魔槍の姫   作:旅のマテリア売り

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18話 嵐の前に言葉は弾み

 シャラシャラと涼やかな、耳触りの良い金属音が耳に届く。音の発生源は光を反射して柔らかな銀色の輝きを発している細い鎖だ。その先端には同じく銀色の輝きを放つ、滑らかな円盤状の物体が付いており、もう片方の先端にも何かに留める為の銀色のフックが付いている。

 かちり。

 スイッチを押す様に、円盤に付けられている突起が押される。すると円盤の片面が蓋を開く様に動き、中に収められていた物が露わになった。

 現れたのは文字盤だった。ガラスで覆われた内に、長短三つの針と円形に配置された1から12までのローマ数字で作られた、シンプルなデザインの時計盤だ。針が指し示す時刻は、10時42分。午前ではあるが昼ではない、中途半端な時間だ。

 じっと時計を見ていて、おもむろに竜頭に手を掛け、廻す。チキチキチキ……と小さく音が鳴り、時計内部のゼンマイを巻き上げる。動力を弄られ、ゆっくりと時を刻んでいた秒針の速さが上がる。それを見て、ぱちり、と小さく音を立てて、咲月は懐中時計の蓋を閉じた。

 

「……ふぅ」

 

 小さく、溜息を一つ吐く。いつもの彼女ならまず吐かないだろう、何処か気だるそうなその溜息に、クラスの面々が何事かと目を向ける。

 それに気付いていない咲月ではないが、彼女は気にせずに、頬杖をついて視線を窓の外に向ける。殆ど雲のない、澄み渡った青天が彼女の目に入った。

 

「咲月? どうしたのさ、そんな溜息吐いて。珍しい」

「ん……?」

 

 声をかけられ、咲月は顔を空から外し、声を掛けて来た者に向ける。目に入って来たのは、クラスの中でも特徴的なポニーテール……佐山美智佳だ。

 

「美智佳……どうしたの、何か用?」

「用があるって訳じゃないけど、溜息吐いてたからさ。咲月が溜息吐くなんて滅多とないし、どうしたのかと思って。顔色もあんまり良いとは言えない感じだし、具合でも悪いの? ……もしかして、あの日?」

 

 咲月の問いに、美智佳はやや心配そうな口調でそう返す。あの日と言うのは当然、一月に一度、女性に必ず来る生体現象の事だ。

 それに薄く苦笑を浮かべながら、咲月は美智佳の心配を否定する。

 

「別にあの日って訳じゃないわ。そもそも、私の場合そんなに酷い訳じゃないし。ただ……」

「ただ?」

「何と言うか、夢見が悪かったって言うか、よくわからない夢を見たと言うか……」

「何それ。夢? どんな夢を見たのさ?」

「ん……」

 

 首を傾げながら、夢の内容について美智佳が問うてくる。それに対し、咲月はどうするべきかを考える。

 昨晩夢で見た物は、狼と光、蛇、巨岩、木と言った物だ。気配も含めれば冥府と大地の物も有る。普通、夢では感じられない筈の気配すら感じる辺り、普通の夢ではない事は明らかだ。まず間違いなく『神託』の権能が自動発動したのだろう。

 ギリシアの夢の神オネイロスから咲月が簒奪した『神託』の権能は、敵対者の情報を得る、奪う、或いは与えると言った戦術的な権能だ。この権能の自動発動形態である予知夢は、近ければ最短で5日以内に予知夢の内容が実現する。最も古い物では権能簒奪直後に起こった空港の嵐が、最も新しい物では一月前のアテナ来襲がこの権能によって予知された。

 その権能の事を考えながら、咲月は一つ気になった事があった。

 

(最近、随分と神託が良く発動するわね……何でかしら。やっぱり草薙護堂が原因? ……まさかね。いくら新しい王がすぐ近くに居ると言っても、予知夢自体は別の要因で発動するものだもの。草薙護堂は関係ないはず)

