「おはよう、真理奈《まりな》」
仕事場で友達に出会う。
「真理奈、あなたはオペレーターよね?なんで受付に?」
「今日は出勤時間が少し遅めなんです。ですからゆっくりしようと思って」
「それなら部屋で寝てればいいのに」
「知り合いの無事を確認できるほど心安らぐ時間はないわよ」
笑顔で言っているが、嬉々には分かる。
この人もなにか、大切な人を失ったのだと。
この顔の裏には悲しさが詰まっているのだと。
「私がいるだけであなたが嬉しいなら私はずっといるわよ」
「名前の通り、あなたの近くにいると幸せになります」
「嬉しいじゃないの?」
「嬉しいが幸せに繋がるの。でも、いいの?受付にいたということは…」
「…!」
ここで嬉々が目的を思い出す。
「そうだった、仕事貰ってたんだ!ごめん真理奈、またあとで」
「ええ。しっかり帰ってきてよ?」
「正兄が帰ってくるまでは絶対死なないよ」
嬉々は信じていた。
正影は生きているということを。
オスの群れを退けたその日の朝、正影は集落の出口にいた。
穂香も一緒にいる。
「…本当に行ってしまうのか?」
「ああ。世話になったな」
何人か見送りに来ている人がいる中、長老と話す。
長老としては正影に残ってもらいたいようだ。
「世話になったなんてとんでもない。お主らがいなかったら今頃ここは全滅してた」
「あんたらはここに残り続けるのか?」
「もちろんじゃ。ここ以外に行く当てもないからの」
===================================
~群れ撃退後~
「お主ら、ロスだったのか?」
「俺だけだ。あいつはロスでもプロトでもないよ」
外にはオスの残骸が転がっており、ところどころで人がコアを取り出そうとしている。
撃退後、専用の武器を使っていたことはバレバレだったので正体がばれた。
「以前、全滅したと聞いたのじゃが…」
「俺もそれはつい1週間前に聞いた。だけどまぁ…」
「なんじゃ?」
「いや、何でもない。それより1つ聞く。何でここに残る?」
最初はたいして疑問に思ってはいなかったのだがやはり聞きたい。
このあたりに他の集落はない。
理由は簡単。
近くにオスが発生しやすい地帯があるからだ。
そんな場所に集落を構えている。
はじめは歩いて3日もかかるから離れているのかと思っていたが、今回のでやはり疑問が膨らんだ。
「どういう意味だよ?」
「押火、お前なら特にわかってるはずだ。ここは危険すぎる」
「…」
「ここから歩けばオスが頻繁に出現する地帯まで3日。はじめは3日もかかると思っていたが、たった3日だ。オゥステムからすれば1日かからない奴もいる。なぜ、もっと離れたところにしない?」
「…」
「プロトが沢山いるならわかる。だが、今は那倉さんたった一人。危険だ」
「すまねぇ、俺の口からは…」
長老のほうを見る。
言いたいことがあるようだが、話そうとしない。
「いや、言いたくないならいいんだ。あくまで忠告に過ぎないからな」
「申し訳ないの」
「だが、もう一つ疑問がある。那倉さん」
話を振られ顔を正影のほうにむける。
顔にはオゥステムの返り血がついており、見る人からみれば恐怖を感じさせた。
ちなみに、オゥステムには血が通ってるものといないものがある。
通っていないものが生きているということはわざわざ血を作らなくてもいいはずなのに、血が通っている奴がいる。
理由は不明だ。
「なんですか?」
「あなたはプロト。言っちゃ悪いがここに残る意味はないはずだ。今でこそおそらく政府の拠点には帰れないだろうが、はじめのうちは帰れたはずだ。違うか?」
「…ええ。確かに以前なら帰れました」
「なら、なぜ?」
「長老は…私の父です」
これを聞いて正影はだいたいの理由を理解した。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。
「…あなた失礼ですが、年齢は?」
「私は20です。父は93です」
長老が93歳。
とてもそういう風には見えなかった。
間違いなく見た目は80歳は過ぎているように見える。
しかし、それはおかしい話だ。
アクリス細胞に感染した人は25歳前後で体の成長(老化)が止まる。
それ以上の年齢だったらその時点で止まる。
