涼宮ハルヒの憂鬱は俺の憂鬱でもあるのだから、如何にして歓喜に変えるのかというのは正に他人事ではなく、つまるところ幸福へと至るために俺がするべきことは彼女のご機嫌取りなのだろう。   作:おっぴろげ

6 / 7
エンドレスエイトの位置ですね
長門の気持ちを知るのなら3週ぐらいでよかった


※追記
2014 07 21 現在修正中です。完了次第完了と明記します【完了】
ファミレス→喫茶店
【完了の修正点】
ギャンブルのところがわけわからん仕組みだったので単純に千円かけていくと言ったものにした。
箸が橋になっていたので修正。
長門の描写を削ったり付け足したり・・・




「これからの活動計画を考えてみたんだけど、どうかしら」

「何か思いついたらするけどね。今んところこれくらいよ。あんた何かしたいことある?みくるちゃんは?」

・夏休み計画表の項目全て

原作からの引用です。

特にはないです。
長門はかわいいですよね。IF世界より正史世界のほうが好きです

追記※逆お気に入りユーザーの存在を知りました。嬉しいものです


八月日和 午前

 課題の裁量力次第で天にも獄にもなる夏休みを、例年の反省は何処に行ったのか、毎日同じようにダラダラと過ごし、現在は学友山本との賭博対象になった高校野球を観戦している。

 この試合は俺が金をかけている方が圧倒していて、この分だと今大会三度目の勝利となる。賭け金はオール千円と実に学生らしいもので、合計で三千となる。といっても、野球は最終回2アウトまで何が起こるか分からないスポーツであるから油断は禁物。でんぷんと水と砂糖だけで出来たとは思えないこのわらび餅を、かた肘立ててつまみながら応援する。

「テレビ越しの応援で勝敗が決するとは思えないけどな」

 お茶の間にいる人間は別として、甲子園に連れてこられた野球部員と応援団、チア部以外の文系部及び運動部、そして帰宅部たちは総じて、俺と似た考えを持っているはずだ。本望で来た連中や、ただ騒ぎたいだけの馬鹿で流動的で感傷的女子は例外として、みな生徒は帰りたいとも思っている。

 どうして金を払ってまで見に行かないといけないんだ?

 どうして他の運動部には大々な応援を設けないんだ?

 どうして向こうのチアはカワイイの?

 どうしてどうしてどうしてどうして?

 解消されない疑問を抱えながらの応援を背に感じるピッチャーはどんな気持ちだろうね。案外あの額から流れ出ている汗はそういった諸々のプレッシャーの表れかもしれない。

 もしや、そのどんよりとした重圧に気圧されたのか、画面に映るピッチャーが放った球が捉えられる。真ん中高めのホームランコース。芯に当たる。落ち始める気配の見えない放物線を描き白球はフェンスの向こう、観客席へと消えていった。

 走者が二人いたのでスリーランだ。

 点を入れたのは山本のチーム。

 3―7となる。

 次のバッターが更にヒットを生む。シングルヒット程度の当たりだったがファーストへの悪送球によりツーベースとなる。

 心なしかピッチャーである桃山君の顔色が悪い。肩の浮き沈みも大きなっている気がする。

 分からなくなってきた。

「泣けるな」

 と、ここで電話の着信音が鳴る。

 追い風が来ている山本かもしれない。

 確認せずに出る。

「はいはいハロー」

 涼宮だった。

「遊びの話なら今は」

「あんた暇でしょう。暇よね?駅前に二時ジャスト集合」

「駅前?どこの?っていうかね、人の話をね」

「公園と喫茶店が近くにあるあそこよ。あと水着と自転車を持参しなさい。いいわね?」

 もちろん、この『いいわね』って確認の応答はできなかった。切られたからな。

「……いくらなんでも横暴すぎるだろ」

 開口に相手の身元確認もしない。用件だけ伝える。礼儀としては最低な部類だ。今度、電話番号を変えたと偽ってペンタゴンにでもつなげさせてやろう。

「二時ね」

 駅までの所要時間は移動手段が自転車となるとおよそ三十分。一時二十分ぐらいに出発すれば十分前には着くだろう。それまでにはこの試合も終わっている。ノー問題だ。あるとするなら突如のスケジュール調整に抵抗がなくなっていることぐらいか。よくよく考えればSOS団の活動なんて先日の合宿以外体験していないというに……これは人間の順応性からくるものなのか、それとも俺の献身性によるものなのか、分からないができれば前者であってほしいね。俺は部員もとい団員であったとしても奴隷ではないからだ。

