Re:エヴァンゲリオン シンジとアスカの物語 作:鱸のポワレ
第壱話 世界の中心で愛を叫んだもの
この駅のホームは、線路を挟んで現実の世界と虚構の世界に分かれている。
僕がいるのは現実の方。僕たちは決断した、この駅から出て現実の世界で生きることを。
「おまたせシンジ君。だーれだ」
「胸の大きい、いい女」
「ご名答。相変わらずいい匂い、大人の香りってやつ?」
「君こそ相変わらず可愛いよ」
僕たちはお互いに手を取り合い歩き出す。
しかし階段を登ろうとした時、突然彼女の動きが止まった。
「ちょっと待ってシンジ君」
「どうしたの?僕らの望んだ世界はすぐそこにあるよ」
すぐそこに広がっているのは新しい世界。僕たちが望み、手にしたエヴァの無い平和な世界だ。
「シンジ君、いや、わんこ君」
彼女は運命でも悟ったかのように、悲しそうな顔をしながら向かい側のホームを指さした。
「あっち、見える?」
「……あっちの世界には何にもないよ」
「本当にそう思ってる?目で見るんじゃなくて感じるんだよ、君の心で」
彼女の言葉が針のようにチクリと胸に刺さる。
本当はずっと分かっていた。向こう側のホームには3人の人がいることを。
綾波レイ。
渚カヲル。
この2人は楽しそうに話をしている。
そして、もう1人。2人とは距離を置き、ムスッとした顔をして1人座っている少女。
式波・アスカ・ラングレー。
「アスカ……」
「分かったかい?君は私のじゃなくて姫のわんこ君にならなくちゃならない。姫に必要なのは君で君に必要なのは姫だ」
「でもそれじゃあ君は……」
「ごめんシンジ君。私の必要な人はこの世にはもういない。君とその人を重ねていたんだ」
「それって……」
「だからせめて、君たちのことを応援させてよ」
彼女の喜びと悲しみと、色々な感情が詰まったようなぐちゃぐちゃな笑顔は、僕の後悔を行動へと移させるのに十分な材料だった。
ひとりぼっちの彼女のために。
「僕、行ってくるよ。もう1度世界を変えて、アスカを救ってくる」
「ちょっと待ってわんこ君。そういうことじゃ無いんだ!」
なぜか彼女は焦り、僕を引き止めようとした。でも僕の決意はそんなものでは変わらない。
僕は何としてもアスカを救うんだ。
「じゃあね」
「わんこ君!」
そうして僕は時間を戻し、世界を変えて、再び虚構の世界へと戻っていった。
⭐︎
「んん……ここは?」
最初に視界に入ったのは見覚えのある天井。
辺りを見渡して確信する。
ここはミサトさんと住んでいた頃の僕の部屋だ。
14年前に戻っている?世界の改編は成功したのか?
大きな不安と少しの期待を胸に部屋を出る。リビングにはあの頃の明るいミサトさんと眼帯をしていないアスカがいた。
「ちょっとあんた今何時だと思ってるのよ!せっかくの日曜日なのに、朝からミサトの料理食べる羽目になったじゃない!」
「まあまあ。シンちゃんにだってたまにはだらっとしたい日があるわよ。それに私の料理も捨てたもんじゃなかったでしょ?」
「ただのカップ麺でしょ!朝から食べたのは初めてよ!」
めんどくさがりなミサトさんと文句ばかりのアスカ。14年前に失った何でもないただの日常。
「……アスカ」
「な、何よ!バカシンジのくせに文句でもあるわけ!」
「……ミサトさん」
「どうしたのシンジくん?」
やっぱりあの頃の2人だ。
「よかった」
「な、何泣いてんのよ!?」
おかしいな。何でこんなに涙が……。
「わ、悪かったわよ。たまには私も料理するから、今度教えなさい」
14年経った今なら分かる。この言葉も本当は僕への好意をアスカなりに伝えようとしてくれている。それなのに僕は気づいてあげられずに、そのまま14年も待たせて挙句にアスカを置いて現実の世界に行こうとしていたんだ。
もう2度とアスカにこんな想いはさせたく無い。
覚悟を、覚悟を決めるんだ。俺はアスカを……。
「アスカ、聞いてほしいことがあるんだ」
「何よまだ怒ってるわけ!やだやだ、ネチネチネチネチ男らしくない」
「違うんだよアスカ」
「何が違うのよ!」
何の脈絡もないし、ミサトさんもいるし、雰囲気とか全くないけど、今伝えないといけないと思うから、今伝えたいから。
「アスカが好きだ。今、僕はアスカが好きだ。この先もずっとアスカが好きだ。いじっぱりなところも、強がってるけど実は繊細なところも、本当はすごく優しくてみんなを想っているところも、頑張り屋さんなところも、アスカの全部が好きだ」
「な、ななな……」
「と、突然ねシンちゃん。アスカの顔真っ赤よ」
「そういうところも好きだよ」
「ちょ、アンタ、その、えっと」
そしてもう1つ伝えなければいけないことがある。僕のアスカへの気持ちと同じ、いや、それ以上に大切なことを。
「僕にはアスカが必要なんだ。だから君がいる場所が僕の居場所で、もし良ければ僕がいる場所がアスカの居場所になれば嬉しいな。僕とずっと一緒にいてください」
「ちょ、ちょっとこっちに来なさい!」
アスカに腕を思いっきり引っ張られる。
「ちゃんと避妊しなさいよん」
「ひにっ!?そんなの必要ないわよ!」
⭐︎
アスカの部屋に入りベットに座らせられる。
アスカは僕の肩を強く掴み睨みつける。
「さっきのは何?バカにしてんの?」
