愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第六十三話 布告(表)

 

 

 

 ナナさんに嫌われた。

 どうも六郎兵衛が僕との取引内容をバラしたようで、それが切っ掛けになって僕は嫌われたみたいだ。

 その事を、都合良く僕の自宅に来た猛君に相談したんだけど……。

 

 「馬鹿かお前は」

 

 と、事の顛末を話すなり言われました。

 ええ、馬鹿ですが何か?

 それくらいは嫌と言うほど自覚してるから、具体的なアドバイスをしてくれないかな?

 

 「六郎兵衛とそんな取引をしていたのも驚きだが、お前のヘタレ具合に開いた口が塞がらん。どうしてさっさと、ヤることをヤっておかなかった?」

 「いやぁ……。だって僕、童貞ってだけじゃなくて女性との交際経験もゼロなんだよ? そんな僕に、好き合ってるからってすぐにその……セッ……とか無理だよ」

 「だから、童貞なんぞさっさと捨てておけと、戦時中に散々言っただろうが。お前は童貞の癖に、変なところで意固地すぎる」

 「童貞だから、意固地なんだよ」

 

 ヤリチンの君にはわからないだろうけどね。

 だいたい、仮にナナさんとヤることヤってたとしても 

、取引内容をバラされてナナさんに嫌われずに済んだ保証なんてないじゃないか。

 

 「お前は女心がわかってない」

 「そう言う猛君は、女心がわかるのかい?」

 「さっぱりわからん。だが、お前よりは上手く扱える自信はある」

 「じゃあ、ナナさんを一度でも抱いていれば、この状況にはなっていなかったと?」

 「ああ、なっていなかったさ」

 

 自信満々で言ったけど、その根拠は?

 だってナナさんからすれば、僕は自分の命惜しさに六郎兵衛の手伝いをした最低男だよ?

 もし仮に、僕と肉体関係になっていたら今以上に僕を嫌っていたんじゃない?

 

 「昭和。特に今の女は、平成の女と違って貞淑だ。それこそ、たった一度肌を重ねた程度で一生添い遂げると決めるくらいな」

 「だから、裏切られたくらいで嫌ったりはしない………と?」

 「嫌いはするだろう。だが折り合いをつけて、次の日には何食わぬ顔をしているさ」

 

 言いたいことはわかるけど、その昭和の女性を何人も食い物にしている猛君が言っても説得力がなぁ……。

 それが正しいなら、猛君はいったい何人と結婚しなきゃいけないんだろ。

 少なくとも、両手の指くらいじゃ足りないよね?

 

 「良い機会だから、僕が七郎次を連れて帰ろうか?」

 「何が良い機会だよ……って、突然現れるのはやめてくれないか? 六郎兵衛君」

 「突然ってほどでもないさ。なんせ僕は、ずっと猛おじの隣にいたんだから」

 

 気配を消して、だろ?

 だって、当の猛君が「お前の出方は心臓に悪い」って言いながら、君を睨んでるじゃないか。

 

 「六郎兵衛。七郎次を連れ帰って、どうするつもりだ?」

 「子供を生ませる。そのために、小吉と取引をしたんだから」

 「だが、まだ期間はあるんじゃないか?」

 「あるけれど、僕が十分だと判断した。だから、小吉に余計な事をされないように、連れて帰るのさ」

 

 余計な事?

 つまり、僕がこれ以上ナナさんと一緒にいたら、彼にとっては都合が悪いのか?

 

 「それに、猛おじは小吉の友人だろう? これ以上、小吉と七郎次が一緒にいたら、小吉は死ぬことになってしまうよ? 良いのかい?」

 「それは……そうなんだが」

 「ちょっと待ってくれ。どうして、僕が死ぬことになるんだ? 君に殺されるってことかい?」

 「いいや、七郎次にだ。間違って子供でも作ろうものなら、その子に物心がつく頃には殺される。詳しく知りたいなら、猛おじに聞けば良いよ。僕と七郎次の母の死体を処理したのは、他ならぬ猛おじだから」

 

 ナナさんと六郎兵衛の母親の死体を、猛君が処理した?

 罰が悪そうに六郎兵衛から目をそらしている様子を見るに、それは事実なんだろう。

 でも、どうしてそうなったのかがわからない。

 もしかして暮石家には、そういうしきたりがあるのか?

 と、疑問に思っていたら、障子を蹴り倒して……。

 

 「兄様ぁぁぁぁぁ!」

 

 右手に短刀、左手に小太刀を持ったナナさんが居間に飛び込んできた。

 そのナナさんが振り下ろした短刀と小太刀を、六郎兵衛は……。 

 

 「やあ。一週間ぶりだね。七郎次」

 

 おぞましい笑顔を浮かべながら抜いた刀で、難なく受け止めた。

 

 「今度は何しに来たんや!小吉を殺しに来たんか!」

 「いいや、お前を迎えに来た」

 

 鍔迫(つばぜ)り合い。

 と、この場合も言うのだろうか。

 ナナさんは全身の力を両の切っ先に込めて六郎兵衛を斬ろうとしているのに、それを刀一本で受け止めている六郎兵衛はたいした労力も使っていないように見える。

 

 「帰れ! あたしは、兄様の子なんか生まん! 生むなら、小吉の子を生む!」

 「それでどうする? 小吉を殺すのかい?」

 

 心底不思議そうに放たれた六郎兵衛の言葉に、ナナさんは目に見えて動揺した。

 それで生じた隙を見逃さず、六郎兵衛は刀を右に振り抜いてナナさんをはね飛ばした。

 とんでもない腕力だな。

 いくらナナさんの体重が軽いとは言っても、人一人を居間から庭まで、軽く5メートルは飛ばしたぞ。

 

 「七郎次。お前は小吉のことが好きかい?」

 「好き! 兄様よりよっぽど好き!」

 「なるほどなるほど。お前は僕が思っていたより、小吉にのめり込んでいたようだね」

 

 この場面でこんな事を思うのは不謹慎だと思うけど、ナナさんにハッキリと好きだと言われて、今まで感じたことがないほどの嬉しさが込み上げてきた。

 できることなら、今すぐナナさんを抱き締めたい。

 

 「よし、わかった。今日は大人しく帰ろう。でも、覚えておいてくれ小吉。今から一ヶ月後、君と七郎次が初めて会った日に、七郎次をまた迎えに来る」

 

 そう言い残して、六郎兵衛は忽然と姿を消した。 

 本当に突然、パッという擬音が聴こえたと錯覚したくらい唐突に、六郎兵衛はこの場から姿を消した。

 僕と彼との戦争を終結させる日を、一方的に布告して。

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