夢を、見ている気がする
だって身体の感覚がない。
それにあたしは、配置はヨコチンで見た執務室と同じだけど、全体的古くなった家具が置かれた部屋で、見覚えのないお爺さんがウキウキしながらウロウロしているのを上から見てる。
そうこうしていたら、髪の長い女が男と女の子を連れてきた。
男は、どれだけ暑くても小吉が頑なに着続ける白い服装。腰には見覚えのある日本刀を帯びてるせいか、懐かしい感じがする。
女の子は、女と似てる気がするわね。
もしかしたら、この男との子供なのかもしれないわ。
「久しぶりだねーーー君。元気そうで何よりだ」
あ、声を聞いたら、お爺さんが誰なのかがわかった。
声はしわがれてるし、頭は禿げ上がって代わりに髭がフサフサになってるけど、このお爺さんは小吉だ。
お爺さんになった小吉だわ。
「元帥殿は今にも死にそうですね。そろそろ、棺桶を注文した方がよろしいのでは?」
「相変わらず口が悪いね君は。まあ、そこが気に入ってるんだけど」
へえ、小吉って逆立ちオジサンと同じゲンスイになったんだ。
じゃあ、海軍で一番偉いのよね?
なのにこの子は、小吉に悪態をついた……ん?あたし今、この子って言った?
「ーーちゃんは真似しちゃダメよ。絶対に」
「まあ、二人とも座りなさい。ーー君、お茶をお願いしていいかな?」
「わかりました」
「粗末な部屋で申し訳ない。別にちゃんとした部屋はあるんだけど、僕はこっちの方が落ち着くんだ」
「構いませんよ。私も、こちらの方が性に合ってますので」
男と女の子が席に着くと、テーブルを挟んだ反対側に小吉が座った。
でも、女の子は落ち着きがなくなったわね。
男をチラ見しては、コロコロと表情を変えてる。
あたしもこの子くらい表情が豊かなら、もっと小吉と仲良くなれるのかしら。
「それで、私はどのような用件で呼び出されたんですか?まさか、世間話をするためじゃありませんよね?」
「だいたい合っているよ。世間話と言うよりは、昔話と言った方がいいかもしれない……。いや、懺悔か?」
「あなたが暇つぶしでそんな事をするとは思えない。今度の作戦に、必要な事なんでしょう?」
「作戦には直接関係ないよ。だけど、君には知っておいて欲しかったんだ」
「ふむ……。なぜ私なのかはわかりませんが、そう仰るなら、聞きたくないとは言えないですね」
「お嬢さん、君も聞いてくれないか?いや、むしろ君のような若者にこそ、聞いて貰いたい」
「は、はぁ……」
どうやら、小吉は作戦のためにこの子たちを呼んだようね。
でも、その席にどうして子供が?
「じゃあ、始めようか。と言っても、質問から始まってしまうんだけど……」
それから先の話は、小吉が言った通り懺悔に聞こえた。
小吉が歴史を変えた話に始まり、
もし小吉たちが歴史を変えなかったら、日本は悲惨なことになっていた話を聞いたときは、あたしでさえ空恐ろしい気持ちになった。
「元帥殿、一つ伺ってもよろしいですか?」
その言葉を皮切りに、男の殺気が膨らみ始めた。
でも、制御してるっぽいわね。
膨れ上がる殺気を胸の内に押し込めて、溜め込んでいるようにも感じる。
これ、もしかしなくても暮石流呪殺法?
じゃあこの子は、あたしか兄様の子孫ってこと?
「このクソジジイ!なんて余計なことを!」
あたしが男の素性を詮索している間に、男が小吉の胸ぐらを掴み上げて右拳を振り上げていた。
女の子が必死に止めてるけど、爆発してしまった感情に流されて拳を下げることができないみたい。
「いいんだよお嬢さん。ーー君も、銃を下ろしなさい」
「ですが閣下。これは処罰されても、文句は言えないと思います」
「いいんだ。僕は、彼に殺されてもいい覚悟でこの話をしている。それに君なら、上手く隠蔽できるだろ?」
後ろに控えていた女は、止める気が無さそうね。
でも、撃つ気はないらしい。
いえむしろ、撃たないで済む口実ができるのを待ってるみたいだわ。
「し、司令官……その、とにかくここは一旦落ち着いてください。でないと、その……」
「チッ……」
女の子に諌められて、男はようやく拳をおろした。
女もホッとしたように拳銃をしまった。
小吉も、何か罰を与えるつもりは無さそうね。
「君の怒りはもっともだ。僕達が余計な事をしなければ、君の妻子や部下は死なずに済んだかもしれないのだからね」
ふむ、つまり小吉たちが歴史を変えたせいで、あたしか兄様の子孫は妻子を失う羽目になったのか。
でも変ね。
男が本当に暮石の末裔なんなら、「じゃあ次を探して作ろう」って感じで感情を切り替えそうなものだけど……あ、考えてる間に、話が進んだっぽい。
「私は今も昔も現場主義なんでね。元帥なんて面倒な仕事は、他の奴にやらせてください」
「欲がないね君は。いや、君の家系は欲が無さすぎる。君のお婆さんにあたる人を使った事があるけど、彼女も欲が無かったなぁ。彼女自身が提示した報酬以外は、「いらん」とバッサリだったよ」
んん?