 

 今年に入ってから、神託の権能が予知夢を咲月に齎したのはこれで二度目だ。別にそれ自体は可笑しい事ではない。去年も、二年前も、予知夢は何度も見ているからだ。

 だが、それは一度見た後、数ヶ月の間を空けて見ているのだ。今回の様に、僅か一ヶ月程度で予知夢が発動した事は、神託を簒奪してからの二年間で一度も無い。

 

(まさか、また神が出てくるんじゃないでしょうね。だとしたら、どうしようかしら。アテナとの再戦に備えて、新しい権能は奪っていた方が良いでしょうけど……)

 

 一ヶ月前の、アテナとの問答を思い出す。あの女神は去る直前に、傷が癒えたら、再び戦う為にやって来ると言った。咲月の前に草薙護堂と戦い、今度こそ完全に討ち下した後で咲月と戦うつもりらしいが、あの女神がやって来る事はほぼ確実だろう。あの戦いの結果を痛み分けとする際の問答によって、次に戦う時と場所はアテナが決定権を持っているが、咲月自身もそれ自体は構わない。やはり決着つかずの不完全燃焼よりも、ハッキリと決着をつけた方がすっきりするからだ。

 しかし、アテナと咲月は互いに手札をほぼ晒していると言って良い。アテナは戦略を司る女神だ。咲月もそうだが当然、あの女神も対策を練って来るだろう。

 神託の権能の事はおそらく知られていないだろうが、この権能は直接的な攻撃能力は皆無の、情報収集専用と言っても過言ではない権能だ。もし知られたとしても、直接的間接的問わず影響を為さないのなら、あの女神なら然して気にも留めないだろう。神々に関する情報を戦う力にする類の権能と合わせれば危険な権能だろうが、生憎と咲月はそれに該当する権能を所持していない。

 

(って、また思考が戦闘寄りになってるわ。神託もそうだけど、最近こう言うのが多いわね。何でかしら……)

 

 いつの間にか戦闘寄りの思考になっていた事に気付き、咲月は小さく頭を振る。一ヶ月前の戦闘はもう終わった事だ。何時までも気にしていた所で無意味だろう。

 神託の内容について思い出す。蛇、大地、冥府と来れば、当て嵌まるのはアテナの様な大地母神だが、今回はそれらの他に狼と岩、木、光があった。今までと違い、随分と漠然とした物ではあったが、神託には違いあるまい。

 狼もモリガン等、一部の大地母神が化身の一つにしている動物なので別に変だとは思わない。岩と木も、主として大地に属する物で、不死や豊穣を意味する物だ。それらの情報から考えるに、もし神が現れるとしたら再び地母神になるだろう。この国の神話や伝説から見れば、イザナミがそれに該当するか。

 しかし、今回見た夢に現れた狼は、大地の属性を持ってこそいたが、何故か地母神とは異なる印象を受けた。寧ろマーナガルムの様な、死や光に関係する属性を持っている様な感じがした。

 イザナミは蛇には関係あるが、狼を化身としてはいない。光の属性も、彼女が死して黄泉の主宰神となる以前はイザナギの妻として、創造神たる母神の属性を持っていたと考えれば納得はいかないでもない。

 だが、その光に関して奇妙に感じた。光から感じた蛇の気配と、その数だ。

 別に蛇が光の属性を持っていると言うのは、珍しいかもしれないが可笑しい事ではないだろう。地母神との関係の方が強いからか蛇は水や大地、闇の獣とされる事が多いが、光に関する蛇も居る。代表的な神を挙げれば古代アステカの神、羽毛を持つ蛇ケツァルコアトルか。彼の神は風や水、文明神としての属性の他に太陽神としての属性をも持っているのだ。

