クロムに憑依転生   作:石猿

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 遅れた理由は倍の時間を掛けて倍の文量を書いたからです。

注意:E=iを消した関係で、E=8を読んでないのに栞が挟まっている事態が起きているそうです。読んでない方は注意を。


E=9 UNBALANCE

 当然のことではあるけれど花の咲く季節とは花によって様々。夏になると鮮烈な牡丹は豪奢に咲き誇り、甘く香る山梔子(クチナシ)(たお)やかに花開く。山梔子は消炎の薬になるから見つけるたびに地図に書き加えているが、それ以外の花──花に限らず植物──が密生しているところも地図を取っている。一応薬効かなんかが無いか試していているのだが、それで特に効能が見られない植物でも千空が来た後に使えないとも限らない。目印にもなるし一石二鳥だ。

 正直に言えば、薬効なんてものがあるのかどうかの見極めはかなり怪しい。内服薬なんかは最初は皮膚に付けたり舌に当てたりして極少量でのテストを行い、体調不良が起きなければ一定間隔を空けながら少しずつ量を増やして服用し、何度も自身の身体で実験しながら効能があるかを主観で確かめる方法しかない。要は「多分効果があるっぽい」と判断するしかないわけだ。外用薬なんて更にひどいもので見た目だけで効果があると分かるものなんて無いし、そもそも傷に毒か薬かも分からない物を迂闊に塗布するなんて出来るわけもなく、結局百物語を頼りに数種類の薬を作り置きしているぐらいで新しいものは一切作っていない。

 ただ効能の有無は別として、食べれる物もいくつか見つかった。越冬後のふきのとうは村の大人達には中々好評だった。

 少し話は逸れたが、春には春の、夏には夏の花が咲くということだ。そして夏の花の中では、この遠くまで広がる向日葵(ヒマワリ)が一番好きな花である。

 不気味なまでに細く丈夫で質素な茎に、太陽を求めてギラつく顔。フィボナッチ数列を内包しながら渦を巻く種。そして新円を描く素朴な内側の花と、規則的に並ぶ夏を濃縮した黄色の外側の花。不和を調和を兼ね備え、しかし調律のとれた姿が僕は好きだった。ただ実用性から遠い僕の嗜好であるから、悠々と眺めているわけにもいかない。いや、眺めたくないだけか。

 向日葵畑を横目に歩く森の中には、勢いよく葉を茂らせる木々の影が落ちている。直射日光がないだけで体感としては数段涼しい。というより、こうして砂金を取りに行く道は出来る限り涼しい道を選んでいるからに他ならないのだけれど。

 丸々一年を費やして実感したが、砂金を採るのは夏だけだ。理由は非常に単純で、夏以外だと体温をごっそり持って行かれるから。冬はともかく春や秋でも出来ないことは無いが、身体が限界を迎えるまでの時間が短い。それならば他のことに時間を割こうという結論が導かれたのは、そう不自然なことではない。その埋め合わせをするように夏は川に入り浸るのだけれど。

 今日も今日とて川へ入る。もう慣れ切った準備を手早く済ませて、仕掛けてあった網を覗く。回収するのは帰り際だけれど毎回気になって来てすぐに確認してしまう。

 

「お、入って、る?」

 

 今日訪れた川は清流と呼んで差し支えない場所。非常に透明度が高いこの川は栄養に富んでいないようにも思えるが、良く見れば水苔や水草が至る所に生えていて、石をひっくり返せばヤゴのような姿の虫が多くいる。魚にとっては住めば都なのかもしれない。

 だからこそ網を仕掛ければ二、三日で大きめの魚が十程度は掛かる。雨が降りそうな日は回収しなければならない難点はあるけれど、十分にお釣りが来る成果だ。種類もそこそこ豊富で山女(ヤマメ)やオイカワ──百物語に伝わっているらしく礁が教えてくれた──なんかが中心に取れるのだが、今日は今までに見たことのない魚が掛かっていた。いや、正確には見た事はある。『クロム』になる前にテレビか何かで画面越しに泳ぐ姿を見た記憶と、眼前の獲物の姿は一致している。

 青黒く細長い身体をウネウネとうねりながら、どん詰まりの網の中を泳ぎ回る一匹。時折見せる腹は陽光よりも白い無垢の色で、どこか間抜けな顔が網の隙間から少し出ている。

 現代日本では有名な、しかし獲れるとはつゆほども思っていなかった獲物。水面に反射する僕の表情は奥歯に物が挟まったような微妙なものだった。

 

