前回の更新から一ヶ月。仕事などでなかなか書けず、かけたとしてもなかなか文章が進まず……遅れてすみません。
14話、ようやく更新です。見苦しい文章かもしれませんが、どうぞ。
薄亜麻色の髪を風に靡かせながら、咲月は手に弁当箱や水筒等を持って、護堂達の傍から離れて屋上から校舎内へと戻る扉へ歩く。護堂やエリカ、祐理はその後ろ姿を黙って見送るしか出来なかった。そんな護堂達に咲月は興味を持ってすらいない様で、目を向ける事すら無く校舎内に戻って行った。
バタンと、音を立てて扉が閉じる。その音を耳にして、重く感じた空気が若干だが軽くなった気がした。
「……ふう」
視界から消えた咲月に、誰とも知れず溜息を吐く。それに含まれる感情は、安堵等のそれで、特にエリカと祐理のそれは顕著だった。
祐理が咲月に怯えの感情を抱くのは仕方がない事だろう。魔王と言う天災と同等の存在に睨まれ、権能を使われたのだ。4年前のヴォバン侯爵によるトラウマも相まって、心理的なストレスは相当な物だったろう。そんな存在が居なくなったのだ、安堵するのは当然であろう。だが、エリカは別の理由から安堵していた。
今回のアテナの日本来襲と言う事件。その根本的な原因は、エリカが護堂をイタリアに呼び寄せ、神具ゴルゴネイオンを持ち返らせた事にある。件の神具の事で、イタリアの魔術結社重鎮等がどうするかで頭を痛めていたからだ。
ゴルゴネイオンは地母神の徴。神と対する事が出来るのは魔王のみ。イタリアにも草薙護堂や和泉咲月と同じ、しかし先達となる神殺しが居る。名をサルバトーレ・ドニ。『剣の王』と呼称される、6人目の魔王だ。彼の青年は現在より4年前に、咲月よりも前にアイルランドにおいてケルトの軍神ヌアダを弑逆し神殺しとなった。
だが神具をどうするかで揉めていた当時、イタリアの王は療養と言う名のバカンスで南の島に入っており、不在だった。理由は神殺しとなったばかりの草薙護堂との決闘、それによって得た傷の治療の為である。
他の王に神具を託すか。その様な言葉も議題で出たが、しかし却下された。それをして、もしヴォバン侯爵に神具が渡ろうものなら「まつろわぬ神」以上の被害が出かねないからだ。
サルバトーレやヴォバン侯爵の他にも王は居るが、イギリスの黒王子と中国の武侠王は自身を崇める組織にしか手を差し伸べず、アレクサンドリアの洞窟の女王は隠棲中。新大陸アメリカの王は「蝿の王」と言う邪術師集団との戦いで来訪は不可能。和泉咲月に至っては、その存在を知る者が当時でギリシアの老魔術師一人しか居らず、さらにその老魔術師が死んでしまっていたので論外である。
その中で、エリカが草薙護堂の名を出した。存在を噂されていた新たな王に議会の面々は当初、懐疑的だったものの、エリカとの決闘を経て力を認め、神具を預ける事となった。
エリカの狙いは護堂に神具を日本へ持ち返らせ、そこにアテナを呼び込み斃させ、護堂をより強い王にするという物だった。その目的は8割がた成功したと言って良いだろう。アテナを呼び込み護堂と相対させ、さらに護堂に斃すべき相手だと見做させたと言う点までは。
だが、そこで予想すらしていなかった事が起きた。日本最初の王と言って良い存在、和泉咲月の出現である。日本に護堂以前に王が誕生していた等噂にすら聞いた事がなかったが、彼女の方が先にこの国でアテナと遭遇していたらしい。
結果として、エリカの目論見は泡と消えた。アテナは彼女と激戦を繰り広げ日本を去り、和泉咲月も戦闘終了後、少しして祐理に何らかの権能を使い、去って行った。
(さて、どうしようかしら。結構過激な性格みたいなのよね……)
アテナが去った次の日に、エリカは自身が所属するイタリアの赤銅黒十字に和泉咲月の事を報告した。おそらく彼女の事について調査するよう指令が来るかもしれないが、それは彼女自身も必要と感じていたので驚くようなことではないだろう。問題は、和泉咲月の性格だ。