 咲月が神託で見た光の数は八つ。その全てから蛇の気配を感じ取れた。

 蛇と八と言う数字で真っ先に思い浮かべる事が出来るのは、日本ではやはりヤマタノオロチだろう。冥府の穢れをイザナギが禊ぎ、最後に生まれた『三貴子』と呼ばれる三人の神の一柱でもある末の弟、スサノオノミコトによって斬り殺された、八つの頭と尾を持つ蛇神だ。元々、山神や水神であったと言うこの蛇神は、洪水や火砕流を神格化した存在だとする説もある。

 また、ヤマタノオロチは三種の神器の一つでもある鋼の剣、天叢雲剣をその尾より出した事から、鋼にも関係がある神の一柱である。

 古代、日本ではたたら吹きによって砂鉄を溶かし、剣を始めとした鋼製道具の製造を行っていた。たたら吹きに使われる木炭の量は膨大で、その材料として川の上流の木々が伐採された事により山が雨水を貯め込む事が出来なくなり土石流や洪水が発生し、その川の氾濫が荒れ狂うオロチとされたのだろう。実際、島根県にある斐伊川はオロチ河川群とも呼ばれる河川の一つであり、かつて幾度も洪水で氾濫を繰り返していたのだ。

 また、斐伊川の上流ではかつて、良質の砂鉄が採取されている。オロチを表す言葉の一つに「腹が血でただれている」と言う物があるが、これは砂鉄や鉱毒によって川の水が濁ったものではないかとする説がある。

 しかし、ヤマタノオロチは水と大地、火、鉄の属性を持ってはいるが、光と冥府の属性は持っていない。

 

「咲月? おーい」

 

 次いで思い浮かぶのは、腐敗したイザナミの体に生じていた火雷大神だろう。この神はイザナミの体に生じていた八柱の雷神の総称で、両手足、頭、胸、腹、女陰に生じていた蛇の雷神だ。それぞれ頭部の大雷神が雷撃による破壊力を、胸部の火雷神が雷による火災を、腹部の黒雷神が雷雲による暗闇を、女陰の咲雷神が雷によって引き裂かれた物体を、左手の若雷神が雷雨の後の潤った大地を、右手の土雷神が地上に戻る雷を、左足の鳴雷神が響き渡る雷鳴を、右足の伏雷神が雷雲の中で光る雷を司っている。

 この八神は冥府の主宰神となったイザナミから生まれた神の為、ヤマタノオロチとは違い冥府の属性を持ってはいるが、やはり光には該当しない。

 他にも蛇の神は居る。大国主命の和魂と言われる大物主神と、闇御津羽神(くらみつはのかみ)闇淤加美神(くらおかみのかみ)の姉妹神だ。大物主神は豊穣と国の守護、疫病などの祟りを司る雷と水の蛇神であり、闇御津羽神・闇淤加美神は天之尾羽張の柄から滴り落ちた火之迦具土神の血から生まれた、峡谷や井戸の水の出始めを司る龍蛇神だ。

 しかし祟り神である大物主神はともかく、闇御津羽神・闇淤加美神は冥府とは関係ない。

 

「おーい、咲月ー? 聞こえてるー?」

 

 八と言う数字も厄介だ。

 現在はともかく、古代の日本では八と言う数は聖数とされており、八百万(やおよろず)八十(やそ)八重(やえ)と言う単語が表す様に、漠然と数が多い事を表す。三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)の八咫も大きいと言う事を表すものとされており、同じく三種の神器である八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の八尺も大きい、或いは長いと言う事を示すとされる。知恵の神である八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)の八意の名前も、多くの知恵を持ち、様々な視点での思考を兼ね備えている神と言う意味だ。

 単純に八とあっても、日本ではそれがきちんとその数を表しているとは言えないのだ。勿論、全てがそうと言う訳ではないが。

 

「むぅ。さーつーき!」

「きゃっ!?」

 