 いつ帰宅できるか不明なので置手紙を書いておこう。妹宛てだ。両親は例のごとく不在。夏休みを満喫できるだけの大金を置いて去っていった。俺は構わないが妹がちとかわいそうに思う。アイツは俺以上に両親との交流がないからな。捻くれた性格もそこから来ているのかもしれない。

「それにしても水着か」

 海は済ませたからプールかな。俺は海のほうがいい。ごみごみしてないし少し遠くに行けば自由に泳げる。金もいらないしな。

 まあ。

 朝比奈さんの水着姿を拝めるんならどっちでもいいや。

 

 北駅口前にある公園はベンチがあるぐらい本当に殺風景な場所だった。現代っ子が屋外で遊ぶ気がないのもうなずける。凄くつまらなさそう。注意書きにはボール遊び禁止とある。だったら何をするんだろうね?

「よ」

 涼宮をボス猿として横並びになっている一同へ、自転車から降り、階段下から雑な挙手をする。

 朝比奈さんと古泉は笑顔で、長門は目を向けるだけ、団長は頷くのみ。

「マウンテンバイクですか」

「ああ。結構高かったんだぜ」

 数年前に自腹で購入したもので十五万ぐらいだったと思う。街中走る分にはもっと安いものでよかったんだが……店員の口車に乗せられた。

「ちょっと川端。これ、一人しか乗れないじゃない」

 涼宮が一段二段と飛ばし飛ばしに勢いよく降りてきた。MTBの周りを一周する。

「そうだよ」

 お前が男性陣に二人乗りを強要すると思ってあえてこっちを持ってきたんだ。そして俺の予想は恐らく的中している。自転車に乗ってきたのは俺のほかには古泉のみ(名前も何もないが椅子の高さから恐らくそうだろう)今いないキョンも乗ってくるとして丁度三つ分。一つの自転車に二人乗れば均等に、余りは出ないからな。

「どうしよう。これじゃあまりが出るわ」

 ほれ見ろ。

 電車なんて文明の利器があるのにわざわざ自転車で行く理由が分からん。ここは大人しく電車やバスを乗り継いで行こう、と背を向け考え中の涼宮に進言しようとした。が、少し遅かったらしい。

「仕方ないわ。キョンのに二人乗せましょう」

「この猛暑の中三人乗りさせる気か?バスでいいじゃないか」

「つまんない。却下!」

 そんなデートにご立腹な可愛い彼女みたいに言われてもね。たしかにあのキョンだから涼宮の言うことに逆らったりはしないだろうけど、こうわがままが過ぎるといつか愛想をつかされちまうぜ。

「大体、あんたがそんな小洒落た物に乗ってくるのがいけないのよ。いい?身の丈に合ったモノを選ばないとかえって痛々しいだけよ」

「確かに。俺ともなればもっと洒落たロードバイクあたりかな」

 わかりやすい冗談に涼宮は侮蔑した。眉間にしわを作り汚らしいものでも見ているようだ。

 汗がドッと出る。

「冗談だ」

「じゃなかったら鏡を渡してたわ」

 MTBを邪魔にならないように停めたあと俺達は木陰が差すベンチでキョンを待った。本当は朝比奈さんとも話したかったが、涼宮に独占されていたので古泉と会話をして時間を潰す。

「どうでもいいがお前らも随分と暇なんだな。一人ぐらい断る用事があってもいいだろう」

「僕たちの最優先事項は涼宮さんなので」

「冗談だろ」

 と、こんな具合にだ。

 長門?

