愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第六十七話 決戦(表)

 

 

 

 六郎兵衛の宣戦布告からちょうど一ヶ月。

 人一人に対するにしては過剰な迎撃体制を整えた僕は、キルゾーンの中心でナナさんと二人で立っている。

 その後ろには龍見姉妹と、「どんな結果になるにせよ、最後くらい見届けさせろ」と言って鎮守府に押し掛けて来た猛君が控えている。

 

 「油屋大将。総員、配置につきました」

 

 そんな僕たちに、富岡君と一緒に駆け寄って来た沖田君が、神妙な面持ちで報告してくれた。

 いや、それは沖田君だけでなく、足場の格段で小銃を構えている元442のメンバーや、横鎮の司令長官が募ってくれた志願兵たちも同様だ。

 特に、暮石の力を知らない海兵たちは、「何が来るんだ?」という、疑問まで顔に張り付けている。

 

 「歌ちゃんは?」

 「歌なら、俺の直属を護衛につけて部屋に押し込めているから安心しろ」

 「妹想いだね。でも、おかげで鎮守府に陸軍兵を入れる許可を取るのに、苦労したんだよ?」

 「自腹を切って、船坂元軍曹までつけたんだぞ? それくらいの苦労は安いもんだろうが」

 

 たしかに。

 ナナさんや龍見姉妹と渡り合った船坂君がいるなら、歌ちゃんの安全は僕よりも高い。

 そう考えれば、たしかに安いもんだ。

 

 「ねえ、ジュウゾウ。今日は刀を乱暴に扱っても、文句は言わんじゃろ?」

 「ああ、好きにしろ。その代わり……」

 「小吉を絶対に守れ。じゃろ? 任せちょきんさい」

 

 頼もしいな。

 でも、気負いすぎな気もする。

 短刀と小太刀はいつも通りだけど、今日は沖田君からもらった匕首(あいくち)を十数本を専用のベルトに納めて腰に提げている。

 武装と言う意味では強化されているけど、あれじゃあナナさんの強みである機動力が損なわれるんじゃ……。

 

 「あとは、ナナの兄ちゃんがいつ来るかだな」

 「そうですね。それに、こんなにもあからさまな場所に、六郎兵衛は来るのでしょうか」

 「そりゃあ心配せんでええよ、天音。兄様は正面から、堂々と来る」

 「その根拠は?」

 「兄様からすりゃあ、こんなのは驚異でも何でもないけぇいね」

 

 信じがたい……が、前もってナナさんから聞いた話と、猛君から聞いた話が事実なら、この迎撃陣は驚異足り得ない。

 

 「猛君、ナナさんのお父さんだったら、ここにいる全員を殺すのにどれくらいかかる?」

 「十分もかからんだろうな。大半の者は、殺されたとも気づかずに殺されるだろう」

 

 だ、そうだ。

 そしてナナさん曰く、六郎兵衛はそんな父親に歴代最強と言わせた男だ。

 仮にこの倍の人数を配しても、安心はできそうにないな。

 

 「勝ち目は、ないかい?」

 「ない。瓶落水がいるか、ナナが術を使えればワンチャンあっただろうが、そうでない今はない」

 「おいおい、大和の旦那。オレらがいても、そうなのか?」

 「そうだ。確かにお前たち龍見姉妹の武術……いや、武芸か? は、常識からかけ離れている。だが、物理法則からは抜け出せていない。その程度では、常識も物理法則も無視した六郎兵衛には歯が立たんさ」

 

 猛君の説明に、地華君と天音君は不機嫌そうな顔を浮かべたものの、何も言い返しはしなかった。

 それが返って、猛君が言ったことが事実なんだと僕に思い知らせた。

 でも、僕は不思議と不安は感じていない。

 今まで得た情報を鑑みれば、僕たちは六郎兵衛一人に敗けるだろう。

 命も失うだろう。

 なのに、僕は不安も恐怖も感じていない。

 いや、敗けると思えないんだ。

 だから、僕は……。

 

 「僕たちは、敗けないよ」

 

 そう言いながら、一歩前に出た。

 そして、この場にいる全ての人に語りかけた。

 

 「この場に集う、一騎当千の(つわもの)たちに、僕は願う」

 

 僕の声は決して大きくはない。

 だけど、日が傾いて夜の(とばり)が降り始めたこの戦場の隅々に、僕の声は届いているようだ。

 

 「今日、僕が最愛の人である彼女を奪うために、彼女の兄を君たちに殺してほしい」

 

 何とも身勝手な願いだ。

 僕が第三者として聞いていたら、「何言ってんだ、コイツ」と、頭の心配をするだろう。

 

 「君たちも知っての通り、僕は女性にモテたことがない。30を迎えるまで童貞だったし、キスすらしたことがなかった。

 そんな僕にとって、彼女は何もかもが初めての女性なんだ。 

 何を、誰を犠牲にしてでも守りたい。

 例え世界を敵に回してでも、添い遂げたいと願う女性だ」

 

 ここまで赤裸々な演説をしたのは、さすがに初めてだ。

 だけどみんな、何も言わず黙って聴いてくれている。

 

 「でも残念ながら、僕には力がない。

 六郎兵衛を倒し、彼女を奪えるほどの力がない。

 だから願う!

 海軍大将 油屋小吉、一生に一度の我が儘だ!

