愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第七十五話 別れ(番外)

 

 

 ナナ……七郎次を鬼にして殺す。

 その計画を五郎丸から持ちかけられたのは、上官から小吉の暗殺を暮石に依頼しろと命じられた俺が暮石家におもむいた日だ。

 

 「訳を聞かせろ」

 

 その当時の俺は、暮石の悲願など知りもしなかった。

 故に、演技をやめて無表情で俺の前に座る五郎丸に理由を問いただした。

 

 六郎兵衛も七郎次も、俺は赤ん坊の頃から知っている。

 二人は俺をおじと呼んで、それなりに慕ってもくれていた。

 俺にとっては、子供みたいなもんだった。

 だから、実の娘を殺そうとしている五郎丸の気持ちがわからなかったんだ。

 

 「娘を、人として死なせてやるためだ」

 

 吐き出すように言ったその台詞を皮切りに、五郎丸は暮石の悲願と家の成り立ちを俺に話した。

 正直、その時は信じきれなかった。

 暮石の扱う術を何度も目の当たりにしていたのに、内容があまりにもオカルト過ぎて、理解が追い付かなかった。

 

 だが、(いびつ)ながらも五郎丸が父親として七郎次を想い、その計画を立てたのだけはわかった。

 

 「日ごと、七郎次の中の鬼は力を増している。だが、今ならまだどうにかなる。瓶落水と協力し、俺と六郎兵衛が終の段に至ったなら、なんとか倒せる。だから、お願いだ猛。協力してくれ」

 

 俺は渋々ながら、五郎丸の申し出を受け入れた。

 鬼が出てくる条件を整えるために、適当な理由をつけて七郎次と小吉を出会わせ、瓶落水を捜索した。

 

 小吉が六郎兵衛に広島へ行けと以来したのをこれ幸いにと、二家を引き合わせた。

 

 誤算があったとすれば、六郎兵衛が五郎丸を殺してしまったことと、七郎次が小吉に惚れてしまったことだ。

 小吉が七郎次に惚れるのはまあ……なんとなく想像はついていたが、七郎次までそうなるとは夢にも思っていなかった。

 

 それが、計画が失敗した最大の要因だ。

 六郎兵衛は、女として愛していた七郎次を殺させようとする五郎丸が許せずに、殺してしまった。

 七郎次の小吉への想いが強すぎて、せっかく回りくどい真似をして、親友まで裏切ったのに、七郎次は人に戻ってしまった。

 

 いや、それは責任転嫁だな。

 俺が小吉を殺すのだけは勘弁してくれと六郎兵衛に懇願しなければ、六郎兵衛と七郎次の命と引き換えに、暮石の悲願は達成できていたかもしれない。

 俺が甘かったばかりに、計画は失敗したんだ。

 

 「猛おじ様に、お願いがあります」

 

 そんな後悔に悩まされる日々を送っていたある日、七郎次が我が家を訪ねて来た。

 俺がやった陸軍のコートを畳んで、必要最低限の物しか入っていないトランクと共にわきに置き正座をして俺と対面している。

 以前と同じ、仮面のような無表情。

 棒読みにも聞こえる、抑揚のない声。

 違うところがあるとすれば、口調くらいのものだろうか。

 

 「小吉の命を狙っている全ての者の情報を、頂けないでしょうか」

 「それを聞いて、どうするつもりだ?」

 「殺します。小吉が暗殺に怯えなくても良いように、全部殺します」

 

 まあ、そうだろうな。

 小吉から、七郎次がいなくなったと言う連絡は来ていた。

 探してくれとも、頼まれた。

 だが俺には、なんとなくこうなるような気もしていた。

 だから、捜索はしなかった。

 待っていれば、小吉とは一緒にいられないと悟った七郎次が、自分から来るだろうと思っていたからだ。

 

 「これにまとめてある。あとは、お前の好きにしろ」

 

 俺は、あらかじめまとめておいた資料を、七郎次に渡した。

 そのお返しとばかりに、七郎次は「これを、お返しします」と言って、短刀と小太刀を畳に置いた。

 凶器から、俺に繋がるとでも考えたのか?

 それとも、俺との縁を切るためか?

 

 「では、あたしはこれで。それと、くれぐれも、あたしの居場所は小吉に教えないでください」

 「待て、七郎次。俺を殺して行かないのか? 俺は、今回の件の黒幕だぞ」

 

 腰を浮かせようとした七郎次に問うと、七郎次は無表情のまま小首を傾げた。

 なぜ、不思議がる?

 俺はお前と小吉を騙し、利用し、別れる原因を作った張本人だぞ?

 

 「猛おじ様は、小吉の友達でしょう? その猛おじ様が死んだら、小吉が悲しむ。小吉が悲しむことを、あたしはしたくありません」

 

 そう言い残して、七郎次は俺の前から姿を消した。

 その翌日から、陸軍上層部やそれに関わる者たちが相次いで変死する事件が起こり始めたが、俺は他人事のように報告を聴いていた。

 

 

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