 

 

 

 

 

 一匹の鰻を手に入れた。

 

 

 

 

 

「おお、珍しいな。鰻が獲れるなんて」

 

 今日も今日とて砂金採取を終え、道すがら籠一杯に植物を背負って帰り来た石神村。片手に獲れた魚を網ごと入れた桶──網を回収する時には持って行くようにしている──を持って礁に見せれば、慣れた手つきで鰻を握って持ち上げて見せた。鰻は逃れようと一メートルはあろうかという長体を暴れさせ激しく抵抗するも、(ぬめ)りなど無いかのように掴んだ手は揺るぎもせず、礁は機嫌良さそうに笑うばかり。

 僕が仕掛けを回収して帰って来ると礁の近くにいる人がちらほらと寄ってくることが多いのだが、今日の獲物の鰻に大人は大した反応もない一方で、子供組はやや引き気味に見ている。ぬらぬらと光る蛇のように細長い身体は、知らなければ確かに食べるには不安を煽る姿かもしれない。

 

「ねえ礁さん、ウナギ……でしたっけ。それって食べられるの?」

「おう、食えるぞ。しかも内臓と骨を差し引いても結構な身がある」

「僕は遠慮しとこうかなー、なんて」

「見た目は悪いが味はそんなに悪くないぞ」

「ウツボみたいなものだろうか」

「ウツボよりはもう少し柔らかい身じゃよ」

「私はちょっと食べてみたいかも」

「俺も食ってみたい」

「血に毒があるから火をしっかり通さなきゃだめよ」

「なになに、銀狼が毒見するの?」

「しーまーせーんー!」

「火を通せば大丈夫だ」

 

 人が人を呼ぶと言うべきか、最初は少なかった人数も色々と騒いでいるうちに子供を中心に増えて来たが、僕と同じか下の歳の子は皆怪訝な顔で鰻を見ている。『クロム』の記憶に無いということも加味すれば、鰻が獲れること自体が稀なのだろう。しかし大人組が知っていると言うことは全く獲れないわけでもない、と。

 基本的に石神村の漁は河口や海のおよそ決まった範囲で行われるから、ほぼ決まった種類の獲物となる。そしてその際、網は小さな魚を取らないようにするため目が粗い物を使うから、頭も胴も細い鰻は逃げ出してしまうのだろう。

 

「クロムが行くような所だとあんましいねえはずなんだがな。暗い岩の隙間が好きみてえだから、岩が多くて少し深い場所が良い」

「詳しいね。じゃあ見た事は結構あるんだ」

「季節と場所によってはな。網をすり抜けるせいで獲れねえし、かと言って小せえ魚を獲るわけにもいかねえ」

「とにかく食ってみたい!」

「わははは! ガンエンも我慢できねえみたいだし、とっとと(メシ)の用意するぞ」

 

 長くなった日も既に落ち始め、陽光は白から橙赤色へ和らいでいた。狩りに出ていた玄武達も帰って来たことだし準備を始めるには丁度いい頃合。吹き抜ける風が遠くから運び込む小さな涼と(かす)かな潮騒が心地良い。

 礁曰く網に掛かる事は割と多くとも、引き揚げる時に逃げ出してしまい石神村の食卓に上がることは稀な鰻。鰻といえば天然の漁獲量が激減し、(しま)いには絶滅危惧種に指定されるほどその数を減らしていた存在。しかし礁の言からして石世界では珍しいものでもなさそうではある。

 調理法なら蒲焼が思い浮かぶところではあるが、村にはタレがないどころかそもそも調味料が乏しい。食塩に酢に味醂に酒。イカれたメンバー紹介はこれで終了。どれもが現代に比べると粗製だし、料理の()()()()()に数ですら劣る。調理法だって焼く、煮る、燻す、蒸すぐらいしかない。この鰻も凝った調理がされる事も無いだろう。

 案の定、およそ(ヒレ)を除き内臓を取り出したらそのまま串に刺して巻きつけた。あのまま直火焼きだろう。きっと現代の料理人が見たら憤慨して発狂する所業だ。

 僕も手伝うこと暫く。大胆なクッキングを終えて出来上がった料理達。そして肝心の鰻はと言えば、元々黒かった皮が焼けて更に真っ黒になっていた。しかし熱々の皮を一枚めくれば美しい白身が顔を出す。元々が網目を抜け出せないほど太った鰻だから、食べたい者に身を分けても一人当たりで結構な量が残った。

