お留守番のほうきさん 前
絶句です。
わたくしは一人、ベッドの上でぽつんと座り込んでおりました。
わたくしは本来、魔女が空を飛ぶのに用いるほうきであり、普段はそうした物として扱われております。
しかしわたくしの持ち主たる魔女イレイナ様は「物に命を吹き込む魔法」というものを会得されており、どうしても自分以外に人の手が必要になってしまったときなど、緊急時にはこうしてわたくしにその魔法を用いることがあります。
そのこと自体に関しては、まったく異論は御座いません。
むしろ過去にそのような事があった時には、いずれもイレイナ様の身に関わる大切な役割を任されていたこともありまして、僭越ながら、此度もその類かと多少なり意気込んでおりました。
しかし今回のその用途、一時的に人の姿となったわたくしの役目は・・・あまりにも、あまりだったのです。
「サヤさんが来たら引き留めといてください」
その言葉だけを残して、イレイナ様は宿屋を出て行かれました。
あろうことかイレイナ様は、わたくしを身代わりにして一人買い物へ出かけてしまわれたのです。
・・・ええ、それに関しても異論は御座いません。
異論があるわけでは無いのですが、ただ、その時のわたくしの反応は然り。
絶句、で御座いました。
「イーレーイーナーさーん!」
遊び盛りの子供が近所の仲間を誘う時のような、弾んだ声が部屋の外から聞こえてまいりました。
イレイナ様の予測通り、サヤ様が朝一番にこの部屋へやってきたので御座います。
昨日の続きで国の観光か、それとも共にお買い物へでも出掛けましょうと、何かしらの誘いに来られたのでしょう。
鍵はかかっておりませんでしたので、あれっ、という声とともにその主は部屋の中へと転び出て来られます。
そしてサヤ様はわたくしへと視線を合わせ、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべかけました。
「イレイナさっ・・・・ん・・・じゃ、ない・・・」
流石というべきなのでしょうか。
髪の色以外がとても似通っていて、初めて目にした方はまず誤認してしまう容姿のイレイナ様とわたくし。
サヤ様はそれを一目で別人、もとい別物だと見分けたようでした。
やや苦笑いの表情でその反応を受けたわたくしを、サヤ様は上から下まで眺め直します。
そして眉根を寄せて首を傾けたサヤ様は、たくさんの疑問符を頭に浮かべておいででした。
「えーっと・・・あの、あなたどなたですか?イレイナさんのお知り合いですか?めちゃめちゃイレイナさんにそっくりですけど、なんでこの部屋に居るんですか?イレイナさんの追っかけとかですか?」
そしてその疑問符を全て語尾にくっつけて、わたくしに興味津々のご様子でした。
・・・イレイナ様の追っかけは貴方では?
と一瞬返しそうになった言葉をもごもごと口の中で訂正し、わたくしは自らの素性を明かします。
「わたくし、イレイナ様のほうきで御座います。イレイナ様の魔法により、一時的に人の姿にされております」
お辞儀をし、顔を上げたときには、サヤ様は大層感動した様子でその目をきらきらと輝かせておりました。
「はあーっ、そんなことが出来るんですか!!そして、ほうきさんですか!!はじめまして!!」
「はい、お初にお目にかかります」
厳密に言えばわたくしとサヤ様は初対面ではなく、それこそイレイナ様と同じ程度にサヤ様のことは存じ上げているのですが、この姿でお会いしたのは確かに初めてのことです。
「すごいですねー!ほんと!ホントに似てます!」
今度はたくさんの感嘆符を混ぜながら、サヤ様はわたくしの周りをぐるぐると回り、容姿がいかにイレイナ様そっくりであるかを語って下さいました。
少々こそばゆい感覚もありましたが、わたくしはされるがままに座ってその評価に甘んじておりました。
そしてひとしきりわたくしを眺め終え、堪能したらしいサヤさんはひょいと最初の立ち位置に戻って言いました。
