クロムに憑依転生 作:石猿
「ふーむ、なるほどのう」
困った時のカセキ頼み。物作りに関して彼の右に出るものはいないという確信をもって昨日発覚した問題を伝えてみたが、どうにも反応は芳しくない。
「クロム自身には案が無いのかのう?」
「一応、あるにはあるけど」
全部を解決する手段や自動化の術は僕の頭では思い付かない。だから偉大なるデカルト先生の『困難は分割せよ』の言葉に従って──意味合いは違うけれど──
まず大きな粒を除く方法はシンプルだ。目の荒い竹のざるを使えば良い。確か古くなって使わなくなった竹ざるがあったはずで、それが丁度良い感じにボロくなっているだろう。何も作る必要はない。
続いて流水の失敗について──と、説明を続けようとしたところで待ったが掛かる。
「のうクロム、そのキラキラ光る砂粒を取る所、ワシにも見せちゃってくれんかの? 話を聞いただけだと何をどう手伝えば良いか分かりにくくてかなわんわい」
「それは、別に良いけど。少し遠いよ?」
「そこまで行かんでも別に良い。やり方を見るだけなら村の下で十分じゃわい」
「ああ、確かに。でも流れが少しある所の方が良いから、川が湖に入る辺りでどう?」
「歩いてすぐの所じゃの。なんなら今からでも全然大丈夫よ」
「僕も今から行けるよ。じゃあ道具取ってくるから先に橋の所で待ってて」
「ワシも一回家に戻るわい。遅れたら待っとってね」
実際の様子を見ていないのと、そもそもどんなことをやろうとしてるのかがピンと来ていないというのは盲点だった。『砂金採取』というイメージがある僕と無いカセキでは、理解の差が生まれるのは当然のことだ。
前世を思い出して以来、僕は時折こんな風にギャップを感じることがある。無意識に刷り込まれた『常識』との差異。しかしそれは相手に対する悪感情なんかではなくて、ただ僕という異物を再認識し、むしろ視点を切り替えるきっかけを与えてくれることすらある恵みであった。
道具を引っ張ってきて外に出ると、既にカセキが待っていた。
カセキは一旦家に引っ込んですぐに出て来たらしく、片手には少し古ぼけた竹ざるがある。元々は目の締まった逸品だったのだろうが、長年の疲弊のせいか所々穴が空いていてまさに求めていたイメージにピッタリだ。
「ざるってこれで良いかのう?」
「それで大丈夫。良い感じに穴が空いてるね」
「古いの取っとくクセが役に立っちゃうとは予想外だわい」
「ああ、なんか捨てられないっていうやつ」
「使うには不便じゃが、全く使えんわけでは無いし──」
「自分で作ったやつとか特に──」
僕は近頃、こうしてカセキと喋る機会がかなり増えた。というのも僕は採集や実験の頻度や密度が上がったが、それにつけて道具が欲しくなった時、僕には欲しい道具の構想さえあれど作る技術がない。そこでカセキに見てもらい、時にはアドバイスや手伝いを貰いながら道具を作っている内に喋る機会が増えたのだ。
漫画という知識ではなく、カセキ本人との交流を通じた経験に基づいた感想としては、彼はモノづくりに関しては本当に天才だ。それは精巧に作り上げる技量という意味でもそうだし、改善点を自ら発見して改良するという点に置いてもそうだ。伊達に物作りに人生を捧げてきたわけでなく、長年の経験に裏打ちされた直感と把握能力には舌を巻かざるを得ない。設計図なんて無い、素材の質もたかが知れてるこの世界で、人の往来と自然の猛威に耐え続ける吊り橋を作り上げたのが良い例だ。
何もかもが足りない僕に、その手も知恵も貸してくれるカセキには内心頭が上がらない。
「こことか良いかも」
「なら早速やって見せてちょ。ワシは川に入らんでも見えるよね?」
「見えるようにやるから大丈夫。年寄りに冷えは天敵だもんね」
「年寄りなんて強調しちゃってまー憎らしいのう」
「
「ばっちり健康な五十二歳じゃわい」
軽口を叩きながら砂金採取の作業を進めていく前に、昨日の手順に一手を加える。カセキに持って来て貰ったざるの使い所だ。
皿の上にざるを乗せて、その上から掬った砂を入れる。そのまま揺すれば、ざるは篩の代わりとなって粒径の大きな砂粒が残り、皿には細かな粒だけが落ちていく──が、しかし。
「ダメかぁ」
確かに粒の大きな小石は残った。しかしそれ以上に小さな砂粒も全然落ちない。もっとこう、小さい砂粒だけ上手い具合にさらさらと下に落ちていくのを想像していたが、やはり甘すぎた。一回で上手く行くなんて僕には到底無理だったようだ。
