愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

77 / 77
第七十七話 依依恋恋

 

 

 

 小吉。

 あなたと別れてから、40年も経ってしまいました。

 歌や龍見姉妹は元気ですか?

 一度、猛おじ様を通して結婚式へのご招待を頂きましたが、あたしは行くことが出来ませんでした。

 いえ、行っては駄目だと思ったんです。

 あたしが行ったら、小吉の邪魔になると思ったんです。

 だって歌と天音が別の男性と結婚したと言うことは、小吉は地華と結ばれたのでしょう?

 なのにあたしが出て行ったら、二人の関係が(こじ)れるかもしれな……いや、これは言い訳ですね。

 あたしは、二人を見たくなかった。

 二人を見てしまったら、あたしはきっと嫉妬に狂ってしまったでしょうから。

 

 「母さん。そろそろ」

 

 おっと、息子が呼びに来た。

 あたしの人生も、あと数時間で終わりのようです。

 

 「ええ、わかったよ。九郎次(くろうじ)

 「婆様、どっか行くん?」

 「うん、ちょっと出掛けて来るよ。小十郎(こじゅうろう)

 

 あたしは、ようやくできた孫の一人、兄の小十郎の頭を撫でながら、息子の九郎次のあとについて家を出て、家からほど近い山へと向かった。

 今でこそ、あなたの名前の一部をあの子に託す事ができて安心していますが、九郎次がなかなか結婚してくれなくて冷や冷やしました。

 良い縁談はありましたし、あの子自身かなりモテたんですが、四十が間近に迫るまで結婚しようとしなかったんです。

 まあ、それはあたしのせいなのかもしれませんね。

 何せあたしは、あの子の目の前であの子の初恋の子を殺した。

 あなたを殺したくないばかりに、あたしはあの子が恋した子を殺したんです。

 

 「小十郎は、連れて来んでえかったんか?あいつは母さんに懐いちょるけぇ、ええ贄になると思うんじゃが」

 「小十郎には、見せたくないのよ」

 「それも、我儘の一つか?」

 「そう、母さんの我儘」

 

 あたしは九郎次に、我儘を一つ聞いてもらいました。

 それは、最初の子に小十郎と名付けてくれと言うお願い。

 もしかしたら九郎次は、その我儘で何かを察して、あたしが不安になるまで結婚しなかったのかもしれません。

 

 「死体の処理は、ちゃんとしなさいよ?」

 「安心せえぇ。陸軍からの連絡役として赴任してきた奴が、ちゃんとやってくれる」

 「隣に越して来た家族かい?」

 「ああ。そうでもなきゃ、うちの隣人になりたがる奴なんかおらんじゃろ?」

 

 そりゃあ、そうだ。

 ああ、だからか。

 だから九郎次は、急に「母さんの首が要る」って言い出したのね。

 

 「陸軍とは、上手くやれそうかい?」

 「一応、母さんの首を差し出しゃあ、母さんがやったことは不問にするって言われちょる」

 「そうかい。じゃあ、ちゃんと殺しなさい」

 

 小吉の安全を確保するついでに、陸軍と(たもと)を別つために殺した奴らの生き残りがいたか。

 そいつが時を経て、暮石家が続いてる事を知ってあたしに復讐しようと、九郎次に仕事の話を持っていったんでしょう。

 九郎次も、あたしへの復讐と術を遺憾なく試せる仕事に就けて、一石二鳥なわけね。

 

 「しきたりじゃあ、本気で殺し合うはずじゃろ?」

 「今の母さんに、戦う力があると思う?」

 

 今のあたしに、戦う力はない。

 術もとっくに使えなくなってるし、短刀の振り方も、身体の動かし方も忘れてしまった。

 そんなあたしにできるのは、死線を見ることくらい。

 あたしの身体を無数に這い回る、九郎次の殺意を見ることくらいよ。

 

 「できるだけ、惨たらしく殺しなさい。あなたの恨みを、少しでも晴らしなさい」

 「ああ、わかっちょる」

 