 僕の力になってくれ!

 僕と彼女のために死んでくれ!

 僕とナナを、添い遂げさせてくれ!」

 

 叫び終わると、耳が痛くなるほどの静寂が、戦場を包み込んだ。

 呆れられたか?

 失望されたか?

 それとも、怒りを買ったか?

 そんな心配が頭をよぎった時、誰かが言った。

 

 「仕方ないですな」

 

 と、それにつられたように……。

 

 「あの油屋大将がああまで言うなら……」 

 「ああ、命を懸ける価値はあるな」

 

 と、また誰かが言った。

 それからは、関を切ったように……。

 

 「おい、油屋大将が一生童貞の方に賭けた奴は、後で徴収するからな」

 「そっちに賭けた奴なんているのか? 少なくとも俺は、一生童貞に賭けたぞ」

 「ちょっ……! 本人を前に失礼ですよ!」

 「大丈夫だって。だって、油屋大将だぞ」

 「そうそう。我ら一兵卒と酒の席を同じくし、共に笑いあってあの戦争を生き抜いた油屋大将なら、笑って許してくれるさ」

 

 などと、好き勝手言い始めた。

 いやまあ、許すけども……。

 まさか、僕が童貞を卒業できるかどうかで賭けをしていたなんて夢にも思わなかったよ。

 

 「良い部下に恵まれたじゃないか。いや、お前の行いが、彼らをああしたのか」

 「買い被りすぎだよ。僕は、何もしていない」

 「いいえ、大和陸軍中将殿の言う通りです。わたくしはもちろん、彼らも戦争中に、あなたに命を拾われた者たちです。そんな我らだからこそ、あなたの我が儘に命を懸けることも(いと)わないのです」

 

 気持ちはありがたいけど、逆に呆れてしまった。

 だってこの戦いは、簡単に言えば女の取り合いだ。

 なのにこの場にいる人たちは、そんな茶番に命を懸けてくれると言ってくれた。

 その事が嬉しくて、溢れそうになった涙をこらえて何も言えなくなってしまった僕に代わって……。

 

 「僭越(せんえつ)ながら油屋大将に代わり、沖田海軍少佐が命じさせていただく。総員! 戦闘配置につけ! 此度の戦争は我らが恩人、油屋大将一世一代の大戦(おおいくさ)! 見事勝利し、油屋大将の奢りで酒を飲みまくろうぞ!」

 

 沖田君の激で、この場にいるみんなが雄叫びを上げ始めた。

 いや、良いんだよ?

 酒を奢るくらいはべつに構わないんだけど、そんな事で盛り上がった様を見て、出かけていた涙が引っ込んじゃったよ。

 

 「好かれてるね。小吉」

 

 雄叫びに怯えたかのように降りきった暗闇を打ち消すために、探照灯が戦場を照らすと同時に、六郎兵衛の声が染み渡るように広がり、僕の数メートル先に忽然と姿を現した。

 いつもの真っ白なスーツと帽子。

 腰には日本刀。

 いつもと違うのは、両手に風呂敷包みを持っているくらいか。

 

 「これは、僕と戦うつもりだと思って良いかな?」

 「良いも何も、聴いていたんだろう?」

 「ああ、聴いていたさ。でも、僕にだって多少の慈悲はある。今、降参するなら、この場にいる者全てを見逃してあげるよ?」

 「断る」

 「そうかい。じゃあ、戦おう。でも、その前に……」

 

 六郎兵衛は、両手に持っていた風呂敷包みを僕とナナさんそれぞれの足元に放った。

 なんだ? これは。

 六郎兵衛はさも「開けてみて」と、言わんばかりに右手を差し出しているけど……。

 地面に落ちた時の音、形や大きさから考えると、中身はおそらく……。

 

 「やっぱり、生首か」

 

 しかも、この顔には覚えがある。

 たしか陸軍のお偉いさんで、猛君の直属の上司だった人だ。

 でも、変だな。

 猛君からすれば上司のはずなのに、その顔には何の感情も感じない。

 まるで、こうなると知っていたかのような普通さだ。

 

 「約束は約束だからね。依頼人を殺して、今回の依頼をなかったことにした」

 

 意外と律儀だな。

 僕が対六郎兵衛用の迎撃体制を整えていることくらい、彼は承知だったろうに約束は守ってくれた。

 そこは、素直に感謝するよ。

 じゃあ、ナナさんに放った包みの中身は誰だ?

 まさかとは思うけど……。

 

 「こ、これ、(とと)……様?」

 「そう、僕たちの(とう)様だ。とても良い死に顔だろう?」

 

 たしかに、良い死に顔だ。

 初めて見るナナさんの父親は、満足そうに瞳を閉じて眠っている。

 それを見つめる兄妹の顔は対照的だ。

 六郎兵衛は蔑むように。

 ナナさんは、戸惑ったような顔をしている。

 でも、共通点はある。

 それは二人とも、一粒の涙も流してないことだ。

 実の父親の生首を前にしているのに、二人は悲しんでいないように見える。

 

 「さて、始めようか、小吉。七郎次を、返してもらうよ」

 「返さない。ナナさんは、僕が貰う」

 

 それを合図に、打ち合わせ通り放たれた、龍見姉妹の神変が六郎兵衛に直撃し、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

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