ガラルスローライフ   作:太陽氏

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ガラルスローライフ

「ねえ、あんたガラル地方でスローライフしてみない?」

 

雪がちらつく2月の晴れた日、リビングに差し込む日差しの下で微睡んでいると、母親にそう声を掛けられた。

随分急な話だと怪訝に思いながらぼんやりと顔を向ければ、母親の前にはダイニングテーブルの上に置かれたPCがあり、そこにはガラル地方で暮らす親戚が写っていた。テレビ通話をしていたらしい。

詳しい話を聞くために、ソファから立ち上がって体を伸ばしてからダイニングテーブルに近寄る。先程まで一緒に膝掛けにくるまって俺の膝の上で眠っていたポケモンはソファの上に移動させておいた。

テレビ通話を覗き込めば、優しげな親戚達が手を振っていた。少し気恥ずかしく思いながら手を振り返す俺の後ろでつけっぱなしにしていたテレビでは、偶然にもガラル地方の新チャンピオン誕生の特集が流れていた。

 

 

すり鉢のような形で畑に囲まれた中央に先進的なバトルスタジアムが佇んでいる。

待ち合わせ場所に指定されたターフタウンのポケモンセンターの横でスーツケースの上に座りこんで、辺りを眺めていた。

 

親戚から、定期的に立ち寄っている別宅にしばらく行けないものの、事情があって長期間空き家にしたくない。しばらくの間、誰か家を借りてくれる人を探しているのだが、もし良ければどうだろうか?と連絡を受けたのが2週間前のこと。ちょっとした留学と思えばいいのよという母親の言葉に楽しそうだね、と返してから話が決まっていくのはあっという間のことだった。

ここのところは準備に追われて慌ただしく過ごしていたせいで、正直なところガラル一人暮らしを始めるという実感と決心は未だ少々薄いところがある。今更後戻りもできないが、改めて考え直すと本当に大丈夫か心配になりはじめた。

そんな俺を安心させてくれという気持ちを込めて、膝の上に座っておやつを食べていたケーシィを抱き締めてため息をつくと、あっさりと俺の腕の隙間から擦り抜けてふらふらとどこかへ行ってしまった。エスパーポケモンのくせに心に寄り添ってくれない冷たいやつだ……。

 

ケーシィが浮いていく先を何となく眺めれば、高い建物がなく見晴らしが良いおかげで、奥まったところにあるこの町の名物である地上絵も少しだけ見えた。まだ、詳細は聞いていないが、借りる家はターフタウンの近くにあるそうなので、落ち着いたら散歩がてらに見に行くのも良さそうだ。(ケーシィは俺を置いて先に見に行っているが)

都会ほど人が多いわけではない。けれども、観光名所があるからだろうか、活気のある町だ。地上絵の反対側を覗けば、今は冬だから畑の様子は物寂しいけれど、春や夏には青々とした風景を目にすることができるだろう。穏やかな町並みと風が気持ちがいい場所だなと思った。

周辺を散歩してきたケーシィがふわふわと浮きながら戻ってきた。まだ誰も来ていないことを見て、またどこかにうろつきに行こうとするのを掴んで引き留める。待ち人が来た。

サトルくん!とこちらに手を振りながら、優しげな笑顔を浮かべて歩み寄る女性は2週間前に連絡をくれた伯母だった。

 

「久しぶりね!一昨年に会ったから1年ぶりねえ。去年は会えなくて残念だったわ……。あら!電話のときから思っていたけど、やっぱりまた大きくなった?男の子はどんどん成長するわね~!」

「お久しぶりです、お元気そうで良かったです。身長はまあ少しだけ。最近は昔ほどはもう伸びないんですけど」

 

スーツケースから立ち上がって頭を下げると、横に浮いていたケーシィも俺の真似をして頭を下げた。そして、伯母さんの側にすっと近づいて、糸目を垂らしてにこにこと笑う。それを見た伯母さんがあらいい子ね~と笑いながらケーシィの頭を撫でた。撫でられた本人はご満悦な表情で伯母さんの周辺を浮いている。

