愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

69 / 77
第六十九話 鬼の厨(表)

 

 

 絵になるなぁ。

 それが、二人のキスシーンを見せつけられた僕の第一印象だった。

 四進君は転生前に見たゾンビ映画のゾンビのように、虚ろな瞳をしていたけど、六郎兵衛から強引にキスをされるとうっとりと瞳を閉じて身を任せた。

 見ているだけで欲情してしまいそうなほど濃厚なキスを、二人は続けた。

 あれが、こんなに殺伐とした場で行われてなければ、ラブロマンスのワンシーンに見えたかもしれない。

 

 「ふぅ……。思って……いたより、キツいな」

 「彼女に、何をした?」

 

 六郎兵衛から唇を話された四進君は、糸の切れた操り人形のように、その場にへたり込んだ。

 まるで生気を感じない。

 六郎兵衛に、生命力を全部吸われたようにすら見える。

 六郎兵衛はと言うと、溢れそうになっている何かを、必死に抑え込もうとしているようだ。

 その苦しそうな表情からは、いつもの嘘臭さは感じない。もつれそうな足で歩を進めながら、冷や汗までかいている。

 

 「限界……まで、感情を食わせた」

 「限界まで?」

 「そう、千人ほどの感情を食って、持ってこいと命じておいたんだ」

 「まさか……」

 

 それを、受け取った?

 でも、何のために?

 いや、それはおそらく、術を強化するため。

 今までに得た情報からすると、暮石流術殺法の源は自身が蓄えた感情。

 それに、他人の感情を上乗せするためだろう。

 

 「ナナさん。たしか四進君は、君に『瓶落水の四杯目(・・・)』と名乗ったんだよね」

 「うん」

 「なるほど、そうか。暮石と瓶落水が別れた理由。それは……」

 

 どちらか一方の術しか扱えない。

 もしくは、両方使うと中途半端になるからなんじゃないだろうか。

 だから、暮石と瓶落水の初代当主たちは、各々が術を極めるために別れたんだ。

 そして今、その行いが成就した。

 六郎兵衛と四進君によって、その計画が実を結んだ。

 

 「瓶落水が扱う術は、暮石が扱う術の燃料を集め、供給するものなんだね?」

 

 故に、四進君は四杯目と名乗った。

 彼女は暮石のために、感情と言う名の燃料を汲み上げ、渡すための(かめ)なんだ。

 

 「ふひっ……。そ、そのとととと通りだよ。小吉」

 

 六郎兵衛の呂律が回らなくなっている。

 きっと、千人分もの感情を抑え込むのに苦労しているんだろう。

 ならば、攻めるなら今だ。

 何かされる前に、先手を打つ!

 

 「天音君! 地華君! 六郎兵衛に神変を! ナナさんと船坂君は、神変着弾後に追撃しろ!」

 

 僕の命令に応えた四人は、一斉に行動に移った。

 でも、僕の判断は少しばかり遅かったようだ。

 六郎兵衛は大きく両手を広げて天を仰ぎ、そして……。

 

 「暮石流術殺法。(つい)の段、鬼の(くりや)

 

 と、言った。

 その声は静かで、足音程度でかき消せそうくらい小さかったのに、僕の耳にハッキリと届いた。

 それと同時に、四人の動きも止まった。

 いや、止められた。

 六郎兵衛に放たれた神変は何も起こさずにそよ風となり、着弾のタイミングに合わせて飛び掛かったナナさんと船坂君は、巨人の腕に薙ぎ払われたかのように吹き飛ばされた。

 

 「くくくく……。あひゃ、あひゃひゃはひゃひゃひゃひゃひゃ! ああっ! 素晴らしい! なんだこの全能感は!」

 

 喜色満面と言う言葉がこれほど似合う顔を、僕は初めて見た。

 そう思えるほど、六郎兵衛は嬉しそうに笑っている。

 

 「猛君。暮石流術殺法は、催眠術なんだろう?」

 「そのはずだ。だが……」

 「アレを見たあとじゃあ、疑いたくなるよね」

 

 強力な暗示で斬られたと錯覚させて、実際に斬られたのと同じ状態をもたらす。

 ここまでなら、あり得そうに思える。

 でも、龍見姉妹の神変を霧散させたのと、空中にいたナナさんと船坂君を吹き飛ばした現象は、催眠術なんかじゃ説明がつかない。

 実際、初めて会った時に見た、ナナさんが魂斬りで斬った殺し屋たちは、身体は斬れていたけど服は斬れていなかったんだから。

 

 「このぉ!」

 

 着地したナナさんが、ベルトに装備していた匕首の柄尻を十本の指に通し、六郎兵衛に投げつけた。

 それらは吸い込まれるように、六郎兵衛目の前に殺到したけど、見えない何かに刺さって止まり、落ちた。

 

 「ナナ! ありゃあ何だ! 暮石ってなぁ、あんなこともできんのか!?」

 「知らん! 鬼の厨は、今まで誰も扱えんかった術じゃけぇ、あたしもどんなもんか知らんのよ!」

 「ならば、探るだけです!」

 

 言うが早いか、天音君は六郎兵衛に斬りかかろうと、蛇のように蛇行しながら突撃した。

 それに追いすがるように、地華君と船坂君も突っ込んだ。

 だけど、三人は間合いに入る前に……。

 

