もしかしたら改訂するかもです
ドロドロとした昏い瞳をその目に宿しながらジリジリと栞子ちゃんは近づいてくる。
恐怖に駆られて少しずつ後ろに僕は下がる。彼女が一歩近づく、僕は下がる、また彼女は一歩近づく、また僕は一歩下がる。
すると、ゴンと壁に僕の身体が当たった。
もう後ろには逃げ場がなく、前には栞子ちゃん。思わず目を瞑って諦めようとしたら、後ろから扉の開く音が聞こえた。
「来るのが遅いと思って来てみれば……生徒会長さん?」
「果林さん……」
果林さんが扉にもたれ掛かりながら栞子ちゃんを睨んでいた。
「果林さん、何がですか」
「生徒会長とあろうものが不純異性交遊をするのはいかがなものかしら」
「いえ、間違っている彼を私が正しい道に導いてあげるだけです。だって私と彼には二人で永遠に愛し合い二人で寄り添って生きていく適性がありますから。そこに貴方も他のスクールアイドル同好会の人も必要ありません」
「まるで詐欺師ね、きっとそういう風に彼に思わせるんでしょう?洗脳もいいとこだわ」
ふんっとつまらなそうに鼻を鳴らして果林さんは一蹴した。
「ほら、貴方は私と行きましょ、送り迎えしてくれるって昼に約束したでしょ?」
僕の腕を掴んで無理やりに引っ張っていく果林さん。
その表情はどこか安心している様にも焦っているようにも見えた。
「果林さん、確か帰りだけの話だったんじゃないんですか?」
ぎゅっと僕の腕を力強く握りしめている果林さんに僕は疑問を投げ掛けた。
記憶が正しければ確か迎えだけだったはずだ。すっかり忘れていたけれど。
「気が変わったの、でも貴方も助かったでしょう?もう少しで栞子に喰われる所だったみたいだし、はぁ、苛立たしいわ」
「それはそうですけど………」
はぁ。と果林さんは溜息に怒りを滲ませていた。
僕は怖かった、栞子ちゃんのことが。じっと執着の色が染み出ている目で、僕を睨んでいるのが。
でも今の果林さんにも僕の頭は栞子ちゃんと同じ様に警笛を鳴らしている気がした。
「あ、今日一日貴方、私のマネージャーとして働いて頂戴。もう上には話を通してあるわ。はい、これが今からの予定よ」
本来の担当の人が書いたのであろうスケジュール帳を渡される。
「いきなりは無理ですって!」
「そこまで難しい事じゃないわ、貴方なら出来ると思うから頼んでいるの、よろしく頼むわね」
と果林さんはウインクをして、呼んでいたタクシーに乗り込んだ。
───────
「疲れた……」
タクシーの座席に寄りかかり身体を預け四肢を投げ出す。
「ふふっ、お疲れ様。マネージャーさん」
その隣で果林さんはにこやかに僕を見ている。
僕はペットボトルのお茶を取り出してそれを呷った。
「とてもいいマネジメントだったわよ?初めてとは思えないくらい。頭でも撫でてあげましょうか?」
「子供扱い辞めてくださいよ」
「あら、残念」
その後他愛のない話をしていると目的地に着いたようでタクシーを降りた。
果林さんに着いていくとするとそこはマンションの一室で。
「えっと……ここは?」
「ここは私が衣服を置いている部屋ね、ある程度生活は出来るくらいの設備は整っているし、お礼も込めてお茶くらい出すわよ。お茶請けとなるようなものはあまりないのだけど。寮は貴方は入れないものね」
僕は慣れないことをしたせいかクタクタで、あまり話を聞いてなかったけれど大人しくお邪魔する事にした。
寮の部屋みたいに汚くないのいいのだけど。
エマさん曰く結構酷いらしいから。
「今日は本当に助かったわ。実はマネージャーが急病で倒れてしまったの。でも私1人じゃ道に迷ったりしてしまうし……」
ちょっと顔を赤くして俯いて話す果林さん。
女の子らしくてとっても可愛らしいと思った。
「そういう事だったんですか、まぁ、貴重な経験が出来た。という事にしておきます。色んな芸能人にも会えましたし」
「他のモデルの人にも鼻の下伸ばしていたものね?」
目を細めて僕を見つめながら机の下では、足で僕を蹴ってくる果林さん。
確かにマネージャーとして他の人を見るのは良くなかったかもしれないけど、それにしては蹴る力が強すぎでは無かろうか。
きっと果林さんを始めとする他のモデルの人も自分に自信を持ってやっているから、それによそ見をされるのは良くないのだろう。