 長門はいつもの通り厚い本を学生服夏バージョンで読んでたよ。

 これだけ暑いのに汗一つかかずにな。

 汗腺が死滅してるのかもしれない。

 

 キョンがやってきたのは集合時間の十五分前だった。遅刻ではなかったが、びりっけつってことでペナルティがあるらしい。団長様からだ。

 俺も危なかった。当初の予定通りに動いていたらキョンの立場は俺が担っていたってことだからな。直感的に早出してよかった。

 

「だらしないぞ」

 目的地であった市民プールへ到着した途端、キョンが疲労のあまり道に倒れ伏した。唇などの汗腺のない場所を除けば、汗が噴き出ていない部位はないだろう。髪の先端には雫が出来ていたし、シャツは脇や背中のあたりがかなり濡れていた。起き上がる頃には、寝ていた場所に大きな跡が現れるはずだ。

「川端…お前、こうなること、わかって……」

「ああ。でも女の子二人と三人乗りなんてそうそうできないぜ?羨ましいよ」

「ぶっとばすぞ」

 MTBは古泉達と一緒に停めようと思っているので見下ろし笑いながら回復を待っていると、脱水症状の一歩手前みたいキョンを憂いた朝比奈さんが甲斐甲斐しく目の前で膝をつき、持参していた飲料水を与えた。

「大丈夫ですか?」

 遠慮せず受け取ったキョンは、飲み終えると、一転して勝ち誇ったような顔つきになる。口端も歪んでいて厭らしい。

 実際、天使のような人がこれまた天使のようなことをしてくれるんだから、さっきまでの苦行は露知らず、どこぞへと流れて行った事だろう。

 羨ましいね。

 やっぱり妬ましいかな?

 そんなどっちでもよい感情の識別を終える頃には大天使の息吹によりキョンが復活し、終始微笑で見守っていた古泉も同伴して、俺達男組は駐輪場へと向かった。

 

 

 市民プールともあって子供たちが大勢いた。可愛らしい女の子から生意気そうなクソガキまで津々浦々だ。こんなところに高校生が来ては場違いの視線を集めそうなものだが、自意識過剰らしくそんなことはなかった。ただ、別の意味で注目された人間が一人いる。

 もう一々誰とは言わない。

「とりゃーーー!」

 準備運動もせずに、飛び込み禁止のプールへ飛び込んだ馬鹿は押し詰められた人の中から手を振って早く来るようにと勧告。先ほど、荷物を置く前に、消毒液の匂いを嗅ぎながら宣言した50メートルの競泳をするつもりらしい。

「あほらし」

「いいじゃないですか。障害物も多くて案外楽しめるやもしれません」

「楽しめる?迷惑をかけるの間違いじゃないか」

「キョンの言う通りだぜ、古泉。誰かが止めないと俺たち以外の連中までが困り果てるぜ」

 ガキの駄々は誰かが止めないと増長する一方で、果ては人間的に本当の困ったちゃんになっちまうからな。最近はどこの学校でも体罰禁止を布かれ、従順にも学校側が代替も用意せず了承しちゃうもんだから、現代の子供は何処だろうと怖いもの知らず。ここはビシッと俺達大人が――高校生――一言言ってやるべきなのさ。

 いいかい?涼宮ハルヒ君。みんなルールを守っているし、みんな気を配って生きてるんだ。自分がまるで世界の中心にいるような、そんな考えは少し改めてはどうだろうか?

 ………

 ………………………。

 …………………………………………。

 まぁ―――

 そんな恐れ多いことを俺含め他の団員の誰もが言えるわけがないんだけどね!

