魔槍の姫   作:旅のマテリア売り

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5話 女神と姫と、魔王と騎士と

 

「まつろわぬ、アテナ……!」

 

 予想すらしなかった仇敵(アテナ)との邂逅に、咲月は戦闘に向けて歓喜し、昂る心を抑えつけながら顔を引き攣らせ、その名を口に出す。

 神託の権能が自動発動し、予知夢を見たので、最短で五日の内にアテナがやって来るだろうと知ってはいたが、それを見てからまだ一日しか経っていない。予想以上に早すぎる来訪だ。

 

「ほう、初見でありながら我が名を知るか。然り。妾はアテナの名を所有する神である。見知りおくがいい、遥か東方の神殺しよ」

 

 咲月の呟きに反応し、『まつろわぬアテナ』は己の名を名乗った。街灯の上に器用に立つ彼女の夜色の目は、咲月をピタリと捉えている。

 

「さて、どうするか。我等神とあなた達神殺しとは、出会えば互いに滅ぼし合う仇敵なれば。争う事こそ我等が逆縁。故に、この場で戦うも一興だが……」

 

 咲月を見下ろしたまま、彼女を観察するようにアテナは夜色の目をすっと細めた。

 アテナは知恵の女神であり、同時に闘神でもある。咲月の実力を見計っているのだろう。

 その視線を受け、咲月も鞄を地面に落とし、脚を肩幅まで開いて僅かに腰を落とし、即座に動けるように身構える。鞄を離したその手は、何かを握る様に僅かに開かれている。身に滾る呪力も、最高に高まっている。

 

「しかして、妾には古き帝都よりこの地に持ち去られた『蛇』を奪還すると言う目的がある。あなたは中々に強く、そして厄介そうだ。もう一人の神殺しが奪い、妾から遠ざけた『蛇』を奪還する為にも、ここで消耗するのは好ましくない」

 

 咲月から視線を逸らさず、アテナは淡々と言葉を紡ぐ。咲月もまた、睨む様な鋭い眼差しで頭上に立つアテナを見ている。

 アテナの言う『蛇』。名前や形状は知らないが、これは間違いなく、八人目の魔王であるあの少年が持っている神具の事だろう。蛇と大地、そして闇の気配を強く感じた、メドゥーサに関する神具だ。

 

「故にまずは問おう、名も知らぬ神殺しよ。妾はアテナ、知恵と闘争を担う女神なり。和するか、それとも誅し合うか、あなたの返答を以て対応を決めよう。さあ、あなたの答えは如何に?」

 

 淡々とそう言い、アテナは咲月の反応を見る。

 和するか、それとも誅し合うか。そのどちらかによって、アテナは正しく対応を変えるのだろう。和するのならば何もせず、『蛇』を探して別の場所に去るのだろうし、誅し合うのなら如何な手段を以てでも咲月を滅ぼそうとするに違いない。それは咲月も同じだが。

 神と神殺しは互いに殺し合う宿命に有る。互いが互いを、本能のレベルで倒すべき『敵』と認識しているからだ。

 咲月も神殺し故に、街灯の上に立つアテナに対して強烈な敵愾心の様な物を心に抱いている。それは神殺しの本能が抱かせている物だ。

 心の獣が牙を剥き、眼前の(アテナ)を倒せ、喰らい尽くせと叫んでいる。闘争本能が自分の身と理性をジリジリと焦がす。今すぐにでも槍を呼び出し、アテナの細い身を穿とうと体が疼く。神との戦いの為に、全身の細胞に力が行き渡る。

 しかし表情には出さないが、咲月は飛び出そうとする体を必死に抑えつけていた。彼女が神殺しとなって既に四年経っているが、彼女は魔術師たちからは身を隠し通して来た。それは様々な面で干渉され、自分の日々の平穏を侵される事を嫌ったが故だ。

 旅行に行く先々で出会った神々を殺し、その権能を簒奪しているが、それは相手の神が戦いを吹っかけて来たからだ。その吹っかけられた戦いには嬉々として応じてはいるが、彼女自身から戦いを吹っかけた事は一度も無い。

 咲月自身は自分の身の周りの平穏や、静寂をこそ望んでいる。戦う事自体は嫌いではないが、それでもヴォバン達の様に自分の方から進んでしようとは思わないのだ。自分が最初に倒した「彼」以外とは、進んで戦おうと思えない。

 そんな彼女に、敵の方から戦うか否かを問うてきた。自分の平穏や静寂をこそ望む彼女からすれば、これ以上ない提案だ。

 