「本当にマネージャーとして働いてみない?会社には私から話は通しておくし、貴方の仕事をしっかりと完璧に全うしていた。私は貴方がいてくれた方がいいし……」
「それでもいいんですけどね……学校があるので、マネジメントするには時間が無いです。いつどんな事があるか分かりませんから」
「なら、学校を辞めましょう?」
「え………?」
「そうね、学校を辞めて私の専属マネージャーになりなさい、それがいいわ」
果林さんの目は僕を見ていたけれど僕を捉えていなかった。
僕のようななにか、彼女の中に作り上げられた僕を見ていた。
「流石にそれは……」
「なぜ?学校には栞子がいるでしょう?あの子は貴方に危害を加える可能性だってあるのよ、怖かったでしょう?私が来なかったら貴方危なかったのよ、何をされていたか」
「栞子ちゃんはそんなことは……」
「しないと言いきれる?」
一瀉千里の如く畳み掛けるように問う果林さんに僕は言い淀んだ。栞子ちゃんが僕を射抜くあの視線はきっとなんだってしてしまうかもしれない。
刺される可能性だってある。それ程僕はあの目には危険が孕んでいるような気がした。
「あの子ともう絡むのはやめなさい、私は貴方が心配で言っているの」
「でも僕は………」
見捨てることは出来ない。
やっぱり生徒会長で立場はあちらが上だけど、年下で僕の可愛い後輩で、そんな栞子ちゃんだからきっとあれは一過性のものだろうと、何が原因か分からないけれどきっと前の可愛い栞子ちゃんになると僕は思っている。
「あの子、貴方の携帯に盗聴器仕掛けているわよ」
「え……?」
「何かおかしいと思う所はなかったの?」
「多分、無いと思いますけど……」
「ま、もう既に貴方の携帯は捨ててあるけれど」
ここ数日のことを思い出してもそんな事は無いと思う。多分だけれど。
「だから貴方には新しい携帯を用意したわ、でもこれには貴方の幼馴染だったり、栞子だったり私以外の女の子の連絡先を登録しない事。ちゃんと私が毎日確認するから」
「何でですか……?」
「貴方には私、朝香果林以外に必要ないわ」
僕はその言葉に激しい既視感を覚えた。
確かそれを言ったのは栞子ちゃんだった気がする。
果林さんはじっと鋭い視線で僕の目を見つめる。
恐怖で竦み、僕はネジの巻かれていないブリキの玩具の様に動くことが出来なかった。
そんな僕を果林さんは愛おしそうに見ていた。
「貴方は私専属のマネージャーとして学校も辞めてしまって私の為に働くの、お金は今までの貯蓄もあるし二人でどこか小さい家でも借りましょう。だってあんな怖い所戻らない方がいいわ。貴方はそっちの方が幸せに暮らせる」
「でも、愛とか他の同好会の人もいますし……」
「貴方は私だけを見てなさい」
そして、果林さんは僕にキスをした。
深く深く隅々まで口腔内を舐めとって、離れると果林さんはペロリと自分の唇を舐めた。
二人の間に出来た銀色の垂れる糸が僕には手錠の様に見えた。
僕を果林さんに繋がる糸。
そして、いつもと同じ笑みを浮かべた。
こちらを揶揄う様なイタズラが成功した様な笑み。
でも僕はその笑顔が怖かった。
「さっきも言ったけれど、栞子は貴方を盗聴をしていて、貴方を管理しようとしている。そして、まるで自分が正しいかのように貴方を自分の都合のいい道に洗脳をしているの。戻ったら貴方酷い目に合うわよ?」
彼女は窓から照らされる月光に当てられて妖しく、そして美しかった。目を奪われるほど。
「なら……愛もいます。愛は僕の幼馴染だし」
「あの子も無理ね、きっと貴方を縛り付ける鎖になるわ。だってあの子はあなた無しじゃきっと生きられない、そもそも栞子が会わせてくれるかだけど。明日から栞子の家の地下室暮らしかしら」
果林さんの言葉はどこか説得力があった。
あの栞子ちゃんの目だったり、一瞬だけ見えた気がした愛の手紙に向けた憎んだ様な顔が浮かんだ。
「人生は楽しい方がいいわよ?私と一緒になればね?」
果林さんは僕に向けて手を差し出した。
僕は崖際にいるかのような錯覚を覚えた。
堕ちればもう戻っては来れない。そんな気がした。
でも僕はその手を取った。
「愛してるわ」
「僕も好きです」
その時の果林さんの笑顔はまるで子供がイタズラに成功したかの様な無邪気な笑顔だった。
僕にはその笑顔がとても美しく、そして可愛らしく見えた
皮肉と後悔をひとつまみ