欲が無さすぎる家系って、もしかしてうちのこと?
じゃあ、小吉が使った、この男のお婆さんってあたし?
と、言うことは、この男はあたしの孫なの!?
そうとわかったら、なんだかこの男……この子が可愛く思えてきたわ。
顔立ちも、どことなく小吉に似てる気がする。
鼻の形なんて、小吉そっくりじゃない。
「まさか、妾になれとでも言いましたか?」
「妾じゃなくて本妻だけど……。聞いていたのかい?」
「婆様の代は親父の代と違って、海軍がうちのお得意様だったとは知っていましたからカマをかけただけです。が、まさか婆様に手を出そうとしていたとは……」
なるほどなるほど。
つまり、あたしと小吉の子供は男の子か。
名前はなんてつけたんだろう。
あたしの次だから○八郎か八郎○?
だとしたら、この子は○九郎か九郎○ってことに……。
「……一応言っておくけど、手を出したことはないからね?」
「当たり前だクソジジイ。あなたと血が繋がってる可能性があるだなんて、考えただけでゾッとしますよ」
待って待って待って。
と、言うことは、あたしと小吉は結婚しなかったの?
じゃあ、あたしは誰と子供を作ったの?
少なくとも今のあたしは、小吉としか結婚する気がないのに……。
「綺麗な人だったなぁ……。例えるなら古刀か。人を殺すことだけのために生み出されたのに、美術品のようにきらびやかで美しかった。君の瞳は、そんな彼女にソックリだよ」
も、もうっ!
孫の前であたしを誉めちぎらないでよ!
恥ずかしいでしょ!
いや、嬉しいのよ?
あたしを思い出したのか、うっとりした表情で誉めてもらえて嬉しいの。
どれくらい嬉しいかと言うと、抱きついて頬に口づけした後に禿げ上がった頭を撫でまわしてあげたいくらい嬉しいわ……とか思っている内に、また話が進んだみたい。
「あ、ーー君。ちょっとお嬢さんの横に座ってみてくれるかい?そう、そこに」
「はぁ、構いませんけど……」
「うん、思った通りだ。まるで、夫婦とその子供みたいだよ」
ふむ、確かにそう見えなくもない。
孫が小吉と同じ格好をしてて、女があたしのと同じ長い黒髪だからそう見えるのかしら。
女の子が不満そうなのが気にはなるけど、小吉が言った通り夫婦とその子供だわ。
「いいねぇ。まるで、孫夫婦が曾孫を連れて遊びに来たようだ」
「おいクソジジイ。やっぱり婆様に手を出したのか?爺様は托卵されたのか!?」
しみじみとそう言った小吉に、孫が腰を浮かせて詰め寄ろうとしている。
でも、何かする気はなさそう。
そして仲良さげに言い合いを続ける孫と女を眺めながら、小吉は……。
「こんな日が、ずっと続けばいいのに……」
と、ボソッと言って目を細めた。
でもあたしの目蓋は、小吉とは逆で開いていったわ。
「……あ、あたし、寝ちょった?」
「うん、気持ち良さそうに寝ていたよ」
霞がかかったようにハッキリしない頭で声がした方を見ると、ベッドで上半身だけ起こした小吉と目があった。
そっか、あたしは入院した小吉の護衛をしてて、いつの間にか寝ちゃったんだ。
「良い夢、見れた?」
「うん。良い夢じゃったよ。でも……」
知りたくなかったことも、知った気がする。
内容はもう思い出せないけど、思い出せないことにホッとしているあたしがいるわ。
あ、でも、覚えてることもある。
「小吉ってね、将来ハゲるよ」
「そっか。それは良い夢……じゃなくない!?僕って将来ハゲちゃうの!?こんなにフサフサなのに!」
「うん。一本もなかった。でも安心しぃ。髭はフサフサじゃったよ」
「それのどこを安心しろと!?」
「安心できん?どっか長老っぽぉて、あたしは嫌いじゃないよ?」
と、慰めてあげたのに、小吉はベッドの上で頭と膝を抱えてしまった。
別に髪の毛くらい良いじゃない。
と、あたしは思うんだけど、男からすると落ち込むくらいの問題なのね。
「ふふふふ♪」
「楽しそうだね。そんなに、僕のハゲ頭が面白かったの?」
「あ、ごめん。そうじゃなくて……」
この国の未来を良いモノにしようと奔走している小吉が、ハゲると知っただけで落ち込むのがおかしかったの。
弱いのに、どんな相手にでも正面から立ち向かう小吉が、髪の毛がなくなるって知っただけで泣きそうな顔になったのが、たまらなく愛おしく感じたの。
感情を表に出せなくて、世の大半のことに興味がなかったあたしを変えたあたしだけの英雄の、知らなかった一面が知れて幸せな気分になったのよ。
でも、小吉はそうじゃなかったみたい。
小吉は恨めしそうな顔であたしを見て……。
「責任、取ってね」
と、言ったわ。
そして、あたしはこう返した。
最近できるようになった、満面の笑顔を作って……。
「しょうがないねぇ。ハゲたら、あたしが毎朝磨いちゃげる」
と、返してやったわ。