『デザートランス。どうやらスモールアタッカーのカッツォ選手を下げて、代わりにリリィ選手を出すようです。解説の喜多川さん、この交代はどう見ますか?』
『んー、そうですねえ。カッツォ選手には疲れが見え始めていましたので……リリィ選手は今期に入ったエルフ種の新人ですね。小柄な体躯にスピードの速さが売りの選手で今期、様々な最年少記録を打ち立ててきた点取り屋です。しかしまだ動きは荒削りでパワー不足、守備面に不安が残ります。――時間も残り僅か、これは勝負を仕掛けてきますよ』
『なるほど――そろそろ試合を再開するようです。レッツ、ガジェット!』

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GADGET BALL〜ガジェットボール〜

『スチームリーグの天王山、インペリアルクロス対デザートランス。最終局面、同点――此処を勝ち取った方が、優勝へと大きく歩みを進めます』

 

 世界は熱狂の渦に呑み込まれていた。

 拍手喝采、歓声が上がる。靴底で観客席の床を打ち鳴らす大観衆の前には超大型の液晶テレビが置いてあり、そこには入り組んだ鉄柱と煉瓦仕掛けの市街地の屋上を老若男女が縦横無尽に駆け巡る。彼ら、彼女らが追い求めるは特殊樹脂で作られた掌大のボールであり、シューズとバックパックには蒸気を噴出するガジェットツール。更にはギミック付きの打撃武器、スレッジハンマーや金属バットを用いて、鋭い衝撃音と共にボールを弾き飛ばしては試合の主導権を奪い合っている。

 ボールは領域外へと飛んでいってしまったので一時中断、その際に選手を交代している。

 

『デザートランス。どうやらスモールアタッカーのカッツォ選手を下げて、代わりにリリィ選手を出すようです。解説の喜多川さん、この交代はどう見ますか?』

『んー、そうですねえ。カッツォ選手には疲れが見え始めていましたので……リリィ選手は今期に入ったエルフ種の新人ですね。小柄な体躯にスピードの速さが売りの選手で今期、様々な最年少記録を打ち立ててきた点取り屋です。しかしまだ動きは荒削りでパワー不足、守備面に不安が残ります。――時間も残り僅か、これは勝負を仕掛けてきますよ』

『なるほど――そろそろ試合を再開するようです。レッツ、ガジェット!』

 

 液晶画面の中で安全性を最大限に考慮した特殊樹脂のボールが選手の一人によって、空高くに打ち上げられた。

 腕に真っ白の布を巻いた選手の一人が追い縋ろうとして、それを阻むように黄色の布を巻いた選手が巨大レンチを振り回す。妨害あり、直接攻撃あり、乱闘騒ぎを潜り抜けたのは腕に黄色の布を巻いた小柄な選手。先程、入れ替わった選手ばかりの少女が一歩抜け出し、背後から伸ばされる手を振り払うように、靴底から打ち出された蒸気と共に大きく跳躍した。

 完全に抜けた。誰にも邪魔されない状況下、彼女は小柄な体を捻り溜めを作り、両手に持ったスレッジハンマーのギミックを作動する。ガシュッ、ガシュッ、と蒸気と吹き出しながら変形するハンマーヘッドの裏側から噴出口が姿を現した。

 少女は不敵な笑みを浮かべる。目の前まで迫るボールを睨み付け、更に限界のギリギリまで肉体を引き絞った。

 

『さあ残り一分、これが最後の攻撃になるか――!?』

 

 その時、観衆の全てがたった一人の小柄な選手に目を奪われた。

 ハンマーヘッドの噴出口からドンッ! と水蒸気が放たれる。二発、三発と連続で放った後、四発目を撃ち出すと同時に――見事にドンピシャ! 水砲の反動を利用した必殺の一撃はボールを真芯で捉えた。空中に設置された逆三角形のゴールポストに目掛けて放たれた特殊樹脂のボール、それを遮るように大柄な男が一人、飛び出した。――が、風を切り裂くように突き進むボールにあと一歩、及ばず男が持つ棍棒の上を擦り抜けた。

 

『ゴォール! ゴォルゴォルゴォルゴォルゴォルゴォルゴォルゴォルゴォォォォールッ!!』

 

 実況の河平さんが声を荒げる、そして観客席から試合一番の歓声が上がった。

 その時、拳を突き上げる小柄な少女は最高の輝きを放っていた。

 

 

 あれから五年が過ぎた。

 廃墟化したディスコテークの一角、チカチカと点滅する照明。カウンター席のひとつに腰を下ろして真っ黒の炭酸水を呷った。小柄な体躯、足をぷらぷらとさせる。椅子の直ぐ横には愛用のスレッジハンマーを置いている。目の前のテーブルにはガジェットボールに関する古い雑誌が開いてあり、それを頬杖を突きながら眺める。

 五年前の対インペリアルクロス戦の後、デザートランスは見事に二十五年ぶりの優勝を果たし、それからスチームリーグを三連覇した。当時、最年少選手であったリリィも今となってはデザートランスを代表するエースだ。スチームリーグで最も優れた選手として取り上げられることも少なくなかった。私が愛用しているスレッジハンマーもリリィモデル、家ではリリィのポスターやサイン色紙を飾っている。

