六郎兵衛との一件が片付いてからの日々は、幸せの一言に尽きる。
あの戦いで怪我をした人たちは今でも入院中なのに、比較的軽傷で済んだ僕とナナさんは、僕の自宅で新婚生活さながらの日々を謳歌している……と、僕は思っていた。
でも、そう思っていたのは……。
「僕だけだったのかな……」
最初の数日は、ナナさんもそうだったと思う。
でも日を追うごとに、ナナさんの様子がおかしくなっていった。
一週間も経った頃には、ナナさんは出会った頃のような無表情に戻っていた。
一ヶ月経った今は、口調まで以前のような棒読みになっている。
「僕、何かしたのかな……」
父親と兄を亡くしたばかりのナナさんに、僕の両親に紹介すると言ったのが無神経過ぎたんだろうか。
それとも、新婚旅行先に熱海を選んだのが嫌だったんだろうか。
まさか、時も場所も選ばずイチャイチャしたがる僕に嫌気がさしたんじゃ……。
「本人に聞いてみるのが一番なのでは?」
「それができたら苦労しないよ」
そりゃあ、沖田君は奥さんと何でも言い合う仲だからそう言えるんだろうけど、僕とナナさんはそこまでの仲になってないんだ。
「わたくしも、最近の七郎次の態度はおかしいと思いますが、結婚を控えてナーバスになっているだけなのかもしれませんよ?」
「マリッジブルーってやつ?」
「そう、それです。わたくしの妻も、式を挙げる前は何かに悩んでいました」
なるほど、マリッジブルーか。
ただでさえ一般常識や知識に偏りがあるナナさんだから、初めての感情に戸惑ってどうして良いかわからなくなっているのかもしれない。
「予定通りなら、あと数年でまた戦争です。今の内に、悔いのないようにしておくべきでは?」
「そうだね。でも、それは君もじゃない?」
「わたくしも……ですか?」
「そう。君んとこ、子供はまだだろう? 休みをあげるから、今の内に作っときなよ」
「それは、ありがたいのですが……」
「僕に、子供の名付け親になってほしいんだろ?」
あれ?
そうじゃなかったっけ?
なんだか申し訳なさそうに「その件ですが……」とか言ってるんだけど……。
「実はもう、男だった場合の名前は決めてしまいまして……」
「へえ、そうなんだ。何てつけるの?」
「それは、まだ秘密で」
むむ、それは気分が良くないぞ。
できてもない子供の名付け親になってくれと頼んで、僕を散々……悩んでないけど、一応は悩ませたのに、決めちゃったからもういいは無いし、教えないのはもっと無い。
「良いじゃぁ~ん。教えてよ沖田く~ん」
「気持ち悪いのでやめてください。心配しなくても、子供が産まれたらいの一番に教えますよ」
だから、いつ作るのさ。
さっさと作らないと、僕の方が先に作っちゃうぞ。
みたいなノリになっちゃったので、その晩は久々にナナさんを床に誘ってみた。
そして……。
「ねえ、小吉」
「ん? なんだい?」
「最初の子は、男の子がええ? それとも、女の子がええ?」
憧れのピロートークの最中に、「僕には縁がない質問だな~」と思っていた質問が、ナナさんの口から飛び出した。
最初は男か女か……か。
僕としては、どっちも捨てがたいから……。
「両方」
と、真剣な顔をして言った。
でもナナさん的には無いらしく、「は?」って言われちゃったよ。
まあ、産むナナさんからしてみれば、一度に二人はしんどいよね。「」
でも、それには理由があって……。
「僕はさ、男の子が産まれたら一緒にキャッチボールがしたい。女の子だったら、「将来はパパのお嫁さんになる」って、言ってもらいたいんだ。だから、もし叶うなら、男の子と女の子の双子が良い」
「順番じゃ駄目なん?」
「それでも良いんだけど……。ほら、僕は数年後には戦争しに行くから、万が一もあり得る。だから、一度に授かれるなら、その方が良いんだ。ナナさんには、負担がかかっちゃうけどね」
次の戦争で死んじゃうかもしれないから、未練を残したくないんだ。
あれ?
でも、ナナさんが急に子供の話をしてきたってことは……。
「あ、そういう話をするってことは、もしかして……」
「ああ、違う。あたしが妊娠したらの話」
なんだ、妊娠したからじゃあないのか。
残念にも思うけど、少し安心した自分が意外だ。
ナナさんとの子供は欲しい。
是が非でも欲しいし、生まれたら全身全霊をかけて猫可愛がりする。
でも、僕はナナさんと二人だけの時間をもっと堪能したいとも思ってるんだろうな。
だから、先の話だとわかって安心したんだろう。
「そっか。でも、男の子にして……も、女の子にしても、ナナさんの子供なら可愛いだろう……ね」
「もう、寝る?」
「うん、久しぶりだった……からかな。疲れちゃっ……」
そのせいか、急激な眠気に襲われた。
もっとナナさんと話したいのに、僕はこの眠気に勝てそうにない。
でも、勝てなくても良いんだよね。
だって、ナナさんはずっといる。
僕と結婚して、この先もずっと一緒に暮らすんだ。
そう、思っていたのに……。
「あれ? ナナさん?」
翌朝。
目が覚めると、隣で寝ていたはずのナナさんの姿がなかった。
布団に温もりも残っていないと言うことは、夜が明ける前に布団から出てどこかへ行ったんだ。
「これは……ナナさんの?」
そして枕元には、ナナさんの物と思われる
その手紙には……。
「さようなら……」
と、いくつもの涙の痕と、震える手で無理矢理書いたように歪んだ文字で書いてあった。