 自身の勇気に呆れながら水に浸かると、確かに、学校のプールで嗅ぎ慣れたあの匂いがした。

 おこちゃまばかりなので既に何人かの尿が混ざり合って浸透していることだろう。おぞましいことだが、こういった共用プールの宿命だと、俺は思う。

「さあ行くわよ!みんな準備はいい?向こうの端に着けばいいから!じゃあハジメ!」

 周囲の人々は配慮か、はたまた巻き込まれたくなかったのか、とにかく邪険に等しい扱いのおかげで空間が生まれ、潜水のほうは楽にできた。

 世界が海面へと転換する刹那、視界には朝比奈さんの戸惑いの顔があった。

 それが気がかりであった。だけど足をばたつかせて進んだ。一応は勝負事なのだから情けはかけるべきではない。

 道中。

 予想通り、まっすぐ泳ぐことはできなかった。何度も立ち止まった。例外は長門と涼宮の二人だけで、言ってしまえばこいつら二人だけのゲームだった。男ども三人組は端に着いたはいいが明らかな蛇行で、50メートル以上の遊泳をしてしまい、順位は分からず仕舞い。明確となったのは長門が一位で涼宮が二位、そして朝比奈さんがドべということだ。

 涼宮は悔しかったのか、訳の分からない理屈をこねてもう一勝負長門へと挑んだ。俺と古泉、キョンは遠慮して上がらせてもらう。意外にも朝比奈さんはまだ中で遊ぶつもりらしい。できることならそのグラマスな体型を目にしたかったが……まだじっくりと見てはいないんでね。

 注意事項が貼られている壁際に身を寄せる。影がある場所で休むことも出来たが、水に浸かったばかりなので避けることにした。あれほど熱かった日差しが緩和されて心地よい。

「元気だなあ涼宮」

 プールで、また勝負に負けたらしい涼宮が懲りずに再挑戦している。

「平和を感じます」

 相変わらず大仰な奴。

「涼宮さんも常識的な過ごし方を身につけてきたようです」

「俺が来る前は酷かったのか」

「ええ。そりゃもう」

「……あの野球の話は本当なのか?棄権したっていうさ」

「本当ですよ。その時は……この彼が活躍しまして」

 嫌味、だったのだろうか。キョンは渋面をしている。

「俺じゃない。長門の活躍さ」

 どうやら長門の奴は意外に運動が得意らしい。水泳のほうを見る限りは分からなくもない。なにせあの涼宮に勝っているのだからな。読書ばかりで完全なインドア派と思っていたが違うらしい。

 好印象だ。

 読書人間への評価を改めた後、辺りをざっと見渡す。

 目に入るもの、聞こえてくるもの、それだけで言えば確かに古泉の妄言通り平和的だった。地球のどこかで餓死している人間がいるなんて想像が出来ないほどに。

 笑顔ばかり。

「夏だなあ」

 蝉の雨が降っている。

 だんだんと、ジリジリと、皮膚が焦がれ始める。

 飛行機の音が遠くで鳴っている――。

 大きな雲が影を作っていった。

 

 朝比奈さんが差し入れとしてサンドウィッチを、涼宮が、数人の子供を期間限定の配下として、キョンと古泉は怪しげな雑談をし、長門は一人でぼうっとする、といった感じにその日は過ぎていった。

 夕日、赤い空、夏なのでもう遅い。

 行きと同じく、帰りでも、キョンは三人乗りだった。そのせいで最後の寄り道となった北口駅前喫茶店でのキョンはやつれにやつれ疲労がありありと現れていた。さらにその喫茶店での勘定を肩代わりしないといけないので精神的困憊も付随した。