 そして一ヶ月の記事、雑誌の見出しには『リリィ、引退!』と大きく書かれている。

 溜息を零す、何気なくディスコテーク全体を見渡す。

 ソファー席には犬耳を生やしたショタっ子が大小様々な部品と工具を広げて、自身のガジェットアイテムの手入れを行っている。そして、何処から持ち込んだのか兎耳のロリっ子がピンボールでガチャガチャと遊んでいるところも見かけられた。

 此処は私達の溜まり場。まだ水道と電源が生きている優良物件、他ではなかなか見られない。

 

「退屈だなあ……」

 

 大きく息を吐き出して、机にくっ伏した。

 目の前に手を持ってきては、ぐーぱー、と動かすも力が入らない。そしてまた溜息、気付くと溜息ばかりを吐き捨てており、近頃は仲間達からも面倒臭そうな目で見られるようになってきた。でも、仕方ないじゃないか。私のスーパーヒーローであるリリアが引退してしまったのだ。あの年、デザートランスがスチームリーグを制した時、リリィは最優秀選手に選ばれた。それからも小柄な体躯で果敢に攻め続けることで数々の伝説を打ち立てては、個人タイトルを幾つも掻っ攫っていった。歴代スチームリーグで最も優れた選手にも上位に選出されている。

 それが昨年の大怪我を負って、戦線離脱。そして一ヶ月前、引退会見を行った。

 

 もう生きている価値なんてない。

 リリィが待つスチームリーグに参戦し、リリィとバッチバチの激戦を繰り広げる私の夢は断たれたのだ。

 そうなればもう溜息なんて幾らでも出るというものだ。

 

「ねー、メイメイ。いい加減にうざいんだけど?」

 

 整備を終えたのか、机に広げた工具をせっせと片付けるのはショタ犬だ。

 頭から生やした犬耳を垂らして、じとっとした目で私を見つめる。

 

「なら慰めてよー、ポチー。今晩、空いてるからさー」

「ポチじゃねーし、コムギだし。もう充分に慰めたし、翌日、気怠くなるから嫌だし」

「じゃあ、ラビとしよ?」

「あんたも大概なんですけど?」

 

 むーっ、とラビが頬を膨らませていると「あーっ!」と声を上げた。 

 どうやらピンボールのボールが穴に落ちてしまったようだ。「せっかくハイスコアだったのに~!」とピンボールの台をバンバンと叩いた。「壊さないでよ?」と言うだけ言って、私はカウンターテーブルに顔を伏せる。リリアは引退するし、コムギにも振られた。もう駄目だ、死ぬしかない。「何時まで無気力のままでいるのさー」というショタ犬の言葉を無視して瞼を閉じる。

 そんな時――ガチャッと扉が開け放たれた!

 

「助けてっ! やーっ! メイメイ、助けてーっ!!」

 

 短足ドワーフの少年が私達の縄張りであるディスコテークに滑り込んできた。

 背中に背負っているのはガラクタが詰め込まれた大きな鞄、「んあ~?」と頭を上げた私に涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔を私の胸元に押し付けてくる。うへぇっ、と私が顔を歪めれば、彼の後を追いかけるように扉から横暴な輩がずかずかと入り込んできた。犬ショタのコムギがギミック付きのスコップを片手に立ち上がり、兎ロリのラビが鶴嘴を肩に乗っけて招かれざる客を睨みつける。

 私は力だけは一人前のショタドワーフの顔を足で押し退けつつ「これはこれはバッドラックスの皆様方」と不敵な笑みを浮かべてやった。

 

「当店のドレスコードは御存知ではない? ブスは立ち入り禁止にしてるんすよ」

「元々はあたしらのアジトじゃねーか、コラァッ!」

 

 金棒片手に額から二本の角を生やした鬼っ子、この辺りを縄張りにするロリだ。可愛いショタっ子を見つけては攫っては監禁し、飽きるまで尊厳を蹂躙するのが趣味のやべぇ奴。鬼娘の後ろに立つ褐色エルフと猫娘は、そんな彼女が集めたショタコレクションのお零れを預かる取り巻きだ。

 

「今日こそ雁首揃えて返して貰うぞ。そこのコムギも含めてなあっ!」

「ポチ、迎えに来てもらえるとか恋人冥利に尽きますなー。元カレとしての感想をどうぞ」

「流石に毎日4Pは勘弁。あと元カレじゃねーし、被害者だし」

 

 はあっ、とコムギは溜息を零すと、元カレと決別するようにスコップを構えて吐き捨てる。

 

「それに二人の方が締まりが良い。もうガバマンでは満足できねーですよ」

「だとよ、ゆるゆるの姉さん。彼はもう私達の虜になっちまった。すまんね、元カノの出番はもうないんだ」

「締まるよ! 頑張ったら締めれるよ! 括約筋に力が居れたらキツキツだし!」

「気持ちよくなったらゆるゆるじゃん。馬の張り型を見つけた時は流石にドン引きだったんすけど?」

「えっ、まじ? 入るの?」

 

