クロムに憑依転生 作:石猿
「急にどうしちゃったのクロム。古くなった皮も余ってるし墨も作るのは良いけど、何に使うつもりなの? イタズラとかダメよ?」
僕が地図作りの協力を頼んだカセキの第一声は、案の定というべきかあまり乗り気ではなかった。
まず初めに僕が地図を作る理由、それは単純に収集の効率化だ。
ルリを治す手立てを見つけるにせよ来たるべき千空を待つにせよ、僕は多分かなりの期間収集を行うことになる。千空が来るまでならおよそ八年。ならばある程度時間を掛けて収集を効率化することは、結果的に近道に繋がると思う。
そこで地図だ。何年も掛けて収集していると、どこで何を採集したのか忘れかねない。いざ必要な時に『どこにあったか忘れた』は避けるべきだ。同じ場所を調べる二度手間を省いたり、逆にもう一度行きたい時の利便性など利点は多い。今後道具も作るつもりではあるが、一つ一つの行動を効率化するよりも地図作成を先にやっておいた方が損はないだろう。
カセキに頼むのは、その地図の元となる皮の適切な処理と書き込むための墨作り。
原作のあれこれやルリの云々をぼやかしてカセキにそんなことを伝えれば、普段は隠れている目をまん丸に見開いた。驚き過ぎな気もするし文句も言いたいがグッと堪えた。
「本当にどうしちゃったのクロム。今日はなんか変よ」
「それジャスパーにも言われたよ」
「フム、まあちゃんと考えてるみたいだし作ってあげちゃおうかの。大きさはどのくらいが良い?」
「結構大きめに──」
カセキとあれこれ話してる内に段々と盛り上がって来て、墨だけじゃなく色を付けるだの立体的にしちゃおうだのと脇道に逸れて行く中、カセキが思い出したように付け加えた。
「クロム、地図を作ったり色々調べたりするのは良いけど、あれは越えちゃダメよ」
そう言って指差す先にはいくつかの連なる山。原作と前世の知識を合わせて考えれば方角的に箱根の山々。
あの山の向こうには石神千空や獅子王司達がいて、物語の鍵となる奇跡の洞窟があるかもしれない。司を起こす前に千空達を見つけ出すことが出来れば、原作の戦闘などを回避する事ができるさもしれない。一も二もなく飛び付きたいそんな選択肢。でも僕はそこへ行かない。行く事が出来ない。
原作にも描かれた通り山の向こうにはライオンのテリトリーがあり、そして彼らの狩場はある程度移動するのだが、実はあの山が防波堤になっていてこちら側にはやって来ないのだ。
ライオンはこのストーンワールドにおいて百獣の王の名に相応しい支配者。貧弱な僕なんかじゃ相手にならないし、だから山の向こうに行くことは命の危険がある。
だからこそカセキは釘を刺した。長く生き抜いた秘訣は怯えを忘れず、危険を冒さない事と身をもって知っているために。
「分かってるよ」
「なら、良いけどのう」
あらかたの要望を聞き終えたカセキは立ち上がって自分の家へと入っていった。カセキ個人が持っている皮と墨を取りに行ったんだろう。
僕も一つ伸びをしてジャスパーのもとに向かう。この辺りの地図を見せてもらって、ある程度は楽をしようという魂胆だ。
巫女のお目付役である彼は村からの信頼が厚い。ルリのためとはいえ、やんちゃな行動を繰り返してきた僕より遥かに。だから彼の口添えがあれば手間が省けるのだが、今朝話した感じなら協力してもらえないかな。
「分かってる」
打算の算盤を弾きながら繰り返した独り言。カセキへの返答以上に意味なんか無かったはずなのに、その言葉は茨のように首を突き刺した気がした。
空白だらけの地図を手に入れた。
カセキに地図を作ってもらった翌日。
張り切ったカセキがついでに作ってくれた、持ち運びのために地図を入れる筒。細い炭を木の板で挟んだ簡易的な筆記具。竹製の水筒を二本。
それらを紐に通して腰に吊るし背には籠を背負ったのが、僕の採集活動の新たなスタイルだ。
メートル原器や尺のないこの世界で、地図をどのように作れば良いのか。
一つの基準となる紐か何かを作り、伊能忠敬がごとく地道に割り出すべきか? 答えは否だ。単純に時間が足りないし、求められるのは正確性じゃなく実用性、だから大まかな地形の特徴とおよその位置さえ分かれば十分だ。その点で村で使われている地図は非常に分かりやすいし参考になる。
故に今後は崖や大きな木、川の位置などを目印に地図を広げるつもりだ。暫くはそれがメインになると言っても良い。
そして僕がこれから行くのは植物の採取、特に記憶にある限りあまり行ったことのない、かつ地図があまり出来ていない場所。
そんなわけで冬を越した今、春の息吹を感じながら木製の靴を鳴らして向かう先は南方、伊豆半島の方面だ。冬に蓄えた勢いを伸ばすが如く自然は開放の時を迎えていた。知っている範囲だと椿や菜の花、知らぬ範囲は限りなく芽吹いている。
「本当に、知らないものばかりだ」
きっと僕が知らないだけで、かつては名前が付けられていた草木花。一口に植物と言えど、関心を寄せればそれぞれが個性を持って相違を持つことがすぐ分かる。遺伝子なんて厳密な部分ではなく、もっと大まかな差異。形、色、背の高さ。今世にて分かる違いは、前世でも目を向けることがあれば分かったのだろうか。無関心のフィルターを剥がせば、世界の見え方が変わったのだろうか。
一人歩く時間は考え事が捗るというか、考え事をしてしまう。これは前世からの僕の癖だが、何か大事なことを見落としてしまいそうで怖い。それを分かっててもやめられないあたり、我ながら筋金入りだ。
崖や洞窟、大きな岩場などを記しながら歩く。幸いなことに大きな川が無いため徒歩で調査は可能だが、小さな身体ではどうにも進める範囲が限られているし、何より遅い。日が暮れる前に帰らねばならない以上、今の季節なら不足に備えて片道二時間が限度だろう。正確に時間を調べるのも難しいから、その二時間も感覚に頼る他ないのだけれど。
「今日はここまでにするか」
一際大きな崖の下に辿り着き、メモを取って腰を下ろす。木々が禿げていて開けたここからは海を眺めることができて、山側から微かに吹き降ろす風も心地良い。水筒に口をつけながら茫洋と景色を眺めていると、海岸に近い少し高い場所にある故か、遠目に石神村が見える。地図を引っ張り出して照らし合わせてみたが、位置関係は中々良い感じに描けているのではなかろうか。
休憩すること少し。白い肌の崖も陽光に照らされて美しいが、見惚れている場合ではない。さっさと周りの植物を摘んで帰ろうと立ち上がる。
崖と言えば鉱物だが、やや遠くに来てしまった以上あまり重い荷物を背負いたくない。目につく葉や花なんかををちまちまと集めながら着くは帰路。集めた場所を忘れないように地図にメモを繰り返し、村の方へと戻る。
腰に揺れる、未だ空白だらけの地図。千空達が来るまでに埋まることは絶対にない地図。
そのことが分かっていても、空白は僕に与えるのは焦燥ばかりだった。
こんな趣味全開の小説をお気に入りしてくれた人がいるようで。本当にありがとうございます。
ついでに感想を書いてくれると泣いて喜びます。地の文多いとか文字数少ねえとか矛盾してんぞボケとか。