やっぱ、軌道に乗せるまでが難しいよね。
湊さんと今日のライブの最終確認をしていると、控え室の扉が開かれ、まりなさんが顔を覗かせる。
「紗夜ちゃーん。差し入れしたいって人が来たんだけど、“いっしき”って男の人知ってる?」
……いっしき。頭の中を探してみますが、いっしきと言う名前に聞き覚えはありません。
高校までは女子校だった為、男と言う事は大学に入ってから知り合った人の可能性が高い。それに、差し入れを持ってくるくらいなのだから、ある程度の面識はあるはずなのですが。
「いえ。すみません。私は知りませんね。他の人ではないでしょうか?」
人違いではないかと、周りに尋ねてみますが、湊さん達も身に覚えはないらしい。
「あれぇ? おっかしいなぁ」
まりなさんはそう言い、受付の方へ戻って行きますが、しばらくして、再び戻ってくる。
「やっぱり、紗夜ちゃんの知り合いで間違いないって言うんだけど……」
どういう事でしょうか?
自分で言うのもなんですが、Roseliaも相当有名なバンドになって来ました。ファンを比べたりという事は、あまりしない方がいい事は分かっていますが、私が知らないと言う事は、やはり偶にいる迷惑なファンなのでしょうか? Roseliaはファンの質が良いと言われていますが、1人も居ないとは言いきれません。
だからこうして許可が取れていない人には、直接本人が確認するのではなく、まりなさんが間に入っているわけですし。
そんな事を考えていると、まりなさんがその男性の特徴を話し始める。
「黒の癖のある髪で、結構鋭い目付きしてたでしょー。それから、凄い色白で、結構華奢な感じだったよ」
「!」
まりなさんの話した特徴に、酷く合う人が頭の中に1人浮かんだ。
「まりなさん。その人が名前を書いたという紙を少し見せてください」
「えっ? それは良いけど」
「ありがとうございます」
まりなさんから受け取った紙を見てみると、そこにはよく知った字体で、一色と書かれていた。
男性で、大学からの知り合いで、色白で、華奢な体。
そして──
「まりなさん。彼の名前、“いっしき”ではなく“にのまえしき”です」
私にとって、一番大切な人。
1度は紗夜に知らない人と言われどうなる事かと思ったが、次に受付のお姉さんが戻ってくると、許可を貰えた。何故だ。
まぁ、なんにせよ良かった。控え室に案内されると、入口の前に紗夜が立たっていた。
「それじゃあ、紗夜ちゃん。私ちょと準備あるから、あとよろしくね!」
「はい。ありがとうございます」
お姉さんはそれだけ言い残し、俺を紗夜へと受け渡す。
お姉さんが居なくなるのを確認すると、紗夜がズイっと顔を近づけてくる。
「近い近い。何? キスしたいわけ?」
「したいけど、今はそうじゃないでしょう。どうして色がここにいるの?」
おっ、予想以上の反応。紗夜の驚いた顔もなかなかレアだが、思考が追いついていない状況で、こうやって詰め寄られるのも新鮮だ。
「いやぁ、友達にライブチケットもらってさ」
「なら、事前に言うとかできたでしょう。まったく……」
「そこはサプライズってやつだよ」
「……言ってくれれば私が取り置きしたのに」
ボソッと紗夜が何か呟いた様だが、良く聞こえなかった。
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ。それより、フルネーム書く時は振り仮名ふったほうが良いわよ」
「は? なんの……あぁ、そういう」
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、ここに来る途中お姉さんに言われた「一さんって言うんですね」と言う言葉が繋がった。
言われた時は、何をいきなりと思ったが、そういう事か。ついでに俺の事について紗夜が1度知らない人と言ったのも理解出来た。
お姉さんは、俺のフルネームを苗字と勘違いしたのだろう。昔、特に小学生の頃はよくあった。
