「紗夜ちゃんてさ、一さんと仲良いの?」
大学近くのカフェ。その近くを通りかかった時、そんな声が耳に入った。
見てみると、カフェのテラスで話す3人の女性。その中には、紗夜の姿もあった。
と言うか、咄嗟に物陰に隠れてしまった。別に悪い事をしたわけでもないのだが。
「何故、私が一さんと?」
「ほら、紗夜ちゃんって学外で一さんと話してるとこよく見かけるなぁ〜って」
まぁ、同居していて同じ大学に行くのだ。家を出る時間が被れば一緒に行く事なんてざらである。別に無理に隠しているわけではないので、目撃情報があがるのもおかしな話ではないが、付き合っていると公言していない状態で紗夜がなんて答えるのかは少し興味があった。
「てか、一さんって?」
「ほら、あの美術学部の」
「あぁ〜! あの画家の?」
「そうそう!」
紗夜以外の2人の話で、間違いなく俺の事を話しているのだとは分かった。
画家。確かにその通りだ。
「なんで既に画家なのに大学来たんだろ?」「スランプって雑誌の記事では見たけど──」「天才の考えることはよく分かんないよ」などと言う会話が耳に入る。
彼女達に悪意がない事は分かる。もう聞きなれた言葉だが、それでもあまり良い気はしない。
彼女達の疑問を紐解く事はできるが、それを説明するには時間がかかる故、ここでは割愛させてもらおう。
今はそんな事どうでも良いのだ。俺が聞きたいのは最初の質問に対する答え。
紗夜は俺をどう思っているのか──
そんな紗夜が、話に割って入る様に無理やり答える。
「別に、普通ですよ?」
「って、事があったんだけどさ……」
「あっはは、お姉ちゃんらしいねぇ〜!」
「いや、笑い事じゃないから」
「あっ、ごめんごめ〜ん」
そう言いながらも俺の目の前で笑っている彼女の名前は氷川日菜。
正真正銘、紗夜の双子の妹だ。
見た目は確かに似ているが、中身は180度真逆と言っていい。真面目な紗夜に対して楽観的な日菜。そんな彼女と、おれは今お茶をしていた。
先程の出来事を相談しようと思ったのだが、俺の周りで紗夜との関係を知っている人はあまり多くない。
今井さんとかはそういうの得意そうだが、最近知り合ったばかりだ。俺には些かハードルが高い。そもそも連絡先も知らないし。
結局そうなると日菜しか居ないんだが、コイツに恋愛相談してもなぁ。
まぁ、紗夜に関する話だし…… まともな意見を聞けることを期待したい。
「あっ、今失礼な事考えてたでしょ〜?」
「……いや。そんな事はない」
相変わらず無駄にするどいなコイツ。
「けどさぁ。それなら付き合ってる事言っちゃえばいいじゃん」
まぁ、ごもっともな意見だ。ごもっともな意見なのだが……
「いや、なんかここまで来たら言い出すタイミングがなぁ」
「えー、変なの〜」
こんな感じで日菜は思った事をズバズバと口に出してくる。故に相談相手としては向いてるようで向いてないような。一長一短な感じだ。
「けど別に気にする事じゃないと思うよ?」
「その心は?」
「だって、色くんはお姉ちゃんの友達の話聞いて嫌な気持ちになったんでしょ?」
「んー。まぁ、多少はな」
「それで、そこに割って入る様にお姉ちゃんが答えたんでしょ? それってつまりそういう事じゃない?」
どういう事だ? と首を傾げていると、「もー、鈍いな〜」と日菜が笑ってくる。
まさかコイツにそれを言われる日が来るとは……
「だって色くんが嫌な気持ちなる事なんだからお姉ちゃんも嫌な気持ちになるに決まってるじゃん。それに強引に話入るなんて下手したら空気悪くなる可能性あるし、お姉ちゃんなら普通やらないよ。私ならともかく」
「……自覚あるんだな」
「えっ! そこー!?」
「ははっ、冗談だ冗談」
俺が笑ってみせると「もー」と、頬を膨らませてくる。
「それにお姉ちゃん、私と話すといつも色くんの話になるんだよ? それこそ嫉妬しちゃうくらい」
日菜の小悪魔的な笑顔に、少しゾクッとする。
日菜は紗夜の事が大好きだからな。まぁ、ほんの少しだけ悪いとは思ってる。
ただ、それにしても──
「日菜、少し変わったな」
「えー? そうかな〜?」
「あぁ。ほんの少しではあるが、前より他の人の気持ちが分かるようになった」
「んー。自分じゃ、よく分かんないや」
天才という言葉は好きではないが、日菜の場合は間違いなく天才と呼ばれる類いの存在だ。故に、できない人の気持ちが解らない。他人の心情の機微に酷く鈍いのだ。確かに勘は鋭いが、それを共感する事が苦手だ。
ただ、そんな日菜と相談してみて、彼女が変わっている事を実感した。
「でもさ、それって今まで他人の気持ちが分からないって言ってない?」
「実際そうだろ?」
「えー! 色くん酷い事言うね」
「いや、さっき自覚してたじゃん」
「でも、それを相談に乗ってもらった相手に言う〜?」
「まぁ、それもそうだな。すまん」
「本当に悪いと思ってる?」
「ああ」
俺がそう言うと、日菜はニコリと悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ、今日は色くんの奢りね!」
「おまっ、……どおりで、こんな良い値がする所に呼ばれたわけだ」
まぁ、年下に払わせるわけにもいかないし、もともと相談のお礼として俺が払う予定だったので良いのだが。上手いことはめられた気分だ。
「ほんと、小悪魔みたいな女だよ。日菜は」
これがウチの氷川さんの妹である。
──おまけ──
翌朝。俺は歯を磨きながら、朝の星座占いを眺めていた。
俺の順位は5位。まぁ、可もなく不可もなくといったところ。
『残念。最下位はうお座のあなた──』
うお座。うお座ねぇ……
俺の隣りで同じ様にシャカシャカと歯を磨いている紗夜はうお座なわけなんだが。
「紗夜って、占いとか信じるの?」
「残念だけど、そんな非科学的なものは信じていないわね」
「同意見だ」
別に占い等が嫌いな訳では無いが、信じてはいない。UFOや心霊なんかも同じだ。
歯を磨き終え、テレビを消す。身支度を済ませ家を出ようとすると、紗夜もやってくる。
「待って。私も家出るから今行くわ」
そう言うと、珍しく紗夜が手を繋いでくる。
「どったの?」
「ふふ。今日のラッキーパーソンは大切な人らしいから」
紗夜は笑顔でそう言うと、ぴとりと肩を寄せてくる。
……可愛い。
占いというのもあながち悪くないかもしれない。
大学も始まって、最近忙しくてなって来てしまった。
本当に申し訳ない。