 ――尚、この“おごり”は集合時に宣言されていたペナルティらしい。

 哀れとか愚者だとか、そんな言葉が頭の中で行き交う。

「これからの活動計画を考えてみたんだけど、どうかしら」

 言って、現れるは紙切れ一枚。何か羅列してある。なんだろうね。読みたくない。理解もしたくない。

 したくはないのだけれど、キョンが説明を促してしまったので耳から情報が入ってきた。

 それは涼宮が一人で練り上げた崇高な夏休み計画表。

 投げやり気に目を通すと頭に、

 ○夏休み中にしなくちゃいけないこと、とある。

 責務に駆られているようだ。果たしてそれを全うしたところで誰がどのように幸せになるのか。こいつだけのような気がする。だとしたら無価値に等しい責務じゃないか。

「これをやるってのか」

 紙にはお品書きのようにして次の言葉があった。

 ・夏期合宿

 ・プール

 ・盆踊り

 ・花火大会

 ・バイト

 ・天体観測

 ・バッティング練習

 ・昆虫採集

 ・肝試し

 ・その他

 ……。

「その他ってのはなんだ?」

 妙な発言は控えろと、キョン、お前が言っていたことだろう。そこは腫れ物だ。

「何か思いついたらするけどね。今んところこれくらいよ。あんた何かしたいことある?みくるちゃんは?」

 みくるちゃんが金魚すくいと挙げる。

 するとハルヒちゃんが「オッケー」と即答しボールペンを動かす。

 気軽だね。ほか四人の了承を取りもしない。

 この分だと宇宙旅行も許可されそうだ。ただしその場合は涼宮一人でやってもらおう。で、異常動作かなんかで宇宙空間に取り残されてくれ。二度と帰ってくるな。

「川端」

「なんだ」

「あんたはなんかないの」

 期待しての発言ではなく、ついでの確認。表情からわかる。

「特にないな」

 家の近所でコスプレ大会があるとか釣りに行きたいとか、穴だらけの計画に更なる穴を生む発言は控えるべきだろう。

 それにコスプレ大会での一番の被害者になるのは間違いなく愛らしい朝比奈さんだ。回避するべきだろう。たしか男部門もあった。これも避けるべきだ。

「ふーん」

 所在なさげに涼宮が鼻を鳴らし、それから明日の日程を伝える。

 興奮しているようで鼻息が荒い。待ちきれないようだ。目は爛々としているし歯はいつも以上に健康的に輝いている。苺のように紅い舌が生命力を感じさせた。

 伝令後、一同起立し、本日解散となる。

 キョンが会計を済ませている間に外へ。

 古泉が朝比奈さんと、俺は涼宮と横並びで歩く。

 長門は最後尾、一人で居た。

「お前、随分と楽しそうだな」

「そりゃこういうのは楽しんでなんぼだからね。あんたもわかるでしょ?」

「うん。まあな」

 その感覚は大事だ。

「いい?辛気臭い顔してたら怒髪もんよ。SOS団は常に明るくないといけないの」

「葬式の時でもか?」

「もちのロンよ。棺の中にいる人間が生き返るぐらいにね」

 冗談にしても無茶苦茶な奴だ。思わず吹き出してしまう。

「前から気になってたんだが結局このSOS団は部活なのか団体なのかどっちなんだ?」

 どちらともつかないから俺の中でいつまでたってもあやふやの位のまま。いい加減ハッキリとさせておきたい。

「SOS団はSOS団よ。それ以下でもそれ以上でもないわ」

 微妙に返答になってない。

「ま、でも部費は欲しいわね」

 どっちなんだ。

「文化祭の時はやっぱり必要になってくるだろうし……そうだわ。その時は有希に借りましょう」

 知らない人の為に教えておくが、長門は本来たった一人の文芸部員だ。半ば強制的に掛け持ち団員として引き入れられたらしい。涼宮の手によって。

「あのな涼宮。借りるってことは返すってことだぞ。わかってんのか?」

「わかってるに決まってるじゃない。返すわ、お金以上の何かでね!」

 金は命よりも重い、そういう言葉もある世の中で何を代りにすると言うのか。

「川端。お金ってのはね、人々の認識によって変わるものよ。有希が百万円以上の価値があると思えばそれでいいの」

 百万も借りるつもりなのかとか問いたかったが、爛漫な涼宮を見ていると

「さいですか」

 どうでもよくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅すると妹が出迎え、友人の来訪を告げた。

 つい数分前に訊ねてきたばかりらしく、今は俺の部屋に上がっているそうだ。

 足元を見れば確かに、見慣れぬ靴が在る。白のスニーカーで随分と真新しい。ぴかぴかだ。安っぽさもない。履き心地もいいのだろう。

「勝手にあげるなよ……名前は?」

 妹は悪びれもなく

「失念していました。名前のほうは知りません」

 と返す。

「次からは名前ぐらい聞いておけよ」

「中々のイケメンでした」

 それが詫びの情報らしく、顎に手を当て思い出す様だった。

「イケメン?」

 ――古泉か?