 その言葉を最後に、九郎次は暮石家に伝わる刀を抜いて、あたしを斬り始めた。

 兄様が使ってた刀で、あたしは何度も斬られた。

 地華から貰った真っ白な着物が、真っ赤に染まった。

 左肩から右脇腹までの一撃に始まり、右腕を落とされ、右肩を突かれ、左足を根元から落とされた。

 それでも、あたしはまだ死ねない。

 出血量から考えたらとっくに死んでるはずなのに、あたしはまだ、死ねてない。

 そんなあたしを、九郎次は泣きそうな顔で見下ろしている

 

 「なん……て、顔をしてるの。アンタは、暮石の小鬼……でしょう?」

 「できん……。俺にゃあ、これ以上母さんを斬れん」

 「何を……」

 

 甘えた事を言っている。

 あたしはアンタを、そんな風に育てた覚えはない。

 ちゃんと恨まれるように、憎まれるように育てて来た。

 あたしは、アンタに……。

 

 「殺してほしかったんじゃろ?母さんは俺に殺されることで、父さんに罪滅ししたかったんじゃろ?」

 「違……」

 

 いや、違わないか。

 そう、あたしは罪滅しがしたかった。

 あなたの血を引くこの子に殺されることで、罪滅しができると思った。

 だから、あたしはそうした。

 それをこの子に悟られていたのは、あたしの落ち度だった。

 

 「じゃあ、もう帰りなさい。放っておいても、母さんはその内死ぬよ」

 「嫌じゃ。まだ……」

 

 ああ、小吉。

 この子はやっぱり、あなたの子です。

 暮石の業に染まりながらも、あなたと同じで心根は優しい。優しすぎる。

 こんな、誰が見ても助からないあたしを、まだ助けようとしてくれてる。

 でも、あたしは……。

 

 「助からん! ええけぇ、言うこと聞いて帰りんさい! この、ド阿呆が! アンタは仕事するって決めたんじゃろうが!」

 「じゃ、じゃけどそれは、女房や子供の命を……」

 「言い訳をするな! アンタは、家族とあたしを天秤にかけて、家族を選んだんじゃろうが! じゃったら、家族のために仕事を全うせぇ!」

 

 そうか。

 アンタは、あたしが殺し損ねた奴に、脅されてたのか。

 

 「九郎次、こっちに来んさい」

 

 ごめんね。

 九郎次。

 母さんは、こんな言い方しかしてあげれない。

 アンタが悩みに悩んで、母さんを殺して家族を守る選択をしたのに、あたしは叱ることしかしてあげられなかった。

 だったら、せめて……。

 

 「アンタは、あたしの自慢の息子。立派に育ってくれた」

 「じゃけど、俺ぁ……」

 「あたしのことは、気にせんでええ。アンタはこれから、その日が来るまで家族を守りんさい」

 

 あたしはこの子が生まれてから、初めて優しい言葉をかけてあげた。

 初めて、頭を撫でてあげた。

 初めて、母親らしいことをしてあげれた。

 

 「これ、アンタが持っちょって」

 「これ……は?」

 「昔、アンタのお父さんに貰った物よ」

 

 小吉に貰った写真入りのペンダントを渡した。

 九郎次は、開くことに気づいておもむろに開いて、中を見始めた。

 あたしの若い頃を見られるのは、少し気恥ずかしいわね。

 

 「これ、若い頃の母さん? じゃあ、隣の海軍軍人は……」

 「アンタの、お父さん……」

 

 初めて見る父親の姿が新鮮なのか、九郎次はしげしげとペンダントをの写真を見つめている。

 それは持って帰って良いから……。

 

 「もう行きい。アンタの家族のところへ、帰りんさい」

 

 そう言って、渋るあの子を帰らせた。

 あの子の人らしい泣き顔を、冥土の土産にちょうど良いと思えたあたしは、術が使えなくなっても人でなしみたいね。

 

 「あぁ……痛い」

 

 苦しい。

 辛い。

 泣きたい。

 (わめ)きたい。

 叫びたい。

 でもそれ以上に、あたしは……。

 

 「小吉に、会いたい……」

 

 小吉の声が聴きたい。

 小吉の匂いを嗅ぎたい。

 小吉に触れたい。

 小吉に触れて欲しい。

 ああ、なんてあたしは未練がましいんだろう。

 自分から捨てたクセに。

 暮石の呪縛に抗わなかったあたしが悪いのに、小吉に会いたくて仕方がない。

 愛してほしくて、気が狂いそうになる。

 

 「嫌……じゃぁ。このまま……死にとぉない」

 

