愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第六十一話 裏切り(表)

 

 

 

 ナナさんと出会ってもうすぐ一年。

 この一年は濃かったなぁ。

 下手をすると、戦争に参加していた頃より濃かったかも知れない。

 特に、女性関係は僕の人生で初の出来事ばかりだった。

 ナナさんとは両想いになれたし、地華君に好きだと言ってもらえた。

 きっと前世の三回と今世の三回、さらに来世の分まで使っちゃったと思う。

 もっとも、その幸せの反動なのか、僕は自宅の居間で歌ちゃん、龍見姉妹、そして沖田君に囲まれて説教をされている。

 

 「なるほど。私が実家に帰っている間に、そんな事になっていたんですね」

 「そうだけど……。歌ちゃん、怒ってる?」

 「怒る? 私が? どうして、小吉お兄ちゃんが両手に花状態になったからって怒らないといけないの?」

 「そ、それは……」

 

 そうなんだけど、僕の対面に正座して額に青筋を浮かべてる様を見るに、怒ってるとしか思えないんだけど?

 いや、笑顔なんだよ?

 歌ちゃんは花が咲いたような笑顔なんだけど、額に浮いてる青筋がその笑顔を怒り顔に変えてるんだ。

 

 「沖田さん。私、帰省する前にお願いしましたよね? もし、万が一小吉お兄ちゃんとナナがくっついたら、行くとこまで行くよう手を回してくださいって」

 「え、ええ。確かにお願いされました……」

 「なのに、これはどういう事ですか? ナナにも聞きましたけど、全く手を出してないそうじゃないですか。それどころか、好きあってる癖に交際している訳でもないときた。小吉お兄ちゃんは意気地無しなんですから、経験豊富な沖田さんが背中を押してあげなきゃ駄目でしょ」

 「か、返す言葉もございません……」

 

 え?

 沖田君って、そんなお願いをされてたの?

 そりゃあ、僕は歌ちゃんが言ったとおり意気地無しだから、誰かにお節介を焼いてもらわなきゃナナさんとの仲は一向に進展しないだろうよ?

 実際、ホテルで二人きりになった時は怒らせてしまって何もできずじまいだったしね。

 

 「で? 小吉お兄ちゃんは、これからどう動くつもりなんですか?」

 「いや、特に何かする気は……」

 「まさかのノープラン!小吉お兄ちゃんとナナって、ハッキリと交際宣言したわけじゃないんでしょ? だったらしなさいよ! みんなの前で堂々と、「僕とナナさんは結婚を前提にお付き合いしてます」くらい、言えるようになりなさいよ!」

 「ちょ、歌ちゃん、落ちつい……」

 「てられるか!せっかく断腸の思いで身を引いたのに、お兄ちゃんとナナがそんなんじゃあ諦めた私がバカみたいじゃない!」

 

 歌ちゃんが何を諦めたのかはともかく、ナナさんとの関係をハッキリさせとくのは大切なことだ。

 それは嫌というほどわかる。

 でもなぁ……。

 今さら何を言えば良いのかわからないんだよね。

 二人きりになった時に「僕たちって、付き合ってるんだよね?」とでも聞けば良いの?

 

 「せっかくオレが場所まで段取ってやったのに、結局何もヤらずじまいだもんな。そりゃあ、歌も怒るぜ?」

 「いやぁ……面目無い」

 「まあまあ、小吉様の貞操が守られたと思えば、そこまで残念でもないでしょう?」

 

 僕の場合は守り過ぎてるけどね。

 と、言ったらやぶ蛇になりそうだからやめておこう。

 

 「油屋大将。わたくしも、そろそろハッキリとさせた方が良いと思います。いっそ、交際などと言うまどろっこしい真似はせず、籍を入れたらどうですか?」

 「いやいや、それはさすがに性急すぎじゃ……」

 

 だって、僕とナナさんは出会ってから一年も経ってないんだよ?