14年ぶりに再会したあの時のような冷たい目。
僕はとにかく否定をするしかなかった。
「バカになんてしてないよ!」
「じゃあ何よ?」
「さっきも言っただろ。アスカのことが好きなんだよ」
「嘘ばっかり。冷静になってよく考えればわかるわよ。あんたにあんなこと言える度胸なんてないしね。どうせあのバカ2人が決めた罰ゲームかネルフの指示でもあったんでしょ」
「そんなのに騙されないわよ」そう言ってアスカは怒りを表したが、僕には一瞬悲しそうな、寂しそう顔をしているようにも見えた。
信じてもらえなくても、最初はそれでいい。信じてもらえるまで何度だって僕の想いを伝えるだけだから。そのためにこの世界に戻ってきたから。
「アスカのことが好き。それだけだよ」
「嘘」
「ずっと好きだった」
「嘘よ!」
「アスカの居場所はここだよ」
「うっさい!」
「一生離れないから」
「あんた、なんでそんなに……私がほしい言葉ばっか言うのよぉ」
そう言って泣き崩れ、僕に寄りかかった。
「ずっとアスカのそばにいるよ」
「……うん」
そのまま数分が経つと、いつの間にかアスカは眠ってしまっていた。
僕に体を預けた彼女は、安心した顔で眠っているように見えた。
⭐︎
意識が戻る。
周りには見慣れない家具と雑貨が散らかっている。明らかに女の子の部屋だ。
たしかアスカの部屋で話した後アスカが寝ちゃって、それで……。
「やっと起きたの?」
「アスカ?」
「まったく何時間寝たら気が済むのよ。……まあ、私が寝ちゃったのも悪かったけど」
アスカが眠った後に僕も眠ってしまったらしく、時計の短い針が4分の1ほど進んでいた。
「ごめん、僕も疲れてたからつい」
「あんたねぇ……まあ、別にいいけど。そんなことより……」
「ん?」
アスカが顔を赤らめて言葉を詰まらせる。前の世界では、アスカがこんな感じで照れることがなかったから新鮮だ。
「……さっきの嘘だったら許さないから」
「嘘じゃないよ」
「じ、じゃあさ行動で示してみなさいよ」
「行動って?」
ふー、と大きく息を吐き、意を決したようにアスカは言った。
「じゃあシンジ、キスしようか?」
「き、きす!?」
「恋人同士ならするでしょ普通。暇つぶしに」
「暇つぶしにはしないと思うけど」
「いいから!」
「う、うん」
28年間生きてきて初めてキスをする緊張、アスカの期待に応えてあげたい気持ち、単純に好きな子とキスをする喜び。いろんな気持ちが僕の中で混ざり合う。でもそれをアスカに悟られないように、あくまでも28歳の大人として冷静を装う。
「……目、閉じて」
「ん」
「いくよ」
「うん」
2人の唇が重なる。同時に心も重なっていく気がした。
これでアスカの気持ちが少しでも分かればいいのに。僕の気持ちがアスカにもっと伝わればいいのに。
そう思いながら目の前にいる愛しの人にもう1度キスをした。
⭐︎
なんとなく家に居づらくなった私は(自分の家なのに)、友人のリツコに今日のビックニュースの話をすべく、特に仕事もないのにネルフを訪れた。
「シンジ君が突然ねえ」
「そうそう。ほんと驚いたわ」
リツコはクールな割に意外と恋愛系の話が好きなので、こういう話は結構盛り上がる。
「何か大きな心の変化でもあったのかしらね」
「さあね。まあシンジ君はやっぱり男の子なんだなって思ったわ」
「あなたにもいるじゃない、そう言う男」
「加持なんて全然男らしくないわよ。へらへらしてそれっぽく振る舞ってるだけ」
「あら?別に加持君とは言ってないけど」
「……はめたわねリツコ」
「なんのことかしら」
盛り上がりすぎてしまったせいで、もともと存在の薄い彼女に私たちは気づいていなかった。いや、もしかしたらリツコは気づいていてわざと、気づいていないふりをしていなかったのかもしれない。
「告白ってなんですか」
私の後ろに立っていた少女が突然、ポツリと言った。シンジに想いを寄せているであろう少女の1人、綾波レイ。
そんな彼女にシンジ君とアスカの、それもシンジ君がアスカに告白した話を聞かれていたかもしれない。もし聞いていたならレイが不憫である。
「れ、レイ!?もしかして聞いてた?」
「はい。告白ってなんですか」
やっぱり聞いてたか。
私はレイの答えにがっかりした。がっかりした?
何に?
レイが可哀想だから?いや、違う。
多分、レイが落ち込むから。そうなるとシンクロ率が下がってしまうかもしれないから。そうなると私が責任を問われてしまうかもしれないから。または、シンクロ率を上げるために面倒なことを私がしなければならないかもしれないから。
だからがっかりした……か。
自分で自分が嫌になる。これが大人か。それとも大人を言い訳にしてるだけか。
「あら、そんなことも知らないの?告白っていうのは好意を寄せている相手に気持ちを伝えることを……むぐっ」
「ちょっとリツコ。そんなこと言ったらレイが落ちこんじゃうでしょ」
「いいじゃない。面白そうだし」
「あんたねぇ!」
控えめに笑ったリツコには明らかに悪意があり、自分への嫌悪感も一緒にしてリツコにぶつける。ただの八つ当たりだ。
「なに、この気持ち。ムカムカする」
この時、自分のことで頭が一杯であった2人の大人は気がづいていなかった。1人の少女の本音の言葉に。