにアンタ、何発食らった?
軽く十発は食らってるはずなのに、むしろ食らうたびに元気になってない?
「さあ!どうされた!次は貴殿の番ですぞ!」
「元気だなぁ君は。肋骨は粉々だし、臓器もいくつか破裂してるだろう?それで死なないなんて、さすがは不死身の分隊長だね」
あと一合で決まる。
そう感じるほど、二人の思考と体力は最終段階に移ってる。
「一つ、我儘を言っても良いかい?」
「お仲間のことですかな?心配なさらずとも、お仲間に手を出す気は……」
「違う。彼女たちは僕よりはるかに強いんだから、君にどうこうされる心配はしていない」
「では、我儘とは?」
「最後は、同時に撃たないかい?だって君、手加減してるだろう?本気なら最初の一撃で僕を殺せていただろうに、君は僕が倒れないよう、ギリギリのところで手を抜いている。だから、最後くらい本気で殴れ。僕も正真正銘、全力で君を殴る」
「……三度目の失礼、誠に申し訳ない。自分は貴殿を侮っていた。見誤っていた。貴殿は、初めから全力で相手をすべき人だった」
二人の間の空間が、歪んでるように見える。
敵は典型的な正拳中段突きの構え。
対する小吉は、自然すぎて不自然さを感じる自然体。
「……勝って」
小吉を見てたあたしは、何故かそう言ってた。
小吉は満身創痍。
次の一撃を躱されるなりすれば、小吉の負けは確定する。
それはつまり、小吉が死ぬってこと。
なのにあたしは、それでも二人の間に割って入ろうとしない。
何だかんだで小吉が弱らせた敵の首を、今なら簡単に跳ねられるのにそうする気になれない。
何故かあたしは、安心しているの。
それはどうして?
小吉の阿保さ加減に呆れきったから?
それとも、小吉を信じているから?
その答えが出せないまま、あたしは叫んでいた。
自分が出したとは思えないほどの大声で、全身の力を絞り尽くしたような大声であたしは小吉に向けて……。
「勝って!小吉ぃぃぃぃ!」
と、叫んでいた。