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宇田川さんの様に楽しそうに演奏するわけでもない。
白金さんの様に突出した綺麗な音が聞こえるわけでもない。
今井さんの様に派手なパフォーマンスがあるわけでもない。
湊さんの様な力強く美しい歌声があるわけでもない。
実際には凄いのかもしれないが、音楽にそこまで触れてこなかった俺からしたら、ライブ中、良くも悪くも、紗夜が1番無難だった。
ただ──
そんな紗夜から目が離せなかった。
他の4人がどんなに良い演奏を、歌を、パフォーマンスをしようと、俺の目には紗夜しか映らない。
今このライブハウスで、間違いなく紗夜が1番良い色をしていた。
そんな時、紗夜と目があった。
ほんのりと微笑み、その後みせたウインクに、心を打たれた。
紗夜と居ると、色が見える。あの時失った色が。
退屈な無色の世界を変えてくれるのは、いつだって紗夜だ。
実感する。俺の心は紗夜に満たされているのだと。
はっきり言おう。Roseliaのライブは最高だった。
最初は心臓に響くその大きな音に圧倒されたが、後半はそれも興奮へと変わっていた。
紗夜を待ってる間、いつもならスマホをいじるところだが、今日は違う。
ロビーの椅子に腰かけ、普段から持ち歩いているスケッチブックを取り出し、筆を走らせる。
ライブ中感じた熱を、色がまだ鮮明に残っているうちに。
こういう一瞬のインスピレーションを逃さない為にも、美術系に属する人は何か書くものを持ち歩いている事が多い。
そんな中、続々と帰って行くお客さんの会話が耳に入ってくる。
「今日の氷川さん、いつもとなんか違いましたよね〜」
「あっ、分かります! いつにも増してカッコよかったけど、その中に確かな可愛さもありました」
「私今日、右の方いたんですけど、こっちの方みてウインクしたんです! 流石に私にしたって事はないと思いますけど、かっこかわい過ぎて心臓止まるかと思いました!」
「えっ! いいな〜! 私リサちゃんの方いたんで見れなかったです」
ファン同士の交流だろうか?
脇を通り抜けていったそんな声に、ちょっとした誇らしさを感じる。
自意識過剰かもしれないが、俺の存在は紗夜にとって影響があるのだと実感する。今はそれが何よりも嬉しかった。
それにしても、演者が出てくるのって意外と遅いんだな。
既に俺以外の観客は全員いなくなっていた。
まぁ、それもそうか。これだけ人気。ファン達が居る時に出てきたらそれこそ大騒ぎだ。
そんな事を考えていると、奥の方から湊さん達が出てくるのが見えた。
「ライブお疲れ様。人生初ライブがRoseliaで良かったよ」
「ええ、ありがとう。そう言ってもらえて光栄だわ」
ライブ前に控え室で見た時の様な華やかな衣装ではなく、今はそれぞれの私服姿。しかし、そこに紗夜の姿はない。
「あれ? 紗夜は?」
「控え室に忘れ物をしてきたみたいで…… もうすぐしたら来ると思います……」
紗夜が忘れ物。珍しい事もあるものだ。そんな事を考えながら、答えてくれた白金さんを見ていると、ある事を思いつく。
「そうだ。白金さん、良ければサイン貰えないかな?」
「えっ……?」
俺がそう言うと、白金さんはどこか驚いた様な、そして焦った様な顔をする。
しまった。そんな白金さんの表情を見て、彼女が男性をあまり得意としていないと紗夜が言っていたのを思い出す。
「駄目、かな?」
「い、いえ…… 駄目ではないですけど。……私で良いんですか?」
「え? うん。白金さんのファンだから」
「そっ、そんな事言われても……氷川さんは……」
白金さんはそう言うと、明らかに困った顔をする。
しかし、紗夜? 何故ここで紗夜が出てくるのだろうか。なにか話にズレが生じている気がするのだが。
紗夜、紗夜。紗夜がいて、サインを貰えない理由…… ん? あぁ、なるほど。そういう事か。