しばらくケーシィを撫でた後に、さて、と伯母さんがこちらに向いて、パンと手を打った。(それを真似してケーシィも手を合わせた。久しぶりに猫可愛がりしてくれる相手に会って、可愛こぶっているようだ。目論見通りに、あらまあケーシィちゃん可愛いわねえと伯母さんがにこにこと笑っている)

 

「早速だけど向かいましょうか!サトル君とケーシィちゃんの新しいお家に!」

 

近所に歳の近い人でもいるのだろうか、新しい友達もすぐにできるわよ!という言葉と共に、新しい家へと歩き出したのだった。

 

 

伯母さん達とのんびりターフタウンを抜けて、町の端を流れる川を越えて、そして、5番道路と呼ばれる道に入った。真っ直ぐ続く道の遠くに橋が見え、その手前には家があるようだ。あれか?と思っていたところ、道の横の林に向かって伯母さんが柵の間を抜けていく。

 

「えっ、そこに入るんですか?」

「そうよ、川沿いからでも行けるんだけど、坂がきついからこっちから行くのが楽なのよ~。あ、全然大丈夫よ。そんなに遠くないからね」

 

いきなり道を外れ出した伯母さんにケーシィ共々唖然として立ち止まっていたが、こちらの驚きに気が付いていないのかそれとも気にしていないのかは分からないが、彼女は先に進んでいってしまい、すぐにその姿は木の影で見えなくなってしまった。ついて行かない訳にもいかず、柵の間を通り抜けて林へと歩き出す。見晴らしの良かった道路とは違い、林の中は少し暗くて、わずかな距離しか歩いていないのに何とはなしに道路にいた時よりも静かな気がした。ただ、全く光が入らないわけではなくて所々に木漏れ日が差している場所もあり、穏やかでどこか居心地の良い暗さを持っていた。伯母さんの後を歩いてほんの2、3分経った頃だろうか、木々が開けた少し先に石でできた塀が見えて、そしてすぐに煉瓦造りの一軒家が姿を現した。

 

「ここが新しいお家よ」

 

お疲れ様、とこちらを労ってくれる伯母さんの横に立ち、家を見上げた。2階建ての大きな家は煉瓦が少し煤けたような色合いをしていて年月を感じられた。白い石塀も新品のような白さはないが、汚れた感じはせず、こまめに手入れされているだろうことが見てとれた。石塀の黒い門扉を開けた伯母さんに続いて敷地の中に入れば、玄関横にある小さなテーブルと椅子が置かれた屋根付きのテラスが訪問者を迎えた。我が家はもちろん、近隣の家でもあまり見ない屋根付きテラスにおおっと歓声を上げて近寄れば、ケーシィも嬉しそうに歓声を上げて小さなテーブルの上に座った。

 

「ふふっ、先にお家の周りを見ちゃいましょうか。2人ともそんなに喜んでくれると案内しがいがあるわね」

 

微笑ましげにこちらを見る伯母さんに少し気恥ずかしい気持ちになりつつ、はいと返事を返せばテラスとは反対側の家と石塀の間へと手招きされた。

玄関横にスーツケースを置き、伯母さんの側に向かうと家の奥には幾つかの木や植物が植えられている様子がちらりと見える。家と石塀の間にあるスペースを抜けて、裏庭の入り口に立てばその全貌を見渡すことができた。広い庭には2つの小さい(といっても家庭菜園と思えば十分な広さがあると思う)畑があり、片方の畑には既に何かが植わっている。そして、畑の向こう側、庭の奥近くには3本の木があり、幾つかきのみを実らせている。他にも茂みのような低木やプランターがあり、蛇口の周りにはバケツや道具入れなど色々なものが置かれていた。

 

「庭広いですね!俺、広い庭に憧れあるからちょっと嬉しいかも。家庭菜園はやったことないんですけど大丈夫かな。ケーシィ世話してくれる?って痛い痛い」

 

ケーシィにふざけて話を振れば、お前がやれとでも言うようにぐにぐにと頬を押された。

 

