クロムに憑依転生   作:石猿

2 / 12
前回の「吐き気」はあらすじの「ゲロ吐かせたい」とは無関係だから安心してくれ。少し先になるけどちゃんと吐かせる。


E=2 DAWN

 

 陰鬱に夜空を眺めた翌朝、僕は結局一睡も出来ないまま朝を迎えていた。隣に眠るマグマを起こさないようにそっと身体を起こして外に出る。

 この村には家族ごとに家を持つという習慣はあるが、絶対ではない。自分の子は自分で育てるという形態と、大人が共同で子供全員を育てるという形態が重なるように存在しているのだ。寒さや狩猟で死ぬ大人がいる以上、後者の方が便利ではある。ただ自分の子に特別愛情が湧くのも当然だから、それはそれで前者も残っている、といったところか。

 珍しく誰よりも早く起きた僕を驚いたように大人達が見ていた。視線を誤魔化すように曖昧に笑いながら湖畔へと降りて顔を洗い、水を汲み、既に焚いてある火にかけた。

 煮沸という知恵が残り続けている事からも分かる通り、この村の衛生環境は良い。原始的な割に、と注釈は付くけれど。身体の清潔を保つ事や食事に火を通す事の徹底など、本当に基本的な所だけは伝わっている。

 パチパチと爆ぜる薪を眺める僕の後ろに気配。振り向けば灰色の髪の壮年の男。

 

「おはようクロム。随分と早いじゃないか。どうした、珍しいな」

「おはようジャスパー。ちょっと眠れなくて」

「……本当にどうした。変だぞ」

「ああ、ただ、覚悟を決め直しただけだよ」

 

 隣に腰を下ろしたジャスパーは、ターコイズと共に巫女の親子に仕えている。仕えていると言うと少し大袈裟な気もするが、まあ要は補佐をしている。だから多分、ルリが先が長くないと僕に伝えた事を察する事は難しくない。きっと僕が変わった理由もそれと結びつけてくれるだろう。

 無言のまま二人で火を見つめる。どうにも汲んできた水の量が少し多かったみたいだ。やっと沸騰が始まった。

 

「随分と早いな」

「そうかな?」

「お前はルリと仲が良いから、な」

「……ああ、違うよ」

「何?」

「何が何でもルリを、巫女様を治す覚悟」

 

 僕の精神性は、確かに『クロム』を上書きした。八年と十七年という単純な天秤だ。しかし同時に『クロム』の残影が残っているのもまた事実。抱いた想いも、足掻いた渇望も記憶にある。ただそれらが他人事のように思えるだけで。

 一夜を思考に費やし、僕は得た前世の知識が事実であることと、『原作』がこの先の未来である可能性を受け入れた。

 そして今後の方針の一つとして『クロム』の代わりを果たすことを決めた。死んではいないけど遺志を継ぎ、役目を継ぐようなものだ。恋慕を叶えるのは筋違いだろうから、そこだけは別だけど。

 ともかく僕は、ルリが早くに死ぬことを覚悟したのではない。当然だろう。断片的な未来か妄想かは別として、助かるという可能性を知ってしまったのなら、それを捨てるなんてとんでもない。藁にもすがると()()使()()らしくないのは、ただ僕が軟弱なだけか。しかし不確定なものを頼りに走り続けることに抵抗は無い。むしろ現状ではあらゆることを試す『クロム』の姿勢は、どう転んでも最適解だと言えると思った。

 

「そうか」

 

 返ってきたのは子供の無謀と笑わない静かな相槌。

 ジャスパーはきっと理屈としては諦めている。今までの巫女は全て短命だから、帰納的に今代も、次代もその先も短命と。原因不明の病が呪いのように一族を蝕んでいたら、科学の無いこの世界ではそう考えても仕方ない。

