少女達のいつかある日   作:緋色鈴

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-1- 灰色の受難
灰色の受難 前


やべー。

 

とてもやべーです。

とある国の一角で、一人の魔女が想定外の事態に恐れ戦いていました。

その魔女は街角の路地の隙間に身体を滑り込ませ、壁にぴたりと背をつけて曲がり角の先を窺いながら、冷や汗を流していました。

しかし彼女の淡い期待を裏切るように、その先に見える脅威は刻一刻とこちらへ近づいてきているのです。

 

嗚呼。やべーです。

 

そのような麗しい乙女にあるまじき心の声を叫び、そのせっかくの美貌が霞んでしまいそうなほど情けない姿を晒してしまっている・・・けれども、そんな中でもなお煌めいて見えるほど艶やかな灰色の、肩にぎりぎり届かない程度に切り揃えられたその髪型が超絶似合っている魔女とは、いったい誰でしょう。

 

そう、私です。

 

 

 

 

とある一件以来、少しは晴れ晴れとした気持ちで世界を巡ることができるようになった私が、あてのない旅を再開して早速の、この国、この町で。

私は早くも窮地に陥っていました。

「なぜ・・・なぜここにいるんですか」

私が戦慄の表情で見つめているのは、曲がり角の先、露店が立ち並ぶ人気の街道、賑わう人込みの向こうにちらちらと見える、黒い三角帽子です。

 

それは私の頭の上にあるものと全く同じものです。

かつて予備として所持し、これも何かの縁と思い譲り渡した帽子。

その帽子を被っているのは勿論、私がそれを渡した相手であり、既知の間柄とも言える一人の魔女です。

 

それはいくつもの露店に並ぶ食べ物に視線を奪われ、だらしない顔で品定めをしながら街道を練り歩いている、炭の魔女と名付けられた魔術統括協会所属の魔女の一人。

それは誰か、などと前置いてみても、そこまで絞ると最早候補は一人しかおらず。

サヤさんでした。

 

 

 

「くっ・・・やはり此方へ向かってきていますね・・・」

 

私は路地の隙間にぴたりと背中をくっつけ、焦りのあまり親指を口に当てながら呻いていました。

人込みの中で、黒い三角帽子の先端がひょこひょこと揺れながらこちらへ近づいてくるのが見えます。

私にとって、それは好ましからざる事態でした。

 

ここしばらくの私は、旅路の上で、そもそも人と関わることを避けてきました。

その理由については割愛させて頂こうかと思いますが、中でも、魔術統括協会にはなるべく特に関わるまいと注意を払っていた節があります。

果たしてそれは何故か。

理由は色々ありますが、中でも大きなものが一つ。

今だけは、いえ、今だからこそはっきりと申し上げましょう。

()()()()()()()()()()()()()のです。

 

・・・いえ、あえて弁明するならば、サヤさんが嫌い、とかそういう訳ではないのです。

むしろ彼女とは切っても切れぬというか、認めたくはないものの、不思議と奇妙な縁があるように思います。

まずもって、私の師匠の妹弟子の弟子ですから・・・言うなれば、従妹弟子とでもいうべき関係にあたるのでしょうか。

思えば意外なところで繋がっていたものです。

 

・・・しかし、それとこれとは別の話。

旅先でこうして出会いたくはない。そう思ってしまう理由が、今の私にはあるのです。

 

「へくちっ!」

 

などと考えていると、やたら特徴的なくしゃみが、意外なほど近いところから聞こえてきました。

それは紛れもなくサヤさんのもので、次いで、こんな声が。

 

「・・・ああっ、イレイナさんがボクのことを考えてくれている気がする!!」

 

ぞぞ。

思わず身震いをしてしまいました。

 

やべーやつがいます。

一刻も早くここから離れなくては。

 

私はより一層赤い危険信号を発し始めた己の直感に従って、迅速かつ静粛にその場を退却することに決めました。

心を無にし、空気の流れにさえ気を遣いながら踵を返して、私は極めて自然な動作で歩きだします。

土壇場で発揮した才覚といいますか、それほど完璧に気配を殺しながら動いてのける様は魔女というより、どこぞのスパイだとか暗殺者が如くだったと自負しておきましょう。

あとほんの数メートルで路地の角、そこを曲がってしまえば大丈夫。

そもそも賑わう大通りに対してこの薄暗い細道、この町の住人でもなければこの空間にも気づく方が難しいでしょう。

何か第六感的なものでも働かない限りは、あえて視線を向けることなどない筈です。

常人の感覚を超えた力でも発揮しない限りは、この瞬間に私に気づくことはない筈です。

なので。

 