「ごめんなさいねえ、実は私もあまり詳しくないから教えてあげられないんだけど、ここはお庭のことに詳しい子がいるからその子に聞けば大丈夫よ!後で紹介するわね。それに困ったことがあればいつでも電話してくれていいし、ターフタウンにはお花屋さんがあるからそこで聞いても色々と教えてくれると思うわ」

「じゃあその人に聞いて何とか頑張りますね。近所に誰か住んでるんですか?」

「今は秘密よ!最後のお楽しみにしていて」

 

くすくすと笑って次はお家の中を案内するわね、と伯母さんは歩き出した。先ほども言っていた新しいお友達のことだろうかと思うけど、周囲の林を見渡しても近くに家があるようには見えない。どんな人だろうと考える中、ふともしかして?と淡い妄想が脳裏を過ぎる。同じ歳位の植物が好きな女の子、庭の手入れを教えてもらう間に親密になる可能性……。

エスパータイプだからか付き合いが長いからかは知らないが、こちらのおおよその考えを察したケーシィが呆れたと言わんばかりのため息をこちらに聞かせるようにシィーとつく。くだらないあり得ない妄想だと分かっていても、人間はチャンスが有ればついそういう妄想をしてしまう生き物なんだ。だからそんな眉を寄せたような目で見るな、顔を覗き込んでよく聞こえてるように二度目のため息をつくな!やめろやめろ!

 

玄関を開けた伯母さんから鍵を受け取って、とりあえずシューズラックの上に置く。シューズラックの上は鍵を置けるような小物入れと何匹かのポケモンと数人の男女が写っている、少し古そうな写真が飾られていた。スーツケースをラックの側に置いて、家の中を見渡した。玄関から向かって右にはダイニングとキッチンがある。ダイニングにはぎりぎり4人が席につけそうな大きさのダイニングテーブルとテーブルを挟んで2つの椅子が置いてあった。その奥にキッチンがあるのが見えている。そして、キッチン横の2階に続く階段を挟んで広めのリビング。屋根付きテラスと畑に繋がるガラス張りの大きな扉に挟まれていて、中央にはテレビとソファが置いてある。

 

「まずはキッチンからね」

 

案内をする伯母さんについて回り、居心地の良さそうなリビングを見回したり思わぬ広い風呂に歓声を上げて、俺とケーシィはしばらくお世話になる家の探索を楽しんだのだった。

 

 

 

「……伝えておかないといけないことはこんなところね。他に気になるところはあるかな」

「ん、大丈夫です。ありがとうございます」

 

長い間話していたから、ようやく話がひと段落したところで、お互いに紅茶を飲んでひと息いれた。

家の中の案内が終わり、この家に住むにあたっての話を事前に聞いていたことも含めて、改めて伯母さんから話を聞いていた。ダイニングにある壁掛けの時計を見れば、いつの間にか夕方近くなっていて、思っていたよりも時間が経っていたことに気がつく。薄く光が差し込むリビングのソファで眠りこけるケーシィを眺めながら、もう一杯と紅茶に口をつけた時、伯母さんがこの話を引き受けてくれてありがとうね、とぽつりと溢すように話した。思わぬ静かな声に少し目を見開いて伯母さんに顔を向けると、彼女もケーシィを眺めていた。その横顔を眺めれば、今までは分からなかった疲労が伺えた。先程まではずっと明るい口調でいつものように振る舞っていたから、気がつくことができなかった。

 

「私達、この話をサトルくんが受けてくれてとても感謝しているのよ。色々と面倒なことをお願いしてしまったし、……そんなことにはならないで欲しいと思っているけれど、大変なこともあるかもしれないわ。困ったことや、いえ、困ってなくてもあなたの様子を聞ければ嬉しいわ。いつでも連絡してね」

「分かりました、何かあったらすぐ連絡するようにします」

「ええ、何なら毎日電話をくれてもいいわよ!」

 

そう言って、いつものように笑った伯母さんは外から夕日が差し込む様子を見て、そろそろねと立ち上がった。

 