長老は見た目が80で、甘く見積もっても70はいってる。
アクリス細胞によって身体能力が向上したとはいえ、寿命はほとんど変わっていない。
普通に考えれば130は軽く超えている。
ギネスは間違いない年齢になっているだろう。
「ありえないと思っていますね。ちなみに私は養子です」
「それは大した問題じゃない。その見た目、どう見ても80は過ぎてる。実年齢が計り知れないことになってるぞ」
「そういう病気なんです」
「なに?」
「いえ、病気というより普通だったというべきでしょうか。父はアクリス細胞が体にあるにもかかわらず、老化が進みました。結局80過ぎあたりから老化は止まりましたが」
レアに続きアクリス細胞による欠陥だ。
はじめこそ万能と言われた細胞だったが、完全な物はこの世に存在しない。
地球上すべてのアクリス細胞にかかった生物の身体能力は上がったが、このように特例もあった。
「そうか。気の毒だったな」
「正影さん、もしかして私がここに残った理由とこの現象、関係ないと思ってます?」
「あるのか?」
「…父はこの病気のせいで研究機関に呼ばれてたんです。私は嫌でしたが、父はその機関に行こうとしていた。そんな時に、首都が攻撃されました」
そこからは予想できるでしょ?と言って話さなかった。
おそらく、そのあと彼女たちは政府の拠点に逃げようとした。
しかし、その時の長老の年齢は80過ぎ。
体の老化がようやく止まったころで、筋肉等はアクリス細胞で強化されているといっても無理があった。
それでも必死に目指した。
だが、その途中で危険地帯の壁にぶつかったのだ。
「私は父が大好きです。ですから私一人だけ逃げるなんて絶対しない」
「そんな決意があったのか…」
「ワシとしては、この子だけでも幸せになってほしかったのじゃが」
「父さん、私は今でも十分幸せです」
「そうかの…」
この時の那倉の顔からは恐怖は一切感じられなかった。
感じられたのは父に対する愛情と、優しさ。
長老がやりきれない顔をする。
責任を感じているのだろう。
自分がもっと早く動ければ今頃政府の拠点にいて、那倉は平和に暮らせていたはずだと。
正影がその場を離れる。
「どこに行く?」
「俺はこういう空気、家族愛的なものがどうも苦手でね。疲れたし休ませてもらうよ」
「そうか。なら止めないが…明日本当に発つのか?」
押火としても正影には残ってほしいようだ。
当たり前だ。
こんな人材、世界中どこを探してもおそらくいない。
「ああ。そのつもりだ」
「考え直してはくれないか?」
「…妹が待っている。悪いが無理な話だ」
それを聞くと押火はそれ以上何も言わなかった。
====================================
「妹さんに会えることを願ってるよ」
「どうも。穂香、行くぞ」
子供たちと感動の別れを済ませた穂香が正影に近寄る。
せっかくできた友達と一日も一緒にいられないなんてやっぱり酷な話だ。
正影は思っていたことを尋ねる。
「穂香、本当にいいのか?残りたいならお前だけでもここに…」
「何馬鹿言ってるの、正影さん。家族が離れ離れなんて笑えない冗談だよ?」
「家族?俺がか?」
「当たり前。正影さんはどう思ってるか分からないけど私からみれば大切な家族だよ」
正影はやれやれとため息をついた。
しかし、その顔は笑っていた。
「どうしたの?」
「いや、お前もつくづくアホな野郎だなと思ってな」
「なんでよ?おかしいこと言った?」
「危険な道に自分から進んだんだ。十分アホだよ」
「そこは『ありがとう』って感動するところでしょ!」
跳ねながら講義する穂香をなだめながら長老の方を向く。
「じゃ、行くよ」
「気をつけてな」
「また会えるさ」
「お主は危険地帯を往復する気か?」
「いや、あんたたちがこっちに来るだろうよ」
驚きの顔をする長老。
自分たちのここに残る真意が読まれたのかと気づいた。
おそらく、正影が政府の拠点についた場合それは実現するだろう。
「それまで頑張れよ」
「期待して待つとするよ」
「おう。じゃあな」
正影は再び政府の拠点を目指すため、歩き始めた。
歩き始めてすぐ、正影が口を開いた。
「…穂香」
「なに?」