先程の会話から、彼女が平穏を好んでいると言う事は知る事が出来た。自分が主としている護堂も同じ様な事を言う似非平和主義者だ。彼女もおそらく似たような物なのだろうと思う。
だがもし、この考察が誤りであり、ヴォバン侯爵の様な性格だとしたら……危険である。
和泉咲月は護堂の非難に、彼の所為で自分の平穏が崩されたと返してきた。それも、結構な怒りを持って。
もし今回の一件が自分の目論見に端を発すると知られたら――おそらく自分は殺されるか、或いは赤銅黒十字と言う組織がこの地上から消えかねない。護堂が味方に付いてくれるとは思うが、複数の権能を持ち、さらにその一つとして情報が分からない咲月相手に何処まで戦えるか。
(情報を集めながら、知られない様にしないといけないわね……)
失敗すれば、待っているのは暗い未来だろう。
そんな事を考えながら、エリカは自分と護堂の命を守る為に、これからどう行動するかを考え始めた。
チラリと護堂を見て見れば、護堂は咲月の文句に思う所があったのか、ブツブツと言いながら何かを考えている様だった。
●
屋上から教室へと戻る廊下を歩きながら、咲月は怒りと呆れで頭を痛めていた。思い返すのは屋上での問答の内、草薙護堂の言った言葉である。
(失礼だとか、配慮しろとか……何と言うか、呆れ果てて物も言えないわ)
厄介事を持ちこみ、結果的にその始末を咲月に押し付けた形になった草薙護堂は、礼を言うでも謝罪をするでもなく、あろうことか戦場となった港を破壊した事で咲月を批判してきた。
確かに、石化し、戦闘によって破壊されたあの港を使う人々には迷惑千万甚だしい事だろう。漁船も貨物船も、クレーンさえも完全に石化し、使えなくなってしまったのだから。
だが、その事で咲月に文句を言う権利と資格があるのは石化したあの港の使用者達だけなのであって、間違っても草薙護堂達には咲月を批判する権利も資格も有りはしない。寧ろ、石化と破壊の原因となった
だと言うのに草薙護堂は咲月のみならず、他の魔王達まで批判した。別に批判自体は問題ではない。確かに、咲月も雪崩を起こし、遺跡を崩落させて人間社会に迷惑は掛けている。他の王も、大なり小なり一般社会に迷惑を掛けている事はあるだろう。
だが、それは草薙護堂も同じである。
(コロッセオだけじゃないわね。多分、この数ヶ月にイタリアで起こった大規模破壊には、ほとんど彼が関係していると見ていいでしょうね)
直感でそう思う。
コロッセオの情報は、甘粕から自分の情報を奪い取った時に、ついでに奪っていた物の一つだ。
その情報には草薙護堂がコロッセオを破壊したと言う情報は無かったのだが、彼がその当時に何らかの理由でイタリアへ渡っていた事があった。おそらくだが、件の神具の為だろう。
屋上で護堂にカマを掛けたのは、コロッセオ爆破テロとの関連を調べる為だ。結果として、彼がコロッセオ破壊犯だと確定した。
(まったく、屋上でも言ったけれど、一体どの口で周囲に配慮しろ、なんて言うのかしら。他人に言うのなら、まず自分が実践して見せなさいと言うのよ……)
おそらく、現在の自分は睨む様な顔つきになっているだろう。眉間に力が籠っているのが分かる。
(それにしても、化身の権能持ちだって事は予想してたけど、まさかウルスラグナとはね。常勝不敗のあの軍神をよく倒せたものだわ)
草薙護堂の自己中心ぶりを思考の端に寄せ、彼が斃した神と、簒奪した権能について考える。
草薙護堂が斃したと言うウルスラグナは10の化身を持つ古代ペルシアの軍神にして、太陽神ミスラを先導する、光と鋼の属性を持つ『まつろわす神』である。12の試練を達成したギリシア最大の英雄神ヘラクレスや、アルメニアにおける蛇殺しの英雄神ヴァハグンとも関係がある彼の神はヤザタと呼ばれる中級神ではあるが、東欧周辺や西アジアではかなり有名な神格だ。
だがこの神、『鋼』の属性を持ってこそいるが、ウルスラグナ自身の伝承に蛇や竜に関する物語は見られない。おそらく『鋼』の属性はヘラクレスやヴァハグン等から流れて来ているのだろうが、『鋼』の系譜として見るには、源流からは遠い存在だろう。少なくとも、咲月が弑逆したクー・フーリンよりは源流より遠いと思う。