 

「いっただきまーす!」

「いただきます」

 

 獲った立役者という事で僕も少し貰ったので口にすれば、柔らかな身がほろりと崩れて、あっさりとした甘さが口に広がり消えた。美味しい。美味しいが、まあ普通に焼き魚だ。

 

「あ、おいしい」

「味はウツボというより……ナマズ?」

「塩かけたら一緒だよ」

「スッゲェうまい!」

「グルメなガンエンには好評みたいね」

 

 絶滅に瀕するまで食われただけあって、塩焼きでも存外に好評なようだ。比較対象がナマズなあたりは石世界らしい。

 しかし意外だったのが巫女様も気に入っている点だ。ここ最近やや夏バテ気味であった彼女も、柔らかで甘い鰻は食べやすいらしい。

 前世の記憶に、夏のある日には夏バテ防止に鰻を食べる土用の丑の日なる習慣があった。現代でバレンタインにはチョコを贈ろうと喧伝した製菓会社の戦略のように、江戸時代に平賀源内が夏に売れない鰻の購買を煽るために設定したもの。資本主義に基づき人為的に設けられたものではあるが、実際に食欲不振の巫女様が食べられているのを見るに存外理に適っている慣習だったのかもしれない。

 

「のうクロム、それに礁」

「ん、何」

「どうしたカセキの爺様」

「鰻、もうちょい獲れんもんかのう」

 

 カセキの目線の先には楽しそうに談笑する巫女様。少し食事を摂って気分が優れるようになったのか、血色も良くて雰囲気も明るい。線の細い欧州系の彼女は明るくなっただけでも雰囲気がガラリと変わる。

 村の中でも高齢なカセキは巫女様を生まれた頃から知っている人間の一人だ。その目に映る巫女様は僕とは少し違うのだろう。しかし僕でも分かることは、きっと彼女に少しでも食事を摂ってもらって元気になって欲しいのだろう。

 

「狙って獲るってのは難しいかもしれねえ。何せやった事もねえからな」

「何の話だ?」

「鰻が獲れないかって話」

「クロムはどう? 工作とか得意の妖術とかでどうにかならんかのう」

「僕もやった事がないからどうにもね」

「何事もやってみなければ分からんだろう。私も手を貸すぞ」

 

 好奇心を隠さず話に混ざって来たコハクの姿は、どこか猫を思わせる。無意識のうちに同じ猫科のライオンにイメージが引っ張られているのだろうか。

 やってみなければ分からない、と言われて目を瞑り少し考える。確かに(ハナ)から無理と決めて掛かるのも良くないが、僕の目標から逸れないことが大前提。エゴイスティックに算盤を弾き、情報を精査し方針を組み立てる。しかし元々少し考えていたこともあり、結論は早かった。

 目を開く。斜陽が焚き火に重なって燃えていた。

 

「試すだけ試してみようか」

 

 礁、カセキ、コハク、僕。人手は十分。作りたい道具も淡く輪郭を思い描ける。これから繰り返される制作と試行錯誤を思いながら、僕は曖昧に笑った。

 

 

 

 

 

 翌日。

 礁は朝早くから漁に出かけていて、出立前には鰻が多そうな場所をついでに(まわ)ってくると言っていた。漁業のことは彼の右に出るものはいないから任せるのが最善手だろう。

 一方で残った僕はカセキ、コハクと共に鰻を獲るための準備に村の近くや小高い丘の竹藪に来ていた。

 

「コハク、任せて良いかな」

「手伝うと言ったのは私だ。この程度は軽い」

 

 礁の話にも出て来た話ではあるが、鰻は確か狭く暗い場所を好む。段々と怪しくなり始めた記憶ではあるが、入り口が狭く奥に長い家屋を『鰻の寝床』と呼んでいたからそこまで間違った知識でもないと思う。

 その性質を使った漁というのは昔から盛んに行われていて、釣り以外だとかなりメジャーな手法として存在していた。朧げになり始めた記憶のなかでも明確に思い出せる簡素な作り。

 

「終わったぞ」

「さすがコハクちゃん。一瞬で切れちゃったわい」

「ありがとう、コハク」

 

