三人で横転した車を元に戻す間、ほむらの思考は先程の巨大生物に占められていた。
(いや・・・いやいやいや、何なのあの生き物)
あれは生き物と呼んでいいのだろうか。というか、おぼろげなフィールドでアレなら渚カヲルの防御力は一体どうなっているのだろう。
(いいえ、そんなことより問題なのは、渚君が今何処で何をしてるかってことよ)
通常兵器で傷一つ付かず、核兵器もどきでもアレを殺せないなら、軍隊にはもう為す術が無い。
言うまでも無く自分が戦っても無駄なので、出来るのはアレの進撃からひたすら護衛対象を連れて逃げ回ることぐらいだ。
何故彼は出て来ない?
ほむらは彼以外に、この現状を打破できる存在が思いつかなかった。
「あの、葛城さん」
「何?」
「もっと遠くへ逃げた方がいいのではないでしょうか。」
重要なのは時間を稼ぐことだ。国連の非公開組織だか知らないが、アレに対抗する手段があるとは思えない。
「不安になっちゃった?大丈夫よん、今から向かう所は世界で最も安全な場所だから。」
「どうしてそんな事が言い切れるんですか、核兵器が直撃したのに死んでないんですよ?」
「それについては機密で教えられないの、悪いけど今は私を信じて頂戴。」
「・・・・・・っ!!」
「大丈夫だよ暁美さん、ミサトさんの言ってることは本当だよ。どうしてかは、僕も言えないし全部を知ってるわけじゃないけど・・・少なくとも闇雲に逃げたり、普通のシェルターに行くよりは安全なはずだから。」
護衛対象は葛城ミサト側についている。無理矢理引き離しても抵抗されるし、強硬手段に出れなくも無いが、その場合は彼の協力は絶望的となる。ついていくしかない。
「・・・わかりました、すみませんでした。」
「気にすること無いわ。さ、行きましょ。」
車が再び動き出す。遠くで、巨大生物が再び動き出すのが見えた。
-----ジオ・フロント
直径6キロメートル、高さ900メートルの巨大な『地底都市』であり、人類を守る国連非公開組織『ネルフ』の総本部はその中心部に位置する。
天井には特殊なパネルが設置されており、それにより建築物のみならず湖や森林等、殆ど地上と変わらない環境を作り出していた。
「すごい、本物のジオ・フロントだ!」
はしゃぐシンジを横目に、ほむらは絶句していた。魔女の結界も大概であったが、目の前のSF染みた光景とはスケールが違いすぎる。
「そう、これがあたしたちの秘密基地ネルフ本部。人類再建の要、人類の砦となるところよ。」
(人類再建?)
まるで一度滅びたかの様な物言いに引っ掛かりを覚えたが、ほむらは安堵する。
ここに来るまでかなりの高度を降りて来た、ここまでくれば心配要らないだろう。
やがて車はピラミット状の建物へとたどり着く。内部はこれまたSFチックな構造であり、ほむらは目を白黒させるばかりだった。
途中迷って内線を使って職員を呼びつつ、ほむら達は職員の休憩コーナーに訪れる。
「ほむらちゃんはここで待ってて。私たちはこれから仕事があるから、それが終わったら手続きに入りましょう。」
「わかりました、此処までありがとうございました。」
「気にすること無いわ、またねん。」
葛城ミサトと護衛対象、そして途中で合流した科学者、赤木リツコの三人は去っていく。
(仕事?・・・妙ね)
葛城ミサトは『仕事』と言った。
にもかかわらず、護衛対象を連れて行った。
つまり護衛対象を父親と再会させるのは仕事の一環、ということになる。
通常なら特に違和感は無いが、この状況下では明らかに不自然だ。
(仕方ないわね・・・後を尾けましょうか)
ほむらは女子トイレの個室に入ると、魔法少女へと変身。魔法で外側から鍵を掛けて、中に入っているように偽装する。
時間の停まった世界で、ほむらは歩き始めた。
シンジは父に再会すべく、ミサトとリツコに先導され、真っ暗な空間に案内されていた。
「何も見えませんよ?」
「今明かりをつけるわ。」
明かりがつくと同時に、目の前に巨大な顔が現れる。
「顔?・・・巨大ロボット?」
「人々が造り出した究極の凡用決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は秘密裏に行われた。我々人類の切り札よ。」
リツコが無機質な口調で語る。その視線は一貫してエヴァに注がれ、シンジの方を一瞥もしない。
「これが・・・父の仕事なんですか?」
「そうだ、久しぶりだなシンジ」
顔を上げると硝子越しに父がシンジを見下ろしていた。思わず心臓が跳ねる。
思い出すのは、駅のホームで泣いている自分を置いて、去って行く父の背中。そしてその先で待っていた----
嫌な思い出をシンジは内心で振り払う。あれから10年の歳月が流れた。シンジは何を話せばいいのか分からず、口を半開きにして固まってしまう。
「出撃」
そんなシンジの内面を余所に、自身の父親、碇ゲンドウはわけの分からない事を言い始めた。
出撃?一体何が始まると言うのだろうか。
「出撃!?零号機は凍結中でしょ?まさか初号機を使うつもりなの?」
「他に道はないわ」
「レイはまだ動かせないわよ、パイロットがいないじゃない。」
「今届いたわ」
「・・・マジなの?」
置いてけぼりのシンジに構わず、大人達は話を進める。
「シンジ君、あなたが乗るのよ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「え?」
「無茶よ!彼は何の訓練も受けてないのよ!?」
「今は使徒迎撃が最優先です。地上にいるあれを殲滅できなければ、人類は死滅することになる。それを阻止する為には、EVAとわずかでもシンクロできる人間を乗せるしか方法がないわ。わかっているでしょう?」
「・・・そうね」
完全にシンジは蚊帳の外であった。これに乗って戦う?何と?