どのような手段を使ったかは分からないが、護堂は彼の軍神をイタリアで弑逆した神殺しらしい。
なぜ咲月が知らなかった筈の護堂の権能について知っているかと言うと、甘粕からコロッセオの情報と一緒に彼の権能の情報も奪っていたからだ。
奪った情報の元は賢人議会による報告書らしいが、その情報から推察するに既に7つか8つの化身を掌握しているようだ。しかし化身の力を使用するには、それぞれの化身に対応した使用条件があるらしい。さらに一度使用してしまった権能は、24時間が経過するまで再度の使用は出来なくなるようだ。強力だが、使い勝手の悪そうな権能だ。
(アテナが言った事を考えれば、あの時草薙護堂は死んでいた筈。だけどやって来たって事は、権能に蘇生系の能力があるって事ね。ウルスラグナの化身で蘇生の能力に該当するとしたら、雄羊かしら……)
殺された筈の護堂が復活してきた理由を考え、古代世界において富貴と密接に関わっている羊の力――雄羊の化身の力だろうとあたりを付ける。生命力と豊穣の象徴でもある羊なら、蘇生や回復に関係する能力でも可笑しくないからだ。
他の化身の能力も考える。雄羊は蘇生だとして、後9つ。草薙護堂がどの程度ウルスラグナの化身を掌握しているかは分からないが、ウルスラグナの10の化身の内、雄牛、駱駝、猪、白馬、山羊、黄金の剣持つ戦士の力については大体だが予測は立てられる。自分の権能なら、猪、白馬、雄羊、そして上手く行けば黄金の剣持つ戦士を破る、あるいは封じる事も可能だろう。特に猪と白馬、雄羊の能力にはゲイボルグとマーナガルムで楽に対処出来そうだ。
だが残る強風、鳳、そして少年の化身については、どれもが補助系の能力だろうと言う予想しか立てられない。
もし鳳の力が自分の予想通りなら、黄金の剣持つ戦士の化身と並んで厄介だ。ウルスラグナの鳳の化身は、その羽を体に擦り付けると相手に呪い等を弾き返す力を持っているからだ。この力が鳳の化身の能力だとしたら、万里谷祐理にかけた偽りの神託を消されるかもしれない。
(……駄目ね、私も。アテナとの戦いが不完全燃焼だったからかしら、どうも思考が戦闘寄りになっちゃうわ。もう終わった事なのに……)
そこまで考えて、咲月は首を振って今まで考えていた事を振り払う。
不完全燃焼であるのは確かだが、先日のアテナとの戦いは既に終わった事だ。草薙護堂の所為で決着こそつかなかったが、終わった事をいつまでも引き摺るのは、ハッキリ言って時間の無駄以外の何物でもない。
過去にあった事よりも、現在か、未来にやって来る事を考えた方がまだ建設的だろう。
アテナとは再戦の約束をしているのだ。再戦の時と場所はアテナが決める事を条件に痛み分けとして退いてもらったので、次の戦いにはこちらの都合など関係なくやって来るかもしれないが、その時はその時だ。どのような場合でも、全力で応戦するだけである。
問題は、アテナと先に戦うのが自分ではなく、草薙護堂だと言う点だろう。あの女神は自分と戦う前に、斃しきれていなかった彼を斃すと言ったのだ。
(負けず嫌いなのよね。やっぱり闘神・軍神の属性を持っているからかしら)
戦いに関する神と戦ったのは、最初に倒したクー・フーリンを除けばアテナとのみだ。クー・フーリンの事は好戦的と言う点以外殆ど覚えていない為に、負けず嫌いかどうかは伝承でしか分からないが、アテナに関してはなんとなくそう思う。話し方も性格も、負けず嫌いのそれがぴたりと該当していた。
(まあ、それはいいわ。草薙護堂の事も、正直に言ってしまえばもうどうでも良い。痛み分けとは言え、もう戦いは終わったのだから)
再度小さく首を振り、考えを振り払う。
体の状態ではなく精神の状態だが、何時までも戦闘状態で居る訳にもいかない。戦闘状態になるのは自分に喧嘩を売ってくる神や、神獣や魔獣等と言った神話の存在と戦う時のみで十分だ。
