更新がとても遅くなりましてゴメンナサイ…………
そろそろと部屋の前に近寄り、さっと身をかがめる。
少しだけ開いた襖の間から中を覗くと、布団に横たわって規則正しく寝息を立てる白い頭が見える。側には食べ終わったものか、空の食器の乗ったお盆が置かれ、きっと食後のお昼寝を──
「気になるなら入りなよ」
「なぁーーーー!?」
べしんと前にひれ伏し、いきなり声をかけられたことで飛び跳ねた心臓を落ち着かせようと胸を押さえる。
「ま、匡近」
「伊織さん。静かにしてね、実弥寝てるんだから」
あっ……そっか。
ごめんね、という思いを込めて振り返ると、匡近はぷっと小さく噴き出した。
「何してたの?まるで好きな人に告白するタイミングを図ってるみたいだったけど……」
「はっ?ちちち違うわよ」
「あっそっかー。伊織さんは弟子に来たその日にボッコボコにして気を失わせて丸一日眠ってた実弥を心配してわざわざ俺がいない時を見計らって見に来てたんだっけ?」
「やーめーて!!」
図星を突かれたところで恥ずかしくなり、頭を抱える。「伊織さんも可愛いとこあるよね」と他人事な匡近には睨みを効かせながら。
「別に本人も気にしてないと思うよ。いつでも二人で話してみな?」
「……うん」
じゃ、俺は実弥の食器取りに来ただけだから。
抜き足差し足で実弥の横のお盆を取り、ささっと戻ってきた匡近。ふむ、あれくらいの気配には気付けるように指導しないとな……すやすやと眠る実弥の寝顔は、何だか赤ちゃんみたいで笑ってしまった。
「実弥とも仲良くなれるといいね♡」
「……」
チッ、と聞こえるか聞こえないかくらいの音量で舌打ちすると、匡近は「あはは師匠怖ーい」と笑いながら行ってしまった。
……また、謝りに行かないとな。
もう一度だけ襖の奥を振り返り、匡近の後を追った。
###
伊織のもとに来てから二週間が経った。
……のはいいのだが、怪我の治りが遅く、まだ一度も稽古をつけてもらえていない。
「早く稽古してェ、鬼狩りてェ……」
屋敷の空き部屋を一つ貰い、布団に寝ながら一日を過ごす日々だ。早く怪我を治すためにも絶対安静が言いつけられており、暇にも程がある。夜は匡近も伊織も任務の為不在で、眠れない日なんて無になって時が過ぎるのを待つだけだ。
「……あ、実弥」
ふと気付くと、伊織が襖の前で頭を覗かせていた。「入っていい?」と問われたので少し驚いてから頷く。
「えっと、おはよう」
「あァ」
「……体調、どう?」
改めて自身の身体を見下ろすと、二週間前に比べれば包帯の量も減ったし、痛みもほとんどない。日中の匡近の看護や、三日に一度やって来る医者の診察、薬が効いたのだろうか。
「大分楽になった」
「うん、来週くらいから稽古始められそうだね」
稽古、という言葉に背筋を伸ばすと、伊織はくすくす控えめに笑った。
「したいんだ?稽古」
「……当たり前だろ、その為に来たんだ」
そうだねぇ、うんうんと伊織は頷く。目を瞑ると長いまつ毛が白い肌に映えて、余計綺麗に見える──ッあァ、関係ねェ。ンな事。
「そうだ、稽古はつけれないけど、座談はできるよね?」
座談?
