ドロドロとした昏い瞳をその目に宿しながらジリジリと栞子ちゃんは近づいてくる。
恐怖に駆られて少しずつ後ろに僕は下がる。彼女が一歩近づく、僕は下がる、また彼女は一歩近づく、また僕は一歩下がる。
すると、ゴンと壁に僕の身体が当たった。
もう後ろには逃げ場がなく、前には栞子ちゃん。思わず目を瞑って諦めようとした瞬間僕のポケットに入れていた携帯が喧しく鳴った。
前にいる彼女に注意しながら恐る恐る携帯を開くとそこには『宮下愛』との文字。
液晶画面をスライドし、耳に当てた。
『もうどこにいるのー!!夜ご飯出来てるから早く食べよー!愛さんお腹空いちゃったし』
『う、うん。すぐに行く。が、学校でやる事があったからさ』
多少吃りながらだけれど、取り繕れたと思う。
『分かった、早く帰ってきてね~、おばあちゃん待ってるからさ!』
ブチッと通話が切れる
「という事で栞子ちゃん……?」
「ええ、今日はここで諦めましょう」
伺う様に僕は尋ねると、栞子ちゃんは諦めたようでホッと一息ついた。
あのままなら一体僕はどんな事になっていたのだろう。
「しかし」
そう前置きをして、そして僕の目をじっと見据えた。
「二度とこんな変な物には惑わされないように。それと明日、学校に来たらすぐに生徒会室まで来てください」
「う、うん。分かったよ」
***
僕は荷物を纏めて逃げ出すように生徒会室を出た。
あんな栞子ちゃんを今まで見た事がないし、僕に対する執念の様なものが強く渦巻かれているあの目で睨まれるのは怖かった。
何故僕に?と思うけれど、起きてしまっているのだから対応を考えなくてはいけない。
「あ、やっと帰ってきた!」
目の前からする聞き慣れた明るい声。
僕はいつの間にか愛のもんじゃ屋の店まで着いていた。
「ごめん、色々あって」
素直に謝る。すると彼女はいつものように笑った。
「早くご飯食べよ~!愛さんお腹ぺこぺこ」
***
愛のおばあさん特製のご飯も食べた後は、愛の部屋で二人でダラダラと寝そべる。
いつもはこの時間に宿題等を終わらせたりしている。
でも、今日は愛の雰囲気が何処と無く重苦しくてそんな気持ちになれなかった。
「……今日何で遅かったの?午後の授業の時もいなかったし。用事って言ってたけどもしかして……」
「えっと……栞子ちゃんに仕事頼まれてさ」
嘘は言っていない。あの事は言わないだけで。僕の頭を悩ませているさっきの栞子ちゃんの豹変ぶりを。
「それじゃあ、お昼に教室にいなかったのは?」
「お昼は果林さんと一緒に食べてたかな。聞きたいこともあったし」
「……それって、もしかして朝のやつ?」
何故か弱々しく慎重に言葉を選びながら尋ねてくる。そんな気を遣わないといけない関係でもないのに。
「そう、そして結果なんだけどさ……」
と僕が二人から聞いた事を教えようとした時に愛は部屋に響き渡る声で叫んだ
「聞きたくない!!!」
僕はその大声に怯んだ。何かしたのかと、驚きのあまり目の玉を大きく広げて愛の方を見てみると目には涙。
僕は幼馴染のその行動の意味が分からなかった。何故?と疑問ばかりが頭を埋め尽くす。
「どうしたの?」
背中を擦りながら落ち着くように促して、声色を優しくして僕は問いかけた。
「それの相手って果林かしおってぃーなんでしょ、そして付き合うんでしょ、そして私を捨てるんだ!!!」
僕は訳が分からなかった。果林さんか栞子ちゃんと付き合う?愛を捨てる?
幼馴染の言葉に首を傾げて考えていると、いつの間にか愛に僕は押し倒されてしまった。
「愛……?」
「愛さんには、私には、君無しじゃ無理だよ……君が居てくれないと愛さんはダメなんだ……」
ぎゅっと僕を強く抱きしめながら、ぽろぽろと涙で僕の服を濡らした。そして、弱々しく呟いた。
でもそんな事が気にならないくらいに、彼女の様子がおかしかった。
栞子ちゃんとは違う、あの僕に執着する様な目は一緒だけど、愛はどちらかというと母に縋る子の様に、依存しているかの様な目。
「ダメ……しおってぃーにも果林にも君は渡さない、渡したくない!」
呪詛の様に何かぶつぶつと唱えるように言っている彼女を僕は気味悪く思った。
「君のためなら愛さんはなんでもするよ、そうだ……彼女が欲しいなら愛さんがなってあげる、君の望むことならなんでもしてあげるから……だから……愛さんから離れないで……!」
そう懇願する彼女を、普段は弱みすら僕にも滅多に出さない彼女の、自分すらも犠牲にする程不安定な彼女を僕は無視する事が出来なかった。
ぎゅっと僕の肌に痣が出来る程握られた手が、何だか痛々しげで、彼女が寂しがり屋というのも過剰な気がした。でもこれはきっと、僕のせいで。
***
そこから彼女はおかしくなった。
僕がただ疲れてため息をつくと、途端に泣きそうな顔をして、僕に何度も何度も『ごめんね、愛さん何かしちゃったかな、すぐに直すから言ってよ』と言うのだ。
更に僕の傍から離れようとしなかった。
絶えず僕の傍をご主人様についてまわるペットの如く離れず、少しでも離れると目に涙を貯め、ところ構わず泣き出し僕が見えた瞬間に泣き止む。まるで小さい子供のようだ。
彼女に悲しい気持ちをさせたくないという気持ちの僕もいて、可能な限りは彼女の傍にいることにした。
「ねぇ、愛さん今とっても幸せ!」
「……そう、なら良かったよ」
きっと、彼女がこうなった引き金を引いたのは多分あのラブレターで、あんなたった一つの手紙で、愛や栞子ちゃんが変わるとは思っていなかった。
最初は彼女が出来る、という歳相応であろう事しか考えてなかったけれど今や僕は栞子ちゃんや愛に怯えて過ごす羽目になるとは思っていなかった。
「愛してるよ、愛だけに!」
「……うん、僕も好きだよ」
僕は何処で選択を間違えたのか、雲の間に差す太陽をずっと僕は見ていた
愛さんルートは完結でございます。
愛さんは、超過保護か超依存しかないと思った。
超過保護の愛さん誰か書いて