そう思い、咲月は歩いて行く。会う事は望んでいなかったが、文句を本人に直接言った事で、草薙護堂への僅かな怒りや恨みも一応とは言え治まった。
万里谷祐理には権能で自分の情報を奪い、さらに自分の権能の情報を得られない様にしているので、霊視されても問題は無いだろう。消されたら消されたで、その時だ。正史編纂委員会の甘粕に関しても、祐理と同じ様に自分に関する情報を奪い取っている。上司の沙耶宮馨と言う人間が何か接触を持とうとしてくるかもしれないが、甘粕を通して脅しているので現状暫くは手を出して来ないだろうと思う。
気になるのは草薙護堂の側に居た金髪の女子だが、これも然して気に掛ける必要はないだろう。変にちょっかいを掛けてくれば、潰せば良いだけの事だ。
8人目の王である草薙護堂が側に居るが、自分の権能はマーナガルムの姿以外知られていないので、潰す事は容易だろう。
「まあ、それも何かあったら、で良いわね。アテナが去って、暫くは神が出てくる事もないだろうし、今は……」
この日常を謳歌しよう。
そう思い、咲月は屋上から戻って来た直後とは打って変わって、晴れやかな表情を浮かべて廊下を進む。向かう場所は己の教室だ。本当なら図書室に直行したいのだが、手に弁当箱や水筒を持っている状態で向かう場所ではない。そもそも入れないだろう。
まずはこの荷物を鞄に戻してから。本を読むのは、その後だ。そう考えて、咲月は教室の戸を開いた。
「咲月ーっ! 何処に行ってたのさー!!」
「ぐふぅっ!?」
直後、結構な衝撃が彼女の体に襲いかかった。戸を開けた瞬間、誰かが咲月に向かって飛びこんで来たからだ。
若干気が抜けていた所為か、扉の向こうの気配を読み取ることが出来なかったのだろう。神々と戦う為に鍛えているので流石に倒れこそしなかったものの、中々に強烈な衝撃で身体が流されそうになり、二、三歩程度後ろに下がってしまった。
一体誰が飛びついて来たのか。確認する為に咽ながら目をやると、視界に入ったのは黒髪のポニーテール。友人の佐山美智佳だ。普段はそうでもない癖に、何故か食事時になると行動がアグレッシブになるのだ。
「っ! 美智佳、いきなり何を……」
「何を、じゃない! お昼になったから一緒に弁当を食べようと思ったのに、気付いたら居なくなってるしさ! 四人で侘しく食べる事になったんだぞ、この!」
言いながら美智佳は手を咲月の腰に回し、咲月を逃がさないように捕まえる。割と力を入れているようで、咲月は美智佳の腕に絞めつけられる形になった。曰く、ベアハッグと言うやつだ。さば折りとも言う。
因みにまるで関係ない事だが、ギリシア神話の『鋼』の英雄ヘラクレスはこのベアハッグで、大地母神ガイアと海神ポセイドンの子であり、大地に足が付いている限り不死身のアンタイオスを絞め上げて大地から足を離させ、そのまま絞め殺したと言う。
「ちょ、美智佳! さば折りはやめてって……!? て言うか、四人も居るのに侘しくって言うの!? 貴女が一緒にお昼食べようと思ったのは私のおかず取る為でしょ!」
「代わりにこっちのおかずもあげてるじゃんか! プラマイゼロだろ!」
「確かにそうかもしれないけど、取りすぎだって言ってるの! この間なんて皆しておかず全部取って行ったじゃない! 自分の作った物を自分が一つも食べることなく終わるって言うのがおかしいって言ってるのよ!」
「でも、和泉さんの作るお弁当すごく美味しいし、佐山さんの言う事も分からないではないのよね」
美智佳にさば折りを決められ、何とかそれから逃れようとしつつ廊下で二人言い合っていると、別の声が二人の間に入って来た。美智佳から視線を外して声のした方向を見ると、戸の前で穏やかそうな雰囲気の女子が一人、やや生温かな視線で咲月と美智佳を見ていた。彼女の後ろにももう二人程おり、それぞれ呆れた様な視線と苦笑いを咲月達に向けている。
「あんた達ね、廊下で何やってんのよ。仲がいいのは良い事だけど、時と場所を考えなさい」
