クロムに憑依転生 作:石猿
秋。
次第に迫る冬の足音に怯えながら、山の恵みに感謝し厳冬に備える実りの季節。
この時期になると石神村の子供は一人で村の外に出る機会が減る。大人達と共に冬越しのための狩猟、採集に付き合わされるのだ。これは次の世代に対する知識の継承であると同時に、ただ単に荷物持ちを増やす二つの側面がある。前者の方が高尚なようにも思えるが、後者の実用性は馬鹿にできないし、むしろそっちがメインだと言われても納得できるぐらいだ。
そして僕も『石神村の子供』の一員である以上、例に漏れず荷物持ちに付き合わされている。背に負った竹籠にはキノコやアケビなど溢れんばかりの山の幸が詰められていて、歩く度にゴソゴソと豊かな音を立てるのが喜ばしい。荷物で分かる通り今は帰り道。今年も山は豊潤な恵みを僕達に与えてくれていた。
そんな中でも忘れずに地図のメモを取りながら歩いていると、前を歩いていた少年が次第に遅れ始めた。朝から歩きっぱなしだった脚に溜まった疲労がじわじわと来たのだろう。
「遅れているぞ銀狼」
「ま、待ってよう」
僕の前にいるのは一組の兄弟。叱咤しているのは黒髪の生真面目そうな兄『
「頑張れ銀狼。ほら、あと少しだから」
励ましではあるが、別に嘘ではない。実際、地図と経験を照らし合わせれば村まであと一時間もせず辿り着くであろう位置にいる。
しかし銀狼はそんなことを知らない。頻繁に探索に行く僕と違って──というか僕が出過ぎてるだけなのだけど──村から殆ど出ない銀狼にとって、僕の言葉は単なる慰めにしか聞こえなかったらしい。不貞腐れた顔は全く変わらない。
「でも僕達門番になるじゃん。ならこんな風に山でひいこら言わなくても良くない?」
「まあまあ。子供はこうやって手伝うことも仕事だよ」
「クロムの言う通りルールはルールだ。それに、門番になるにしろ体力は必要だろう」
「うっ、それは、そうだけど……」
援護を求めるかのように情けない目で僕を見る銀狼に曖昧な笑みを返しつつ、背中を押した。
今まで黙々と一人で村の外へ出掛けていた僕にとって、大勢で村へ帰るというのは新鮮な体験だった。さくさくと落ち葉を踏み分ける僕以外の足音に、前後から聞こえる賑やかな人の声。孤独な探索とは違ったそれは、間違いなく活気を伴った人の営み。
過ぎ去ってしまった夏を追憶する。たった一人砂金を求めて川に通い詰めたあの炎天下。拭っても拭いきれぬ熱の籠った汗。燦々と降り注ぐ陽光と空気を焦がす蝉時雨。どれも記憶に新しく、それを忘れているわけがない。
そして忍び寄った秋は寒々しい。次第に短くなる日に急速に褪せる万緑。こうして自然を踏み分ける村の人間達の目、それに映る色調は確実にその音階を下げ始め、吸い込んだ空気が肺に伝えるのはキンと澄んだ冷気に変わっている。
隆盛を運んだあの熱気に色も気配も濃密な活気を顕示した夏と、衰退を呼び込む無窮の蒼穹に生命の吐息すら縮減を始める今。
空気は夏の方が暖かいだろう。色彩も夏の方が鮮やかだろう。
それでもきっと、今の方が痛いくらいに暖かい。
「それにしても意外だったな」
「ん、何が?」
帰って来た石神村。アケビの中身と皮と仕分けたり鹿の血抜きや腑分けをしたりと、採ってきた物の処理もまた石神村の子供、というより村人の仕事だ。大人も子供もせっせと冬越しの準備に勤しんでいる。
とはいえ、子供に力の必要な仕事はまだ任せられない。今のところ僕は銀狼達と一緒に果実や野草の処理を行っていた。そんな中で声をかけて来たのが金狼だった。
「
「あ、それ僕も思った! 僕よりひょろひょろで貧弱なのに僕よりピンピンしちゃってるし!」
「貧弱」
金銀兄弟に合わせて僕も手を止める。
確かに僕は貧弱だ。槍でも斧でも振り回せばへっぴり腰で運動神経も鈍いし、チャンバラなんて銀狼相手でも大抵負ける。
僕と同世代の男の子──僕やマグマ、金狼、銀狼など──は、その肉体がピークを迎える青年期に、巫女の伴侶である
ともあれ、そんな貧弱な僕が銀狼よりも余裕そうな理由か。
「まあ、単純に慣れじゃない?」
僕が言うのもおかしい事だが、僕は日常的に外に出ては石やら植物やら大荷物背負って帰ってくる変なやつである。当然だが他の村人達はそんなことしてないし、男の子ならチャンバラで遊ぶ方が普通だ。そして、この『日常』とか『普通』とかが