 うっわ、ねーわ。と心の底から引いてやれば「むっきゃーっ!」と鬼っ子が奇声と共に怒りを怒髪天させる。

 

「良いから勝負しろ! 決闘だ! コムギを引き渡してもらうぞ!」

「えー、気乗りしないなあ……ウチらに利点ないですし? コムギも離れたくなさそうですし?」

「あっちよりもましなだけで、ここにも思うところはありありなんですけど?」

 

「えーっ?」と私がコムギの方を見れば「僕の好みは清楚な女性ですし」とボヤいた。

 

「経験人数二桁超えの猛者がなんか言ってますねー」

「無理やりは数に数えませんのでー。誰彼構わずに股を開くような女と結ばれるとか嫌ですしー」

「私、コムギが初めてなんだけど?」

「……まじ?」

「まじまじ、ついでにラビも初めてだよ」

 

 コムギが目を見開いたままバニースーツを着たラビを見ると、彼女はコクコクと頷き返した。

 

「えっ、いやでも、えっ……? 他の男の臭いはしなかったけど……いや、でも……」

「破ったのは玩具だよ、ラビが証人」

「私はメイメイが証人だよー」

 

 ポク、ポク、ポク、と流れる時間に重い沈黙がのし掛かる。乗り込んで来た側の鬼共もまた言葉を失っており、コムギはパチパチと瞬きを数度、繰り返した後で相棒のスコップの感触を確かめるように握り締め直した。

 

「理想郷は此処にある……僕のメイメイとラビの為にも、絶対に戻らないからなッ!!」

「おー、ムギたんが気合入れてる」

「主人は私だけどね、まあやる気出してくれる分には良いけど」

 

 処女厨め、と罵れば、他の男の精子の臭いがする女が嫌なんだよ! と怒鳴り返された。犬族は独占欲が強いという話を聞いたことがあるけども、それは他の異性の臭いが分かっちゃうからなのね。嗅覚の良さは犬族の長所でもあり、欠点でもある。

 

「でもー、最近、相手してくれる機会も減ったしー? 乗り気じゃないしー? 付き合ってる訳でもないしー?」

「駄目、絶対に駄目。僕、ちゃんと頑張るから絶対に駄目」

「なんでもする?」

「なんでも!」

「ラビ、女装風俗とか興味あるの!」

「僕がどんな服でも着るから絶対に行くの止めてよ!」

「ポチさんや、ポチさんや。撮影は可?」

「……他の人に見せなきゃ!」

 

 これは浮気できそうにないねえ。とりあえず未だに縋り付いてくるショタドワーフくんは引き剥がしておいた。

 

「ああああああああああもう!! イチャコラしてんなああああ見せつけてんじゃああああああない!!」

 

 なんか鬼ビッチが喚き出した。

 

「勝負するかしないのかどっちだッ!」

「いや、したくないけど?」

「しろよバカーッ! コムギ返せーっ!」

 

 駄々を捏ねるように鬼っ子は地団駄を踏み始めた。

 揺れる屋内、天井に付いた埃がパラパラと落ちる。鬼の身体能力の高さは全ての種族の中でも最高値にあると言われている。力仕事を任せたら天下一品、土木工事なんかでは引っ張り凧の人材であった。しかし幼い頃から今日に至るまで、ストレートチルドレンとして生きてきた彼女は満足な栄養を得られず、小柄なまま成長期を終えてしまった。鬼にしては非力で、子供にしか見えない低身長。それが祟って真っ当な仕事を得られず、今は鬼族の希少性を生かした水商売で生計を立てている。

 正規社員ではなくて、臨時雇い。少し稼いでは辞めるけど、常に二、三人のショタを抱えているので直ぐに戻ってくる。そのおかげか固定客はいる模様、一度、揶揄うつもりで部屋まで呼んだことある。鞭でしばき倒してやったら上司に何を言い含めたのか出禁になった。

 良い声で哭いてたのにもったいない、ほんともったいない。

 

「とにかくコムギを賭けて勝負しろっ!」

「えー、やだー?」

 

 涙目な鬼っ子の訴えを無碍に切り捨てる。

 相手がコムギを賭けるに足るものを持っているとは思えないし、コムギを賭けたくない。この世界での賭け事は冗談では済まないのだ。特に奴隷に関しては本当に物のように受け渡しが行われる。

 この溜まり場も賭け試合で得たものだし、コムギも同様だ。

 

「だったら、そのショタドワーフを渡して貰おうか! あたし好みなんでな!」

「なんで渡さなきゃいけないのよ」

「孤児に人権があるわきゃねーだろ! あたしが拐って好きなように楽しませて貰うのさ!」

 

 ふぅん? とドワーフっ子を見れば、ガクブルと身を震わせている。

 この子の名前はカドマツ、普段は私達のガジェットアイテムのメンテナンスを任せたり、新しいギミックの開発をしてくれるメカニックだ。普段は郊外にあるゴミ山で鉄屑を拾っては修理をしたり、新しい道具を作ったりすることで生計を立てている。