「……魅力的な提案ね。だったら、私は和を取りたいわ。静寂や平穏をこそ、私は望んでいるから」

「ほう、珍しい神殺しだな。我らとの決戦を楽しむ機会を、自ら逃がすと言うか」

「誘惑はやめてくれるかしら? 私の方から戦いを吹っかけた事は無いけど、確かに、神と戦うのは楽しいわ。貴女と戦うのも、それはそれで楽しそうだけれど……ここで戦えば、間違いなく呪術師やもう一人の方に私の事がばれるわ。そうなったら、今までひっそりと暮らしてきた私の4年間が無駄になる。変に呪術師共に干渉されて、私は平穏を失いたくないもの」

 

 アテナの夜色の目を睨みつけながら、咲月は和を取る事を選択した。心の獣は不満そうに唸り、闘争本能をさらに燃え上がらせようとしているが、その首に鎖をかけ、自分で自分を抑制する。せっかく戦わずに済みそうな相手なのだ、この好機を逃す事は出来ない。

 正直に言って、これでもかなりギリギリだが。アテナの方から吹っかけてくれば、間違いなく嬉々として応戦してしまうだろう。自分の事を呪術師から隠すためにも、このまま去ってくれるとありがたい。

 おそらくもう一人の神殺しとの戦いに水を差すなと言う要求があるだろうが、それこそ願ったり叶ったりだ。最悪の可能性を考慮して情報を収集したが、元々あの少年に押し付けるつもりでいたのだ。

 元々、彼がこの国にアテナの神具を持ち返った事が全ての原因なのだ。元凶の彼がその責任を取るべきだろう。彼にとっては迷惑千万極まりないだろうが、そんな事はどうでも良い。

 咲月にとって、彼女自身に害がなければ、誰が迷惑しようが、周囲がどうなろうが知った事ではないのだから。

 

「そうか。では、妾は疾く去るとしよう。勝利と栄光は常に妾と共に在る故に、戦うとしてもあなたに勝てただろうが、妾にとっても、今あなたと戦わずに済む事は幸いだ」

 

 咲月の返答にアテナはそう返す。戦っても居ないのに「自分が勝つ」と言うアテナに対して咲月は反感を抱くが、何も言わない。余計な事を言ってしまえば、この場は即座に血で血を洗う戦場と化すと分かっているからだ。

 何も返さない咲月に気にした風も見せず、アテナはさらに言葉を連ねる。

 

「あなたからは、妾達大地の係累たる女神にとって忌まわしき存在、忌むべき『鋼』の気配を強く感じる。そして、妾と属性を同じとする夜と大地、闇に属する神々を倒しているか」

「っ……」

 

 続くアテナの言葉に思わず小さく息を呑む。自分が最初に倒した神と、この四年の内に倒して来た神の属性に気付かれている。

 僅かな時間話しただけだと言うのに、咲月が倒した神の属性に気付くとは、流石は知恵と闘争を担う女神と言ったところか。

 忌み嫌う属性と近い属性だからこそ気付けたのかもしれないが、どちらにしろ、厄介だ。

 

「あなたを今ここで討ち果たすべきだと、闘神としての妾の心は叫び、知恵の女神たる妾の心も、危険の芽は摘むべきだと囁いている。しかし、今は去ろう、名も知らぬ神殺しよ。だが『蛇』を取り戻し、もう一人の神殺しを降したその後に、妾はあなたを降す為に、再びあなたの前に現れる。その時に、改めて名を交わすとしよう」

 

 アテナのその言葉に思わず槍を呼び出しそうになるが、直後に咲月目掛け、梟が何羽も飛びかかって来た。突然のそれに僅かに驚き、しかし振り払って顔を上げ、街灯の上を見るが、既にアテナはその場から去った後だった。気付けば、体中に漲っていた力も鳴りを潜めている。

 空中には、アテナの象徴である梟の羽だけが舞い散っていた。思わず、舌打ちしそうになる。

 

「……やっぱり、ここで殺しておくべきだったかしら。でも……」

 

 ひらひらと舞い散る羽を一枚手に取り、酷く冷めた声でそう零す。

 仇敵との遭遇に心が歓喜し、しかしそれを抑える事に理性を集中していたので思い至らなかったが、彼女が八人目に自分の情報を漏らす可能性もあると今更ながらに気付いたのだ。自分の名を名乗っては居ないので直接は知られないだろうが、自分の特徴ぐらいは漏れるかもしれない。或いはそこから、呪術師たちが探りを入れてくるかもしれない。

 そう思い、咲月は自分の髪に触れる。元は日本人らしい黒に近い濃い栗色だったのだが、薄い亜麻色に変色してしまった髪だ。こんな髪色を持つ人間は、この国ではあまり居ないだろう。変色してしまったこの髪が恨めしい。

