クロムに憑依転生   作:石猿

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 二十巻読みました。なるほど豪雪が降るわけだ。


E=8 BREEZE

 雪はすっかり溶けきって、再び芽吹きの季節がやってきた。『クロム』が僕になって丁度一年くらいだろうか。着実に埋まり始めた地図は実績を如実に表していて、それは確実に日々を積み上げてきた証明であるはず。しかし振り返ってみれば常に忙しなく動いた割に大した進捗も無いような気もする。光陰矢の如しの言葉が脳裏をよぎった。

 春の陽気を横目に川を渡る。今日の目的は川を越えた先の場所の地図作成だった。原作でも登場した竹を使った棒幅跳びは僕も利用していて慣れれば案外楽な移動手段だ。四から五メートルはある長い竹を運んでの移動は面倒だったが、地図を作っていたおかげで調べた範囲なら開けた場所を選んで行くことが出来る。

 八歳から九歳の一年は随分と変化が大きいもので、去年よりも重い荷物を背負っても何てことなかったし、一つ新しく洞窟も発見した。灯りを長時間点けられない僕は洞窟の浅い部分しか探索出来ないため、多くの種類の石を集めるのに数を確保しておくのは必要な事項。今日見つけた所ではパッと見た感じ新しい種類の石もいくつか採れたことだし、探索の成果は上々といったところ。

 一年間で結構な種類が集まったとは思う。とてつもなく硬くて全然傷つかない石とか、暗くも鮮やかな赤の石とか、淡い黄色の石とか。正直何が何なのかさっぱり分からない。

 名前だけ覚えてるコランダムやマラカイト、方鉛鉱等々は名前だけで役に立たない。強いて言うならば滅茶苦茶硬い石はコランダムだったら良いなという程度か。ただ見た目も名前も覚えている材料がいくつかあって、それらも探しているのだが見つからない。要は名前の分からない物ばかり見つかって、名前の分かる物は見つからない。

 

「クロム?」

 

 やや開けた森の道を歩いている最中、名前を呼ばれて振り返る。たまに村の外でも人に出会うことがあるが、突然名前を呼ばれても咄嗟に声の判別なんぞ出来ない。はてさて今日は誰だろうか──

 ──鹿だった。

 人じゃない。鹿だ。

 いや鹿じゃない人だ。鹿を背負った人間だ。よく見れば毛皮の下からブロンドの髪と透き通った翡翠の虹彩が美しい、どこか勝ち気な少女の姿が覗いている。

 

「なんだ、コハクか。驚かせないでよ」

「なんだとはなんだ。それに驚かせるも何も私は声を掛けただけだ」

「ああ、別に悪く言ってるわけじゃないんだ。僕からすれば鹿が喋ってるようにしか見えないってだけで」

「それならそうと初めから言えば良かろう」

「無茶言わないでよ」

 

 コハクは既に高い身体能力を開花させていて、森を駆け回る速さなら大人を含めて誰にも負けないぐらいだ。そしてパワーもマグマに並ぶ彼女は一人で動物を狩ることも出来る。いつか素手で熊でも仕留めそうだ。原作で千空が雌ライオンと呼んでいたのも納得だとつくづく思う。

 並んで歩いてみると僕よりもコハクの方が少し背が高くて、ブレの無い歩きから体幹がしっかりとしているのが見て取れる。しかし均整のとれた、そして機能美の詰まった肉体でも鹿一匹を背負うのは苦労らしい。何度もずり落ちそうになっては背負い直してを繰り返している。

 記憶と照らし合わせれば、このペースだと村に帰るまで大体二、三時間といったところ。僕なんか目じゃないくらいに馬力も体力もあるのは知っているし、僕だって他人を気にする余裕のある荷物の重さじゃないとは分かっているけれど、コハクをこのまま歩かせるのも違う気がする。

 でも正史で千空が温泉とコハクを運んだような即席三輪車みたいなものは作れないし、作ったとて村までは細かいアップダウンが続いているから無駄だ。

 もっとシンプルな解決策は無いだろうか。複雑で高度である必要はなくて、寧ろ僕にも実現出来る範囲の時間を取らない小さな改善が望ましい。重い物を楽に持ち運ぶ、簡易さと実用性を兼ね備えた解決策は──(ひと)つ、思いつく。