 彼には色々と世話になっているし、これからも世話になる予定がある。

 

「やだね、この子には世話になっているんでね」

 

 私が庇ってやれば「メイメイ〜っ!!」と情けない声を上げた。

 

「見捨てたら夢見が悪い、ここは私達の縄張りだよ」

「今じゃなくとも独りになった時を狙えば良いだけなんだけど? ん? ん?」

「……良いよ、乗ってやる。私が勝った時は金輪際、この子には手を出すな!」

「はっはぁーっ! よく言った、私が勝った時はコムギを渡して貰おうか!」

「それは御免被るっ!」

「なんでだよ!」

 

 だってこの一件にコムギ関係ないですし、お寿司。

 

「あーもう、だったらその子を引き渡して貰うからな! それと、この子と私の関係性に口出しするな!」

「条件が二つなんですけど?」

「さっきも言ったけど、独りの時に拐えば良いだけだかんな!」

 

 ふむ、その条件なら構わないか。そう考えた時、パァッと床が淡く光って魔法陣が画かれた。

 

「……合意と見て、よろしいですね!?」

 

 その魔法陣の中からタキシード姿の男性が直立不動の紳士的な姿で、ずずずっと迫り上がってきた。

 

「私の名前はミスターRF。神が制定した球戦条約に基づき神より遣わせられた天使の一人であり、世界ガジェットボール協会の公認審判でございます。規定に則り、先ずは双方の条件の再確認から始めませて貰います」

 

 ミスターRFと名乗る男に私は頷き、鬼っ子も首肯する。

 突如として世界に舞い降りた天使。詳しい事情や歴史は知らないが、国家社会が崩壊した時に彼らは現れて、戦争と殺し合いを否定s、スポーツによる決着を皆に求めた。そして当時、熱狂的な人気のあったガジェットボールによる賭け事が認められたのだ!

 先程、鬼っ子と出し合った条件を互いに確認し、承諾する。

 

「それでは準備を……3対3用の小型領域の展開……半径100m……完了。試合開始は五分後、試合時間は10分間。それまでに配置に付いてください」

 

 それぞれのガジェットアイテムを手に持って、私達はディスコテークから外に出る。

 廃墟ビルに囲まれた貧民街、このディスコテークを中心に半球状の青白い魔法陣が包み込んでいた。対角線上の両端には逆三角形のゴールポストが宙に浮いている。私達は安全規定の為にヘルメットを被り、膝と肘にプロテクターを装着する。他にも各々のガジェットアイテムを装着して、配置に付けば、もう試合開始の時間が間近まで迫っていた。

 結界の中心には小型魔法陣、それを六人で取り囲むように陣形を取る。

 

 そして魔法陣に最も近い位置に立つのは、私と鬼っ子だ。

 

「また、てめぇか。懲りない奴だな!」

「たった一度や二度、ボールの取り合いで勝ち越してるからって調子に乗るのは程度が知れるな」

「ちょっと触ったら怪我させちまうから軟弱者の相手は困るぜっ!」

 

 撮影用のドローンが何処からともなく続々と集まってくる。今日は、どうやら当たり日のようだ。

 

「これは良いや! メイメイ、てめーの泣きっ面が民衆に晒されるぜ!」

「鬼ビッチ! そういうお前は吠え面で笑いを取る準備は出来ているのかな!?」

「お漏らし芸で笑いを取るのはそっちだろ! それともオムツは履いてきたのかな、メイメイちゃぁぁぁぁん!?」

 

 準備期間が過ぎ去り、審判のミスターRFがゆっくりと手を上げる。

 それを横目に見ながら私と鬼っ子は不適な笑みを浮かべながら互いを睨み付ける。

 

「カウントダウン、残り3秒……2……1…………」

 

 試合開始間近、互いの口から溢れた言葉は奇しくも同じだった。

 

「「……ぶっ殺すッ!」」

 

 

『レッツ・ガジェット!!』

 

 審判員の言葉と共に小型魔法陣から高々とボールが打ち上げられる。

 それを追いかけるのは二人の影、鬼族と人族の少女だ。鬼族は己の脚力のみを以って、人族は足に履いた特性のガジェットシューズで空高くに跳んで行った。

 良いねえ。二人共、良いねえ。

 超大型の液晶テレビが見れる場所にある屋外のカフェテラスにて、私はティラミスとカフェラテを注文している。

 変装用のサングラスと帽子を被って!

 私、有名人だし? 庶民を騒がせるのは本意じゃないし? なんなら希少種のエルフ族ですし!? ちょっとくらいは周りに配慮ってもんは弁えている訳ですよー! ひゃっはー、ティラミスが甘さと苦さがマッチして美味しんごーっ! 久しぶりの栄養管理のない生活は最高だぜーっ!!

 うぇっへっへっへっ!

 

「おいおい、あれってまさか……」

「ああ、でも……お忍びには声をかけない。それがマナーってもんだ」

「そうだな、でも生リリィとか初めて見たよ」

 

 ふっふぅーん!(どやーん!)