 カンピオーネの主な特徴の一つに、常人を遥かに超える回復力がある。その回復力は、たとえ骨が折れようが内臓が潰されようが、生きてさえいれば数日――下手をすれば一日かからずに完全回復し、元の状態にしてしまうと言う真実化物染みたものだ。しかし何故か、この髪の色だけは4年前に変色してからずっと、元の色に戻らなかった。まるでこの色こそ、本来の色であると言うかのように。

 精神的な物なのだろう。人間の体に精神が大きな影響を与えるという説は、意外と有名なのだ。彼女の髪の変色も、それに依る物だろう。その原因となるのはほぼ間違いなく、自分が神殺しに転生し、実の父母を喪った4年前の出来事だと、咲月は考えている。

 魔王カンピオーネになり、肉体を作り変えられたとは言え、元は唯の人間だ。影響される部分はやはり、残っているのだろう。

 だが、今はそんな事はどうでも良い。問題はあの女神が去り際に投げかけて来た言葉だ。あの女神は確か、もう一人を倒した後に自分の所にも来ると言っていなかったか?

 自分を降すと、そう言っていなかったか?

 

「宣戦布告、ね……上等だわ。次に会ったら、その時にこそ殺してあげる……!」

 

 手に取った梟の羽を握りつぶし、咲月はそれを見つめながら言う。この時咲月の思考に有ったのは、隠れるという選択ではなく、迎え撃ち、斃すと言う選択だった。その顔には獲物を目の前にした猟犬の様な、非常に獰猛な笑みが浮かんでいる。抑え込んでいた闘争心が、今度こそ完全に燃え上がったらしい。

 おそらくアテナは、彼女が求める『蛇』をその手に取り戻すだろう。これは神託を使わない、勘を用いた単なる予想だが、しかし何故か、咲月はそれを確信していた。

 相手は古代地中海で最強を誇った最古の女神。『蛇』を取り戻し、完全な力を取り戻した彼女は正しく、最強に限り無く近い神だろう。戦えば、この近隣一帯は勿論の事、自分も危険な状態になるかもしれない。

 だが、負けるつもりはない。強大な力を持つ神々と戦う神殺しにとって、敗北は常に死を意味するからだ。4年前に拾った命を、棄てる気など有りはしない。

 北欧でも、ギリシアでも、咲月は明確な弱点が存在しない神と死闘を繰り広げ、その上で強大な力を持つ彼等から勝利をもぎ取って来たのだ。今度も勝利して、生を手に取って見せる。

 そう思った後、彼女は鞄を拾って学校へと踵を返した。爽やかな朝と言うには、酷く殺伐とした雰囲気だった。

 

 ●

 

 アテナとの遭遇を経て、咲月は学校に登校した。

 普段よりも一時間以上遅れてしまったので通学路の人通りはそれなりに多く、教師にも珍しがられたが、特に何も聞かれはしなかった。

 登校時間が普段よりも遅れてしまった以外は特に変わった事は無く、普段と同じ様に授業をこなして、昼休み。咲月は彼女としては非常に珍しく、誰も居ない屋上で一人弁当を食べていた。

 アテナとの遭遇で鞄を落としたので、中に入れていた弁当の中身は多少崩れ、見た目が若干悪くなってしまっていたが、味はそのままだったので特に問題は無かった。

 弁当を箸で突きつつ、咲月は空を見上げながら思考に耽る。考えるのは当然、今朝出会ってしまったアテナの事だ。

 あの女神は『蛇』を取り戻し、八人目を倒した後に咲月の前に現れると言っていた。だがその前に、一つ気になる事を言っていた。

 

(持ち去られた……確かに、そう言っていたわよね)

 

 思い浮かべるのはアテナの言葉。彼女は『蛇』の神具は、神殺しによって古き帝都から持ち去られたと、そう言っていた。

 

(何処で手に入れたのかと気になってはいたけど、まさか国外とはね)

 

 そう思うが、しかしアテナの出自や神話、信仰された地域等を考えれば妥当である。『まつろわぬ神』が地上に降臨・顕現する際は、その神と関係性が深い、或いは非常に似た神話や伝説がある場所に降臨する。アテナならギリシアのアテネ周辺、オーディンならスカンジナビア周辺の欧州一帯、イザナギ、或いはイザナミなら二人が最初に産み出した島であるとされる淡路島付近と言った具合に。例外はあるが、基本的には顕現する『まつろわぬ神』と縁ある地に彼等は降臨するのだ。

