怪異症候群 怪異が創り出した怪物   作:まっちゃんのポテトMサイズ

2 / 11
第二話 邂逅

瞼を開ければ、視界には雨で湿って茶色くなった砂が目に入った。

俯いていた顔を上げ、辺りを見回すも、既に辺りは暗くなっており、何も見えなかった。

だが、明らかに分かっている事は、ここが僕の知っている場所では無い事だ。

ここが、『さとるくん』の言っていた別世界、という奴だろうか。

僕の冷えた体を間髪無く打ち付ける雨の所為で身体にまとわりつく湿気を鬱陶しく思いながら、朧気に理解する。

僕はベンチから立ち上がり、傍に畳んで置かれていた黒いコートを羽織る。

何だか身長が伸びた様な気がするが、気のせいだろう。

 

「…取り敢えず、動かなきゃ何も始まらないな」

 

そうして、その場所から出て、街灯の光が照りつける道を歩き始めた。

既に辺りは暗くなっており、僕が歩いている住宅街のどの家も光は灯ってない。

人気も無く、太陽が顔を出している間は明るい雰囲気を持つであろうそれは、今は不気味な雰囲気を持っていた。

にしても、他人の身体というのは何とも違和感しかない。

男だったというのが不幸中の幸い、だろうか。

住宅街を抜け、周囲に一軒家が少なくなってきた頃、大きな屋敷があるのに気が付いた。

そこからは光が漏れており、僕は不思議に思いながらそこに近寄る。

そして、近寄ってからようやく気付いた。

この屋敷の中には何かいる。危険な何かが。

それが実体のあるものなのか、実体のないものなのかは把握できない。

ただ、今も生者を殺そうと動き回っているという事だけが分かる。

これを見過ごすというのも罪悪感を感じてしまうというものだ。

そう感じて、僕がその屋敷のドアノブに手をかけた時、背後から声を掛けられた。

 

「あの…」

 

僕はドアノブから手を離し、振り返る。

そこには、黒い傘を差した、大人びた少女が立っていた。

顔や容姿は、傘の陰で暗くなっていた為に良く見えなかった。

 

「…」

 

僕はその少女に関わる必要性を感じなかった為、その少女を無視して、ドアを開け、中に入る。

 

「あっ、待ってください!!」

 

中に入るなり、その少女に肩を掴まれ、背を向けたまま僕は仕方なく口を開いた。

 

「…何ですか」

 

少女を睨みつけながらそう言った。

すると、少女は僕に怯えるようにしながら口を開いた。

 

「あの…ここ、私の友達の家何です」

「…そうですか」

 

女性と話すのが慣れていないせいか、僕の口からは短い言葉のみが出ていく。

その所為か、彼女は僕に怯えてしまっていた。

僕はそんな彼女に対して何をすれば良いのか分からないまま、その玄関に上がる。

すると、女性の悲鳴が鳴り響き、その後に、ドサリという人が落ちた音が聞こえて来た。

 

「…えっ?」

 

少女は人が死んだという事を察した様に顔を少し青くしながらそう言葉を零した。

 

「…遅かった」

 

僕はそう呟き、少女を置いて右側にあるリビングに入る。

リビングは広く、長方形の机が二個、連ねて並べられており、左側の壁にはクローゼットに高級そうな壺が一つあり、真正面の壁には仏壇とゴミ箱があった。

そして、その上には新聞と飲みかけの日本酒とビール、そして、食べかけの料理が並べられていた。

まったく、誰がこんな時間に危険な事を仕出かしたのやら。

もし、それが呪術の類だった場合、実行者は正真正銘の大馬鹿者だ。

…いや、そのような事は一度経験してみないと分からない物か。

『さとるくん』を呼び出した時の僕が良い例だ。

まったく、もし時間を巻き戻せるなら昔の僕を殴ってやりたい。

そんな仕様も無い願望を抱きながら机の上にあった新聞を手に取る。

その紙面には、黒田怜という一人の警官が殉職したという記事が載っていた。

何故か、それを見た時に僕は激しい吐き気に襲われた。

僕は彼の事を知らないはずだ。知らないどころか、知ること自体が不可能だ。

ならば、何故、吐き気を催した?

思考を巡らすも、僕には理解が出来なかった。

そして、何とか込み上げて来る胃液を抑えつけていたが、我慢が出来なくなり、僕は急いでトイレに駆け込んで嘔吐した。

 

「何何だ…」

「あの…。大丈夫、ですか?」

 

トイレの扉越しに少女が僕に心配そうに声をかける。

僕はそんな彼女に弱弱しい声で返事をする。

 

「大丈夫です…。心配をお掛けして申し訳ないです…」

 

その言葉の後に少しむせて、トイレから外に出る。

彼女は心配そうに僕を見上げる。

僕はそんな彼女に対して何をすれば良いのか分からず、彼女から目を逸らした。

 

「…あの、僕の顔に何か付いてますか?」

「あっ、いえ、何でも無いです」

「…そうですか」

 

僕はそう言って二階に続く階段の一段目に足を置いた。

その時、男の叫び声が聞こえた。

ここまで立て続けに人の叫び声が聞こえてくるのは可笑しい。

僕は急いで二階へと駆け上がる。

最後の一段を上った時に、足元に何者かが居る事に気が付き、僕はそこを見下ろす。

 

みぃつけた

 

その言葉が聞こえた時には既に遅かった。

足元に居たクマのぬいぐるみは勢い良く僕の腹に包丁を突き刺した。

僕はその勢いに吹き飛ばされ、階段を転げ落ちる。

幸い、急所は逸れて居たが、出血量が多い。

このままでは何れ死んでしまうだろう。

このまま死んでたまるか。

最後の一段を転げ終えたタイミングで、傷口を右手で押さえながら体を無理矢理起こす。

 