「父さん・・・まさか、これに乗ってあの怪物と戦えって言うの?」
「そうだ」
「その為に僕を呼んだの?」
「そうだ」
「・・・何で僕なの?」
「今はわからなくていい、出撃しろ」
「い、嫌だよそんなの!無理だよ!」
直後、爆発がシンジ達のいた空間、ケイジに響いた。
「奴め・・・ここに気付いたか」
どうやらさっきの怪物が此処に攻撃を始めたらしい。つまりそれは一刻の猶予もない状態であることを示していた。
「シンジ君、時間がないわ」
「乗りなさい」
「冗談じゃ・・・・・・・・冗談じゃないわよ!!!!」
怒声がケイジに響く。
機材の物陰に隠れていたのだろうか、先程別れた少女、暁美ほむらが銃を構えて立っていた。
時は少し遡る。
ケイジ内の物陰に隠れていたほむらは、四人の会話を聞いて混乱の極致にあった。
(巨大ロボットで、パイロットで、人類滅亡で・・・・何?何が起こっているの!?)
すぐさま時間を停止させ、情報の濁流を整理する時間を作る。
(OK、落ち着くのよ私、まずは状況を整理しましょう)
まず、碇シンジの正体についてだ。彼は10年間ほったらかしにされていた父親に呼び出され、此処までやって来た。
彼の反応を見るに、このエヴァンゲリオンなる巨大ロボの存在すら知らなかったし、パイロットになることも知らなかったようだ。
次にあの地上の巨大生物、使徒について。
どういう原理なのかさっぱりわからないが、アレを殺さなければ人類は死滅するらしい。
通常攻撃では歯が立たず、核兵器が直撃してもピンピンしているようなデタラメ生命体だ。
次に巨大ロボについて。
使徒と戦うための兵器であり、わざわざ護衛対象を呼び出して乗せようとしていることと、会話の雰囲気から特別な資質を持った人間でなければ操縦することが出来ないと推察できる。
武装らしきものは見当たらない。
次にパイロットについて。
本来はレイというパイロットがいたらしい。が、理由は不明だが戦うことが出来ない。そして現状戦えるのは護衛対象のみである。
(・・・・・え?待って待って待って冗談でしょう!?)
つまり、たった今まで何も知らなかった護衛対象を、
操縦方法さえわからない巨大ロボットに乗せて、
核兵器喰らってもピンピンしてる謎生物と戦わせようとしているわけだ。
しかも失敗したら人類が滅亡するらしい。
(ど、どうしよう!?私は一体どうしたらいいの!?)
必死に自分が出来ることを考える。
戦わせる?
ほぼ間違いなく死ぬ→依頼失敗
護衛対象を逃がす?
戦う者がいなくなるので人類滅亡→必然的に護衛対象も死ぬ→依頼失敗
何もせず傍観する?
状況的に間違いなく戦わされる。無理矢理なのでさらに死ぬ可能性大→依頼失敗
依頼を失敗するとどうなる?
特にペナルティは決めてなかったが、依頼開始初日に護衛対象を死なせたことで、渚カヲルが何をするかわからない
ほむらは吐きそうになった。
次回予告
人の運命を司るのは神か偶然か? それは時の回廊を巡る永遠の謎かけ。 だが、シンジの運命を変えたのは、ほむらと呼ばれた謎の少女。 見滝原の闇の中で走り抜けた戦慄が、今ジオ・フロントに甦る。
次回「魔法少女(※以下略)」
福音を前に、少女が吼える。