 なのに、いきなり結婚は急ぎすぎだ。

 この時代だと、会った次の日に結婚することもあるそうだけど、平成の価値観を持ってる僕からしたらスピード結婚っぽくて抵抗感があるんだけど……。

 

 「そうでもねぇと思うぜ? なあ? 姉ちゃん」

 「ええ、遅いくらいです」

 

 昭和の人たちからしたら、そうでもないらしい。

 まあこの時代は、女性は行き遅れると世間体が悪いから、平成の世以上に気にしてるからかもしれない。

 

 「いっそ四進殿に来ていただいて、七郎次への好意や情欲以外の感情を食ってもらってはどうでしょう」

 「そりゃあ良い考えだ。沖田の旦那も、たまには良いこと言うじゃねぇか」

 「ですが、四進さんは京都の知り合いの家で療養中でしょう?怪我が完治するまでは、難しいのでは?」

 

 ついには、とんでもないことを言い出したな。

 四進君に僕の感情を食べさせる?

 たしかにそうすれば、さしもの僕も猿になってナナさんに襲いかかるだろうけど、いくら好きな相手でも、いきなり襲われたら条件反射で攻撃しちゃうんじゃないかな。

 それに……。

 

 「そこまで人の手を借りるのは、ズルい気がする」

 「でも、小吉お兄ちゃん。このままズルズルと今の関係を引き伸ばすのは、それはそれでズルいんじゃない?」

 「それは……そうなんだけど」

 

 なんだか、後ろめたいんだ。

 仮に、四進君の手を借りて半ば本能のままに結婚を申し込んだり、肉体関係になったとしても、それは嘘偽りない僕の想いによる行動だ。 

 でもそれは、僕自信が理性などと折り合いをつけた上でしなきゃいけないことだと思うんだ。

 

 「みんなが心配してくれる気持ちもわかる。でも今は、もう少しだけ時間をくれないか?」

 「具体的に、どれくらい?」

 「年が変わるまで。それまでには、答えを出すよ」

 

 僕がそう答えると、みんな一応は納得してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。

 それで僕もホッとしたんだけど……。

 

 「何だ、これ……」

 

 急に、何の前触れもなく、僕の体を悪寒が包み込んだ。

 寒いわけじゃないのに体が震える。

 怖いわけじゃないのに、歯の根が合わない。

 それは僕だけじゃなく、この場にいるみんながそうなっている。

 

 「まさか……」

 これと似た感じを、以前味わった覚えがある。

 龍見邸で、体調不良から立ち直ったナナさんが発していた気配が、正にこんな感じだった。

 

 「あ、収まっ……た?」

 

 時間にすれば十数秒だったと思うけど、僕たちは身動きが取れなかった。

 いや、身動きしちゃあいけない。

 動いたら殺される。

 だから呼吸も、心臓の鼓動すら止まってくれと願ったほどだ。

 

 「あんな事ができるのは、私が知る限り暮石のみ。小吉様、七郎次はどこに?」

 「台所で、松さんに料理を習っているはずだ」

 

 さっきのは、ナナさんの仕業で間違いはないだろう。

 でも、何があったらあんなにも禍々しい気配を放つことになるんだ?

 松さんと喧嘩した?

 いや、その程度で、ナナさんがああなるとは思えない。

 なら、誰かに襲撃されたか?

 でも、ナナさんがあんな気配を発したのは、龍見邸での一件だけ。

 それも、体調不良後の少しの時間だけだ。

 

 「まさか、六郎兵衛が来たのか?」

 

 だから、他の襲撃者にすら発しなかった気配を発した?

 だとするなら、ナナさんは六郎兵衛を殺したいほど憎んでるってことになるんだけど……。

 

 「いや、今は考えてる時じゃない。沖田君と龍見姉妹は、僕についてきてくれ!」

 

 台所まではすぐだ。

 仮に六郎兵衛が来ていたとするなら、僕たちの接近に気づいて逃亡したあとかもしれないけど、そうでなくても、六郎兵衛を逃亡する気にさせるくらいはできるはずだ。

 

 「ナナさん!無事かい!?」

 

 僕が龍見姉妹と沖田君に先んじて台所に踏み込むと、ナナさんと倒れた松さん以外には誰もいなかった。

 やはり、六郎兵衛が来てたらしいな。

 戦闘の痕跡はないけど、ナナさんは包丁を強く握りしめて……僕を睨んでる?

 何故かナナさんは、僕を刺し殺さんばかりに目を細めて睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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