 パン! と大きな音が耳のすぐ傍で聞こえ、咲月は小さく悲鳴を上げた。突然の音に思考を打ち切り、目を白黒させつつ何事かと音が聞こえた方を見ると、美智佳が若干不機嫌そうな表情で咲月を見下ろしていた。両手を合わせた状態である事から、先の音の発生源は彼女の手なのだろう。

 

「な、何? 美智佳」

「何? じゃない。まったく、夢の内容がどんなのだったか聞いたら、急に黙って考え込んでさ。声掛けても反応しないし」

「あー……ごめん。また悪い癖が出てたみたい」

 

 咲月自身理解している事ではあるが、彼女は一度考え始めると深く思考に耽る事が多い。その為、他人の話が聞こえなかったり、話題を忘れてしまう事が度々あるのだ。

 美智佳の視線と言葉に流石に悪かったと思ったのか、咲月は彼女に謝罪した。

 

「まあ、今に始まった事じゃないからそこまで怒ってる訳でもないけどさ。で、話を戻すけど、結局夢の内容は何なのさ?」

 

 その言葉で、咲月は神託の事をどうやってぼかすかを考え始めるが……すぐに考えることを止めた。

 神託の権能が彼女に齎したのは予知夢だ。未来に起こり得るだろう出来事を知らせる特別な夢だが、結局のところは単なる夢だ。

 これが魔術師相手なら騒ぎ出しそうなので話す事を躊躇う所だが、美智佳はそう言った裏の事情とは無関係の、完全な一般人だ。話した所で何か自分に影響がある訳でもないので、別にぼかす必要など無いだろう。

 

「内容ね……なんて言うか、繋がりがないのよね。ネズミが狼になったり、その狼が二足歩行したり、蛇を殴ったり。かと思ったら光が出てきたり、岩が出てきたり木が出てきたりで。最後に人影を見た様な気もするけど、本当に見たかはよく覚えてないわ」

「何その夢。二足歩行する狼って、狼男? またファンタジーなのが出て来たね。それに蛇や光って、統一性がまるで無いじゃんか」

「私に言われてもね、意図して見てる訳じゃないんだから。それに夢なんて、基本そんな物でしょ?」

「まあ、それは確かにねえ。むしろ、意味のある夢を見る方が珍しいか」

 

 夢の内容を話し、それに呆れる美智佳に咲月は片目を閉じて言う。

 実際、予知夢としての神託は咲月が眠っている間に勝手に発動し、情報を齎すのだ。勝手に発動するが故に何時発動するかは分からず、たとえ発動する時を知る事が出来たとしても、望んだ情報を得られるとは限らないのだ。尤も、これは咲月が神託の権能を、未だ完全に掌握出来ていないと言う事かも知れないが。

 

(もう8割くらいは掌握出来てる感じはするんだけど……オネイロスを殺してもう2年になるっていうのにまだ完全に掌握できてないとか、どうなのかしら。やっぱり戦闘で殆ど使わないからかしら……)

 

 美智佳と他愛のない雑談を交わしつつ、思考の片隅で咲月はそう思いながら、窓から空を見上げた。

 先程見上げた時と変わらない、雲一つない澄んだ青空だったが、咲月はその空を見て僅かに眉を潜めた。

 まるで、嵐が来る前触れの様に黒ずんで見えたのだ。

 

 ●

 

 放課後。部活や生徒会等の用事が無い生徒が、ほぼ例外無く帰宅する時間である。部活にも生徒会にも所属していない咲月も、当然だが帰宅する大勢の生徒達の中に入っていた。

 

「じゃね、咲月。また明日」

「ええ、また明日」

「咲月、明日のお昼は肉じゃがを作って欲しいなー」

「残念だけど、今日の夕飯は鶏肉のソテーとサラダ、ほうれん草のスープって決めてるの。だから肉じゃがはまた今度ね」

 

 下駄箱に向かう廊下の途中で、そう言って咲月は部活や生徒会に向かう友人達と別れて一人昇降口に向かい、靴を履き替えて学校から出て、夕飯の材料を買う為にスーパーマーケットへの道を歩く。