ただ、最近では名簿にも振り仮名がふってある事が多い為、そういう間違いをされる事もなかったから油断していた。
「てか紗夜。そのライブ衣装? 可愛いね。似合ってる」
「ッ〜! 馬鹿な事言ってないで入るわよ!」
「えっ、ちょ……」
まだ心の準備が。と言おうとしたが既に扉は開かれており、紗夜に腕を引かれ、控え室へと入る。
「あれ〜? どうしたんですか紗夜さん! 顔赤いですよ?」
そこには紗夜と同じ衣装をきた4人の少女達。そんな中、いの一番に声を上げたのは、紫色の髪をした少女。明らかに1人だけ女の子って感じの子だ。
「宇田川さん。そんな事はありません」
お〜、照れ隠し。家じゃ、大人の余裕を持ってる感じだけど、今日は年相応の女子って感じで、これはこれで良いな。
「それで紗夜。その人は?」
「湊さん。そう言えば、皆さんに直接紹介するのは初めてでしたね。彼は一色。少し前からお付き合いしている私の彼氏です」
え? あぁ、そう言えば、バンドのメンバーには付き合ってる事話してるって言ってた気がする。
「どうも、一色です。いつも紗夜がお世話になってます」
「はじめまして。ボーカルの湊友希那です。こちらこそ紗夜にはいつも支えられているわ」
すると、銀髪の子。湊さんがまずは代表して話しかけてくる。わぁ、この子敬語苦手なんだろうなぁ。ほんの少し聞いただけで分かるレベル。
「俺の方が年上だけど、敬語とか気にしないで話しやすい喋り方でいいよ」
「そう。ならそうさせて貰うわ」
「はいはーい! じゃあ、次はあこがしますね!」
何故か自己紹介をする流れになっており、もう既に一人称で半分フライングしている、先程の女の子が元気よく手を上げる。
「漆黒の闇より現れし、混沌を司る魔王! 宇田川あこ、さんじょー!」
これはまた。なんと言うか、その、個性的な自己紹介で。しかもドーンというセルフSEつき。
「ドラムの宇田川あこです!」
「うん。よろしく」
簡潔な紹介ありがとうございます。良かった。どうやら、そこまで拗らせているわけでは無いらしい。
「キーボードを担当してます……白金燐子、です」
あぁ、この人がアイツの推しの……
確かに可愛い。清楚系で物静かな感じ。世の男なら誰もが1度は通るであろう好みのタイプだ。
何より紗夜にはない、大きなものが……って、痛い痛い!
下を見ると、紗夜の足が、俺の足を踏んでいる。
「……紗夜さん。痛いんですけど」
「……今凄い失礼な事考えたわね」
わぁ、凄い。エスパーか何かかな?
「白金さんは、あまり男性が得意なタイプじゃないの。グイグイ行かないように」
「俺がお前以外の女にグイグイ行った事があるか?」
「……バカ」
今日の紗夜はよく照れるな。何時もなら「そうね」とクールに返しそうなところだが。やはり、周りに人が居ると居ないとでは違うか。
「あの〜。私も自己紹介していいかな?」
「え? あぁ、ごめんごめん。どうぞ」
そーっと申し訳なさそうに手を上げる茶髪の少女。こちらの方こそ申し訳ない。
「ベースの今井リサですっ」
うん。ギャルだ。最後に☆が付きそうな喋り方。見た目も去ることながら、The今どきのJK、JDって感じだ。
「色さんの話は紗夜によく聞いてるよ〜」
「へぇ、紗夜が?」
紗夜が俺の事を周りになんて話してるのか。気になるところではあるな。
「うん。例えば──」
「今井さん」
「あちゃあ、ごめんごめん」
しかし、その内容は紗夜のコホンと言う咳に遮られる。
この子は白金さんとは逆で、随分とコミ力が高いタイプだな。
「ところで紗夜とはどこまでいったの?」
そんな事をコソリと今井さんが聞いてくる。
「そりゃあ、付き合ってるんだしそれなりには。普通にセッ……痛ァ!」
紗夜の平手がパシン! と後頭部に飛んでくる。
何を言おうとしてるのかしら? とでも言いたげな目。目が全く笑っていない。
一方の今井さんは、顔を真っ赤にしている。え? 自分から聞いて来たのに?