仕方なくざるを外し、普通に砂をぶち込んで作業を始めた。流水で全部持っていかれないように気を付けながら、時には小石を摘んで取り除きつつ、砂を減らして行く。その間カセキは興味深そうに、時々見方を変えながらあちこち動いていた。
流石に昨日一日中やっただけはあって、十分ほどで一通りの実演を終えることが出来た。場所が悪かったのか砂金が残ることはなかったが、実演としては問題無いだろう。
「こんな感じかな」
「なんだか宝探しみたいで楽しそうね、ワシもやってみて良いかのう?」
「結局川に入るんだ。溺れないでねカセキ爺ちゃん」
「クロムくらいなら村まで引っ張って泳げちゃうぞい」
「まったく筋肉は嘘を
交代してカセキが作業を始めてからも会話は止まらない。結構な集中が必要なはずなのに、カセキには自身から喋り掛けてくる余裕すらあるらしい。しかも明らかに僕よりも手際が良い。でも作業が速いからといって雑なわけではなく、丁寧に小石を除き少しずつ砂を除いて行っている。
結果、カセキは僕の半分ほどの時間で一通りの作業を終えていた。
「どう?」
「どうもこうもクロムの言った通りじゃ。小石が邪魔、調整が繊細、それに腰が痛いわい。逆に言っちゃえばそれぐらいかの」
カセキと意見が一致したことに密かに安堵する。方向性が違うとは言え僕の考えが一流の人間に保証されたことに、暗中
とはいえ喜んでばかりもいられない。ざるで篩にかけるという作戦が完全におじゃんになったのだから、別の案を早急に考えなければならない。考えていた他の案もこの調子ならまた別の問題が起きそうだ。
ならば手始めに、カセキに知恵を借りようではないか。
「やり方はおいおい改善するとして、道具の方でどうにかならないかな」
「そうじゃのう……なら、まず──」
砂金を集め始めてから一週間が経った。夏の熱気は確実に勢いを増し、カンカン照りの太陽が遠い入道雲の上に昇っている。
今日も今日とて騒がしい蝉時雨に身を焼かれながら、いつもの砂州に荷物を置く。カセキとの試行錯誤の末、と一つ預けられた用事によって、僕の荷物は初日と比べて様変わりしている。
とにもかくにも砂金採集の開始──とはならない。僕は預かった
この網は村の漁の名人の
前世ではペットボトルを口に近い所で切り、口の部分をひっくり返して残った部分に付けた魚を獲る道具を、確か夏休みの宿題か何かで作ったが、要はそれのもっとちゃんとしたものだ。
今朝突然渡されたものだが、どうやらカセキから礁に僕が上流の方へ毎日行ってることが伝わったらしく、ついでに仕掛けて来いとのお達しが彼から来たというわけだ。とはいえ直ぐに獲物が掛かるわけもなく、今仕掛けた網も礁曰く「二日は放置しておけ」とのことなので回収は明後日の予定だ。
無事に網を仕掛け終えた僕は今度こそ砂金採取の準備を始める。
僕がまず取り出したのは縦に四分の一にした竹を連ねた
これは秘密兵器その一、腰痛対策。コの内側の石と砂を取り除き、更に少し掘れば完成。腰を
そして次の秘密兵器その二、改良したざる。村で使っているものよりも細い
試してみると上手く行くもので、というより上手く行くよう調整したので、皿に残った砂粒はしっかりと目が細かい。しかし一度篩に大粒の砂金が残ったことがあって以来、毎回篩の方も確認するようにしている。
そして、最後の秘密兵器。
僕は小学生の頃に親に砂金採取体験へ連れて行ってもらった記憶がある。場所も名前も忘れ去り、思い出せたのはマスコットキャラクターの狸だけだった。しかしカセキが考案し作り出したものが酷似していた故か、そこで使っていた器の形を思い出した。
底の浅い盃のような器に、その内側に刻まれた何段もの段差と溝。沈殿物である金を引っ掛けるそれは、驚くべき事に前世のものに遜色がない。
炎天下に一人、黙々と川を攫う。
一週間繰り返した改良によって負荷も減り、効率の上がった砂金採取。
創意工夫、試行錯誤、トライアンドエラー。
人間の科学の根底とも呼べる発想と技術の積み重ね。
研究と実験は今ここに実を結び、器に残るは黄金の結果。
何度も何度も繰り返し、集まった輝きの量は初日と比べるべくもない。
誰もを魅了する輝かしい重みを手に、僕は
一握の砂金を手に入れた。
ちなみに偽クロム君は知らないけど砂金を取る皿の名前はパンニング皿。あと狸のマスコットの砂金体験場は土肥金山だから実は石神村から割と近かったりする。(というかメタ的な理由として、原作で石神村の場所をここにした理由の一つじゃないかと推測)
次はちょっと遅れます。