クロムに憑依転生   作:石猿

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ネタ被りする前に一話だけ。
一般人が鉱石とか火薬とか薬とかの詳細な知識が揃ってるわけないじゃん?


E=1 REPLICA

 記憶が溢れたその時、楽園のように無限に広がる花園の中にお前()はいた。

 

「クロム君」

 

 唇から溢れる声は玲瓏で──『玲瓏』なんて言葉知らないはずなのに。

 

「私の病気は治らないんだって」

 

 風に(なび)く金紗の髪──『金紗』なんて実物を知らないはずなのに。

 

「大人になるまでは生きてられないって──」

 

 諦観を(たた)えた双眸は瑠璃(ラピスラズリ)の如く──お前()の名の意味すらも、知らないはずだったのに。

 

()任せろよ(任せてよ)、ルリ」

 

 一瞬で溢れ出した記憶の中のお前()も同じことを言っていた。だから()も記憶と同じように、口から言葉が溢れたんだ。

 

「なんでも探して、俺がいつか絶対治してやっからよ(みせるから)

 

 それを聞いたお前()は困ったように笑った。聞き分けの無い弟を見るように、まるで聡明な賢者のように。それが()に残った残滓を微かに締め付けた気がした。

 ──ああ、吐き気がする。

 

 

 

 

 

 

『Dr.STONE』と言う作品がある。

 舞台は現代の地球──それを、ある日突然謎の光が世界を襲い、人類全てが石化した後の世界。石化の光の約三千七百年後、文明が崩壊した日本で目覚めた科学大好き高校生『石神千空』が、仲間と共に科学文明の再興を目指して奮闘するSF漫画。あらすじとしては、こんなところか。

 その物語において登場する、千空の科学復興の鍵となる一つの村。詳しくは省くが、千空が石化から蘇る以前から存在し続けた原始的な村。

 そこには一人の『クロム』という少年がいる。

 クロムという人物は本来なら(原作では)病に苦しむ好きな女の子、村の巫女『ルリ』のために奮闘し、また千空と共に科学を発展させていく仲間として活躍する少年である。

 それが僕が()()()()()こと。そして僕はその『クロム』として生を受けている。

 

 つまり、どうやら僕は漫画の中のキーパーソンに憑依転生してしまったようなのだ。

 

 なぜあのタイミングでそんな記憶を得たのか分からないが、とにかく物語の中に転生と言う非科学的──いや、主人公の千空風に言わせてもらうなら()()()()な状況に陥っていることに気付いた。

 前世とは言っても僕は平凡な、本当に凡庸な学生で、化学も物理学も心理学も、およそ科学と呼ばれる初歩の初歩を知識として持っているくらいの子供だった。地震で倒壊した工事現場の足場に巻き込まれてあっさり死んだという、やや稀有な死に方をしただけの凡俗。

 しかも『Dr.STONE』の詳細も覚えていない。アニメで少し見て、漫画も並行して八巻ぐらいまで二、三巡した程度。ガラスの製法ならば硅砂を辛うじて覚えているぐらいで、病を治すサルファ剤の製法なんてロクに覚えていない。硫酸やら電気分解を利用した水酸化ナトリウム作成やら、端々を少し覚えている程度。その原作も中途半端なところまでしか知識が無い。つまり役立たず。

 

 そのくせ記憶を得たことによる問題点が多い。

 僕がクロム()をキーパーソンと評したように、物語の上で彼の収集したアイテムが鍵となり、彼の行動が思わぬ好機を誘い出すという展開がある。彼が収集と試行錯誤を積み重ねた果てに紡いだ実体験、あるいは科学の端緒が鍵が未来を開く姿は心が躍った。

 当然そんな彼が転生者だなんて設定は無い。僕の存在は異物混入も良いところ。しかもクロムとして過ごした八年より前世の十七年の方が長いせいか、精神性が前世に塗り潰されてしまっている。

 塗り替えられた精神が楽観的に流れることの出来るものだったらまだ良かった。主人公たる超高校級の科学大好き少年千空君がどんな帳尻も合わせてくれるだろうと、クロム()がおらずとも望む未来を勝ち取ると、そう思えたら。

 仮定に反して現実、僕はどうやら悲観的──というより不安性らしく、思考は悪い方へと傾くばかり。

 重要人物のクロムが『クロム』でなくなってしまった以上、この世界は本当に原作通りに進むのか分からない。ああ、まったくなんで僕なんかがクロムになってしまうのか。どうせ転生するならもっと脇役が良かったし、クロムに転生するなら僕以上に適任がいるだろう。科学に造詣の深い人とか、原作を読み込んでいるファンとか。いやそもそも誰も転生も憑依もしなければ原作に沿って物語は幸福な結末に向かっていくはずなのだ。

 もし(クロム)以外、特に石化からの復活組やコハクが原作通りに行動した場合、僕が下手を打てば科学文明の希望が潰えてしまう。人類の希望そのものではなく、人類の希望を左右する存在であるという重荷。比喩も誇張も抜きにして世界の命運が掛かっているという可能性。

 凡百の一人が背負うにはあまりにも重すぎる人類の未来を、僕は背負った。背負ってしまった。

 不安なんて言葉じゃ到底足りなくて、恐怖なんて感情じゃ陳腐に過ぎる。

 陽は落ちて月は昇り、星の瞬く夜。街灯もランプもない夜空の下、ただただ深く溜息を吐いた。

 頭をもたげれば、灯りもない暗闇では星が良く見える。星空を見上げているとそのまま吸い込まれそうな不安に襲われるけれど、今はその不安に飲み込まれてしまいたい。その間だけは、多分忘れられるから。

 でもきっと、僕にそんな事は許されない。

 考えることを中断して立ち上がる。原始の生活において、警戒のために一部の大人が火を焚いているのを除き、人は朝日と共に目覚め夕陽と共に寝る。千空の言葉を借りるなら、僕達はまだ夜を捩じ伏せられていない。本来ならこんな夜中に子供一人で家の外に出るなんてありえない。

 月明かりを頼りに寝床へと帰ることにした僕は、しかし一度足を止め、もう一度だけ空を、その先の宇宙を眺めた。

 千空(主人公)の科学への原動力たる、文明の崩壊した今では手の届かない場所。けれど今の僕にとってそこはただの空の先で、止まった足を動かす活力にすらなりやしなかった。

 ああ、まったく。本当に。

 

「吐き気がする」

 

 僕の濁った吐息は地を這うように広がって、星空に届かずに消えて行った。




瑠璃=ラピスラズリをまだ知らない設定。
次からはもうちょい明るくなるから許して。
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