 遠くで庶民がどよめいているが、まさか、この私の完璧な変装を見破れているなんてあるまいてぇーっ!! それでも漏れちゃうなんていうかオーラ的なの? そう有名人のオーラ的なの、漏れちゃうのよ! あー、やばいっすわー、オーラ漏れてますわー。甘いの美味しくてやばいっすわー。うっめ、このティラミスうっめ。

 私、デザートランスって、美味しそうな名前だから入ったんですよねーっ! 砂漠って意味だったけどー!

 あっはっはっはっはっはっ!!

 

「それにしてもだ……」

 

 細く長い足を組み直し、カフェラテのストローに口を付けながら周りを見渡す。

 今の御時世ではアマプロ問わず、何処の都市でもガジェットボールの生中継は行われているものだが、アマチュアの試合を足を止めてまで見ようとする者は多くない。それはプロとアマチュアの間には、素人目にも分かるほどの隔絶とした差がある為だ。そのひとつがスピード感、アマチュアの試合はプロのソレと比べると、余りにも試合展開が遅過ぎる。動きも遅ければ、攻めるは遅いし、連携も取れてない。それに比べてプロの試合は、あっという間に端から端までボールを持って行けるし、少しでも隙を見せれば、どれだけ距離が離れていようがゴールを狙うものなのだ。

 プロの試合に慣れているものはアマチュアの試合なんて退屈過ぎて見られないことが過半数を占める。

 

 しかし今、目の前の民衆はどうだろうか?

 今回、行われるのはアマチュア戦だ。それも野良試合である。しかし彼女達のチーム名を聞いた時、誰もが足を止めて興味深そうに顔を上げるのだ。そしてカフェテラスの席が次から次に埋まっている。聞き耳を立てれば「おい、あれってリリィじゃ……」「えっ、嘘。まじで? ホントじゃん!」こほん、周りの声はどうでも良い。

 いずれにせよアマチュアの試合を見る為に人が集まることは珍しい。

 

「あ、あの、リリィさんですよね……!?」

 

 まだ十歳に届くかどうかの子がサイン色紙を持って私に話しかけてきた。あー、んー、困っちゃうなー。お忍びだって事、分かってくれないのかな。私は今日、ガジェットボールの試合を見に来たのに、これじゃあ試合に集中できじゃないか。

 

「ずっと前からファンだったんです! 五歳の頃は病気で入院していたけど、その時に見たデザートランス優勝の試合を見て、元気付けられて……私、私……!!」

「んもー! もうしょうがいなー!! ほら、名前教えて! ほらっ!」

 

 震える右手をギュッと握り締めてペンを持ち、色紙に滑らせるようにサインを書いてあげた。

 

 

 ガジェットボール。

 それは、この蒸気機関全盛の時代において、熱狂的な人気を誇るスポーツの事だ。

 蒸気機関を用いた様々なガジェットアイテムを用いて、逆三角形の敵のゴールにボールを入れるだけの簡単なルール。反則はひとつ、相手は殺すな。刃物や突起物の武器は使用は、認められていない訳ではないが、基本的には鈍器を使用する者が多い。また敵選手への直接的な妨害行為は認められており、乱闘騒ぎはガジェットボールの醍醐味のひとつとして認知されている。

 この世界的なスポーツは、各都市に設置された超大型の液晶テレビによって試合中継がなされており、プロアマ問わず、日中は常に何処かしらで行われている試合が流され続ける。

 最早、ガジェットボールは社会現象というよりも社会の一部になっていた。

 

 

『レッツ、ガジェット!』

 

 小型魔法陣から真上に向けて、空高くに打ち上げられたボールの後を追いかけて、跳躍する。

 足に履いたガジェットシューズは、私が尊敬するリリィの履いていたものと同じ仕様だ。靴底から圧縮した気体で水の塊を発射する消防士が使うインパルス銃と大体、同じ理屈になっている――威力は段違いだけどな! 空中で一度、二度、三度とギミックを起動し、その度に足底から圧縮空気と共に水が発射され、上昇速度を更に加速させる。

 肉体への衝撃は頭の他、肘と膝に付けたプロテクターで緩和されている。これは魔法によるもので、肉体全身に効果を及ぼす防護魔法として活用されていた。

 悔しそうな顔を見せる鬼っ子を眼下にスレッジハンマーを大きく振り被る。

 

 ガジェットボールで使用するボールは魔法によって形成されたエーテル結晶体だ。

 これには幾つかの特性が付与されており、先ず物質に比べて重力から受ける影響が少なくなっており、ボールには魔力を有する外部からの衝撃を溜め込む性質があった。これによってボールは打ち付けられる度に速度が増し、意図的に速度を落とさない限り、最終的には音速の一歩手前まで加速する。またボールは魔力には反発するが、魔力を持たないものに関しては速度を維持したまま跳ね返る性質を持っている。有機物と接触すれば、幾らか衝撃を受けるが、日常で垂れ流している魔力なんて高が知れている。後ろからちょっと押された程度で怪我なんてしようものがなかった。

 怪我をするのは、全身を魔力で保護し、ボールを魔力で殴るプレイヤーのみだ。

 

 エーテル水をぶちまけて、全力の全開でボールにスレッジハンマーを叩き付ける。

 ガジェットアイテムは魔法による保護を受けているし、ギミックに使う蒸気は全てエーテルを液体化させたものだ。衝撃は受ける、反発も受ける。しかし、ただ一点、鈍器とボールの芯を食えば、反発は限りなく零に近くなり、与えた衝撃は全てボールへと押し込む事ができる。

 これはガジェットボールを行う上での必須技術。プロなら皆、当たり前にやっている事だ!