 材料となる竹もコハクがいればすぐ。貯蔵があればよかったのだが、ちょうど使い切ってしまったところだったので助かった。

 切った竹を腕を広げたぐらいの長さに切り揃え、片端の節だけ残して中をくり抜く。イメージは片開口端の筒。上下の側面に尖った石で少しずつ開けた穴は水抜きと紐を通すためのものだ。

 

「完成」

「おいクロム、手抜きをするな」

「ごめん冗談。カセキ、そっちはどう?」

「まだ一個しか出来てないわい」

「充分。作業が速いね」

 

 カセキから受け取ったのは(ひご)状にした竹を円錐のように組んだもの。一つ一つを結ぶ作業はちまちまと根気がいるものだったが、職人の手に掛かればこれも速い。それを筒の開口端から中に入れて、ちょうど入り口は広く、中に行くほど狭まるように組み立てて紐で固定した。

 

「今度こそ完成」

「……手抜きではないのか?」

「改善の余地はあるかもしれないけど、まあ一応」

「なんか思ったよりだいぶシンプルな作りね」

 

 外から見たらただの竹だし非常に簡易的な作りであるから、コハクの疑念も分かる。僕だって正直これでいいのかと首を捻りたくなる出来栄えだ。

 確か名前はそのまま『鰻筒』であったはず。鰻の習性を生かした設置型の罠だ。鰻は隠れることのできる狭い場所を好む。だからこそ鰻の寝床なんて言葉が生まれるわけだが、この筒は寝床を装った罠ということになる。内部の竹は頂点の部分に向かって開くようになっていて、要はこれがカエシの部分になっており一度入ったら抜け出しにくい作りになっている。

 簡単に説明すればコハクの胡乱げな目つきも(ゆる)んだ。

 

「手抜きというよりは手間抜きか。うむ、合理的だな」

「こんなので本当にうまく行くの?」

「さあ。それこそ試してみないと。ダメで元々、初めからうまく行くはずがないんだから試行錯誤を繰り返すさ。

 これから長さ、細さの違う筒を作って、色々な場所に仕掛けて実験を繰り返すつもり。仕掛けたら揚げるまでもう少し複雑な形のやつも作ってみて、比較とかもするかな。

 この夏は村にいる間、当面は改良に時間を割くことになりそう……なに、その目」

「いや、本当に考えているものだなと」

「クロムってばいっつもそんな風に考えてるの?」

「僕が出来るのはそれぐらいだからね」

 

 初めの方はコハクが材料を切っていたのだけれど工作組よりもペースが何段も速いものだから、何個か作っている内に切り出す作業を終えて節抜きを手伝い始めた。カセキも段々と竹籤を組むのが速くなって行くから、筒はみるみる量産されていく。

 竹林は陽光を遮り、風に吹かれて軽やかに葉を鳴らす。風が吹いているというプラセボのおかげか、夏の暑さも幾分か和らいでいた。

 仕掛けを作ること数十本、成果物を籠へ入れて余った竹は小脇に抱えて帰ることにした。まだ日は高いけれど礁が帰ってきているかもしれない。早く帰ってきているのならば日が暮れる前に仕掛けに行きたいし、まだ帰ってきていないなら使った紐を補填して時間を潰せば良い。

 やるべきことは多く、しかしそれは好ましい気もする。闇雲にあらぬ明確な指針は従うだけで良いのだから。ただ、僕は思考をやめてはならない。望む未来、その実現可能性を知っているだけでも僕は恵まれているのだから、それぐらいは苦でもない。そうでなければならない。

 

「のうクロム」

「ん、何かな」

「あんまり無理しちゃダメよ」

「無理なんかしてないよ。する気もない」

 

 僕に出来るのは、どれだけ高く見積もってもせいぜいが手の届く限りをかき集めて零さないこと。無理も無謀も越えられないし、足下に引き摺り下ろせもしない。だから無理はしないし、そもそも出来ない。

 視界の端に何かが映る。歩を止めず視線をそちらに投げれば、そこは遠き花の園──それを黄色く染め上げる無数の日輪草(ヒマワリ)。一輪一輪は黄色い粒にしか見えないそれらに、ほんの僅かに足が軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 その夏、巫女様は少しだけ体調が良かった。

 




 メシ回(大嘘)
 鰻が呼び水となって少しだけ食欲増進した巫女様。

 一応半分に割って先週投稿するって手もあったけど山場も無いから一話で片付けたかったし、今話のテーマ的に割るのは相応しくないと思った。反省も後悔もしてない。申し訳なくは思ってます。

どっちを先に吐かせたい?(参考にします)

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