「そう。座談と言っても──呼吸について、とかね」
……匡近も言ってたな、そんな事。
霞の呼吸?やら風の呼吸やら。匡近の説明によると、
『全集中の呼吸っていうのは、肺をドキューンって広げて酸素をググーンって取り入れて力をバキバキに引き出すものなんだよ!』
らしいがさっぱり分からなかったので、伊織からの再説明があるととても有り難い。
「呼吸……正式に言うと全集中の呼吸、かな。全集中の呼吸っていうのは、圧倒的な力を持つ『鬼』に人間が対抗するための手段。この呼吸を習得すると、人間でも鬼と同じような身体能力を手に入れることができる」
鬼の強さは実弥も身を持って知ってるよね?──頷く。
「全集中の呼吸を習得しているとしていないとでは強さは明白。この間の手合わせも、ね。まぁそういうことよね……。でも!実弥はそんな呼吸法を知らずに鬼を狩り続けていたんでしょう?それはとてもすごいことだし、才能と言ってもいいわね」
だからきっと、全集中の呼吸を身に付けることができればより多くの鬼を軽々殺せるわ。
「この呼吸法はね、まず心肺を著しく増強させなければならない。一度に大量の酸素を血中に取り込む事により、体内の様々な器官を強化される。そうすれば、瞬間的にではあるけど身体能力を大幅に上昇させることができるの」
ね、すごいでしょ、と伊織は笑う。……そりゃァ、あんなにボロボロにされるよな。
「で、貴方にはそんな呼吸法を身に付けてもらいます。身に付けるまではかなりしんどいけど……鬼殺隊の隊員はほとんど全員が習得してるから、必須とも言えるものね」
「あァ、もちろんやる」
「そうこなくっちゃ」
あ、そうだ!と伊織は声を上げ、急いだ様子で部屋を出て行く。
もう一度戻ってきた彼女が手にしていたのは、『鬼殺隊教程』と書かれた分厚い紙の束。ぺらぺらと数枚めくると目当ての頁を見つけたようで、嬉しそうに笑いながら俺の前まで詰め寄る。
「『呼吸適正判別』!これやろう!」
「は?」
「適正呼吸を判別する、一種の材料だね」
「呼吸にはね、多くの種類があるの」
伊織は改めて正座し、その例を挙げていった。
「まず基本の呼吸が五つある。『水』『炎』『風』『雷』『岩』。各呼吸はこの五つから派生してできるんだ。私が使う『霞の呼吸』は、『風の呼吸』の派生ね」
だから風の呼吸が適正だと嬉しいんだよなぁ、と頬をかく。
そうか。他の水、炎、雷、岩の呼吸については、言ってしまえば門外漢だということか。風の呼吸……匡近が習得していた呼吸もこれだな。
で結局『呼吸適正判別』とは何かというと、一種の心理テストのようなものらしい。質問に対し、選択肢で答えるだけという簡単な仕様。
「じゃ、早速始めていい?」
「ん」
「行くよ!じゃあ、【己を突き動かすものは何か。】『衝動』『使命感』」
「……『衝動』?」
「うん、そんな感じで答えてってー」
「【新しい友を得た。それはどのような人物か。】『温和』『聡明』」
「『温和』、だな」
「【僅かに余暇を得た。君はどのように過ごすだろう。】『友との語らい』『食事』」
「『食事』か?」
「じゃあ最後!【信を置いていた部下が謀反を起こした。君は彼をどう評価するか。】『気骨は認めるが処罰』『酌量の余地なく悪』」
「『酌量の余地なく悪』。ぜってェ悪」
「おぉ、即答だねぇ。──おめでとう!適正呼吸は風の呼吸でーす!!」
「詳しく言ってみるとね、『暴風の如き激しい気性を持ち、己が目的のために他者を巻き込みつつ進む君者はこれだ。』『風の呼吸』……だって!」
……自分でもびっくりするくらい図星だった。怖ェ。
「どう?納得?」
「……あァ」
「ん!じゃあ風の呼吸か、ちょっと違うなってなったら派生呼吸の指導を方針にしていくね。わー、すごい参考になったなー」
ということは、もしかすれば彼女もこの判別を試したのだろうか。伊織も『暴風の如き気性』を持ってるとは想像しにくいが、──いや、想像できるな(一週間前の手合わせを思い出しながら)。
「よし、じゃあ来週から呼吸法の基礎から学んでいこうね。結構ビシバシ指導してくから、覚悟しときなさいよー」
今日はありがとうね、あと前はごめん。眉を下げながら伊織は腰を上げた。立ち上がり際、彼女の宝石のような瞳と目が合い瞬発的に目を細めてしまう。……相手は不思議そうな顔をしたけれど。
「いや、……こっちこそありがとなァ。色々、タメになった」
「──それはよかった!」
北小路伊織。最初は冷たいような人物像を想像していたが、今日話しているだけでもそれは真逆だったことに気付いた。普通に明るくて、普通に笑って、普通に楽しんで、普通の少女だった。
ほら、今の花が咲いたような笑みだって。
「あ、ところでさぁ。私家事できないから、この屋敷の家事は匡近に一任してるのよね。でも匡近だって鬼殺隊士で忙しいし、実弥っていう立派な弟弟子くんもできたわけだしさ?その、ね?」
これから、家事は実弥くんにしてもらいたいなー、なんて。
てへっと舌を出して笑った伊織。……この野郎。
主人公視点メインで書いていくと言いましたねあれは嘘です(土下座)
実弥視点の方が書きやすいですってことで基本実弥視点になります。でも冒頭みたいにたまに主人公目線とか挟みます。