それからというもの、サヤ様はイレイナ様が黙して語らないその旅路のお話を、わたくしから聞き出そうと躍起になっておりました。
今までどんな出会いと別れを繰り返してきたのか。
もちろんイレイナ様が敢えて話したがらないはずの話題は除いてではありましたが、その中でもサヤ様が面白がるであろう類のものを、わたくしは語ってみることに致しました。
ただ、わたくしもそのようなお話をするのは初めてのことでしたので、果たしてうまく語れたのかどうかは微妙なところです。
しかしそうしてわたしが言葉を選んでいると、サヤ様の方がそういえばこんなことがありましてと似た境遇を話し始めることで話題は自然と移ろい、その場に沈黙が訪れることはありませんでした。
・・・ふと気づけば、いつの間にか随分と長い時間が過ぎておりました。
そしてそれを意識した頃になって丁度、その時間に一区切りを告げる機会が訪れました。
「はっ・・・イレイナさんの足音です!」
足音だけでイレイナ様を判別できるサヤ様は一体。
え、とわたくしが呆気にとられる一方で、主人が帰ってきたのを察知した犬か猫の如く、サヤ様はドアの方に顔を向けておりました。
そしてその足音はわたくしたちのいる部屋の前で止まったので、どうやら本当にイレイナ様のようでした。
ところが、暫くそのドアノブが回る音は聞こえてきません。
待ちきれなかったご様子で、サヤ様がドアの向こう側に向かってよく通る声で呼びかけておりました。
「おかえりなさい、イレイナさん!」
と、再びの沈黙の後、いやにゆっくりとドアが動いて、そこから灰色の髪が覗きます。
・・・そのぎこちなさに、なんとなくイレイナ様が考えていることを察しましたので、わたくしも挨拶を一つ。
「おかえりなさい、イレイナ様」
「・・・ただいま戻りました」
ドアの隙間から顔を覗かせ、わたくしの表情を恐る恐る窺うようなイレイナ様の素振りが少々可笑しかったことを、ここに記しておきましょう。
サヤ様が探していたという件の詐欺師は、買い物帰りにイレイナ様が出くわしたので説得し、すっぱりと改心させたので一件落着・・・と、いうことになっておりました。
・・・どう言ったものか迷うところでは御座いますが、ここは黙して語らずというのが正解かと存じます。
結局、サヤ様はその日のうちにこの国を発ち、魔法統括協会に報告に戻らなくてはならないとのことでした。
かつても何度か繰り返されたやり取りのように、いやです一緒にいたいですー、と駄々をこねるサヤ様。
そしてイレイナ様は最早慣れてしまった風にその合切を受け流して、彼女を帰路へとつかせておりました。
またそのうち会えますから、という口約束。
しかしそこには、多分自然とそうなるでしょう、というある種の信頼が滲んでいるように、わたくしには感じられました。
そして、わたくしはもう一泊ここに滞在する予定だったイレイナ様と共にサヤ様を見送って、再び宿屋へと続く道を歩いております。
「・・・怒ってますか?」
と、なんだか気まずそうに尋ねてこられたのが、黙々と街道を辿り始めてから数分後のイレイナ様で御座います。
「いいえ、怒ってはおりません」
「ホントですか」
「ホントで御座います」
絶句はしましたが、という小言を添えてみたい気持ちを抑え、わたくしは淡々と頷いてみせることに致しました。
イレイナ様がわたくしへこの魔法を使うことに対して、複雑な気持ちを抱えていることは存じております。
わたくしとしては何れにせよ、そのようなことに配慮する必要はないと、かつてイレイナ様に告げた通りのままで御座います。
ちょっと安心したように、イレイナ様が微笑みを浮かべておりました。
「どうでしたかサヤさんは」
「どうとは」
「貴方は私そっくりですから、ほうきさあああああん、とか可愛がられませんでしたか?」
悪戯っぽく笑ってそんなことを言うものですから、そこまで見越した確信犯だったのでしょう。
しかしわたくしの回答は残念ながら、現実がイレイナ様の目論見からは外れていたことを示すものです。
「いえいえ、それは。サヤ様はやはり、イレイナ様一筋のようでしたよ」
「・・・・・・・・・あー、そですかー」
目が死んでおられました。
口元に手をあてて表情を誤魔化しつつ、わたくしはそこに補足を一つ。
「ですが、思いのほか会話は弾んでいたかと」
物であるわたくしにもサヤ様は分け隔てなく接して下さいました。
そして恐らくは、イレイナ様と過ごした時間が御家族の次には長いと思われるわたくしに、サヤ様はあれこれと話をせがみ、わたくしもそれに応じる形で、思いがけず楽しい時間を過ごさせて頂きました。
・・・とりわけイレイナ様の話に特に花を咲かせたことは、イレイナ様には黙っておきましょう。
「ふむ・・・」
