VRMMO【オンラインヴァルハラ】 作:アンチマテリアル竹輪
今日も風が山小屋を叩く音がしている。
ここ数日は、小さく設けられた窓が明るくなったり、暗くなったりするのを、ぼんやりとソファから眺めていた。現実だと何時間ぐらいだろうか。
あれから追加のメールを送ってみたものの、運営からのリアクションもない。
不具合修正でバタバタしているのか、それとも不具合でメールが送れていないのか。
あれからログアウトは試せていない。もし、正常にログアウト処理が行われたとき、自分がどうなるのかわからないからだ。
消えて無くなるならまだいい、何も無い空間で消える事も出来なくなる。なんてことは避けたかった。
現実に帰れなくなった所で困る事は、現実の肉体が無くなった事で無くなってしまった。
なら、いっそのことなる様になれの精神で、面倒な事は全て忘れて楽しんでしまおうか、そう意気込み、毛布をめくり、ソファから起き上がる。
すると風の音に紛れて、久しく聞いていなかったドアノッカーの音が聞こえる。幻聴でなければ来客だ。
こんな寂れた山脈に何をしに来たのだろうか。まぁようやく立ち直りかけてきた所なのだ。丁度良い。
俺はドアを開けて、客人を招き入れた。
──────────
嗚呼、きっと私は山を舐めていました。
寒さによるデバフで体力がゴリゴリ減るのを見て私はそう思い知ります。
雪で足を取られて中々進め無いのは仕方ないでしょう。
鈴の音にビビらない熊がいても肉になるからオーケーです。
クレバスはギリギリ許しません。目印があるって聞いたのに、落ちて何時間も取られる事になるとは、完全に騙されました。
雪崩は本当マジありえないですね。人が肉を上手に焼いている時に、いきなり音を響かせてやって来て、回避する間も無く私を飲み込みやがりまして。
ようやく雪の中から出たらよく使われるルートから外れていたらしく、めちゃくちゃ迷いました。
そんなこんなで、時間を取られまくった結果、雪でずぶ濡れの装備のまま、突き刺さるような寒さの外を歩く事になっています。
一番の問題は視界が吹雪で真っ白なので、もうすぐ凍死しそうなのに自分が何処に進んでるのか分からないことですね。
少なくとも方角は確認しているので同じ所をぐるぐるして無いのは幸いでしょうか。
HPゲージが二割を切った頃には吹雪が少し収まって、視界も少し回復してきました。ついでに体の震えも収まり始めます。
でも視界が良くなったおかげで、デスルーラを回避出来そうなものを見つけました。
山小屋です。
半分埋まった「ここから西に山小屋あり」と書いてある看板に気が付けたのは幸運と言えます。私は方角を何度も確認しながら西に進みます。
雪をかき分けてしばらく歩いたら、雪に埋もれかけの山小屋がありました。
確かに埋もれかけていますが、入り口付近はしっかりと雪の上に出ています。
これでこれで何とか助かりそうですね。
近づいてドアノブに手を掛けて開けます。
しっかりドアノブを握って回して開けます。
両手で思いっきりドアノブを掴んで思いっきりあけます。
開きません。
これはあれですか、夏の間だけ営業してる山小屋ってやつですか。
冗談じゃありません。山小屋の前にして凍死するなんて間抜け過ぎます。
多分焦りで上手く動かない手でガチャガチャやってる間にも、ジワジワHPが減っていきます。
残りのHPは一割、赤く点滅して自己主張が激しくなってきました。
なんで開かないのか、ダメ元でピッキングでも試してみようかなと思い始めたところ、ドアノッカーがついているのに気が付きます。
そう言えばプレイヤーホームなどは、呼び鈴に当たるものを鳴らさないと中には聞こえない事を思い出しました。チュートリアルでやりましたね。
まとわり付いた雪の隙間から金属の輪が覗いています。これでは吹雪の中訪れた人はドアノッカーの存在に気づけないでしょう。酷い初見殺しです。
冷たそうな金属の輪に触れても、何もを感じない手に気持ち悪さを感じながら、ドアノッカーを鳴らしてみることにしました。
──────────
入って来たのはずぶ濡れの厚手の外套を纏った女性。
今の自分からすると見上げるような形になっていて、その人間離れした青白い血色の悪い肌は、まるで雪女のよう。
招き入れた客人は、おもてなしをする前に救命措置が必要らしい。
踵を返し、暖炉に火口と燃料とファイアボルト叩き込んで着火。
ずぶ濡れの外套を脱がして代わりに毛布に包ませて、暖炉の前に客人を誘導する。
火が強くなるのにも時間が掛かるので、インベントリからホッカイロ擬きと持続回復系のポーションを出して渡しておく。これだけやれば凍死はしないだろう。
救命措置も一通り終わったので、この運の無いチャレンジャーに事情を聞く事にしよう。
(こんな寒い中はるばる……)
「エラー、声帯が設定されていません」
そう言えば、俺は挨拶もできなくなっていることを思い出した。
ありがとうございます。