 

(買う物は鳥胸肉とほうれん草、レタスにハムにトマトに……そう言えば、牛乳が無くなったんだったわ。これも買わないと。他には……)

 

 向かいながら、頭の中で買うべき物をリストアップする。一人暮らしと言う事もあるので一度に買う量は多くはないが、無くなりかけている物なども追加していくとそれなりの量になった。

 

(思ったよりも買う必要がある物が多かったわね。まあ、お金も体力もまだ有るから別に問題はないけど……)

 

 店から出て、手に食材などが入れられた袋と学生鞄を提げて咲月は家への道を歩く。液体がずっしりと重く感じるが、体力には自信があるので問題ないだろう。

 

「ん……?」

 

 道を歩いていると、ふと視線を感じた気がした。そこまで強い訳ではないが、しかし弱い訳でも無い。

 

(……最近、視線を感じる事が多いわね。前まではそんなに多く無かったのに)

 

 アテナとの戦いの後から、咲月は自分に向けられる視線が格段に多くなったのを感じていた。やはり魔王と知られたからだろう。この一ヶ月で術師だろう存在からの視線を感じたのは10や20では済まない。

 この視線も、術師が自分を見ているのだろう。実際の目で見ているのではなく、呪術で視覚を飛ばしていると言ったところか。実害は現在の所無いが、一ヶ月もこう言った視線を感じていると、いい加減に鬱陶しくなってくる。

 見つけ出して潰すか。そんな考えが頭に浮かぶが、すぐに振り払った。殺すのは最後だと決めているのだ。

 今回は警告で済ませよう。そう思い、咲月は足を止め、視線を感じる方向に目を向けて言った。

 

「何処の誰かは知らないけど、あんまり見てると潰すわよ? 私もいい加減、鬱陶しいと思ってるんだから」

 

 少しばかりの威圧と呪力を込めてそう言うと、感じていた視線は無くなった。術を解いたのか、咲月の呪力で術が弾かれたのだろう。

 それに小さく鼻を鳴らし、咲月は帰途に着いた。

 

 ●

 

 護堂はげんなりしていた。

 いつもの様にまとわりついて来るエリカから何とか離れられ、帰宅した彼は食事を終えてゆったりとしていたのだが、その時に電話がかかって来たのだ。

 草薙家には護堂の他に祖父と妹が居るが、電話がかかって来た時に祖父は風呂に入っており、妹は食器を洗っていて電話に出る事が出来なかったので、暇だった自分が出たのだが、取った直後に後悔した。

 電話を掛けて来た主は見知らぬ相手……等ではなく、見知った相手だった。見知ったと言っても、友人に紹介されたとか、親の友人とかの理由で見知った相手ではない。そんな穏やかな感じで知り合った仲ではなく、戦い、殺し合って知り合ったと言う物騒な仲だ。

 電話の主の名はサルバトーレ・ドニ。エリカの生国であるイタリア在住の、護堂の先達。『剣の王』とも呼ばれる六人目のカンピオーネだ。

 彼の声を聞いた直後、護堂は一瞬の躊躇も無く電話を切った。当然だろう。何せ事あるごとに「決闘しよう」等と言って来る輩だ。常識人を自称している護堂からしたら関わり合いになりたくない人間である。

 しかし彼は電話を切られてもめげることなく、どう言う手段で知ったのか、護堂の携帯に電話を掛けて来た。携帯に出ない、或いは電源を切ると言う選択も有ったが、非常に嫌な予感がしたのでその選択は取らず、かなりの躊躇を見せてから電話に出た。

 相手はやはりと言うべきか、サルバトーレだった。多少の雑談をして、何の用で電話を掛けて来たのかと聞いたら、彼はとんでも無い事を言って来た。

 現在、日本にヴォバン侯爵が来ているから喧嘩でも売ったらどうか? と。

 

