クロムに憑依転生 作:石猿
秋の日は鶴瓶落とし。夏を越えて次第に高度を落とす秋の太陽は傾き始めてからあっという間に沈み行き、その名残の
ひゅるりと肌寒い風が一陣。焚き火の前で日没を眺めていた僕は僅かに身を震わせた。
今日の仕事も食事も既に終え、村の番をする者を除けば殆どが家に帰って眠り始めている。明日に備えて僕も眠るべきではあるのだろうが、目が冴えている時に無理に眠ろうとしても上手くいかないことは知っている。眠気の波が訪れるまで待つのが吉と、傍の薪を追加で
日本の四季は季節毎に夏は暑く冬は寒いといったように寒暖を齎す。そして変わり目の季節は坂を転がり落ちるように──あるいは鰻が登るように──急激な気温の変化を生み、人間の身体は順応のために自身に大きな負担をかける。だからこそ春秋は人が、特に身体の弱い者が体調を崩しやすい季節であり、しかし今年は当代の巫女様はどうやら体調が良いらしい。
巫女様は既に三十を越える歳を重ねた。幼少から肺炎に
どこか他人事のように一人、思考に沈む。
前世を得てから早いもので既に一年半が経つ。可否も分からないまま思いつく限りの未来への布石を打ち続け、あるいは希望に縋りながら駆け抜けた日々。思い返せば時間に追われて焦り続けていたけれど、現状をやっと飲み込めたことで漠然とした危機感は明確に像を結び、今では急がねばならないという感覚を残したまま
日は完全に没して空に星が瞬いているのにもかかわらず、夜は明るい。ふと見渡すと、後ろには大きな満月が登っていた。星すら霞ませる巨大な円環の煌めきに目を細める。
月は常に同じ面を地球に向けているらしい。一説によると形成過程において比重の大きな金属成分が偏った結果、地球の引力によって重い部分が寄せられているため、だったか。満ち欠けを繰り返し異なる姿を見せながら、しかし偏った重心に寄せられて同じ顔のみを覗かせる。それこそが東西を問わず古来より人を惑わせ、狂わせてきた月。その証と言わんばかりに各地で月を見て狂う人間の話が伝承され、例えば日本最古の物語においては人心を持たない者達の住む都が存在するとされ、英語圏にいたっては月を表すラテン語由来の形容詞lunarがlunaticと形を変えれば狂人へと意味を変える。
しかしその事実を知っていようと
湿気の少ない清澄な空気。ゆるりと目を閉じて息を深く吸い込めば、臓腑に冷気が
炎はどこか幻想的な魅力を持つ。それは炎色反応を起こして色を変えずとも、ただ不規則に輝いて、揺らめいて、空気に溶けて行く姿だけで人を魅せる魔性に近い。しかし月のように人を狂わせる妖艶な危険性ではなく、原初にして神秘を
答えは否。
科学的な根拠のある話ではなく、どちらかと言えば哲学、いやそんな高尚なものでなく言葉遊びに近かったのだと思う。その話をしたのは誰とだったろうか。向かい合って話した記憶の中、その顔には時間に阻まれて
立ち上がった身体を秋が包み込む。凝り固まった身体を伸ばして今度は先ほどよりも大きな欠伸。くあ、と喉から溢れた音と一緒に、僕は夜を飲み込んだ。