「あのう・・・イレイナさんは何処に行ったのか知ってますか?」
「・・・」
当然の疑問を投げかけてきたサヤ様に対し、わたくしには表情を動かさないようにする努力が必要でした。
イレイナ様の厳命を思い出してしまい、多少口元が苦笑いの形になりつつあったわたくしは、頭を下げてそれを誤魔化すことに致しました。
「申し訳御座いません。わたくしは留守を預かっただけで、詳しい行先などは伺っておりません」
「あっ、そうなんですか」
ほうきさんが謝ることじゃないですよ、とサヤ様には笑顔で仰って頂きましたが、違うのです。
イレイナ様の行方を知らないのは本当ですが、たとえ知っていてもお教え出来ないのが、今のわたくしの立場なのです。
「う~ん・・・この国も結構広いですよねー、イレイナさん見つかるかな・・・」
と、探しに行こうか悩むような素振りをみせるサヤ様に、わたくしは内心で焦ります。
サヤ様ならおそらくは見つけてしまうでしょう、という根拠のない確信がありましたので、わたくしはそれとなく言葉を挟んでみることに致しました。
「それでしたら、こちらで少し待ってみては如何でしょうか?」
「はぇ・・・いいんですか?」
サヤ様はきょとんと首を傾げます。
「はい。イレイナ様もわたくしをここに残したということは、そこまで遠くへ向かうつもりはないということでしょうから」
「なるほどぉ」
魔女が飛ぶための物、それ自身の意見ということもあり、中々に説得力があったことでしょう。
サヤ様は「それじゃあ、お言葉に甘えて」と言って、すとんとわたくしの向かいの椅子に腰を下ろしておりました。
そうして同じ部屋にて向かい合い、一人の魔女を待つわたくしたちは、しばしの歓談の時間を過ごすこととなりました。
「いやあ・・・ホントにイレイナさんにそっくりですねぇ。どうしたらそんなに似られるんですか?」
「いえその、わたくしからは何とも・・・物は持ち主に似る、ということかと存じますが」
ははあ、とサヤ様は感嘆の声を上げておりました。
そしてふと何かに気づいたように口を開けると、確認するように言葉を一つ。
「ほうきさんって、イレイナさんとずっと一緒に旅をしてるわけですよね。当たり前かもですけど」
「そうなりますね」
「うぅ、いいなぁ・・・羨ましい・・・」
指を噛んで本当に悔しそうにしておられるサヤ様には、わたくしもつい乾いた笑いを返してしまいます。
しかしサヤ様の反応には、思わぬ続きが御座いました。
「でも、よかったです」
・・・よかったとは、いったい何のことで御座いましょう。
わたくしが首を傾げると、サヤ様は朗らかな笑顔でこう仰いました。
「一人旅をしてるイレイナさんも、いつでも友達には会えるんだーって思って」
わたくしはその言葉にどのような表情を浮かべ、どう返事をお返しするべきか、暫く迷うこととなりました。
確かに、旅路の上で暫し誰かと道筋を同じくすることはあっても、基本的にはイレイナ様は一人旅。
旧知の間柄にある人とは、会おうと思ってもすぐには会えない日々を過ごしておられます。
そんな中で、イレイナ様と最も古い付き合いにあり、いつでも最も近い場所にいるのは・・・サヤ様の言葉通り、わたくしということになるのでしょう。
ただ、それがイレイナ様にとって良きことだと言われたのは初めてで、わたくしは動揺してしまったのです。
わたくしが、それを肯定しても良いものなのかは分かりかねます。
・・・しかしここで、わたくしは物ですから、などと返すのは無粋であるようにも思いました。
そしてその台詞は何より、サヤ様がイレイナ様のことを想ってくれているからこそ出た言葉なのだと思えば。
一先ずわたくしが口にするべきは、ただ一つのように思われました。
「有難う御座います」
「・・・へ?なんかお礼言われるようなことしましたっけ・・・?」
柔らかく微笑み頭を下げた、そんなわたくしの胸中を知らないサヤ様は、きょとんとした顔を浮かべておりました。