 

「ポチッ!!」

 

 衝撃を与えてから誤差1秒から2秒、ボールは与えられた衝撃を加算し、背後に控えたコムギに向けて吹っ飛ばした。

 元は酔っ払い共が足を運んだ居酒屋通り、互いのゴールを一直線に結んだ道のど真ん中にて構えを取ったコムギは――ほぼ直線を画いた軌道をコムギはスコップで受け止めて、それを建物の上に陣取るラビに向けて打ち返す。その間、私はラビとは反対側の建物の上に着地して、ラビから放たれたボールをスレッジハンマーで受け止めて、コムギへと打ち返した。徐々にボール内に衝撃が溜め込まれて、加速する。既にもう時速200キロメートルを超えていた。相手の戦術はワンツーワンか、三人は三方に別れて私達を潰しに来た。私の相手は鬼っ子で、ラビの相手は褐色エルフ。そして、コムギの相手に猫娘が突っ込んで来た。

 もう自由にパス回しをさせて貰えそうにない――ボールは今、コムギに向けて放たれたところだ。

 

「丁度、カメラもある事だ……ポチ、魅せてやれッ!!」

 

 コムギは口の端を僅かに上げると、静かに息を吸い込んだ。

 

 

『さあ序盤のパス回し、ハードインパルス対バッドラックス。此処からどう展開を見せてくるか』

 

 ガジェットボールの試合が中継される時、必ず実況と解説が付けられる。

 それはアマでもプロでも一緒だ。中継画面には、先手を取られたバッドラックスの選手がハードインパルスの選手をワンツーワンで止めに掛かろうとしている。アマチュア選手の動体視力ではもう、既にボールは捉えるのが難しい速度にまで達している。

 しかしハードインパルスの選手達は臆する事なく限界まで速度を高めていっていた。

 

『実況は私、河平。解説は喜多川でお送りします』

『よろしくお願いします』

『先手を取ったハードインパルス。先ずは速度を貯めていっていますが、どう思いますか?』

『良いと思いますよ、ハードインパルスもバッドラックスも強気のボール回しが売りのチームですからね。どちらのチームもボールに目が追いついている限り、抜くことは難しいです』

 

 結構な速度が出ていると思うけど、あれで何時も通りなのか。

 破れ被れといった様子も見受けられず、誰もが落ち着いたまま素早く動いている。

 

 液晶画面の端にあるチームのメンバー表を見やる。

 ハードインパルスのリーダーはメイメイという名の人族であり、犬族のコムギ、兎族のラビが登録されている。対するバッドラックスのリーダーは鬼族のサカズキ、メンバーにはダークエルフ族のシア、猫族のマタタビが表示されている。

 これだけ種族がバラバラなのも珍しい。アマチュアだと種族が固まることの方が多いのだけどね。

 

『さあメイメイ選手からコムギ選手へのパス、それを潰しにかかるはマタタビ選手! ここからが本番です!』

 

 既に速度は時速200キロメートルを越えようとしている。

 生半可な実力だと、そろそろボロが出る頃合いだが――どうなる?

 

 

 僕、コムギは孤児出身の奴隷だ。

 悪い男に騙されて捕まり、奴隷商人に売り渡せたのが不幸の始まり。顔が可愛いからって鬼ビッチのサカズキに買われては毎日のように相手をさせられて、時には金を稼ぐ為に色んな女の相手をさせられる事もあった。縛られることはしょっちゅうで鞭で叩かれる事もあった。そんな僕を賭け試合で奪ったのがメイメイだ。

 奪った理由はガジェットボールの腕が良かったこと、彼女には夢があって、その為には僕の力が必要だと言っていた。

 ラビも最初は無理に誘われたようだが、今は禍根とかそういうものはなさそうだ。

 

「丁度、カメラもある事だ……ポチ、魅せてやれッ!!」

 

 メイメイから僕に向けて打ち出されたボールは時速200キロメートルに到達しようとしていた。

 真正面から迫って来るのは猫女のマタタビだ。サカヅキに仕えていた頃、他に男を持ってるのに何度も何度も僕の体を求めてきた嫌な女だった。

 

「ポチじゃねえってーの」

 

 ぼやきつつもスコップを両手に握り締めて、姿勢を落とす。此処は居酒屋通り、相手ゴールまで一直線に繋がるヴィクトリーロード。僕は勝利を目指して、まっしぐらに駆け出す。迫りくるボールをスコップで叩き付けて、左右を囲む建造物に向けて打ち出した。跳ね返って戻ってきたボールを更に打ち返して、そしてまた更に更に打ち返して、右へ左へとボールを加速させる。最早、見てからでは間に合わない。ボールの軌道は予測して、何度もボールを打ち返した。