 瞬間、スマイルが浮かんだ。が

 ――ちがうな。用件があるなら先ほど済ましている筈だ。

「飯は?」

「もう出来てますよ」

「なら早くおかえり願おう」

「ご一緒すればいいのに」

「相手が望めばな」

 手で肩をもみ、身体を労わりながら階段をあがる。その先の二階にある自室へと向かって、ゆっくりと。

 くたびれた背中に向かって妹が言った。

「待ってます」

 俺はそれに手を振って返した。

 

 日々の掃除で埃一つない廊下を渡り、自室の扉を開けると、背を向けた男が、部屋の主のごとく中央で座っていた。小刻みに肘が揺れているのは彼が俺のテレビゲームを勝手にやっているからだ。

「やあ、川端君」

 口端をあげた男が顔を向ける。

 黒髪、短髪、小顔、ピアス、同年代且つ喫煙者、タバコのにおい。

 第一に受けた印象がそれ。

 服装は、夏休みを謳歌していないのか学生服を着ている。どこの高校のモノかはわからない。夏期休校のない学校、なんてのは流石にないだろうから補習のある三年生か?

「このゲーム面白いね」

 万人に受ける笑顔で旧友と同等の接し方をする彼をかなり不気味に思った。自然と顔つきが険しくなり、ここに来るまで微少だった恐怖が心の許容量を満たし始める。

 ――俺はこいつを知らない。

「お前……だれだ?」

 一歩後ずさり。閉めた扉のノブに手をかけ、逃げる準備をする。ノブは回った。しかし扉は開かなかった。

 引いて駄目ならと押してみるも結果は同じでいよいよ混乱が始まる。その様子を可笑しそうに男が見ている。そして随分といい加減なことを言った。

「オレの正体を明かすのはまだ早いよ。これからさ。でも便宜上は必要さ。だからサトウとでも呼んでよ。サトウって、ありふれた、親しみのある、良い名でしょ?」

 さあどうだろうね?

「扉は開かないよ」

「なわけあるか。扉は扉だ」

「じゃあもう扉じゃないんでしょ」

 こちらの熱烈なアプローチも虚しく空振りに終わり、結局サトウと名乗る男の忠告を受ける形で次の目標を窓に定める。ベッドの脇にある窓だ。三歩で詰め寄る。サトウは反応を見せない。結末を把握しているようで癪に障るが、実際に鍵が解けただけで開かなかった。

 重苦しい沈黙が流れる。

 打破したのはやはり、

「まあ座りなよ。今日は会いに来ただけさ。取って食おうなんてする気はない」

 サトウは言いながら体を向けた。俺も腰を落としたところで対談の形となる。

「いいね。川端君。落ち着いてる。そういう子は好きだ」

「そうでもない。混乱してる。それと好きなんて男に言われても嬉しくない」

「そう?残念。この顔は男受けもいいんだけどなあ、君は駄目か」

 妹はサトウをイケメンと評していて、それは間違いではない。ただもっというなら中世的な顔立ちだ。幼さが残っている。唇は明るい色合いだし、目も丸く大きい。体つきに関しては同い年の標準的な男と変わらない。