「ありがとうな」
一瞬、驚いた顔をした穂香だったがすぐに笑顔に変わる。
「どういたしまして」
何にもない砂地と平原が広がり続ける。
その地を歩き続けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「今日はここまでだな」
日が落ち始めたころ、正影は足を止めた。
長老から教えてもらった道のおかげでなんの障害もなく、進めた。
結果は予想以上だ。
「お腹すいた~」
「どれがいい?」
「カレー!」
「お前は本当にカレーが好きだな…。だが諦めろ」
「分かってるよ。でも正影さんの行きたいところにつけば食べられるんでしょ?」
「そうだな。それまでは我慢だ」
「はーい」
しゃべりながらテントの設置を進める。
1日建てなかったからといってできなくなることなんてない。
スムーズに済ませて火をたく。
今日のメニューは栄養補助食品と干し肉だ。
「干し肉なんて持ってたっけ?」
「貰ったんだよ、長老から。野菜とかもくれると言ったので貰ったが…」
あいにく、正影に料理のスキルなんて皆無だった。
肉は焼けば食べれるからと、多少は知っていたのだが野菜なんて料理したことない。
「ていうか、鍋とかそういう類のグッズも持ってないしな」
「それはそこらへんの岩砕いて作れば?」
「熱の通しやすさとかいろいろ問題あるだろ。まぁ、いくつか生で食べれるものもあるけどな」
そういいながらきゅうりを取り出した。
穂香は不思議そうにそれを眺める。
「それ何?」
「見たことないのか?」
「私、都市が襲撃に会った後生まれたから野菜とはあまり見たことないの」
「きゅうりっていうんだ。野菜は食べてこなかったのか?」
頷く穂香。
まぁ、確かに都市があんな状態で野菜なんて手に入るはずがない。
アクリス細胞がなければ栄養失調で死んでいただろう。
アクリス細胞がなければオゥステムもおそらく存在しなかったはずだが。
「食べてみろよ」
「どうやって?」
「どこでもいいから噛り付け」
不思議そうに眺めた後、噛り付いた。
シャキシャキといい音が鳴る。
大した設備もないはずなのにあの集落は大したものだ。
「どうだ?」
「…あじうすーい」
「栄養補助食品とかそういう類をよく食べてきたからだろ。それが野菜の生の味だ」
「ふーん」
味が薄いといいながらも食べ続ける穂香。
さりげなくおいしいと思っていたのかもしれない。
「ならこれでも食べてみろ。味がちゃんとするぞ」
そういいながらピーマンを取り出した。
「また緑?」
「ほら」
手でちぎり一口サイズにしたピーマンを渡す。
穂香は何にも考えずそれを口に入れる。
最初は普通に口に含んでいた穂香だが、顔がしかめっつらになる。
「にがーい…」
「だろうな。普通、それは生で食べないぞ」
「ひどいよ、正影さん」
「味はあったろ?ほらまだあるぞ?」
「食べないよ!」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。
それでもきゅうりは手放さないのだが。
「悪かったよ。ほら、代わりにこれやるから」
リンゴを取り出す。
おいしそうには見えるが残念ながら甘い香りはしない。
さすがにそこまでうまくは作れないようだ。
「さっきの今で信じると思う?」
「なら、俺が食うぞ?」
「いいよ、別に。私にはこれあるもん」
「じゃ、お言葉に甘えて…」
リンゴに一かじり。
正影自身、リンゴを食べるのは久しぶりだったがやはりうまい。
リンゴのこのちょうどよい甘さが何とも言えない。
匂いがしなかったのでまずいのかと思っていたが十分な甘さを持っていた。
「いや~、うまいな。リンゴは」
中が見えたせいか、甘い匂いが少し漂う。
穂香がチラチラとそれを見る。
しかし、ほしいとは言わない。
さっき自分が断ったので、言いずらいのだ。
「これなら全部食べられちゃいそうだなぁ」
「そんな…!」
食べたいという意思を表に出してしまったことに気づき、穂香が顔を赤くする。
「まったく、お前は会った時と全く変わってないな」
「会った時?」
「イノシシの肉をお前との交渉に使ってた時だよ。今のセリフ、全く同じだったぜ?」
初めて会った時を懐かしむ。