 マタタビも臆さない、刃を潰した模造刀を構えて僕自身を目掛けて突っ込んできた。

 周囲を視る。左前方のメイメイは鬼っ子を引き離せていない、右前方のラビはもう少しと言ったところか。もう少し粘らないと駄目か――こいつ、強いんだよな。先ずはスコップでボールを壁に叩き付けて、左右にバウンドさせた後でスコップの先端を射出する。蒸気の力を用いたスコップ砲、柄の空洞からはスコップの先端と繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てて飛び出している。マタタビに向けて放たれた先端は、余裕を持って避けられて、その先にあるアーチへと突き刺さった。

 ギミックを発動する。鎖は蒸気の力を用いて巻き取れるようになっている。地面から足を離して、マタタビに向けて勢いよく飛びかかった。ギョッと目を見開いたマタタビの腹に蹴りを入れて、そのまま左右へバウンドを続けるボールに向かって飛び込んだ。

 ラビはダークエルフを振り払って、一歩、先ん出ている。

 

「よし、これなら……頼んだよ、ラビ!」

 

 スコップでボールをラビ目掛けて打ち込んだ。

 

 

 ボールが、来た! ――けど!

 背後から迫ってくる褐色肌のエルフが蒸気機関式の連弩を構えていた。

 矢尻を潰した矢が幾つも私とボールを目掛けて、放たれていて邪魔をする! でも――と構わずに足を大きく踏み込んだ。兎族の特性は強靭的な脚力だ、それをガジェットシューズで更に補強する! 世界が吹き飛んだ。急激な加速による圧力が私の体を後方へと引き摺り込もうとする。全身の肉と頰が後ろへと引っ張られて、それでも前へと手を伸ばす。

 そうしなければボールに届かない!

 

「メイメイ、あとは頼んだから!!」

 

 振り落とした鶴嘴の潰した先端でボールを捉えて、更に先へと送り出す。

 矢による追撃よりも早く、ボールは私達のリーダーが待つ彼方へと突き進んでいった。

 

 

 ガジェットボールにおいて、音速近い速度ともなると見てからでは反応が追い付かなくなる。

 その為、重要なのはボールを追い掛けることではなく、如何にして、ボールの軌道を予測し、その到達点に自分を置いておくのかという点に集束する。仲間と連携を取り、仲間を信じて、まだ見ぬボールの到達点を目掛けて突っ走る。ガジェットシューズを全力稼働し、体に掛かる圧力を気合と根性で押し退けて、そこにボールが来る! という直感に従ってスレッジハンマーを振り被る。

 リリィの怪我はスレッジハンマーのギミックによる空気砲の連続使用の負荷に肘が耐えきれなかった為のものだ。今では安全装置が取り付けられており、空気砲は単発式に調整がされている。しかし今、私が使っているリリィモデルのスレッジハンマーは初期型! つまり、幾らでも連発使用が可能となっている!

 ギミックを発動する――ガシュッ、ガシュッと音を立てながら変形し、打撃点の逆側から噴出口が現れる。ドンッと圧縮された空気が液体と共に排出された。それは蒸気となって周囲を真っ白に染め上げて、水砲の反動でスレッジハンマーを振り落とす勢いを上げる。まだ……まだだ! あまりに強力な衝撃に腕が痺れるが、それでも尚、勢いを付ける為に水砲を発射する! 二度、三度、四度! そしてインパクト時にもう一丁!

 想定した打撃点にボールが滑り込むように入り込んだ!

 

「くそっ、追い付けないか……!」

 

 ボールは限界値まで衝撃を溜め込むと不思議な現象を起こす。

 許容量を超える衝撃は、ボール内で一度、溜め込んだ後に全方位に向けて衝撃を放たれるのだ。その衝撃に備えがない私は勿論、どうにか止めようと手を伸ばす鬼っ子ですらも弾き飛ばして、ボールは相手ゴールに向けて一直線に駆け抜けた。

 そして、そのまま無人の逆三角形のゴールポストに突き刺さる。

 

 

 ハードインパルス対バッドラックスの試合は、結果として8対9で幕を下ろした。

 3対3という都合上、どうしても殴り合いの試合展開になりやすい上に両チーム共に殴り合い上等の戦術を取る為、兎にも角にも点が入りやすい。それでもアマチュアでは、届く事が少ないボールの限界値に何度も到達しており、それが決め手でゴールした回数は片手では数え切れない。

 まだ戦術的にも、技術的にも荒いが――彼女達にはプロとしてやっていくのに必要な最低限の素質を持っていた。音速近いボールを捉えるのは才能だ、目で追えない速さのボールの到達点に自分の身を置く事ができるのは才能だ。プロなら当たり前に誰でもやっている技術ではあるが、逆にいえば、それができない奴はプロでやっていくことは出来ない。