この家に着いたのは昼頃だったのに、もう夕方かと玄関前で空を見上げる。まだ暗くはないが、冬の日の入りは早いからあっという間に暗くなるだろう。伯母さんも同じように上を見上げていた。何かを探すように周囲を見渡した後、ピューーウと口笛を吹いた。

 

「外にポケモンでも待機させてたんですか?」

「あら鋭いわね!サトルくん、私達から最後にサプライズプレゼントよ~」

「えっ俺にプレゼント?」

 

外で待たせていた自分のポケモンを口笛で呼んで帰るのかと思ったが、思わぬ返事に戸惑って伯母さんと上を交互に見上げていると、後ろからバサッバサッという翼が羽ばたく大きい音がした。驚いて勢い良く後ろを振り向けば、ズンっという重い音と共に割と間近に着地したポケモンの羽ばたきで顔に思いっきり風が当たった。ごおっという風が音を立てて俺の髪の毛が全部後ろに流される中、抱いていたケーシィがぶふっみたいな滅多に聞かない声をあげる。そして、目の前に降り立った2m超えの大きいポケモンがこちらを見て勢い良くガアッと鳴いた。

 

「あ、アーマーガア……」

 

ガラルの誇る巨鳥。至近距離で対面した実感として思うことはとにかくでかい。自分の身長も幅も優に越す姿は強者の威圧感があり、更に夕日を反射する、明らかに硬そうな黒い身体がそれに拍車をかけている。その大きな鳴き声は威嚇じゃなくて挨拶してくれたんだよな?そうなんだよな?

明らかにケーシィより強そうなポケモンの登場とサトルくんへのサプライズプレゼントという言葉が脳内で紐付き、思わず遠い目になってしまう。バッヂ1つしか持ってないんだが。

 

「サトルくんの新しいお友達よ!」

 

アーマーガアって言うの、ガラルで有名なポケモンなのよ知ってる?と話す叔母さんにあっアーマーガアタクシーが飛んでるのは見ました……と気の抜けた返事を返しながら新しいお友達を見上げれば、厳つい顔でじっとこちらを見つめていた。

 

「この子は夫のポケモンなの。いつもこの家で暮してくれていてね。私達と電話した時にお世話して欲しい子がいると言っていたでしょ?」

「あ、ああ~……言ってました。……言ってましたね」

 

ガラルに行くことが決まった後、最初の連絡以降も何回かテレビ電話でやり取りをしていた中で、家に叔父さんのポケモンが管理人代わりに暮らしており(人の管理人もそれとは別に定期的に来ているらしいが)、その子の面倒を見てやって欲しいという話は聞いていた。聞いてはいたけど、こんな強そうなポケモンだとは思わなかったのだ。具体的に言うとイエッサンとかラッキー的なポケモンを想像していた。とっても賢くて優しい男の子だから安心してね、ガアちゃんも新しいお友達を楽しみにしていたのよ、という伯母さんの言葉にそうなの……?とアーマーガアの顔を見るが、相変わらず威圧的な顔にしか見えず、初対面の俺には彼の気持ちは分からなかった。

伯母さんが上着の内側からボールを投げてファイアローを出した。ファイアローとアーマーガアがお互いの顔を寄せて親しげに挨拶をし合っている間に、いつでも連絡してね!元気でね!と俺とケーシィを抱きしめると彼女は颯爽と相棒の背に乗り、そして、ファイアローが助走をつけて飛び立つとあっという間にその姿は家の屋根を超えて上昇していった。

 

「サトルくん、ガラルを沢山楽しんでいってね!」

 

そして、空からガアちゃんよろしくねとアーマーガアにも声を掛けると、伯母さん達は去っていってしまった。

飛び立つその姿を見上げて手を振りながらも、内心は未だに呆けたままの俺をケーシィとアーマーガアが覗き込んでいる。

こうして、わくわくと不安でいっぱいのガラルスローライフはどちらかというと不安が少し多めに、初対面の同居人との顔合わせから始まったわけである。そして、お花を育てるのが上手な近所の可愛い女の子の幻想は消えた。

 

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