 目の前には煮沸済みの水。最低限の衛生のみが伝わっているということは、裏を返せば三千七百年の歴史の中で喪失した医学は計り知れないということ。こんな状況でゼロから完治を目指すなんて方針すら立たないのだから、当代の巫女も、次代のルリもそうなるという予測は当然の帰結。

 でも心は納得していない。そんなの当たり前だ。なんせ彼は次の御前試合にて審判を行う──すなわち()()()()()()()()()()()()なのだから。大人達曰く、権力自体にそこまで興味が無かったらしいのに。

 少し温くなった湯をコップに分ける。僕の分と、いつの間にか置いてあったジャスパーの分。二人揃って一気に飲み干して立ち上がる。

 

「お前も少しは落ち着いたか。色々と問題ばっっっかり起こす悩みの種のお前も」

「焦るよりも落ち着いた方が色々出来るってだけ」

 

 返答は無く、ただ背中を張る音が一つ明宵に響いた。

 

 

 

 

 

 石神村では子供にも仕事が与えられる。とは言っても農耕を行わない狩猟採集中心の生活。村の規模も相まって、まだ八歳の僕に与えられる仕事なんてたかが知れていた。狩りに使う仕掛けを作ったり、サガン達が使う漁の網を補修したり。十くらいになると本格的に戦闘や狩猟、建築の技術を教えられたりする。

 僕達子供組は午前で既に仕事を終え、午後の今では三々五々に行動を始めた。ちょっと早く戦うカッコ良さに惹かれた子は大人を見様見真似してチャンバラしたり、おませな子は集まってきゃいきゃいと騒いだり。ルリも巫女だが基本的には普通の女の子。体調を案じて今日は安息日だが、村の子と楽しそうに話している。

 肺炎を心配するなら本来はルリに人を近づけるべきではないのだが、この村にその知恵は残っていない。クロムと外出が出来ていた時点で察するべきだろう。ただそれでもルリの病が広がらないのは、子供も含め村人全員の健康状態が非常に良いからだろうか。

 恐らくルリ、もとい巫女達の肺炎の感染経路は前代の巫女だろう。次代の巫女は生まれてから付きっきりで当代の巫女に育てられ、ある程度成長するまで巫女達は他の人間から隔離されている。多分この()()()()()()()()()()()()とういうのが問題で、要は自然免疫が弱いうちに感染してしまうのだろう。

 一方で村民の栄養状態は老いも若いも非常に良く、病気なんて滅多に発生しない超健康優良児ばかり。だから病気の感染が広がらないのではないか。

 そんな思考を脳の片隅に、僕は一人の人物のもとへと歩いて行く。どうやら彼は丁度手持ち無沙汰のようで、微笑ましそうに村を眺めている。

 ルリを救うため、あるいはクロムの代わりを務めるため、記憶を得た僕が初めになすべきことを考えた。たった一晩考えて導き出した結論だから浅慮ではあるのだろうが、それでも一応は考えた結果。実行に移す価値はあるだろう。

 鉱石集め? 違う。

 薬草の研究? それも違う。

 スマホの作成? 我ながらふざけてる。

 

「どしたのクロム。今朝の早起きしちゃったり、今みたいにワシの所に来ちゃったり珍しいじゃないの」

 

 この村では最も長く生きているであろう男。服の隙間から覗く鍛えられた筋骨は彼が衰えていない証明で、その太く分厚い指先は彼の重ねて来た物作り歴史を物語っている。村一番の、いや今は世界で一番の職人。

 そんな彼に協力を仰ぐ、僕がなすべき最初のこと。初めの一手として正しいかも分からない暗中模索の第一歩。

 

「カセキ、ちょっと地図を作りたいから手伝ってくれない?」

 

 ──それは、地図の作成だ。

 




 百物語の石の話ちゃんと原作で出てた。今までアニメに合わせて原作買ってたので気付かんかったことをここに懺悔します。超ごめん。
 一話目の後書き変えたけど本筋に関わりは無いから無視してください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。