 怪我をした右肘が疼いた。

 あの人族の小娘――メイメイと言ったか? 魅せてくれたものだ。口角が上がるのを自覚した私は、カフェラテを飲み干して、情報収集の為に周囲にいる彼女達のファンに話を聞く事にする。

 彼女達は人気者で、情報は簡単に手に入った。

 

 

 今日も今日とて退屈だ、試合で鬱憤が少し晴れても私の絶望は変わらない。

 試合を終えた後、私達はいつものディスコテークに戻り、いつものカウンター席で退屈に打ち拉がれている。変わった事があるがあるとすれば、妙にコムギとの距離が近くなったという点だ。隣に席に座る彼は今日ずっと、スンスンと鼻を鳴らして私の臭いを嗅いでくるのが少し鬱陶しい。

 それを指摘するのも面倒臭い。あゝ、リリィ。私のリリィ。どうして貴女は引退してしまったの?

 超大型の液晶テレビでキラキラに輝いていた貴女は何処へ行ってしまったの?

 

「頼もーっ!!」

 

 バンッと扉が蹴破られて、真っ黒なヘビメタ的な衣装に身を包んだ少女が乗り込んできた。

 

「此処がハードインパルスの溜まり場だと聞いてやって来た! 話を聞いてもらおうか!!」

 

 クッチャクッチャとガムを噛んで、如何にもなサングラスにキャップ帽子を被っている。

 誰だ、此奴。何処かで聞いた事のあるような声――というよりも聴き慣れた声。いや、まさか、いやいや、まさか、そんなまさか!

 本能が直感し、理性が否定する。だって、テレビの中のリリィはもっと清楚で大人しかったはずだ!

 

「あーそれ! その記事! ふざけんなって感じだよね!」

 

 カウンター机に置かれた『リリィ、引退!』という見出しの雑誌を見て、ぷんすことを頬を膨らませて怒り出した。

 

「私はまだ引退してないし! ちょっと右腕の回復が絶望的なだけでバリッバリに現役を張り続けてるつもりだし! それを引退興行だとかなんだとかふざけんなっつー話! あいつら絶対にぶち負かす! 私が戦えにと思ったら大間違いだ!」

 

 このスーパースター、ついに地団駄まで踏み始めた。

 テレビのインタビューでは元気いっぱいに素敵な言葉で受け答えをしていた彼女の姿は何処にもない。

 そこに居るのは、ただの子供と大差なかった。

 

「私は再びプロになる! 私のことを終わったと唾を吐き捨てたあいつらに一泡、吹かせてやるんだ! その為にハードインパルスの諸君、私に力を貸せ!! 代わりに皆まとめてプロの世界に連れて行ってやる!!」

 

 ドンと自らの胸を叩くリリィの姿に私達は呆然とし、しかし私だけは胸が高鳴っていた。

 あのリリィが目の前に居る。ちょっとテレビの印象とは違うけど、あのキラキラの輝きはひとつも色褪せちゃいなかった。

 なによりもリリィ自身がまだガジェットボールを続けると言っていた。

 その事実さえあれば、もう今の状況のおかしさなんてどうでもよかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。アマチュアチームがプロリーグに参加出来るわけ……」

「プロリーグへの参加は難しくてもプロの試合に出ることはできる!」

 

 困惑するコムギにヘビメタエルフのリリィがドヤ顔で人差し指を立てる。

 

「スチームリーグへの参加には四部リーグから成り上がっていくことが必要なんだけどね? ガジェットボールにはスチームリーグの他に二部リーグの上位チームとで行われるトーナメント戦が行われるんだ。そのトーナメントには、アマチュアチーム用の枠がある!」

「それって全国アマチュア大会で優勝する必要があるじゃないか! 予選突破だって難しいんだろ!?」

「その程度のことが出来なくて何がプロだ!」

 

 欠片も揺るがぬ絶対の自信、ない胸を張って不敵な笑みをリリィは浮かべている。

 

「それにそのトーナメントだってアマチュアチームが一回戦を突破しているところは一度だって聞いた事がない!」

「あるよ、三十六年前だけどね。私達が初めてプロチームを負かしたアマチュアチームに成りたかったけど、こればっかりは仕方ないね!」

「そ、それだって解雇になったプロ選手がアマチュアチームに入ったのが理由だったと記憶が……」

 

 コムギにリリィがチッチッチッと立てた人差し指を左右に振る。

 

「だったら問題ない、此処には最強の元プロ選手が居るんだからさ!」

 

 ドンと彼女はない胸を叩いた後で、ゆっくりとサングラスと帽子を外す。その姿は引退記事のリリィと瓜二つの姿だった。

 

「もう一度言う、私にあいつらへ一泡吹かす為の力を貸してくれ! その代わり、この私が世界の頂点を皆に見せてやる!」

 

 言い切った後でリリィは私に向けてウインクをする。

 これが全ての始まりで、この退屈な灰色の世界がガラガラと音を立てて崩れ落ち、世界が色鮮やかに映り変わる瞬間でもあった。

 リリィは五年前に優勝を決めたあの時から何ひとつ変っちゃいなかった。




ディスコード企画、匿名杯。提出作品。
お題目「近未来スチームパンク」

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