「女や中世的な顔立ちの男性が好きな男性陣は、同性愛者というよりマニアに近いぞ」

「えっそうなの?」

「異性の要素を好むんなら異性を相手にしてればいいだろ?」

「なるほどー」

 俺は、腑に落とすことができたらしいサトウを見ながら奇妙な感覚に襲われていた。

 恐怖は、ある。

 まだある。

 だというのに、心は沈着としている。ざわざわと鳴っているのにどこかである確信が杞憂と否定している。

「話しに来たんだろ?早くしてくれ。妹が待ってる」

「ふふっ。話ならもうしてるよ。比喩的なものじゃないんだ。そのまま、話をしに来た。だからすでにこの時点で用事は済ませてるんだよ」

「なら、とっとと帰れ」

「もうちょっとぐらい、いいでしょ?」

 ストップしていたゲームが再開され、場違いなBGMが占領を始める。サトウがモニターに向き直り、ぽちぽちとボタンを押し始めた。

「オレは、君が、まずこの閉鎖された空間について問う、そう予想してたんだけどなあ、外れちゃった。気にはならないの?」

「くだらなさそうだ」

「つまり興味が湧く話をしろってことだ」

 興味がある話なら、ある。

「お前は誰だ。何で俺のことを知っている」

「オレについては教えられない。君のことはオレだから知っている」

「意味が「といっても」」

 含みのある笑みによりわざと言葉を遮ったことがわかった。

「それじゃ意味が分からないだろうから、これだけ教えといてあげる。オレは君の友人の関係者さ」

 サトウは、自身の頭にリボンをつける真似事をした。とても軽快で愉快に。

「だれのことだ?」

「君たちのリーダー、涼宮ハルヒだよ」

「涼宮?涼宮がここを教えたのか?」

 馬鹿な。あいつは知らないはずだぞ。面倒の予感から俺が頑なに隠し通してるから。勝手に調べたのか?それならありうる。教師の個人情報管理なんてずさんに違いないからな。職員室にでも忍び込んで岡部教諭の机を漁ったのかもしれない。

 しかしサトウはこれを否定した。

「違う違う。関係者なのは一方的で向こうはオレを知らない。通じてるのは人の間における関係じゃなくて属性的なモノだよ」

「属性?」

「そう。涼宮ハルヒには属性がある。役割みたいなもんだよ。ちなみに君にはまだ明かせない。ただしくはオレでは役者が不足してるってとこ」

 さっきからこいつは何を言っているのだろう。

「哲学の講義を行いたいんなら他所でやってくれ」

 辟易しているぞと分かるように溜め息を交えて勧めたが、苦笑されるだけで終わる。まじめに話しているのに心外だと思っているようだ。

「哲学でもないよ。単純な話さ。人は何かしらの役割を持っている。その時その場、視点の場所によって変わったりするものだけれど、大体は核みたいなものがある。オレと涼宮ハルヒはちょっと似てるんだ。その核が」

「図々しさのことならわからんでもないぞ」

「そうか。君は友人の話なら食いつくのか」

「食いついてるわけじゃない。ただな、」

「古泉一樹は」

「……」

 今度は古泉か。次また知り合いの名が出たらいよいよ警察の出番だ。

 それにしても俺の話は無視される流れでもあるのかね。

「古泉一樹は君の友人になり立ての一人だけれど、既にそれなりの地位を君の中で確立しているように思われる。オレは彼の素性を正確に掴み取ってはいるけど、それを君に全て明示するのは得策ではない。現状で君との話のネタになるものといえば、それは――」

 イカレた人間というのが最もこいつに相応しい称号だろう。話せば話すほど精神病患者の相手をしている気分に陥っていく。

 憂鬱だ。

 なぜ帰宅そうそうこんなやつの相手をしなければならない?

 なぜ俺はこうも落ち着いている?

 恐怖してる自分を他人事のようにしているもう一人がいる。

 不快じゃなくなっていることが最も不快だ。

 テレビの中の主人公が次々と敵を切り倒していく。操作しているサトウはこちらの戸惑いを気にも留めずこのように末尾を飾った。

「古泉一樹が超能力者であることかな」

「誰から知った?本人か?」

「誰でもない。これも一方的」

 そんなはずはない。俺との肴にそれを選んだ以上、古泉が俺に打ち明けたと知っているってことだ。つまり、こいつが人を伝手にしないかぎりは、孤島の洋館にある浴場で直接耳にしたってことになる。あの限られた空間で俺たち二人に気づかれずにだ。