「ちょっと待て! 何でそんな奴が日本に来てるんだよ!?」

『教えてあげても良いよ? サルバトーレよ、勇士にして我が友よ、あなたの助言が必要ですと言ってくれればすぐにでも――』

「誰が友だ。あんたを友人だと思った事なんかないぞ」

『つれないな、護堂は』

 

 護堂の言葉に軽い口調でサルバトーレはそう返した。その声を聞き、護堂は思わず溜息を吐きそうになった。

 

「……なあ、そのじいさんは結構な数の神を倒してるんだよな。あんたのも合わせて、どれくらいの神を倒してるんだ?」

『ん? 僕と合わせれば軽く十は超えると思うけど? どうかしたかい?』

 

 護堂の問いに、サルバトーレは珍しく疑問を含んだ声で問い返す。

 

「いや。あんた達が倒した神とは、俺は戦わなくていいんだよなって思った。もう倒されてるんなら、出てくる筈はないもんな」

 

 何処か安堵を含んだ声で、護堂はそう言った。

 神を倒すと言う事は、神を殺すと言う事だ。既に殺された存在が新たに生まれ出てくる事はないだろうと、護堂はそう思ったのだ。

 

『ハハッ、何を言ってるんだい護堂。そんな事は有り得ないよ』

 

 しかし、サルバトーレのそんな言葉で護堂は疑問を抱いた。

 

「有り得ないって、どう言う事だよ。あんた達が倒した神はもう居ないんだろ?」

『確かに居なくなってるよ。でも、それはあくまで一時的なものだよ』

 

 護堂の問いに、サルバトーレは厳かな声で、教えを授ける様に言った。

 

『現世に現れる彼等は、所詮彼等の一部分だ、全てじゃあない。――神々の本質は神話だ。僕達カンピオーネを含めた全ての人間が紡いできた神話が存在する限り、彼等は決して滅びない。殺されても、何度だって甦って来るんだよ』

 

 暗い、戦いの喜悦に染まった声でサルバトーレはそう言った。その言葉を聞き、護堂は考える。

 神話がある限り、神々は滅びない。たとえ倒されても、何時か再び甦る。なら――

 

「なら、俺が倒したウルスラグナも……」

『何時か甦って来るだろうね。あの神様は西アジアではかなりのビッグネームだ、案外もう何処かで復活してるかも知れないね』

「……とんでも無いな、本当に」

 

 溜息を吐き、そう零した護堂。カンピオーネの生命力が常識外れなのは実体験から理解しているが、神はそれ以上に常識外れだと思ったのだ。

 

「話はそれだけか? だったらもう切るぞ」

 

 そう言って、護堂は電話を切ろうとボタンに指を伸ばした。

 

『あ、ちょっと待った護堂』

 

 携帯から聞こえて来たサルバトーレの声に、護堂は通話終了ボタンに伸ばしていた指を止めた。

 

「何だよ? まだ何かあるのか?」

『いや、ちょっと聞きたい事があってね。最近君の近所に新しくカンピオーネが出て来ただろ? どんな子か教えて欲しいなって』

 

 言われて思い出すのは、アテナを退けた薄亜麻色の髪の少女の姿。巨大な狼の神獣を従え、槍を手に持ち、万里谷から情報を奪い取った咲月の姿。

 思い浮かべると同時に、護堂は自分の胸中に敵愾心の様な物が湧くのを感じた。

 

「……」

『護堂? 聞こえてるかい?』

「ああ、聞こえてるよ。結構好戦的な感じだったからな、案外、あんたと気が合うかもしれないな」

『……へえ、そうかい? それは……』

「? それは?」

 

 思わせぶりに言葉を切ったサルバトーレに護堂は問う。何か、嫌な予感がする。

 

『会う時が楽しみだなって』

 

 朗らかに、とても楽しそうに、サルバトーレはそう言った。

 


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