六郎兵衛が、ナナさんを拐いに来ると布告してから早二週間。
僕は我が儘が通る横須賀鎮守府の一画に、対六郎兵衛用の陣地を構築した。
数十年後の未来に、建設業は臆病とも言える安全対策を徹底させるようになる。
と、実体験から豪語する転生者の一人がそれに向けて準備している、ハンマーで叩き込むだけで簡単に組める、
その足場に、富岡君を筆頭にした元442のメンバーと、横鎮の限司令長官が手配してくれた海兵、総勢100人余りを配置して、四方から六郎兵衛を銃撃させる手筈だ。
その決戦の場を、僕とナナさんは足場の最上段から見下ろしている。
「あの中心で、立っちょればええの?」
「そう。僕も一緒だから、安心して良いよ」
「いや、逆に不安。足手まといじゃけぇ、どっかに隠れちょって」とか言われたらどうしようと少し不安になったけど、ナナさんは……。
「それなら、安心じゃね」
と、消え入りそうなくらい小さな声で呟いて、僕の左手を握った。
六郎兵衛が来て以来、ナナさんの態度が軟化したなぁ。
いや、大胆になったって言う方が良いのか?
出会った頃のように全裸で布団に潜り込んで来ることはないけど、基本的に僕のそばから離れないし、何かと手を繋ぎたがる。
「あたしね。兄様が怖い。でも、小吉のためじゃったら、兄様とも戦える」
「最悪、お兄さんを殺すことになるのに、良いの?」
「うちの事情は知っちょるじゃろ? 遅かれ早かれ、あたしと兄様は殺しあっちょったいね」
「それは、そうなんだろうけど……」
僕としては、ナナさんに肉親を殺させるような事はしたくない。
龍見姉妹と沖田君、それに富岡君たちで片がつけば良いんだけど……。
「龍見姉妹じゃ、六郎兵衛には勝てそうにない?」
「無理じゃろうね。地華も天音も強いけど、あくまで武芸者っちゅう括りの中で言えばじゃもん。しずおねーちゃんに兄様の術を封じてもらってようやく互角、くらいじゃと思う」
やはりそうか。
ナナさんの先祖が、龍見姉妹の先祖から敗北に近い痛み分けをしたという話は聞いてたからワンチャンあると思ってたんだけど、そう甘くはないか。
「当時は互いに相手を舐めていた。それに加えて、暮石流術殺法が未完成だったのが、ナナさんの先祖の敗因だっけ」
「うん。暮石の術は、代を重ねるごとに強ぉなっちょる。ご先祖様の術と、兄様が使う術の威力は桁違いのはずよ」
それが、龍見家が暮石の目を誤魔化すための名字を外では名乗り、瓶落水に頼んで結界まで張ってもらった理由。
横鎮に移動する前に、天音君からこの事実を聞かされていなかったら、こんなにも大袈裟なキルゾーンを作ろうとすら考えなかったよ。
「四進君がいればなぁ……。どこに行っちゃっんだろう」
「案外、兄様に殺されちょるんかもしれん」
あの日、天音君と沖田君が迎えに行った東京駅に、四進君は現れなかった。
迷子にでもなったのかな?
と、考えて元442の人たちに捜索してもらったけど、見つけることは叶わなかった。
ナナさんが言った通り、六郎兵衛にとっては最大の障壁となる四進君は、とっくに殺されているのかも。
「……小吉。もし、どうにもならんと思ったら、あたしを差し出して命乞いして」
「嫌だ。それだけは、絶対にしない」
「でも、兄様には勝てんのよ? 大勢で兄様を袋叩きにするつもりでこんな場所を作ったんじゃろうけど、兄様には意味がない。みんな殺される」
「ナナさんから聞いた、六郎兵衛の術の効果範囲外からの攻撃だよ? 一斉に銃撃すれば、一発くらいは当たるんじゃない?」
「無理。兄様には当たらん」
そう言って、ナナさんは悔しそうに唇を噛んでうつむいてしまった。
ナナさんがこんなになるほど、六郎兵衛は強いのか。
でも、僕は不思議と恐怖を感じていない。
絶望的な状況に慣れているとか、頼もしい仲間が大勢いるとかそう言った理由からじゃない。
ナナさんがそばにいる。
それだけで、僕の中で恐怖心よりも希望の方が大きくなって行く。
勝てる希望ではなく、ナナさんとともに歩んでいく未来に、希望を抱けるんだ。
だからなのか、僕は自然と……。
「ナナさん。この件が終わったら、僕と結婚しよう」
「え? 結……婚?」
「うん。僕の妻になってほしい。この先もずっと、僕のそばにいてほしい」
プロポーズすることができた。
でも、ナナさんは悩んでいるようだ。
目の焦点は定まらず、小刻みに身を震わせている。
「でも、結婚したら、あたしは……」
「僕を、殺さなきゃいけなくなる?」
そう返すと、ナナさんは「なんで知ってるの?」と、言わんばかりの驚きに満ちた視線を僕に向けた。
やっぱり、その事で悩んでいたのか。
だったら……。
「僕は、君のためなら死ねる」
と、ナナさんの目を真っ直ぐ見て宣言した。
そしたらナナさんは……。
「嫌。あたしは小吉を殺しとぉない! じゃけぇ、あたしのためなら死ねるとか、軽々しく言わんといて!」
「わかった。じゃあ、何がなんでも死なない。君にも、殺されない」
「無理! あたしは絶対に小吉を殺す! だって抗えんもん! あたしは絶対に、暮石の呪いに抗えん!」
「それでも、僕は君と一緒になりたい。僕は君を、他の全てを犠牲にしても良いと思えるくらい、愛してるんだ」
女性に「愛してる」って言える日が来るとは、今の今まで夢にも思わなかったな。
しかも、自分でも驚くほど自然に、スルッと口から飛び出した。
でもナナさんは、僕以上に驚いているみたいだ。
「ほ、本当に、後悔せんの?」
「絶対にしない」
「本当の本当に、後悔せん?」
「しない。君と一緒になれない方が、僕は後悔する」
それが決定打になったのか、ナナさんはそれ以上言わずに、僕の胸に寄り添って顔を上げた。
いつもの僕なら、きっとテンパって何もできなかっただろう。
だけど今日の僕は、どうすれば良いのか、何をすれば良いのかがわかるし、身体も自然と動く。
「好きだ、ナナさん。愛してる」
「あたしも、小吉をアイしちょる」
そして僕たちは、どちらからともなく唇を寄せ合い、キスをした。
そこまではハッキリと覚えてるんだけど……。
気がついたら僕たちは着ていた服を布団代わりにして、足場の上で朝を迎えていた。