愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第七十二話 真実(裏)

 

 

 

 許せない。

 あたしが大好きな小吉を、あたしが愛した小吉を兄様は奪った。

 憎い。

 あたしから小吉を奪った兄様が、小吉がいなくなったこの世界が憎い。

 悲しい。

 小吉が死んでしまったのが、もう小吉に会えなくなったのが悲しい。

 なのに、あたしの身体を使っているわたしは……。

 

 「あはははははは! どうしたの小鬼! あなたの力はそんなもの?」

 

 嬉しそうに、幸せそうに力を振るってる。

 歩を進めれば突風を巻き起こし、左手を振れば稲妻が走る。右手を振れば地面がめくれた。

 その力を振るうたびに、幸福感があたしの心まで満たしていく。

 

 「ほらっ! 少しは反撃しなさいよ! わたしを殺すのでしょう? そのために、愛する妹を追い詰めたのでしょう?」

 

 兄様は反撃してる。

 でも、届いていない。

 同じ力を使っているのに、兄様の攻撃はあたしに届く前に霧散してしまう。

 

 「まさか、これ程とはね。伊達に、千年以上も存在し続けていないか」

 「当たり前よ。わたしはずっと蓄えて来た。何人も、何十人も、何百人もの子供たちから感情を奪い、この日のために力を蓄えて来た。お前のように、高々千人分の感情をメッキ代わりに付けた力とは根本から違うわ」

 

 それは質の違い。

 人数的には、兄様が取り込んだ数の方が多い。

 でも、それは1日分の感情でしかない。

 一人の人間が生まれてから死ぬまでの感情を凝縮し、それを何百回も繰り返したこの力は、兄様の仮初の力とは量も質も段違い。

 

 「ほら、その証拠に、お前はこんなにも脆い」

 「ぐぅ……!」

 

 わたしが兄様に向けた右手を握ると、兄様の右足が何かに握りつぶされたようにグチャグチャになった。

 

 「次は、左手」

 

 その言葉と共に、兄様の左腕が肩から千切れた。

 何かに無理矢理引っこ抜かれて、兄様は左腕を根本から失った。

 可哀想だとか、痛そうだななんて思わない。

 だって、兄様の自業自得だもの。

 痛い思いをするのも、苦しい思いをするもの兄様が悪いから。

 あたしから小吉を奪った、兄様が全部悪いの。

 もし喋れたなら「ざまぁみろ」って言ってやってたわ。

 

 「ああ、気持ちいい。お前の苦しそうな顔が、痛みをこらえる呻き声が、わたしの心を満たしてくれる。千年の渇きを潤してくれる。わたしに、生きていると実感させてくれる」

 

 このまま目につく人間の命を喰らい、復讐を成就させよう。

 もう一つの子孫たちも、彼の子孫も全て喰らって、この子だけにしてしまおう。

 この子だけが、彼の血を引く唯一の子。

 わたしと彼の愛の結晶。

 だから、他は要らない。

 何もいらない。

 全て食いつくして、この国をこの子だけの物にしてやる。

 

 「させないよ」

 

 もう、全て明け渡してしまおう。

 あたしの意識も全部、もう一人のわたしに食べてもらおう。

 そう決めたのに、聞こえないはずの声があたしを踏み止まらせた。

 どうして、小吉の声が聞こえるの?

 死んだはずなのに、どうして小吉が、兄様の隣に立っているの?

 

 「ど、どうして逃げなかった。君が出てきたら、全て台無しになってしまうじゃないか!」

 「そんなの、知ったことじゃない」

 

 ああ、小吉だ。

 間違いなく小吉だ。

 小吉は死んでなかったんだ。

 あたしが、早とちりしちゃっただけだったのね。

 

 「……小鬼の言う通りよ。あのまま死んでれば良かったのに。あなたが出てきたせいで、この子が動揺しているじゃない」

 「なら、出てきたのは正解だったね。ナナさんはまだ、完全に君に取り込まれてはいない。まだ、人に戻れる」

 

 人に戻れる?

