姉の化粧は、いうなれば夜天の炉端の灯の下で映えるような色味で仕上った。日中ふつうの家庭の主婦が見ればおもわず眉をひそめそうな容態である。その濃い白粉が、くっきりとした赤い紅が、四十を過ぎても白髪ひとつない黒髪と相まってまるでトランプのようであったが、不思議と彼女にはそれが合っていた。どこにしまっておいたのか、他所行き用の品のいいワンピースを着て姿見の前で裾を翻すのを見ると、どうにも発表会にで向く女学生の様で、おやおやこの歳で耄碌したかと自分の目を擦る。
「どう?」
半開きの襖越しに8つ上の姉の“おめかし”を見ていた私に対して、当の本人が聞いてきた。
「いいのではないですか?」
疑問符に疑問符を重ねるなんて碌な回答ではないことは百も承知であるが、ここでの是非の断定は後々の責任問題に通ずる。曖昧な返事こそ「保身」という科目の教本の1ページなのだ。
「そう、なら良かった」
姉の方も姉で私の言には然程の期待を持っていなかった様である。今の質問すらなかったかの様にそそくさと化粧道具をかたし、バンドバッグに小物を詰め玄関の方に歩いていく。
「もういくんです?約束の時間はまだ早いのでは?」
返答はない。省みられないことには、最早長い付き合いだから慣れたものであるが、それでもあまりにそっけないものだから癪に触る。
「それほど楽しみなのか?その男と会うのは」
十八で嫁に行き、三十二にで出戻りしてきた姉は、四十路超えた今になって、とんだ変わり種の若燕を捕まえた様で、寝ても覚めてもその男のことばかり。恋にうつつをぬかすとは、内面の方も女学生の頃に戻そうとしている始末である。
「歳を考えたらどうです?」
なんともまあ品のない呼びかけであるとは自分でも感じるが、腹に溜めていたものが漏れ出してしまう。
気づくと玄関口まで追いかけてきていた。パンプスに踵を押し込んだ姉が振り返る。
「今日は遅くなります、もしかしたら帰らないかも」
いつもと変わらぬ淡々とした物言いでそう宣う。
「年甲斐もなく、蜘蛛の巣張ってるかもしれませんよ?」
「あら、高いワイン瓶には埃が積もっているものよ?」
彼女は疑問符をつけて返してきた。
(以下露骨極まりない字数稼ぎ)
日本の女性名のラテン語での意味
さくら 「神聖な(sacra)」
えりか 「ツツジ(erica)」
りいな 「亜麻(līna)」
あかね 「アザミよ!(acane!)」
せいら 「遅咲きの(sēra)」
れいな 「売春宿のおかみ(lēna)」
もえか 「不倫相手(moecha)」
かえで 「殺人という手段で(caede)」
使う機会はない