それなら良かったですが、とイレイナ様は少し腑に落ちない様子でわたくしを見つめておりました。
なにか、と訊くより先にイレイナ様は一言。
「それにしては随分疲れているように見えますが」
虚を突かれ、わたくしは、つい苦笑を浮かべてしまいました。
「・・・・・・ええと、まあ・・・そうですね。否定は致しません」
イレイナ様のほうきである以上、その矜持として、決して不平や不満を持たず物らしく使われようとわたくしは心に決めているのですが、この時ばかりは不覚にも、ほんの少し弱音が漏れてしまいました。
そもそも物たるわたくしは本質的に『疲れる』という症状からも無縁であるはずですが、それでも、気疲れ、というものが肩のあたりに圧し掛かっているような気分ではありました。
「その・・・使っておいてなんですが、貴方が不調だと心配です。何かあったのなら手入れしますから・・・」
イレイナ様が申し訳なさそうに眉根を下げてそんなことを言うので、わたくしは一瞬嬉しく思ってしまったことを慌てて反省しつつ、首を振ってみせます。
「いえ、ご心配には及びません。原因は分かっております」
「原因?」
と、訊かれてしまえば答えざるを得ないことに気がつきました。
・・・この際、話してしまっても良いのかもしれません。
良い機会なので、わたくしは打ち明ける事に致しました。
「わたくし、物ですから、物の声が聞こえるというのは御存知ですよね」
「はい」
「では、サヤ様がイレイナ様へ熱烈な好意を向けておられるのも御存知ですよね」
「・・・はあ、はい?」
頷いたのか傾げたのか微妙な角度で、イレイナ様が首を捻ります。
反応し辛かったのかもしれません。また一見してつながりのないその二つに、なんのことやらというお顔でもあります。
わたくしはそこへ、もう一つの事実を付け加えます。
「ところでもちろん御存知かとは思いますが、サヤ様もご自身のほうきをお持ちなんですよ」
「・・・それはどういう・・・・・・あっ」
イレイナ様が口元を引きつらせました。
わたくしはしかつめらしく頷いて、それを肯定することに致します。
「マジですか」
「マジで御座います」
イレイナ様のように物を人間にでもしない限りは、明らかにはならない事実ではあります。
しかしわたくしからすれば、物が思い、考え、話すというのは当たり前のことで、日常でもあります。
そんな中でわたくしは、イレイナ様を前にした時のサヤ様にも似た、そんな言動をされる方を前にすると、たじたじとなってしまうのです。
そんな方・・・そういった物が、サヤ様の傍にはいらっしゃいます。
早い話。
物とは、持ち主に似るので御座います。
「・・・えっと、何と言いますか・・・知りたくはない事実でしたね」
「知ってしまったからには恐縮ですが、どうか今後ご配慮をお願い致します」
「そうですよね・・・とりあえず、今日はお疲れ様でした」
深く共感して頂けたらしく、とても神妙なお顔で頷くのが少し可愛らしいイレイナ様で御座いました。
そんなことを話しながら、わたくしたちは宿屋へと通じる帰路を辿ります。
イレイナ様とこうして話すのは、少し久しぶりのことでした。
敢えてその理由に触れるようなことは致しません。
・・・ただ、わたくしにかかった魔法の効力が自然と切れるまで、イレイナ様は飛ぼうと提案することはありませんでした。
買い物から戻るまでで良かったはずのイレイナ様の魔法が未だ続いているのは、もしかすると、イレイナ様もこのような時間が欲しかったのかもしれません・・・などと思うのは、少々不遜に過ぎるでしょうか。
そうして髪の色以外はそっくりな二人の少女は、夕日に照らされて長い影を伸ばし、並んで道を歩いていました。
その光景は周りから見れば、仲の良い友人同士か、はたまた姉妹か何かにも見えたかもしれません。
「今度サヤさんのほうきに魔法かけてみていいですか」
「絶対ダメで御座います」
・・・悪戯好きなイレイナ様は、きっと年下に見えることでしょうね。
失礼ながら、わたくしはそんなことを密かに思い、つい微笑んでしまうのでした。
このネタはそのうち被ってしまうんじゃないかな、と震えながらの想像で御座いました。ほうきさん書式って難しい・・・。
サヤさんのほうきさん、というキャラクターに想像は膨らむのですが、性格を匂わせる程度にしておきました。
元々あるものの擬人化となると解釈違いが凄そうなので・・・個人的には「お姉様―」とか言ってほうきさんに擦り寄って行く感じ。初対面に激突してますし。
イレイナとサヤが出会い触れ合うそのたびに、実はその隣でほうきさんたち物同士にも会話があったかも、とか思うと楽しいですね。 ほうきさん視点の物たちの会話はとても好きで・・・などと言っていたら、丁度供給があったり。