 

「コハク、手伝うよ」

「む、気持ちは嬉しいがクロムの方こそ大荷物だろう。むしろ私がお前を手伝ってやろうか」

「大丈夫、元からそのつもりだから」

「は?」

 

 コハクが足を止めたのを機に僕も荷物を下ろす。石を積んだ背中の籠が無くなった途端身体が羽のように軽い。

 感慨もそこそこに近くの木へ向かい、そこに巻きついた(つた)を解いて引きちぎる。伸ばした長さは使うにあたって十分だろうか。

 蔦を引きずって川跳びに使っていた竹をいじる。竹の節は根元ほど間隔は狭く先に行くほど広くなっていくため、竹の長さを測るときには節の数を当てにしてはいけない。

 その代わりとなる手軽な長さの基準が採ってきた蔦だ。竹と同じ長さに印を付けて半分に折れば、分かるのは竹のおよそ中央の場所。

 

「コハク、ちょっと手伝って。ここを切って欲しい」

「本当に手伝わせるのか」

「僕がやるよりは早いだろうから」

「……まあ、構わんが」

 

 半ば呆れたようなコハクに石鶴嘴(ピッケル)を渡す。今日も洞窟での採掘に使ったものだ。鶴嘴と言っても反対側がやや広がっていて、石斧としても使える僕の愛用の道具。

 竹は川を跳び越えるためにもって来ていたので、村まで地続きに帰れる位置まで戻った今では無用の長物。村には何本か予備があるし、今加工したところで何の支障もない。

 

「終わったぞ」

「ありがと」

 

 再び蔦を使って採寸。目印をつけたところを切断してもらうのを何度か繰り返して幾つかのパーツが出来上がった。多分僕だけだったらかなりの時間が掛かっていただろう。

 竹を切るにあたっては適材適所。僕よりもコハクの方が断然早く切断できると踏んでいたが、渡したと思ったら終わってた。竹は繊維に沿わない方向だと全然切れない筈なのに。さすが未来の石神村のパワーお化けの一角を担うだけはある。

 

「うむ。だがクロムが何を作ろうとしてるのかさっぱり分からん」

「大したものじゃないよ。すぐ出来る」

 

 (バラ)された竹を受け取って、先程の蔦を今度は紐代わりに使って組み立てる。作るもののイメージは椅子を背負うような形だが、道具の組み立てなんかで慣れているから大した時間も掛からず出来上がった。強度を確かめると重さにもびくともしない中々良い作り。

 身体に近い部分の切り口には袋を被せる。元々ちょっとした食べ物を入れるために持ち歩いているもので、帰り道の今では空っぽになっている。触ってみても怪我をしないためのカバーとしては十分だ。

 最後は僕が使っている背負い籠の予備の肩紐を緩衝材代わりに身体に当たる部分へ巻けば完成だ。鹿をそこに載せて蔦で落ちないように固定。

 

「なるほど、即席で作った背負子(しょいこ)か」

「ん、バランスとかどうかな」

「問題無い。良く出来ている」

 

 コハクは背負子を背負ってもなんともないように立って見せた。あまり左右に重さが寄らないようにしたし、出来としては及第点を与えられるだろうか。

 僕も使った道具を纏めて籠を背負う。僕の体重以上もあって重いけれど鹿よりは軽い気がする。しかし隣にはその鹿を一人で軽々と運ぶコハクがいるので弱音を吐く気も起きない。

 

「これだと両手が使えるのが良いな。何をやらかすつもりなのかと正直疑っていたが、中々やるではないか」

「思い付きが上手くいっただけだよ。ダメだったら半分持つつもりだった」

「褒めているのだから素直に受け取れ」

 

 背負子なんて村にもあるし本当に大した物じゃない。作ろうと思えば多分コハクでも作れたはずだ。だから別に謙遜のつもりもなかった僕としては曖昧に笑う他なかった。

 

「しかし結局、私に手伝わせるとは何のことだったんだ? まさか竹を切るだけではあるまい」

「ああ、竹が邪魔だったから背負子にして持ってもらおうと思って。捨てるのも勿体なかったし」

「私は(てい)良く使われたわけか。それで楽になったのだから文句は無いが」

「釈然としない?」

「いや全く。お前の荷物を持たないのかと拍子抜けしただけだ」

「自分の荷物は自分で持つよ」

 