 あのアテナが降臨した、或いは目覚めた場所は、彼女の言葉である程度察する事が出来る。

 古き帝都。それが何処かは分からないが、アテナの伝説や神性等を考えるに、ほぼ間違いなく地中海沿岸域の何処か、或いはその近隣だろう。候補としてはイタリアのローマか、ギリシアのアテネか、それともメドゥーサを女神として崇めていた歴史を持つ、同じくギリシアのコリントスか……。他にも有るが、いずれにせよ、地中海近隣なのは間違いないだろう。

 アテナは非常に強大な神だ。直接対峙して、それがハッキリと分かった。流石は闇夜と闘争、叡智を担う太母神の一角と言うところか。大地の優しさと闇夜の恐怖、そして冬の厳しさを印象付ける呪力だった。アレでメドゥーサが欠けた不完全な状態等と、一体何の冗談か。

 神話を考えるに、彼女も武装を持っているだろう。槍か剣かは分からないが、彼女の代名詞とも言える有名な「アイギスの盾」は絶対に使って来るに違いない。さらに武装ではないが、従属神と言う形で女神ニケを呼び出す可能性もある。メドゥーサの神格を取り戻したら、石化の邪眼も使って来るか。考えれば考えるほど、あの女神の危険さと強大さが浮かんでくる。

 本当に、厄介な代物を持ち返って来てくれたものだ。内心で溜息を吐きつつ、咲月は食事を進める。

 

「ん……?」

 

 食事を終え、空を見ながら頭の中でアテナが使うだろう攻撃手段や武装を考察していると、声が聞こえた。年若い女子と男子の、二種類の声だ。やや離れているのでよく聞き取れないが、何かを言い争っているのか、聞こえてくる女子の声は荒い。

 何事か。そう思い、僅かに気になったのか咲月は物陰に身を潜め、僅かに顔だけ出して声の聞こえる方向を見る。

 視線の先にはやはり、一組の男女が居た。黒髪の男子と、茶色味の濃い髪を伸ばした女子だ。制服を着ている事から、この学校の生徒であると分かる。しかしそれ以前に、咲月は言い争っているように見える二人に見覚えがあった。

 黒髪の男子生徒は、国外から神具を持ち返って来た諸々の元凶である八人目の魔王その人。その魔王に物怖じせずに何かを息巻いて話す女子生徒は、成績優秀で美人と有名な高等部一年生で、旧華族と言う家柄を持つお嬢様。そして現在この学校で、最も咲月が警戒している存在。

 

(万里谷、祐理……)

 

 武蔵野の媛巫女の一人にして、その中でも上位に在る巫女だった。彼女はその手に黒い円形の何かを握りしめ、恐怖の権化である魔王に激しい口調で何かを言っているように見える。その黒い円形の何かが神具なのだろう。アテナと非常に近しい気配を感じる。

 彼女は最古の魔王の一人「暴君」ヴォバンに『まつろわぬ神』招来の儀に使われたトラウマがある筈だが、同じ魔王である筈の少年にはそんな様子を見せていない。寧ろ、何かを言われてタジタジしている少年に、さらに何かを言っている。

 対する少年は、万里谷祐理に何かを言われてタジタジだ。彼女の言葉が切れた時に言い訳の様な物をしようとしているが、すぐさま言い返されている。

 

(奥さんの尻に敷かれる、ダメ亭主みたいね……)

 

 二人の様子、特に八人目の魔王だろう少年を見て咲月はそう思った。

 おそらく万里谷祐理があの少年に言っている内容は、現在彼女がその手に握る神具についての事なのだろう。彼女は武蔵野を霊的に守護する媛巫女の一人であるので、禍神とも呼ばれる『まつろわぬ神』を呼び寄せる神具を持ち返った事を見過ごせないのだろう。

 日本呪術界にとっては非常に重要な事を言っているのだろうが、傍から見ればとてもそうは見えない。寧ろ恋人同士の喧嘩や、夫婦喧嘩の様に見えなくもない。妻優勢の夫婦喧嘩だが。

 

(……何と言うか、情けないわね。ホントに同朋なのかしら……?)