まだ1か月もたってないのだがそれ以上に前に会ったような気がする。
本当に濃い10日ほどだったのだ。
「ほら」
リンゴを投げて渡す。
きゅうりを口にくわえたままリンゴを手でキャッチした。
甘い匂いがしていたからか、何の迷いもなくリンゴにかぶりつく。
「…おいしい!」
「だろ。あともう一つしかないからかみしめて…」
正影の言葉を聞くことなくどんどん食べ進める。
アッと今に芯のみになってしまった。
「おかわり!」
「食料が勿体ねぇよ。また明日だ」
「え~…」
「きゅうり一本にリンゴ。それに栄養補助食品だぞ?十分だろ」
「はーい」
「よし。食べ終わったら寝るぞ。明日からは寝れないかもしれないからな」
「どういうこと?」
実は今の正影としては今日からでも寝ないで過ごすべきだと思っている。
危険地帯に近づいているのだ。
人が通れば必ずオスが現れるという危険地帯に。
だが、今日はあいにく昨日の夜戦のせいで、眠い。
ならば今日は寝て、明日からに備えるのが一番だろう。
2人いれば交代で見張りを立てるのだが、穂香は子供。
そんなことはさせたくない。
「私も交代で見張るよ?」
「馬鹿言うな。昨日、睡魔には勝てないって言ったばかりだろ?」
「う…」
「子供に夜の見張りなんてさせねぇよ。3日くらい寝なくても行けるさ」
「でも…」
穂香としても自分がお荷物になるのは嫌なようだ。
何かの役に立ちたいらしい。
「…分かった。ならお前は明日から10時まで見張りをしてくれるか?」
「10時まで?」
「1時間も仮眠できれば俺もかなり楽になる。だから、な?」
「わかった!」
明るい顔をして返事をする。
役に立ててうれしいようだ。
「さっ、もう寝よう。明日からは眠るのが遅くなるしな」
火を消し、テントに入る。
「ベッド、寝心地よかったなぁ…」
「それもあっちにつけば叶うぞ」
「本当?」
「ああ。だから後になれば寝袋もよかったなぁって思えるかもな」
「それはないと思うけど…」
穂香は寝袋に入った。
正影のだが。
「お前は自分の寝袋を広げることすらしなくなったな」
「結局こうなるんだもん。いいでしょ?」
「俺は構わないけどよ」
正影も入り、眠る準備をする。
最近は狭いこの空間にも慣れた。
「正影さん、おやすみ」
「おやすみ」
…。
「ねぇ、正影さん」
「お前からおやすみって言ったはずなのに、まだ10秒も経ってないぞ?」
「お願いがあるの」
「なんだ?」
珍しいわけではない。
穂香がお願いをするのは。
別に無理難題を押し付けてくるわけじゃないのだからたいていは聞ける。
「…その、パパって呼んじゃダメかな?」
「唐突だな。なんでだ?」
「昨晩の那倉さんを見て、羨ましくなって…」
穂香は自分の父親の顔も名前も知らない。
記憶があるころにはレアが保護者だった。
そんな子が親をほしがる。
「レアさんのいたころはレアさんを母親として接していた。でも、父親の変わりはいなかったの」
「…」
「別にそのことを何とも思ってたわけじゃなかったけど、那倉さんを見て…こみあげてくるものがあって」
「…」
「ダメかな?」
父親代わりになる。
別にそんなたいそうなものじゃないだろう。
穂香はもしかしたらただ、呼んでみたいだけなのかもしれない。
「…俺は15だぞ?」
「年齢なんて関係ないよ。それに正影さんは十分私の親といってもいいほどのことをやってる」
「した覚えはないぞ」
「いや、私のことをとても気にかけてくれてる。私は正影さんならパパでも構わない。むしろ嬉しい」
正影として当然のことをしてきただけだった。
だが、穂香にとっては違ったようだ。
「…分かった」
「いいの?」
「好きにしろ。パパでもお父さんでも何でもいい」
「ありがとう!」
穂香の笑顔。
何度見たかは分からないが、何度見ても軽いものとは感じられることはなかった。
「じゃ、さっそく。おやすみ…パパ」
「おやすみ」
2人は寝た。
最初に寝たのはもちろん穂香だった。
正影がふと見たその時の穂香の寝顔はとても嬉しそうだった。
見てくれている方々、ありがとうございます。
お気に入りは相変わらず1ということですが気にしません!
書きたいから書いてるんです(震え声)。
これからもよろしくです。