 元々は竹を通せる道の広いルートを通るつもりだったが、(バラ)したおかげで道を選ばず帰れる。帰るのは夕暮れ頃になるかと思っていたが、この分ならばもっと早いだろう。

 一人黙々と歩く道も、二人になれば会話がぽつぽつと会話が行き交う。珍しい生き物を見つけたことや展望の良い場所に始まる村の外のことから、銀狼が少し自分を特別視するよう(厨二病)になったことなど村でのあれこれまで、話題を選ばず思いつくままに喋る。

 春を行く。陽光を透かす桜は桃色を仄かに灯し、散る花弁は可憐に舞う。ソメイヨシノよりも濃い色は時代の経過と季節の巡りを実感させる。木を揺らす風の音に紛れて二人分の足音は流れ行き、穏やかに時間は流れ行く。

 そうして森をいくつか抜け開けた場所に出ると、もう目に見える所に石神村はあった。太陽はまだ高く何人かの子供が遊んでいる。村に残っている大人組ものんびりとしているし、夕食の準備も進めていないようだ。

 

「見えたね」

 

 返答はない。そういえばいつの間にか会話は途切れていて、僕達は(しば)し黙していた。話題が尽きた訳でもないのに、ただなんとなく喋るのをやめていた。苦にならない沈黙で気付いていなかった。

 違和感に足を止めてコハクの方へ振り返る。彼女も歩みを止めていて、凪いだ(まなこ)は地面へと向けられている。しかしその宝石の眼に浮かぶ感情が僕にはわからない。

 

「なあ、クロム」

「ん、何?」

「巫女様は、ルリ(ねえ)は──」

 

 コハクは何かを言いかけ、瞳を揺らし、そして続きもなく口を閉じた。しかしその言葉だけで、静かな表面とは裏腹な彼女の激情を垣間見た気がした。

 今代の巫女様は春を迎えると同時に体調を崩した。季節の変わり目に伴う環境の変化は身体への負担が大きいらしく、ここ数日は病床に伏せっている。例年この時期には具合が悪くなるのだが、今年は過去に類を見ないほど酷い。

 僕だって一応は人間だ。巫女という特別な地位にいる家族とはいえ、その人が衰弱していく様を毎日見て、そして同じ病に侵された愛する姉を持つ彼女の胸の内を推測することぐらいはできる。

 

「なんでもない」

 

 しかし推測は正解を導くものでなく、自身の経験から妄想と想像を積み重ねた考察の産物でしかない。だから言葉の裏に潜む真意を知るのは口にしない限り本人のみであり、口を(つぐ)むことを選んだその本心を僕は知りえない。

 

「そっか」

 

 踏み込まず、踏み込めず。

 コハクが秘することを選んだのならば僕はそれに従うだけだ。

 

「聞かないのか」

「聞いて欲しいの?」

「……いや」

 

 コハクはまだ九歳。時代が時代なら親に甘えても良い年齢。家族に忍び寄る死神の鎌は、幼い少女には(いささ)か残酷に過ぎるのではなかろうか。

 その証拠と言わんばかりに、彼女は年齢に合わない大人びた精神を持ち合わせている。自己を律し、ひたすらに家族のため、仲間のために邁進する。それは成熟と言うには(いびつ)で、幼さを代償とした早熟なのかもしれない。

 

「帰ろっか」

「ああ、帰ろう」

 

 求めなかった返答がコハクから返って来たことに一瞬だけ身体を止めて、何事もなかったようにまた歩き出す。僕は僕でコハクはコハク。互いに歩調を合わせることもなく、しかし横に並んで帰路を行く。

 柔らかな春風が、そんな僕らの背を押していた。




 E=iは消えたのだ。話の流れ的に要らないし邪魔だし、エイプリルフール企画だから消すまでがお約束的な。推敲も甘かったんで許してくれ。
 ちょっと思ったより新年度が忙しそうなので更新がブレるかもしれません。目標は週一ぐらいで頑張ります。

どっちを先に吐かせたい?(参考にします)

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