 散々殺してきたクセに、いざ自分が死にそうになったらこれだ。

 醜い。

 汚らわしい。

 浅ましい。

 こんな自分を知るくらいなら、あの子が一人立ちできた時点で死んでればよかった。

 

 「助……けて。小吉ぃ……助けてよぉ」

 

 今なら、あの鬼が生まれた理由も、その子たちが術を作った理由もわかる。

 きっと、こんな気持ちだったんだ。

 恨んで、憎んで、そして呪った。

 引き離した者と、それに抗う術を持たなかった自分を呪って鬼になってしまった。

 そして子供たちは、そんな母親を人に戻すために殺そうと、二つの術を編み出した。

 そして自分たちの心すら殺し続けて、似たような存在になってしまった。

 どんなに恨んでいても、どんなに憎んでいても、何もかも吐き出させて、最後の瞬間だけは人として死ねるように。

 あの世で母が、人として愛した人と再び逢えるように。

 

 「小吉に……会いたい。あなたに、会い……たい」

 

 言葉とともに、あたしの中から何かが抜けていく。

 小吉と別れてから40年。

 積もりに積もった想いが、血と一緒に流れていく。

 あたしが、抜けていく。

 

 「もし、来世があるなら……」

 

 今度こそ、あなたと結ばれたい。

 そう願って瞳を閉じたあたしは、いつの間にか何もない真っ白い空間で、一人佇んでいた。

 ここが、あの世ってやつなのかしら。

 話で聴いた(さい)の河原も三途の川もどころか、自分が立っているのかすらわからなくなるほどこの真っ白な空間には何もない。

 

 「ここで待っちょきゃあ、小吉も来るんじゃろうか」

 

 そうでないなら、ここにいる意味はない。

 さっさと地獄にでも堕ちて、責め苦でも受けていた方が暇潰しになる。

 

 「やっぱ、お前はその格好が似合うな」

 「この声……地華?」

 「おうっ! お前のおかげで行き遅れちまった地華様だよ」

 

 声がした方へ振り向くと、花火の時に着ていた浴衣を着た地華がいた。

 いや、あたしが知ってる地華より老けてる気がする。

 それに対してあたしは、あの頃着ていた学生服姿。

 手や足を見る限り、体もあの頃に戻ってるっぽいけど、それでもこの歳でこの格好はかなり恥ずかしいわね。

 

 「小吉の大将も頑固だったが、お前もたいがいだよなぁ。結局、誰とも結婚しなかったんだろ?」

 「うん……。そう言う地華は?」

 「行き遅れたって言ったろ? お前が姿を消してから、ずっと小吉の大将のそばにいたけど、結局あの人は、オレが死ぬまでお前一筋だったよ」

 「そう……なんだ」

 

 正直、それは嬉しい。

 でも、地華に申し訳なく感じる。

 だって地華は、あたしよりもずっと長く小吉と一緒にいたのに、その想いに応えてもらえなかったんだから。

 

 「お前があれから、どう過ごしたのか聞かせろよ。小吉の大将が来るまでの暇潰しには、なると思うぜ?」

 「聞いても、面白ぉないよ?」

 「構わねぇよ。それにオレも、お前に聞かせたい話が山ほどあるしな」

 「文句じゃのぉて?」

 「それ込みだ」

 

 そう言って、地華は微笑みながらあたしの横に腰をおろした。

 それに従って、あたしも。

 

 「その内、姉ちゃんや歌も来るんじゃねぇかな」

 「そしたら、二人にも話さんとね」

 「そうだな。それまではお互いの人生を聞かせあいつつ、小吉の大将を見てようぜ」

 

 すぐには、地華が言ってることの意味がわからなかった。

 でも、地華に「上、見てみな」と言われて視線を移してみたら、そこには小吉がいた。

 白い空を四角くくり貫いた空間に、年を取った小吉が映っていた。

 

 「あちゃぁ。ありゃあ、まだまだくたばりそうにねぇぞ」

 「ええよ。ゆっくりでええ。だって、ここで見ちょれるんじゃもん」

 

 溢れだした涙を拭いもせずに答えたあたしに、地華は「そうだな」と応えて、あたしの頭を抱き寄せてくれた。

 そして二人で、人生を懸けて愛した男の生涯を、一緒に見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。