クロムに憑依転生   作:石猿

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E=7 LIBRA

 石神村は現代で言う静岡県の東部に位置する村の筈である。漫画でもそうだし、富士山の見える方角と海の位置から言ってもおよそ間違いない。

 しかしそんな石神村には、冬になれば雪が毎年のように降る。開けた場所では常に腰あたりの高さまで積雪しているし、川の表面には薄く氷が張るし、はっきり言って前世の記憶より寒い気がする。原因は太陽の黒点の周期的な問題なのか、排気ガスが大幅に減ったからか、あるいは天変地異が起きたのか、僕の貧相な知識ではその程度しか思い付かない。千空なら正解を導けるのだろうが、大事なのは現代より遥かに寒いということだ。僕は毎年、雪の季節の間だけは村から離れることなく過ごしている。

 冬の朝一の仕事は雪下ろしだ。この厳冬で雪下ろしをサボると屋根が潰れる事がごく稀にある。円錐型の屋根は雪が積もらないようにする工夫であるが、それでも潰れる時は潰れる。

 雪自体は悪いことばかりでもない。下ろした分も合わせて家の壁の高さまで達した雪は、屋内に高い保温効果をもたらしてくれる。厳密には違うかもしれないが要は『かまくら効果』だ。同時に風なんかの音も消してくれるのでストレスが少ない。

 しかし悪い面も当然あることはあるもので。

 

「ジャスパー、助けて」

「お前は……」

 

 まだ起きている人も少ない夜明け前。下ろした雪に加えて昨夜降った新雪は深く、見事にズボッと脚が嵌って抜けなくなった僕は近くを通りかかったジャスパーに助けを求めた。

 

「ありがとう。助かったよ」

「いい」

 

 一人で抜け出せないこともなかったけれど、手を貸して貰えば楽になる。ふるふると脚を振って雪を落とすも、染み込んだ水分が体温を容赦なく奪う。寒気に冷えた身体を温めるために焚火の近くに腰を下ろすと、いつぞやの焼き直しのように隣にジャスパーが座った。

 

「寒いな」

「そうだね。巫女様達の体調はどう?」

「今年はだいぶ良いみたいだ。食欲もある」

「そっか。礁に感謝しなきゃね」

「ああ。食欲があっても食べるものが無くてはな」

「今年は豊漁だってガンエンと一緒に騒いでたよ」

「冬は野草も獣も当てに出来ないからな。礁のような者がいなければ、今頃もっと厳しかったかもしれん」

 

 石神村の住民は水の民と言えるほど船の扱いに長けているのだが、同時に漁業に関しても長けている。そしてその中でも礁はズバ抜けて上手い。季節を問わず場所を問わない漁のプロフェッショナルは、石神村の生命線を担っていると言える。特に動物が取れない冬は顕著で、保存食以外のタンパク質は彼に一任されている。

 そんな彼は今日も今日とて朝一の漁に出ている。遠い川の上、点のような黒い影。それが礁だけのものでないことは知っているけれど、網を投げ入れている人影は間違いなく礁だとも知っている。

 僕達はその様子を茫と眺めていた。寝起きの頭は覚醒しているものの、エンジンが掛かっているには程遠い。考え事をしても上手く纏まらないことをここ半年で嫌と言うほど実感しているから、僕は起きてから一時間くらいは大概こうやってぼんやりと過ごしている。

 

「もう少し遠出(とおで)出来れば良いのだがな」

「雪がもう少し浅ければ良いのにね」

「天気に文句を言っても仕方ないだろう」

「ならジャスパーはどうなのさ」

「……晴れが続けば、だな」

「同じ穴の狢だね」

 

 決まり悪そうに視線を逸らしたジャスパーは、僕が小さく笑うと釣られたように一緒に笑った。

 益体もないことを喋っている内に濡れた服も乾いた。それでもなんとなく立ち上がる気になれなくて、もう少しだけど会話を伸ばそうとして。

 

「流石のクロムも、こう雪が積もっていては外に出れないか」

「────」

 

 気付かぬ内に目を開くほどに驚いた。

 それはジャスパーにとってはただの揶揄(からか)いだったのかもしれない。村を飛び出しては夕方ギリギリに帰ってくる僕が、冬の間だけは村に籠っているのを揶揄(やゆ)しただけなのかもしれない。

 雪が深ければ外に出れない。子供の僕にとって当然と言えば当然のことで、あまりにも近すぎた故に見えていなかった。

 雪が深くては外に出れず、天気に祈る他ないと僕は考えていた。しかし少し考えれば分かったはずだ。深い雪が邪魔ならば踏み分けて、天に任せる運なぞ人間が捩じ伏せればいい。それを可能にしてきたものこそが科学──人類の知恵。

 

「クロム?」

「あ、いや、なんでもない」

「……そうか。まあ、あまり無理をするなよ」

「ん」

 

 ジャスパーへの返答もそこそこに立ち上がる。一人で考えられる時間が欲しかった。

 戻った家の中は暗く、人の寝息だけが静かに繰り返されている。誰も起こさないように音もなく壁に座りこみ瞼を閉じる。

 雪中を踏み分ける際の問題点は主に三つだ。一つ、深い雪に足を取られるのは激しい体力消費を伴う点。二つ、凍った雪によるスリップ。三つ、冷気の浸透による体温の低下。改善は簡単。それぞれかんじき、アイゼン、藁靴を作れば良い。

 僕は凡夫だ。幾星霜積み上げられた叡智の上に生きた凡夫だ。重ねた智慧の一端、さらにその一粒ではあるけれど、僕はそれを知っている。

 そんな凡庸たる僕には、科学を進めるか否かの選択肢があった。科学と言っても大したものではない、というと語弊があるが、とまれ出汁といった食の文化や、歌といった娯楽の文化なら少しは発展させられる。石世界においては僕の知る範囲でも十分な科学の革命だ。ラーメンの(もたら)した衝撃、リリアン・ワインバーグの歌が打ち立てた感動を思い返せば納得できるだろうか。

 だからこそ躊躇う。

 僕が目指すべきは原作沿いの展開。千空が石神村を統べ、ルリの病を治し、作り上げた科学王国を以って司帝国を打倒し、科学を進める未来。

 仮に僕が食に革命を起こしたとしよう。なんだって良いし、分かりやすく『ねこじゃらしラーメン』を作ったとしても良い。

 仮に僕が文化に革新を呼び込んだとしよう。流石に世界の歌姫という設定の人物には叶わずとも、一定以上の質の歌を広めることはできる。

 僕は()()()が致命的なミスに繋がる気がしてならない。

 しかし一方で、現状に甘んじるのも悪手に思える。『クロム』が僕になった想像もつかない誤差を埋めるための保険は、いくらあっても足りない。

 詰まるところ、僕は前世の知識を用いるのに慎重にならねばならないのだ。原作(理想)から離れる危険性と原作(理想)へと修正するための手段とを天秤に掛けて、エゴイスティックかつ傲慢に、望む奇跡に向けて闇を掻き分けなければならない。

 こんな風に悩むことはしょっちゅうで、けれど慣れることは一向にない。さあ、今回の天秤はどちらに傾けようか。

 

「ふ、は」

 

 何様を気取ったつもりだよ、僕。

 

どっちを先に吐かせたい?(参考にします)

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