愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第七十四話 別れ(裏)

 

 

 「次は、お前が苦しむ番だ」

 

 兄様が残したその言葉が、あたしの頭にこびりついて離れない。

 どうして、あたしが苦しまないといけないんだろう。

 兄様は何に、苦しんでいたんだろう。

 その疑問に誘われるように沸き上がる不安と恐怖を押さえ込もうとしていたら、あたしは以前のあたしに戻っていた。

 可愛げのない無表情で、愛嬌のない声のあたしに。

 

 「そのせいでぇ、小吉さんが悩んでるのぉ?」

 「うん、たぶん。しずおねーちゃんは、何であたしがこうなったんかわかる?」

 

 だから、小吉の家で療養中のしずおねーちゃんに相談してみた。

 兄様の遺言でこうなっちゃったんだから、暮石の術を無効化できるしずおねーちゃんなら、どうにかできると思って。

 

 「わかるわけないじゃなぁい。だってぇ、何か暗示をかけられた訳じゃないんでしょうぉ?」

 「そうじゃけど……」

 「それにねぇ。七郎ちゃんはぁ、私からしたら六郎ちゃんの仇なのよぉ? 仮に、六郎ちゃんが何らかの術をかけていたとしてぇ、助けてあげると思うぅ?」

 「思わんけど……」

 

 しずおねーちゃんくらいにしか相談できないから、そうしたの。

 そりゃあ、やったのはあたしとは言いがたいけど、兄様を殺したのは鬼になったあたしだから、仇と言われても仕方がない。

 でも、そう仕向けたのは兄様なのよ?

 

 「はぁ……。ごめんなさい。意地悪をするつもりはないのよ。ただ、やっぱりやりきれなくて……」

 「しずおねーちゃんも、兄様の計画に荷担しちょったけぇ?」

 「そうねぇ、それもあるわぁ。彼と初めて会った日に、長年の誤解が解けた私たち瓶落水と六郎ちゃんは、協力することになったわぁ」

 「あたしを鬼にして、殺す計画に?」

 「そう。わたしの曾祖父と暮石の初代が間抜けなことをしたせいで生じた誤解が解けた私たちは、その計画にのった。もっとも、見返りは貰ったけどねぇ」

 「見返り?」

 

 あたしが聞き返すと、しずおねーちゃんは布団の上に正座して、右手で下腹を愛おしそうに撫でた。

 もしかして、見返りって……。

 

 「ここには、私と六郎ちゃんの子が宿ってるわぁ」

 「兄様の……子供?」

 「そう。ただし、瓶落水として育てるつもりよぉ。名前はそうねぇ……。瓶落水ではあるけどぉ、暮石としては八人目だから、進八(しんぱち)とでもつけようかしらぁ」

 「女じゃったら、どうするん?」

 

 いや、目をパチクリさせて「それは考えてなかった」って言いそうな顔をしてるけど、その可能性もあるでしょ?

 たしか瓶落水って暮石とは違って、女だったら女みたいな読みにするのよね? 

 実際、しずおねーちゃんは『しず』って読みだし、母親は『三進(みすず)』なんでしょ?

 

 「女の子だったら……五進(いすず)にでもしようかしらぁ」

 「それは困る」

 「どうしてぇ?」

 「そんな曖昧なことされたら、八が使いづらい」

 「使いづらいって……。まさかあなた……」

 「うん。あたしのお腹には、小吉との子がおる」

 

 今はまだ、月の物が遅れてるくらいしか兆候はない。

 でも、あたしにはわかる。

 あたしの身体は、小吉との間にできた子を育むために作り変わろうとしているし、お腹にあたし以外の命を感じるもの。

 

 「わかったわぁ。じゃあ、女の子だったら進八(すずや)にするわぁ。それなら、安心して九が使えるでしょう?」

 「いやいや、しずおねーちゃんが五をつかえばええじゃないね」

 「それは駄目よぉ。だって、六郎ちゃんとこの子の繋がりが薄れちゃうじゃない」

 「兄様との、繋がり?」

 「そうよぉ。もし計画通りに終わったら、この子は暮石として育てる予定だった。だから、八を使いたいの。六郎ちゃんとあなたの次であるこの子の名前に、父親との名前の繋がりを残してあげたいのよぉ。時期を考えるとぉ、この子の方が生まれるのが先だしねぇ」

 

 名前に、親との繋がりを残す……か。

 もしかして、暮石がかたくなに○郞とつけるのは、親と子の繋がりを少しでも残そうとしてたからなのかしら。

 だったら、あたしがこの子につけるべき名前は……。

 

 「小九郎(こくろう)? それとも、九郎次(くろうじ)? それとも、次九郎(つぎくろう)?」

 「どれも語呂が悪いわねぇ……」

 「あたしもそう思う」

 

 でも、そうしたいと思ってしまった。

 いいえ、そう決めてしまった。

 小吉に反対されるかもしれないけど、あたしが本気でお願いしたら、小吉は笑顔で賛成してくれるかもしれない。

 いいえ、させる。

 

 「ところでぇ、鬼はその後どう?」

 「どう、とは?」

 「大人しくしてるぅ? 出てくる気配はなぁい?」

 「ないけど……」

 「そう、なら良いけどぉ」

 