「あっ・・・? あ、ああぁ・・・ああっ!!」

 

背後で、よく聞いたことのある声がしました。

信じられないものを見た、というような。

感動のあまり声が出ない、とでもいうような。

 

ぎくり、と私は凍りついたように足を止めます。

そして気まずい沈黙の後。

すぅ、と息を深く吸う音がしました。

音の出どころは真後ろ・・・察するに、大通りと路地を結ぶ地点。

・・・嗚呼、と私がその声の主を察して目を閉じたのは言うまでもありません。

次いで轟いた声は、道行く人が全員振り向いたであろう、大変迷惑な声量でした。

 

「イレイナさああああああんん!!」

 

・・・私はこの世の終わりのような顔をして、振り向くしかありませんでした。

 

 

 

 

「ああ!!やっぱり!!イレイナさん・・・イレイナさんだああああーーーっ!!」

そのサヤさんの喜びようといったら、それはもう。

泣き笑いに近い表情まで顔をくしゃくしゃにしたサヤさんは、感極まったという調子で駆け寄ってきました。

そこそこあったはずの私との距離を、あっという間に詰めてしまう軽やかな足取りでした。

そしてそのままの勢いで抱きつこうというのでしょう、サヤさんは両手を広げて私の方へダイブしてきました。

 

よけました。

「おっと」

「あっぶぁしゅっ!?」

私に衝突し損ねたサヤさんは宙へと身を投げ出して転び、奇声と共に地面に派手に衝突したのち、ずざざざと音を立てながら全身を石畳に磨り下ろされていきました。

うわあ痛そう。

 

暫し沈黙がありましたが、そのうち地に伏したサヤさんの顔の辺りから、ややくぐもった声が聞こえてきました。

「ひどいですイレイナさん・・・」

「いえ、受け止める自信がなかったもので」

仮に避けずにあんな勢いで抱きつかれていたら、私の方が転んで後頭部を強打していたことでしょう。

故にこれは起こるべくして起きた事故です、と私は自身の行いを正当化しました。

顔痛い、腕痛い、膝痛いーと散々呻きながらも、なんだかんだサヤさんも立ち上がってみせたので、多分大丈夫でしょう。

 

そして服の汚れを払っていたサヤさんは、私と目が合うや、気を取り直したようにぱっと笑顔を浮かべました。

タフだなあ、と私は他人事のように思いました。

「イレイナさん!お久しぶりです!!」

「・・・お久しぶりです。といってもそこまで経ってはいないように思いますが」

「何を言ってるんですか!ボクがどれだけイレイナさんに会いたいと思っていたかっ・・・分かりますか?!」

「いえ分かりませんけども」

凄まじい温度差ではありましたが、私とサヤさんの会話としてはおおよそいつも通りだったようにも思います。

ともあれ、出会ってしまったのなら仕方がない、と私は半ば諦めの境地に入っていました。

・・・もう間もなくその時が来るだろうとは思っていましたが。

 

「というか、イレイナさん・・・!」

と、サヤさんが私の肩あたりに向けて指を差しながらそう言いかけたので、ああやっぱり気づきますよね、と嘆息。

サヤさんは驚愕の表情で、その事実を口にしました。

「そっ、その髪型!!ボクと一緒じゃないですか!!」

 

嗚呼。

だからイヤだったんです。

 

つい癖で前髪をつまみながら、私は視線を泳がせていました。

そう、サヤさんと再会することそのものが嫌だったわけではありません。

問題は以前に顔を合わせた時から、私の外見の一部に大きな変化があったことでした。

 

とある騒動の被害を受けて、肩の辺りでばっさりと切られてしまった私の髪。

それは終ぞ戻ることなく、諸々の心境の変化もあって敢えてこのままにしていたわけですが、しかし。

思えばそれは、サヤさんのそれとよく似た髪型、と言われても否定できない長さに落ち着いていたのです。

勿論偶然の一致で、細かいことを言えば細部に違いもあるはずですが、私の元の髪の長さと比べれば誤差程度。

サヤさんがこういう反応をすることは容易く予想できましたし、その事でなんやかんやと事情を聞かれるのは面倒極まりない、と思っていました。

故に私は、そう、少なくとも元の長さに伸びるまでは顔を合わせるまい、と心に決めていたのです。

 

しかしその決意も空しく私はサヤさんと再会してしまいました。

まあ、見つかってしまった以上は致し方ない、と私は溜息をつきつつも現状を受け入れることにします。

・・・ただ天を仰ぐ私は、これからの事を想像し、こう思わずにはいられませんでした。

 

あー。疲れる一日になりそうですねー。

 

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