 そうね。

 戻らなきゃ。

 小吉が生きているのなら、鬼である必要なんてない。

 あたしは人として、小吉の隣に帰るの。

 

 「帰さないわ。この身体は返さない。全てを滅ぼすまで、絶対にこの身体は……」

 「いいや、返してもらう」

 

 さっきまで夢見心地で朧気だった意識が、小吉の声を聞いた途端にハッキリした。

 小吉の姿を見た瞬間から、身体の感覚も戻り始めた。

 

 「やめてくれ小吉! せっかく、ようやく鬼が倒せるんだ! 僕たちに課せられた呪いを終わらせられるんだ!」

 「君んちの事情なんか知るか。僕はナナさんを助けたいだけだ。愛するナナさんと一緒にいたいだけだ」

 「女なんて他にいくらでもいるだろう! 愛したなんてくだらない理由で、僕たち一族の悲願成就を邪魔しないでくれ!」

 「愛がくだらない? 馬鹿なことを言うな六郎兵衛。あの鬼は、その愛の果てに生まれたモノだろう!」

 

 そうだ。

 小吉の言う通りよ。 

 あたしの中にいた鬼は、愛する人と引き離された恨みから生まれた。

 誰かを愛して引き離されるたびに、その力を増していった。

 愛ゆえに強くなり、醜くなり、狂っていった。

 

 「ここであの鬼を滅ぼせなければ、未来で同じことが繰り返されるんだよ? その時の暮石は、僕みたいに生け贄に温情なんてかけないかもしれない。関わった者を全員殺すかもしれないんだ! それでも良いのかい!?」

 「何度も言わせないでくれ。知ったことか! 仮にこの先、同じことが起こったとしても僕は同じことをする! ナナさんのせいで千人の人間が死ぬかもしれないのなら、僕はその千人全てを救おうじゃないか!」

 

 うん、小吉なら、そうするでしょうね。

 そんな小吉だから、あたしは好きになった。

 弱いのに意地っ張りな小吉に、あたしは恋をした。

 臆病なのに強情な小吉を、あたしは愛した。

 

 「だから、戻ってこい。僕のところに戻ってこい! ナナ!」

 

 小吉が呼んでる。

 両手を広げて、小吉があたしを求めてくれてる。

 

 「やめ……ろ。出てくる……な」

 「嫌じゃ。あたしは小吉のところに帰る。じゃけぇ、あんたはまた、あたしの中で寝ちょれ!」

 

 そう言うと、もう一人のわたしは「口惜しや……」とだけ言って、あたしの中に消えていった。

 それと同時に、身体の感覚も完全に戻ったんだけど、それまで術を使いまくられたせいか疲労感が凄い。

 

 「ナナ!」

 「小……吉」

 

 立っていられなくて、前のめりに倒れそうになったあたしを、小吉が抱き締めてくれた。

 ああ、小吉の匂いだ。

 血と埃、煙の匂いが混じってるけど、小吉の匂いがあたしの心を落ち着かせてくれる。

 小吉の温もりが、あたしを癒してくれる。

 

 「とんでもない事をしてくれたね、小吉。おかげで父様の……いや、今までに死んだ者全ての命が無駄になったじゃないか。こんなことなら、情けなどかけずに殺しておけば良かった」

 「今からでも、遅くはないんじゃないのかい?」

 「それ、本気で言ってる? 今の僕に、君をどうこうできると思うかい?」

 

 思えないわね。

 兄様は、さっきまでのあたしに左腕と右足を千切られて死ぬ寸前。

 喋れてるのが嘘みたいだわ。

 

 「七郎次……。最後に、兄としてお前に言っておきたいことがある。聞いてくれるかい?」

 

 遺言でも言おうってのかしら。 

 そんなものは聞きたくない。さっさと死ね。

 が、あたしの本音よ。

 でも、小吉は聞いてやれとばかりに、視線であたしを兄様へとうながした。 

 

 「で、何?」

 

 だから仕方なく、本当に仕方なく、嫌々兄様のそばに来た。

 そしたら兄様は、消え入りそうなくらい小さな声で……。

 

 「次は、お前が苦しむ番だ」

 

 と言って、息を引き取った。 

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