兄様は、昔から変な人だった。
あたしに嫌われるようなことばかり続けているクセに、あたしが危ない時は必ず助けてくれた。
父様に初めて人を殺せと言われた時、あたしは怖くてできなかった。
そんなあたしを「暮石の出来損ない」と言って殺そうとした父様に、真っ向から挑んで反対してくれた。
事あるごとにあたしを殺そうとする父様から、兄様は何度も何度も助けてくれた。
でも、あたしが嫌がることはやめてくれなかった。
今だって……。
「しょ、小……吉? え? 嘘、死ん……だ?」
やめてって言ったのに。
何でもするって言ったのに。
兄様の子供を産んであげるって言ったのに、兄様は小吉を斬った。
小吉がいつも着ている、真っ白な服の胸元が一瞬で真っ赤に染まるくらい、バッサリと斬った。
「何で? 何で殺したん? やめてって言ったのに、何で殺したん!」
「必要だったからだ」
必要?
何が必要なのよ。
小吉の死が、何のために必要だったのよ。
「わか……らん。兄様がやることはいっつもわからん。何でいっつも、あたしが嫌がることばっかりするん? 何で、あたしを混乱させるん?」
「必要だからだ」
「じゃけぇ! それがわからんって言うちょるんじゃろうが!」
叫びと一緒に、何かが出た気がした。
いいえ、確かに出た。
その瞬間は、小吉に好きだと言ってもらえた時よりも嬉しく、小吉と一つになれた時よりも、幸せだった。
それを自覚したら……。
(じゃあ、身を任せてしまえば良いのでは?)
知らないはずなのに、知ってる声があたしの頭の中に響いた。
(あの殿方が殺されて辛いでしょう? 悔しいでしょう? 悲しいでしょう? 苦しいでしょう? 憎らしいでしょう?)
うん、辛い。
結局一度も守れなくて悔しい。
小吉がいなくなって悲しい。
小吉と二度と話せないと思うと苦しい。
小吉を殺した兄様が、殺したいほど憎い。
(
「邪魔される」
知らない声が、いつの間にかあたしの声になっていた。
じゃあ、この声はあたしの声?
でも、あたしが知らない人や風景が、あたしの頭の中で紙吹雪のように舞っている。
龍見姉妹が着ていたような巫女服を着て、どこかの部屋で泣き崩れているあたし。
ボロ布姿で、何かから逃げてるあたし。
着物姿で、刀を構えた侍と対峙しているあたし。
色んな姿のあたしが、知らない場所で知らない人たちと会い、そして
「憎らしい……あな憎らしや……」
わたしの血を引く子孫のクセに、奴らはいつも邪魔をした。
何度も何度も何度も何度も、わたしは我が子に殺され続けてきた。
我が子を、殺し続けてきた。
でも、それも今世で終わり。
この娘は素晴らしい。
この子は、今までの子達の中で、最もわたしに近い。
あとは、この子がわたしを受け入れれさえすれば、全てを滅ぼせる。
「よくも小吉を……。よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくも……!」
(仇が討ちたいのなら、わたしを解き放ちなさい。わたしに、身体を寄越しなさい)
憎しみが膨れ上がって爆発寸前のあたしに、もう一人のわたしの誘惑に抗う術も、断る理由もない。
だったら、この誘いに乗ってしまおう。
身体を明け渡そう。
魂すらも、捧げてしまおう。
それで小吉の仇が討てるのなら、それで兄様を殺せるのなら、あたしは……。
「もう、鬼でええ……」
あたしがわたしに応えたら、身体の感覚が消えた。
感情も消えた。
でも、あたしの内に潜んでいた何かが、外に出たのはわかる。
「あは……。あはははははははははははははははははは!」
ああ、気持ち良い。
今のわたしなら何でもできる。
今までで一番強いあの子だって、わたしの敵じゃあない。
「さあ、千を越える年月の因縁に、終止符を打とうではないか。なあ? 愛しき我が子よ」
わたしは、泣きそうな顔をしてわたしを見つめる子に、右手を伸ばした。
愛しき我が子。
わたしを殺すためだけに血を絶やさず、力を蓄え続けてきたわたしの仇敵。
わたしを殺し続けてきた、愛すべき小鬼。
わたしはあなたを、今度こそ殺してあげる。
わたしが
わたしが彼と、再び逢うために。