「ごめんごめん、言葉足らずだった。実は友達が白金さんのファンでさ。それでサインが欲しいんだ」
恐らく白金さんは、俺が白金さんのファンだと勘違いしたんだろう。というか、誰だってそう思うに決まってる。これに関しては前提を話していなかった俺が悪い。
今回のチケットは友人に貰ったものだ。Roseliaのライブが俺に与えてくれたものは大きかった。それにアイツがこのライブを楽しみにしていたのは知っている。せめてものお礼がしたいのだ。
その事を伝えると、白金さんは「そういう事だったんですね」と甲斐甲斐しくサインを書いてくれた。
「あっ、紗夜さーん」
「皆さんすいません。お待たせしました」
そんな事をしていると、宇田川さんの声と共に紗夜も合流し、今日はその場で解散となった。
別れ際、紗夜からサーッと熱が引いていくのを感じた。
帰り道。なんら変わりのない紗夜との会話。表情も話し方も歩くスピードも、何1つとしていつもと変わらない。
しかし、普通の人じゃ絶対に気づかない紗夜の雰囲気の違いを、俺は感じていた。
多分こんな事気づけるのは、俺と、彼女の妹だけだろう。
知らないふりもできるが、こういうのは放っておくと後々面倒な事になる。あと少しで家に着くというところで、俺は紗夜に声をかけた。
「……紗夜。何かあったか?」
俺の言葉に、紗夜の足がピタリと止まる。しかし1度止まった紗夜の足は、何も告げることなく、スタスタと進んでいく。
まったく。分かりやすいヤツだ。
「待って。言いたい事があるならちゃんと話して」
咄嗟に紗夜の腕を掴むと同時に、コチラを振り返った反動で、キラリと紗夜の瞳から涙が零れたのが映った。
そして、その瞳がキッと俺の方に向けられる。
「どうして…… どうして、白金さんからサインを貰ったの! あんな嬉しそうな顔をして。白金さんのファンだから? 白金さんの方が可愛いから? ええ。確かに、白金さんの方が胸だってあるわよ! ……けど!」
紗夜はそういうと、俺を跳ね除ける。
「私を見てって、言ったじゃない……」
今にも消えてしまいそうなか細い声。その体は震えている。俺に対する怒りなのか、仲間に嫉妬してしまう自分に対する嫌悪感なのか。そんな事は分からない。
けど──
「俺は紗夜の事しか見てないさ。紗夜は1番、綺麗な色をしてる」
紗夜を離してはいけない事だけは分かった。
俺は再び紗夜の腕を掴み、体ごとこちらに引き寄せ、抱きしめる。
「馬鹿だな、紗夜。俺は今までもこれからも、紗夜以上の女性を知ることはない」
白金さんにサインを貰う所を見ていたんだろう。けど多分、声までは聞こえなかったんだらうな。他の人にも貰うならまだしも、白金さんにだけ貰ってるんだから。
その事を紗夜に話すと、紗夜な俺の胸に顔を埋め「バカ……」と小さな、くぐもった声で呟いてくる。
そして、ゆっくりと顔を上げ、いきなり俺の腕を掴み、家の方へと歩き始める。
「えっ? ちょと紗夜?」
しかし俺の声は虚しくも無視され、俺は紗夜に引っ張られるがままに進んでいく。
玄関を開け、何時もの様に適当に靴を脱ぐ紗夜。腕を引かれる俺も、咄嗟に靴を脱ぐしかない。
そのままリビングには目も止めず、寝室に入ると、紗夜は俺の事をベッドに突き飛ばした。そしてそのまま、馬乗りになった紗夜は、髪をかきあげながらネクタイを緩める。
こんな状態にも関わらず、その仕草に思わずドキリとしてしまう。
「貴方がそうやって無意識に女性を落としかねない事が分かったわ」
「いやいや、紗夜。いきなり何を──」
言いだすんですかね。と言おうとした言葉を妨げる様に、俺の口に紗夜が人差し指を押し当ててくる。
「だから、私からのサインは、貴方自身につける事にするわ。
……色。貴方の事、本当に愛してる」
その後の事など、話さなくとも分かるだろう。
ウチの氷川さんは嫉妬深い。