 なんだか、含みがある言い方ね。

 でも、それが切っ掛けだったんだと思う。

 その日から、あたしの中にいる鬼の鼓動を感じるようになった。

 あたしの胸の内ではなく、お腹から感じるようになったの。

 それは日を追うごとに大きくなり、二週間も経つと、鼓動が声になって頭に響くようになった。

 ここから出せ。

 早く代を進めろ。

 わたしが宿るに相応(ふさわ)しい身体を産め、育てろと、頭の中で繰り返し呟いた。

 

 「殺されちょくべきじゃったんじゃろうか」

 

 あたしの中にいた鬼は、すでに新たな宿主へと移ってる。

 あたしが身体を明け渡すと言っても、たぶん鬼はもう出てこない。

 

 「この子がもし女の子じゃったら……」

 

 鬼の器、形代(かたしろ)に成り得る。

 そうなったら、あたしは暮石としてこの子を殺さなければならなくなる。

 だってそうしなければ、みんな殺される。

 歌も、地華も、天音もジュウゾウも、しずおねーちゃんも。

 そして、小吉も……。

 

 「だったら、今の内に……」

 

 今の鬼に、身を守る術はない。

 あたしがお腹を刺せば、簡単に殺せる。

 でも、それはしたくない。

 だってこの子は、あたしの子であり、小吉の子。

 あたしと小吉の愛の結晶なの。

 その子を殺すなんて、あたしにはできない。

 

 「ねえ、小吉」

 「ん? なんだい?」

 「最初の子は、男の子がええ? それとも、女の子がええ?」

 

 あたしは久しぶりに小吉と重なったあとに、どっちが良いか聞いてみた。

 そしたら小吉は……。

 

 「両方」

 

 と、真剣な顔をして言ったわ。

 あたしはついつい「は?」と、返しちゃったけど、小吉は……。

 

 「僕はさ、男の子が産まれたら一緒にキャッチボールがしたい。女の子だったら、「将来はパパのお嫁さんになる」って、言ってもらいたいんだ。だから、もし叶うなら、男の子と女の子の双子が良い」

 「順番じゃ駄目なん?」

 「それでも良いんだけど……。ほら、僕は数年後には戦争しに行くから、万が一もあり得る。だから、一度に授かれるなら、その方が良いんだ。ナナさんには、負担がかかっちゃうけどね」

 

 それは、負担どころではないのでは?

 育てるのはともかく、二人もひり出すとか考えただけでゾッとするんだけど……。

 

 「あ、そういう話をするってことは、もしかして……」

 「ああ、違う。あたしが妊娠したらの話」

 

 あたしは、咄嗟に嘘をついた。

 本当は身籠っているのに、言っちゃ駄目な気がしたから。

 

 「そっか。でも、男の子にして……も、女の子にしても、ナナさんの子供なら可愛いだろう……ね」

 「もう、寝る?」

 「うん、久しぶりだった……からかな。疲れちゃっ……」

 

 言い終わる前に、小吉は寝息を立て始めた。

 小吉の幸せそうな寝顔を見ていたら、あたしまで幸せな気分になる。

 でも、同じくらい不安にもなった。

 あたしはこの子を産んでも良いの?

 あたしは、小吉のそばにいても良いの?

 あたしがいたら、小吉は戦争に行くよりも危ない目に遇うんじゃないの?

 そんな不安が胸の内に膨らみ始めた。

 

 「嫌じゃ……小吉と一緒におりたい」

 

 でも、あたしがいたら小吉は死ぬ。

 

 「この子も、産んであげたい」

 

 でも、この子が女の子だったら、小吉の敵になるかもしれない。

 

 「そんなの、絶対に嫌……」

 

 この子と小吉を争わせたくない。

 小吉にこの子を、この子に小吉を殺させるようなことはしたくない。

 でも、じゃあどうする?

 そんなの、考えるまでもない。

 

 「ごめん。ごめんね、小吉」

 

 あたしは小吉に、「朝まで起きるな」と暗示をかけ、いつもの学生服に着替えてから震える手でなんとか一筆したためて、髪を一握りほど添えて部屋を出て玄関に向かった。

 そしたら、しずおねーちゃんがあたしのトランクを持って立っていた。

 

 「出て、行くのね」

 「うん。あたしは、小吉のそばにおっちゃいけん」

 「そうね。あなたは小吉さんのそばにいちゃ駄目。暮石の宿業に、あの人を巻き込んでは駄目」

 

 そんなの、嫌と言うほどわかってる。

 だから、出て行くと決めた。

 だから、小吉と二度と会わないと決めた。

 

 「その子のことは、小吉さんには黙っておくわ。うちの連絡先を書いた紙もトランクに入れておいたから、困ったことがあれば連絡しなさい」

 「ありがとう、しずおねーちゃん」

 「お礼なんて言わないで良い。これは、私なりの復讐……いえ、八つ当たりなんだから」

 

 と、言いながら申し訳なさそうに微笑むしずおねーちゃんから、あたしはトランクを受け取って小吉の家を出た。

 そして……。

 

 「さようなら……小吉」

 

 と、手紙にしたためたのと同じ言葉を、振り返らずに呟いた。

 

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