 

 少年の情けない姿に咲月は疑問を持つ。遠目に見た事のある魔王、ヴォバン侯爵や『黒王子』アレクはもっとこう、傲岸不遜とした態度をしていた筈だ。

 しかし、たとえ同朋でも自分にはどうでも良い事だ。自分がアテナと戦うのはあの少年が倒れた後。そう思い、咲月は二人に気付かれない様に気配を完全に消し、音も立てずに近くの扉から校舎内に戻って行った。

 

 ●

 

 咲月が屋上から二人に気付かれずに去って行った暫く後。

 彼女に情けない魔王と思われてしまった草薙護堂は学校を出て、万里谷祐理と共に七雄神社に言った後、街中を走っていた。理由は当然、自分が持ち返って来た神具、ゴルゴネイオンに関してだ。

 少し前に自分の愛人で騎士を自称するイタリアの少女に呼び出され、何の因果か彼女と決闘をし、その後預けられた良く分からない物だった。

 すぐにどう言う物か説明され、こんな危険な物を持って帰れる訳がないと抗議したのだが、色々と脅迫の様な事や泣き落しの様な事をされ、なし崩し的に持って帰ってしまった。

 流石にもう神や魔王とは戦いたくないので、何とか出来ないかと自分で出来る限りの破壊方法を徹底的に試してみたのだが、流石は神具と言うべきか、どう言う頑丈さをしているのか欠けさせる事はおろか、傷一つ付ける事が出来なかった。余りの出鱈目さに、頭痛すら感じた。

 どうするかと思いながら学校に登校したのだが、何故か面識がない筈の万里谷祐理に呼び出された。妹の静花曰く、美人で成績優秀。旧華族のお嬢様らしいのだが、そんな人が一般庶民の自分に一体何の用かと思った。

 呼び出されて人が居ない場所、屋上に向かったのだが、そこで怒りは自分一人にとか、色々と頓珍漢な事を言われた。カンピオーネだとばれている事に驚いたが、自分は暴君でも何でもないし、そんな趣味なんてない。イタリアのアホでも無ければ、話に聞いた他のダメ人間どもとも違うのだ。

 そう言って、どうにか妙な事を言うのは無くして貰ったのだが、その後が酷かった。一体どうやって知ったのか、自分が持ち返った神具の事に着いて言及された。それについて話したら、いきなり説教の様な物が始まった。この国を災厄に巻き込むつもりか、周囲への配慮が足りなさすぎる等、散々に言われた。

 色々と言い訳して、興奮冷めやらぬと言う感じの彼女にその場は何とか収めて貰って、その後この神社にやって来たのだが、何故かそこでイタリアに居る筈の自称愛人にして騎士の少女、エリカ・ブランデッリが来た。

 何故日本に居るのかを聞こうとしたが、嫌な予感がしてその事で聞いてみたら、見事にビンゴ。危惧していた『まつろわぬ神』が、持ち返った神具を求めてこの日本に来たらしい。エリカは、その神を追い掛けて来日したのだとか。

 その事で、やって来た神がどんな存在か情報を集める為、万里谷祐理に謝罪しつつ、霊視を頼んだのだが――。

 

「なんだって、よりにもよってアテナなんだよ!」

 

 心の底から叫ぶ。アテナと言えばペルセウスを始めとした多くの英雄に庇護を与えた、世界で知らない人は居ない程に有名な女神だ。そんな存在が、何故『まつろわぬ神』となってやって来るのか。

 この体になって以降、厄介事ばかりがやって来るのは気のせいか。

 

「そんな事は後で。今はアテナに会う事が先よ……こっち」

 

 護堂の叫びに短くそう返し、隣を走るエリカは彼の手を取って細い路地に入る。これで時間帯が夜だったらイヤらしい事を考える者達も居るだろうが、今は昼。さらに、そんな事をしている暇など無い。

 

「駆けよ、ヘルメスの長靴!」

 

 短く呪文を紡ぐ。それは空中すら足場にし、長距離を跳躍移動する飛翔の呪文。その言を唱え、エリカは護堂の手を取り共に跳び、二人はそれなりに高い建物の屋上に降りた。

 軽く周囲を見回し、エリカが懐から銀製の懐中時計を取り出し、鎖の部分を持って垂らす。するとそれは風も無いのにゆらゆらと揺れ、一つの方向を示した。

 

「こっちよ」

 

 言って、エリカはその方向に走りだし、護堂もまたその後に続く。ダウジングの様な物なのだろう、神の気配をその先から感じる。

 幾つかの建物の屋上を走り跳び、二人は駆ける。そして、ある程度進んだ建物の屋上で二人は止まった。アテナの――濃い神の気配がしたからだ。

 直後、空気が張り詰めた物に変わる。護堂の体にも、力が漲る。

 

「これは……」

「ようやく会えたな、『蛇』を奪いし神殺し。もう一人とも出会ったが、再会できて、妾は喜ばしく思う」

 

 少女の声を聞き、二人はその方向を向く。

 月の様な銀の髪と夜色の瞳を持つ美しい少女。『まつろわぬアテナ』が其処に居た。

 


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