 「なっ……!? 地面が!」

 

 地華君の足元が真四角にめくり上がり、そのまま押し潰さんばかりに倒れ始めた。

 気づいた船坂君が蹴り砕かなければ、地華君は潰されていただろう。

 

 「面白いなぁ。ほら、こんなこともできるよ」

 

 六郎兵衛の言葉と共に、天音君に雷が落ちた。

 幸いと言うか、天音君は地面を這うように移動していたために、刀が若干地面に触れていたため、それがアース代わりなって、即死は免れたようだ。

 動けないまでも、刀を杖代わりに突いて倒れまいとしている様子で、生きているのは確認できた。

 

 「オッサン! 斬り込むけぇ、盾になって!」

 「おうよっ!」

 

 言葉通り、船坂君を盾にしながら六郎兵衛へと迫るナナさんに、六郎兵衛は右手をゆらりと向けた。

 そして真横に振ると、足元から竜巻が起きてナナさんを空中に巻き上げ、船坂君は風の刃で全身を切り刻まれた。

 

 「少しの間、大人しくしていろ」

 

 そして落下したナナさんは、片膝を突いたまま動けなくされた。

 船坂君は回復が間に合っていないのか、ナナさんと同じように片膝を突いて六郎兵衛を睨んでいる。

 

 「なるほど。信じがたいけど、そういうことか」

 「どういうことだ? 小吉。鬼の厨の正体がわかったのか?」

 「ああ。アレは他の術と同じだ」

 「同じだと!? 他の術では、雷や竜巻は起こせんぞ!」

 「いいや、起こせるんだよ」

 

 日本には、古くから万物に神が宿る、所謂(いわゆる)八百万(やおよろず)の神という考え方がある。

 それは草木はもちろん、石や道具、田んぼやトイレ、台所、米粒の中にだって神様がいると考えられてきた。

 もし、それらに暗示をかけて操ることができると仮定すれば、風を操って雷や竜巻を起こしたり、地面をめくり上げることだってできるんじゃないだろうか。

 

 「と、僕は考えたんだけど、どうかな?」

 「受け入れがたいが、目の前で起きている現象を常識的に理解するには、それが一番利にかなっているな。で、対抗策は?」

 「それは……」

 

 思い付いていない。

 だっていくら何でも、常識を逸し過ぎてる。

 今も、足場上に布陣していた元442や志願兵たちが必死に攻撃しているけど、六郎兵衛が起こす様々な超常現象によって全て阻まれている。

 

 「さすがに、(わずら)わしくなってきたな」

 

 六郎兵衛のその言葉と同時に、足場上の兵たちが一斉に身体のあちこちから血を噴き出して倒れた。

 うめき声が聴こえるから、かろうじて生きている……いや、生かされたのか?

 

 「正に、鬼の所業だな。これが、五郎丸の言っていた暮石家の悲願、鬼の顕現か」

 

 違う。

 確かに、森羅万象を支配している六郎兵衛は、鬼と呼べるかもしれない。

 でも、違和感を感じる。

 そもそも、(くりや)とは台所のことだ。

 殺戮の嵐が吹き荒れていたこの戦場は、鬼である六郎兵衛の台所と化しているように見えなくもない。

 だけど、本当にそうか?

 台所とは、料理を作る場所だ。

 なら、あの殺戮は料理と言える。

 じゃあ、出来上がった料理を食べるのは誰だ?

 いや、()だ?

 

 「さて、じゃあそろそろ、終わりにしようか」

 

 動く者がいなくなったのを確認した六郎兵衛は、ゆっくりと刀を抜きながら、僕の方へ振り向いた。

 僕を、殺す気か?

 

 「お逃げください! 油屋大しょ……!」

 「邪魔だ。寝てろ」

 

 僕を逃がそうと前に出た沖田君は、六郎兵衛の言葉に従うように、地面に倒れた。

 意識はあるようだけど、縫い付けられたように地面に張り付いている。

 

 「もうやめろ六郎兵衛。勝負はついた」

 「猛おじも邪魔だ。そこで土下座でもしてなよ」

 

 手の付けようがないな。

 言葉だけで敵を無力化し、近代兵器並みの破壊をもたらす六郎兵衛に対抗する手段が思い浮かばな……いや、待て。

 何か変だ。

 違和感を感じる。

 猛君と六郎兵衛の会話が妙に演技臭かったのもそうだけど、それ以外が異常だ。

 これだけの被害が出ているのに、どうして誰も死んでないんだ(・・・・・・・・・)

 

 「や、やめて! 小吉を殺さないで!」

 

 ナナさんの声に反応した六郎兵衛は、刀を僕の首筋に当てつつ、視線だけナナさんに向けた。

 

 「お願い……お願いします! 何でもするけぇ。兄様の子も産むけぇ、小吉を殺さんといて!」

 「無理だ。もう、その段階はとうに過ぎたよ」

 

 ナナさんの懇願を真顔で切り捨てた六郎兵衛は、僕の首筋に当てていた刀を上段まで持ち上げ、無慈悲に振り下ろした。

 でもその瞬間、六郎兵衛は唇の動きだけでこう言ったんだ。

 深い悲しみを秘めた瞳で、「ごめんね」と。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。