「あ、貴方、お腹から血が…っ!」

 

彼女は僕の傍に駆け寄ってきて、口元を抑えながらそう言った。

 

「…大丈夫です。取り敢えず、貴方は逃げてください。僕は、ここで捨て駒(時間を稼ぐ)になりますから」

 

僕がそう言うと、彼女は僕の腕を取って駆け出した。

 

「そんなの駄目です!そんな傷で、勝てる訳が無いです!」

 

彼女は行く当てもなく、駆け続ける。

ただ、僕にはその姿が勇敢に見えた。

既に凍り付いた心が、再び熱を持つ様な気がして、僕は抑えている傷口を握り潰す。

痛みで呼吸が止まりそうになるが、それで良かった。

それ程の痛みじゃなければ、今の衝動は止められなかった。

 

もう良いかーい?

 

階段を下りたクマのぬいぐるみが包丁を片手にこちらへ駆け出してくる。

僕は彼女の手を振り払い、身体を捻ってクマのぬいぐるみを視界に入れる。

クマのぬいぐるみは血の付いた包丁を刃先を向けてこちらに投げ付けて来る。

それを避けようかと思ったが、それでは背後にいる彼女に突き刺さってしまう。

そのため、僕はそれを右腕を犠牲にして防ぐ。

腕に包丁が突き刺さり、痛みが走るが、先程の痛みに比べればなんてことは無い。

クマのぬいぐるみはとっくに距離を詰めてきており、腕に突き刺さった包丁を引き抜き、僕の腕の皮膚を切り裂いた。

そして、そのまま僕を押し倒し、馬乗りになって包丁を何度も僕の腹に突き刺す。

何度も、何度も、何度も。

その度に走る激痛に耐えながら何とか声を絞り出す。

 

「早く、逃げて。これは、貴方が太刀打ち、出来る相手じゃ、ない」

「そ、そんな事…」

「良いから、早く!!」

 

僕は薄れゆく意識の中、誰に向かって言っているのか分からないまま、そう怒鳴りつけた。

 

「わ、分かりました…!!」

 

ああ、僕は何て無力何だ。

とても弱い。脆い。そして、どうしようもない人間だ。

自分の不利益を生み出してしまうのは自分の所為だと分かっているのに、他人に憎しみを抱く。

ああ、本当にどうしようもない、屑な人間だ。

そう自らの事を嘆いていると、得体のしれない何かが僕に声をかけて来た。

 

『本当にそうかね?君は、本当に悪いのかね?全部、全部、君の所為か?』

 

当たり前だ。この世の不利益は全て、当人の能力不足。

僕が、人を救えなかったのも、僕の力不足。

僕が、今までの様にどうしようもない理由をこじつけて、他人に憎しみを抱くのも、自分がこんな感情だから。

 

『確かに、そうだね。だが、今の君は違うさ。私が力を与えた。さぁ、立ちたまえ』

 

そう言われた瞬間、手が勝手にクマのぬいぐるみを突き飛ばしていた。

腹の傷は癒え、その跡すらも完璧になくなっていた。

自分にのしかかるものが無くなり、僕は立ち上がる。

何故だか、今自分の操っている身体が自分の物ではないように思えた。

 

「…こんな奴に力を与えるなんて、よっぽどのバカか、物好きだな」

 

僕は息をふっと吐き出し、そう言った。

そして、包丁を煌めかせながら体を起こすクマのぬいぐるみに視線を向ける。

 

痛いなぁ…

「…そうか。もっとも、僕には関係の無い事だ」

 

僕はそう言ってクマのぬいぐるみとの距離を詰め、一思いに拳を振りかざす。

思いの外、クマのぬいぐるみは軽く、玄関の扉の所まで吹き飛んだ。

そして、扉に激突したそれは、大きな音を立てた後に、気を失ったかのように、急に動かなくなった。

僕は自らの受け取った力に少しばかりの恐怖を感じながら彼女の元へと戻る為に踵を返した。

 

 

『…まだだ。君の出る幕では無いよ』

『…ま、俺は別に良いんだがよ。爺さんよ、普通の人間に力を与えるなんて、ちょっと頭イってんじゃねぇのか?』

 

辺りに何もなく、ただ真っ白な空間が続いている場所で、彼が元々居た世界の両面宿儺は、悠々と湯呑に注いだ緑茶を飲みながら、こちらの世界の両面宿儺の馬鹿にしてくる言葉を無視した。

そして、閉じていた瞼を薄く開き、目の前にいる両面宿儺を見つめた。

 

『…普通の人間?そうか、お主にはそう見えたか』

『あ?当たり前だろ。人間なんて俺ら怪異には勝てねぇんだよ』

 

元々の世界の両面宿儺は溜息を吐き、立ち上がる。

 

『…あれは、人間ではない。最早人間の領域を超えている。…若しや、我らを超えるのかもしれないな』

 

そう言って元々の世界の両面宿儺は姿を消した。

そして、取り残されたこちら側の世界の両面宿儺はその言葉が気に喰わないようで、歯を食いしばりながら肘をついた。

 

『んな訳ねぇだろうが。…爺さん、アンタの目は間違ってたって事を証明させてやるよ。そして、俺を認めさせてやる』

 

そう呟いて、こちらの世界の両面宿儺も姿を消した。

日常編は必要か否か

  • 必要
  • 要らんわぁ!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。