簡単に言うなら、普段荷物を背負ってる歩いてるからそれに合った身体が出来ているというだけのこと。
少し深く考えるなら、慣れの差異とは、すなわち身体の使い方と使う筋肉の差異に他ならない。筋肉は使用することで小さな傷を何度も負い、回復と共に強靭なものへと変わっていく。ならば持久力と瞬発力に相当する赤筋と白筋、また使う部位の身体が変化していくのも当然。更に同時に、身体の動かし方は無意識下で最適化される。身体も身体の使い方も日常に合ったものへと変わっていくのだ。
しかし、ここまで理詰めというか科学の詰めた話は出来ない。だから『慣れ』なんて言葉で誤魔化したのだが、銀狼はどこか納得行かなさそうな顔で作業に戻った。
だから僕も作業に戻ろうと、思ったんだけれども。
「マグマ、怪我してるよ」
「あん? こんなん大したことねえ。ほっときゃ治る」
怪我、切り傷があるのはちょうど右肩のあたり。恐らく木の枝か何かで引っ掻いたのであろうそれは新しく、血こそ流れていないが
しかし傷口というのは、それ自体よりもその傷口からの病気の感染が恐ろしいものだ。だからマグマ本人が軽症と判断しようとも傷の手当てはするべきだ。いくら石神村の人間の健康状態が良いとは言え病のリスクを下げておくに越したことはない。治す方法が無いのだから。
「甘く見ちゃダメだよ。ほら、傷薬ならちょうど作ってあるからこっち来て」
「いらねえ」
「傷に染みるのが怖いのか。意外と繊細だね」
「は? 全ッ然怖くねえよ」
「無理しなくても良いんだよ?」
「誰が無理だ塗ってみろやクロム!」
百物語に伝えられる一つ、薬の物語。文句を言っても仕方ないとは分かっているが、創始者の時点で肺炎感染者が出ていたのだから、サルファ剤の作り方と材料は伝えて欲しかった。複雑な工程もあるし、他の物語とは明らかに異質になってしまうから外したのだろうか。
それは別の話として、物語に伝えられている外傷薬の一つをつい先日に作り置きしたのだ。蓬を使ったものなのだが、僕も何度かお世話になっていて結構効く。
「よし、これで終わり」
「わー、マグマちょっろい……」
「大袈裟なんだよテメェは」
「別に良いでしょ。あと銀狼は余計なこと言わない」
「喋ってる暇があるなら手を動かせ銀狼」
「なんか二人とも僕にだけ当たり強くない?」
「黙っとけ銀狼」
「マグマも!?」
今のマグマは前世で知る『マグマ』よりも柔らかい。傍若無人というよりはガキ大将、やんちゃと言い換えても良いかもしれない。だから僕としてはそんなに悪い印象が無く、手のかかる兄弟みたいなものに感じている。
なぜかと首を捻ったこともあったが、思えば今は千空達と出会う八年前であり、マグマだって石世界以前なら小学生だ。人格形成の真っ只中ならこれぐらいは誤差とも思える。そうなると逆に金狼、銀狼の兄弟は既に出来上がっているというか、漫画として見ていた頃と印象がほとんど変わらないことの方が珍しいのかもしれない。お調子者でゲスな銀狼、しっかり者で堅物な金狼というのが村の共通認識だ。
ならば『クロム』は、本来はどうなっていたのだろうか。
ルリという少女のために立てた童心の誓い。道理も分からぬ子供の恋慕が生み出した、科学の廃れた石世界において病を治すという無謀な誓約。手掛かりも方針も無いというのに、それは『クロム』という子供に幾度の試練を与えたのだろうか。
上手く行かない現実に叩きのめされて、それでも宣誓を、想いを守るために立ち上がったはずだ。何度も何度も繰り返して、鋼のような精神と繊細で広い感覚を鍛え上げたはずだ。
しかし、違う。
『クロム』は僕になった。
愛されるべき主人公は消えた。
想いは褪せて記録に
「どうしたクロム?」
金狼は黙り込んだ僕を訝しんだらしい。二つ歳上であるせいか彼は面倒見が良く、細かな変化によく気付く。
心配させた申し訳なさと密かな嫉妬を覚えながら、僕は癖になってきた曖昧な笑顔を浮かべた。
「なんでもないよ」
二期最終話視聴中
氷月「凡夫はいつも奇跡に頼ろうとする」
いやー、うちの偽クロム君に聞かせてやりたいですね! 聞かせます(鋼の意志)
次こそ本当に遅れます。