許せない。
あたしが大好きな小吉を、あたしが愛した小吉を兄様は奪った。
憎い。
あたしから小吉を奪った兄様が、小吉がいなくなったこの世界が憎い。
悲しい。
小吉が死んでしまったのが、もう小吉に会えなくなったのが悲しい。
なのに、あたしの身体を使っているわたしは……。
「あはははははは! どうしたの小鬼! あなたの力はそんなもの?」
嬉しそうに、幸せそうに力を振るってる。
歩を進めれば突風を巻き起こし、左手を振れば稲妻が走る。右手を振れば地面がめくれた。
その力を振るうたびに、幸福感があたしの心まで満たしていく。
「ほらっ! 少しは反撃しなさいよ! わたしを殺すのでしょう? そのために、愛する妹を追い詰めたのでしょう?」
兄様は反撃してる。
でも、届いていない。
同じ力を使っているのに、兄様の攻撃はあたしに届く前に霧散してしまう。
「まさか、これ程とはね。伊達に、千年以上も存在し続けていないか」
「当たり前よ。わたしはずっと蓄えて来た。何人も、何十人も、何百人もの子供たちから感情を奪い、この日のために力を蓄えて来た。お前のように、高々千人分の感情をメッキ代わりに付けた力とは根本から違うわ」
それは質の違い。
人数的には、兄様が取り込んだ数の方が多い。
でも、それは1日分の感情でしかない。
一人の人間が生まれてから死ぬまでの感情を凝縮し、それを何百回も繰り返したこの力は、兄様の仮初の力とは量も質も段違い。
「ほら、その証拠に、お前はこんなにも脆い」
「ぐぅ……!」
わたしが兄様に向けた右手を握ると、兄様の右足が何かに握りつぶされたようにグチャグチャになった。
「次は、左手」
その言葉と共に、兄様の左腕が肩から千切れた。
何かに無理矢理引っこ抜かれて、兄様は左腕を根本から失った。
可哀想だとか、痛そうだななんて思わない。
だって、兄様の自業自得だもの。
痛い思いをするのも、苦しい思いをするもの兄様が悪いから。
あたしから小吉を奪った、兄様が全部悪いの。
もし喋れたなら「ざまぁみろ」って言ってやってたわ。
「ああ、気持ちいい。お前の苦しそうな顔が、痛みをこらえる呻き声が、わたしの心を満たしてくれる。千年の渇きを潤してくれる。わたしに、生きていると実感させてくれる」
このまま目につく人間の命を喰らい、復讐を成就させよう。
もう一つの子孫たちも、彼の子孫も全て喰らって、この子だけにしてしまおう。
この子だけが、彼の血を引く唯一の子。
わたしと彼の愛の結晶。
だから、他は要らない。
何もいらない。
全て食いつくして、この国をこの子だけの物にしてやる。
「させないよ」
もう、全て明け渡してしまおう。
あたしの意識も全部、もう一人のわたしに食べてもらおう。
そう決めたのに、聞こえないはずの声があたしを踏み止まらせた。
どうして、小吉の声が聞こえるの?
死んだはずなのに、どうして小吉が、兄様の隣に立っているの?
「ど、どうして逃げなかった。君が出てきたら、全て台無しになってしまうじゃないか!」
「そんなの、知ったことじゃない」
ああ、小吉だ。
間違いなく小吉だ。
小吉は死んでなかったんだ。
あたしが、早とちりしちゃっただけだったのね。
「……小鬼の言う通りよ。あのまま死んでれば良かったのに。あなたが出てきたせいで、この子が動揺しているじゃない」
「なら、出てきたのは正解だったね。ナナさんはまだ、完全に君に取り込まれてはいない。まだ、人に戻れる」
人に戻れる?
そうね。
戻らなきゃ。
小吉が生きているのなら、鬼である必要なんてない。
あたしは人として、小吉の隣に帰るの。
「帰さないわ。この身体は返さない。全てを滅ぼすまで、絶対にこの身体は……」
「いいや、返してもらう」
さっきまで夢見心地で朧気だった意識が、小吉の声を聞いた途端にハッキリした。
小吉の姿を見た瞬間から、身体の感覚も戻り始めた。
「やめてくれ小吉! せっかく、ようやく鬼が倒せるんだ! 僕たちに課せられた呪いを終わらせられるんだ!」
「君んちの事情なんか知るか。僕はナナさんを助けたいだけだ。愛するナナさんと一緒にいたいだけだ」
「女なんて他にいくらでもいるだろう! 愛したなんてくだらない理由で、僕たち一族の悲願成就を邪魔しないでくれ!」
「愛がくだらない? 馬鹿なことを言うな六郎兵衛。あの鬼は、その愛の果てに生まれたモノだろう!」
そうだ。
小吉の言う通りよ。
あたしの中にいた鬼は、愛する人と引き離された恨みから生まれた。
誰かを愛して引き離されるたびに、その力を増していった。
愛ゆえに強くなり、醜くなり、狂っていった。
「ここであの鬼を滅ぼせなければ、未来で同じことが繰り返されるんだよ? その時の暮石は、僕みたいに生け贄に温情なんてかけないかもしれない。関わった者を全員殺すかもしれないんだ! それでも良いのかい!?」
「何度も言わせないでくれ。知ったことか! 仮にこの先、同じことが起こったとしても僕は同じことをする! ナナさんのせいで千人の人間が死ぬかもしれないのなら、僕はその千人全てを救おうじゃないか!」
うん、小吉なら、そうするでしょうね。
そんな小吉だから、あたしは好きになった。
弱いのに意地っ張りな小吉に、あたしは恋をした。
臆病なのに強情な小吉を、あたしは愛した。
「だから、戻ってこい。僕のところに戻ってこい! ナナ!」
小吉が呼んでる。
両手を広げて、小吉があたしを求めてくれてる。
「やめ……ろ。出てくる……な」
「嫌じゃ。あたしは小吉のところに帰る。じゃけぇ、あんたはまた、あたしの中で寝ちょれ!」
そう言うと、もう一人のわたしは「口惜しや……」とだけ言って、あたしの中に消えていった。
それと同時に、身体の感覚も完全に戻ったんだけど、それまで術を使いまくられたせいか疲労感が凄い。
「ナナ!」
「小……吉」
立っていられなくて、前のめりに倒れそうになったあたしを、小吉が抱き締めてくれた。
ああ、小吉の匂いだ。
血と埃、煙の匂いが混じってるけど、小吉の匂いがあたしの心を落ち着かせてくれる。
小吉の温もりが、あたしを癒してくれる。
「とんでもない事をしてくれたね、小吉。おかげで父様の……いや、今までに死んだ者全ての命が無駄になったじゃないか。こんなことなら、情けなどかけずに殺しておけば良かった」
「今からでも、遅くはないんじゃないのかい?」
「それ、本気で言ってる? 今の僕に、君をどうこうできると思うかい?」
思えないわね。
兄様は、さっきまでのあたしに左腕と右足を千切られて死ぬ寸前。
喋れてるのが嘘みたいだわ。
「七郎次……。最後に、兄としてお前に言っておきたいことがある。聞いてくれるかい?」
遺言でも言おうってのかしら。
そんなものは聞きたくない。さっさと死ね。
が、あたしの本音よ。
でも、小吉は聞いてやれとばかりに、視線であたしを兄様へとうながした。
「で、何?」
だから仕方なく、本当に仕方なく、嫌々兄様のそばに来た。
そしたら兄様は、消え入りそうなくらい小さな声で……。
「次は、お前が苦しむ番だ」
と言って、息を引き取った。