ギャルらしい見た目とは裏腹に、意外とピュアらしい。多分根は真面目なんだろうなぁ。
「痴話喧嘩はすんだかしら?」
湊さんは相変わらずの落ち着きよう。無知なのかポーカーフェイスなのか。
……てか、俺は何をしているんだ。危うく目的を忘れるところだった。
「はいこれ、差し入れ」
俺はそう言い、持ってきた蓋付きのバスケットを紗夜に渡す。中には、お手製の唐揚げとポテトが入ってる。味は紗夜のお墨付きだ。
「……やっぱり、ポテトなんですね」
中を見た白金さんが、そう呟く。
「まぁ、紗夜が好きってのもあるが、他にもちゃんとした理由はある」
「私は別に、ポテトが好きってわけじゃ……」
「……何これ。紗夜はバレてないって思ってる感じ?」
「あはは。そうなんだよね〜」
紗夜の反応を見て、コソリと今井さんに聞いてみたら、そういう事らしい。紗夜さんよ。それはいくらなんでも無理があるじゃ……
「何をコソコソ話しているんですか」
「いや、なんでもない。まぁ、ともかく。唐揚げとポテトにしたのにはちゃんと理由がある。機械に油をさすだろ? 簡単に言えば、歌う前ってのは人間の喉もそれと同じだ」
脂が喉を潤すとともに、鶏肉に多く含まれるビタミンAが喉の粘膜を強くしてくれる。だから逆に、お茶などは良くない。喉の油分を取ってしまうからな。
「と、言う事で。はいこれ」
俺はそう言うと、魔法瓶を机の上に置く。
「これは?」
「ホットドリンク。ハーブティーに蜂蜜とのど飴を入れてる」
暖かい飲み物は緊張を解す作用があるし、蜂蜜は殺菌効果があったり喉の粘膜保護をしてくれる。
そんで、それが人数分の計5本。友人の話しでは、Roseliaは全員にソロパートがある曲もある。って言ってた気がする。正直あやふやだが、紗夜も家で歌を口ずさんでたし。……多分大丈夫だろう。
「わぁ! ありがとうございます!」
宇田川さんが「わーい!」と飛び跳ねている。喜んで貰えてなによりだ。
「ボーカルは喉が命だもの。感謝するわ。それにしても、随分と音楽に詳しいのね」
湊さんの言葉に、ドクンと一瞬心臓がはねた音が聞こえた。
「湊さん! それは──」
紗夜が慌てて止めようとするが、そんな紗夜の手をギュッと握る。
「……色」
大丈夫。少し驚いただけだ。なんてことない、あの事を湊さんが知ってる筈がない。湊さんにとっては単純に疑問に思っただけ。なんてことのない質問だ。深い意味はない。
「母親が音楽関係の仕事をしてるから、そこで得た知識だよ」
「……そう。なんにせよありがとう。有難く頂くわ」
嘘はついていない。変に諭されないよう、何とかして平常心を保とうとする。
「ああ。とは言え、本番前だ。食べ過ぎは気をつけること。特に紗夜」
俺はそう言い、ビシッと紗夜を指さす。
「それじゃあ、長居するわけにもいかないし、俺はここで。皆頑張ってね、楽しみにしてる」
宇田川さんや湊さんだけでなく、今井さんや白金さんからも感謝の言葉を受け、俺は逃げる様に控え室を出る。
控え室の扉を閉めようとした瞬間。バンドメンバーと楽しそうに話す紗夜の姿が映った。
あぁ。今の紗夜の居場所はここではない。あそこなのだと。
控え室と通路を繋ぐ扉が、俺のいる世界と紗夜のいる世界を分ける、1つの境界線に感じられた。
そんな時、ピコンと俺のスマホが鳴る。
なんだろうか。スマホを取り出し通知を確認すると、そこには一番大切な人の名前が表示されていた。
──馬鹿ね。貴方のもとから離れるわけないじゃない。
──だからちゃんと、私が何処か行かないようにライブ中、私の事を見てなさい。
──どんなにお客さんがいようと、私は貴方の事、見つけ出すから。
ははっ。参ったな。
ウチの氷川さんには全てお見通しらしい。
シリアスっぽいの書くのムジィ。
因みにバンドリ二次創作のバイブルは、本醸醤油味の黒豆さんとペンギン13さんの作品です。
バンドリ二次じゃ結構有名なお二方なんで読んでる人も多いだろうけど、まだ読んでないよ!って人は読んでみるのをおすすめします。
てか、なんで俺、前話から自分の他作品じゃなくて他の人の作品紹介してんだろ。