 ありえない。

 かといって嘯いているようにも見えないサトウ。

 幾らでもあるはずの反駁の言葉が口に出来ない。口調にも表情にも威圧さはないのに息苦しが襲う。

「君は古泉一樹が特異な能力の持ち主だと信じてはいないようだけど、彼は歴とした人類で言われるところの超能力者さ。信じてあげなさい」

 口の動きから目を離せないほどに傾聴している自分に気づき且つ古泉に対しての疑心を暴かれ愕然とする。

「どうしたの?何かしゃべりなよ」 

 漠然とした催促は求めちゃいなかった。俺はいま指向性を求めている。道を舗装して、数メートルおきに看板を立ててほしいのだ。

「もしかしてだけど」

 サトウの声が口の動きに遅れて聞こえる。あとから降ってくるような感じだ。頭の後ろから響いてくる。それは二重、三重の波紋となって押し寄せた。

「自己の価値を貶められて当惑してるのかい?君にとって友を信ずることは矜持に等しいんだろう?」

「矜持じゃない」

「矜持だ」

「違う」

「違わない」

「本当だ」

「嘘だ」

 嗚呼、そうさ、嘘なんだ。

 今日あったばかりのサトウさん、貴方の言う通りさ。俺にとって友人を信じ続けることはこの上ないぐらいに重要なことで、不結果に終わったことは恥ずべきことだ。見透かされていい気持ちではない。

「嘘に決まってる。君が今の君としてあるのは、涼宮たちといるのは、友を信じようとしているからだ。気付いているだろう?」

 僅かに首を傾げた。悪戯ではない本心だ。『自己形成を担っているのが信頼という願望』であることは理解できるが、それが涼宮たちとの接点につながる理屈がわからない。

 

「歯車はもう回っている。君は蚊帳の外ではない」

 

「しかし、主役でもなければ脇役でもない。役柄はないんだ」

 

「他のメンバーとは違う」

 

「君は落書きのような存在だ。真の意味でのイレギュラー。彼とは違う」

 

 彼?彼とは誰だ?

 

「この夏もついに終わる。オレたちにとっては随分といい時間だったね?」

 サトウは俺の胸を見ていった。

「最後にお願いがあるんだ。オレのことは誰にも言わないでくれるとありがたい」

 そうしたほうが面白いよ、面白いことはいいことだ、そうだよね?君が言ったんだよ、と言って彼は消えた。

 腕をあげて、天を差し、光の中に消えていった。

 光はホタルのように淡く、それでいて力強さと優しさを感じさせた。それがサトウと名乗った彼を足元から繭のように包み込み、緞帳となって消失していく。本来現れるべき二本の足はなく、彼が手放したゲームのコントローラーだけがあった。

 存在が完全に消えたとき、「またくる」と声が。

「……」

 身体を捻って窓に手をかけた。スライドさせると難なく開いた。

 風が入ってくる。

 肌に触れ、汗に触れ……心地いい。

 おかしなことはまだ続く。

 妹がサトウを憶えていなかったのだ。

 下に降りてきた俺を妹の奴は「いつ帰ってきていたんですか?」と迎えた。最初は冗談かと思い、帰宅時のことを話した。しかし釈然としない様子であったため、すぐに、なんでもないと、勘違いしていた、と撤回した。

「変な部活に入ったのはいいですけど、頭のほうまで変になるのは困りますからね」

 変な部活に入る時点で十分、変に、なってる。

 そう言いたかった。

「じゃあ、座って待っててください。ご飯、温めますから」

「ああ」

 空返事をする俺は考えていた。あれは夢だったのだろうかと。

 否定した。

 漫画やアニメ、ラノベや大衆小説によくいる主人公のよくある平凡でつまらない考えだ。

 あれはユメではない。

 確かに起こった現実だ。 

 そういうことにしよう。

 そうしたほうがいい。

 その方が世界は面白い。

 だろ?

 

 

 なあ――――

 




読んでくれた人ありがとです
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