「それは私じゃなくて美智佳に言ってちょうだい、夕夏! 飛びついて来たのは私じゃなくて美智佳の方なんだから! 雪音も、美味しいからってあんまり取らないでよ!」
「今日は取らなかったよ?」
「取らなかった、ではなく取れなかった、が正しい言葉だと思うぞ、雪音。咲月は今日、私達と一緒に昼食はとらなかったからな」
咲月と美智佳に呆れた視線を向けていた女子――夕夏の言葉に、咲月は美智佳を引きはがそうとしながら返し、ついでと言うかのように雪音と呼ばれた女子にそう言う。
雪音はそれに首を傾げながら返すが、彼女の後ろに居たもう一人の女子――苦笑いを浮かべていた少女だ――に正された。吊り目に眼鏡をかけた、理知的な少女だ。
「美陽」
「おそらく屋上で食べたのだとは思うが、久方ぶりに一人のんびりと昼を食べた気分はどうだ、咲月?」
「屋上!? 何で屋上に行ったのさ、咲月!」
「おかずを取られない為に決まってるでしょって、腕にさらに力入れるんじゃないわよ! し、絞まる……っ!」
美陽と呼ばれた少女の言葉に、美智佳は咲月を捕まえている腕にさらに力を込める。
咲月と美智佳を見ている三人の女子の名は、それぞれ森宮夕夏、白崎雪音、天城美陽。三人とも、美智佳と同じく咲月の友人である。
強く身体を絞められ流石に苦しくなってきたか、咲月は体に回されている美智佳の腕を何とか外そうとする。しかしがっちりと抱え込まれているのか、中々外れない。
「御両人。夕夏が言った様に仲が良いのは結構だが、そろそろ離れた方が良いと思うぞ? 美智佳も咲月も、百合とかのネタにされたくはないだろう?」
「あ、当たり前でしょ! 美智佳、いい加減に離しなさいって!」
「じゃあ明日のおかず一品ちょうだい」
「ふ、普段から率先して強奪してる癖してこの子はぁ……!」
図々しい美智佳の言葉に、咲月は顔を引き攣らせる。普段から散々友人達に弁当のおかずを強奪(と言う名の物々交換)されていると言うのに、それに加えてまだ取ろうと言うのか。食欲があり過ぎではないのか。
そう思い、軽く頭を叩いて注意しようとした所で美陽が言った。
「美智佳、流石にそう言う事はやめておいた方が良い。要求のつもりで言ったのだとは思うが、聞き様によっては、それは脅迫の様な物だ。友人相手にそれは如何なものかと私は思うが」
「あ……」
「君の悪い点だな。親しい友人だからこそそう言えるのかもしれないが、だからと言って、言って良い事でもない。もう少し落ち着いて言う事を勧めるぞ」
「ぅあ……あたし、またやっちゃった? ごめん、咲月」
美陽の言葉に、美智佳は自分の失言を理解し、咲月を捕まえていた腕を解いて謝った。
「ふぅ……まあ、ほぼいつもの事だから良いけれど、今度からは気を付けてよ」
「あはは……ホント、ごめん」
己に掛けられていたさば折りからようやく解放されて一息吐き、咲月は謝って来た友人に注意する。それを聞いて、美智佳は困った様に笑いながらも再度、咲月に謝罪した。
「助かったわ。ありがとう、美陽」
「何、礼には及ばんよ。明日の弁当で、私のリクエストに応えてくれたらそれでいいさ」
「……それが狙いね。貴方も結構良い性格してるわよね」
「褒め言葉と取っておこうか」
「皮肉で言ってるのよ」
美陽の要求に頬を僅かに引き攣らせながらそう返す。が、美陽の性格から考えて、自分が皮肉で言っているのは理解しているだろう。内心で溜息をつきつつ、咲月はそう思った。
「はいはい、皮肉の言い合いとかはやめなさいよ二人とも。昼休みはもうあんまりないんだから」
「そうそう。楽しく過ごそうよ」
笑みを顔に浮かべながらも睨みあう様に咲月と美陽が互いを見ていると、呆れた様な夕夏の声と、のほほんとした雪音の言葉が投げられた。確かに、昼休みはもう余りない。皮肉の言い合いで時間を潰すよりも、楽しく過ごした方が精神的にも良いだろう。
二人ともそう思ったのか、咲月と美陽はどちらからともなく視線を逸らし、他の三人と一緒に教室に入って行った。放課後にどうするか、何処に行くかを言いながら。