司馬遼太郎風エヴァ「シヴァンゲリオン」   作:しゅとるむ

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第一話 セントラル・ドグマをゆく

 紫色の巨人が巨大な顔を目の前に晒して、眼下の地下深くまで屹立している。

「エヴァに乗れ、乗らないなら帰れ」

上方の司令所に陣取り、父はそう言うが、

(いずれを選ぶとしても、なかなか難しかろうな)

とシンジは密かに思っている。シンジの見立てる所、既に彼を呼んだ時点で父の腹積もりは決まっているらしい。

(あほうな、話じゃ)

 だが、言葉に出しては全く別のことを言った。

 

 父、碇ゲンドウは東北の産である。この地の人間はすすどく、過剰に寡黙で容易に心の内を見せようとしない。日本人の奇観であり、ある意味では典型であった。自然、シンジにもその血が流れている。

 

 以下余談ではあるが、筆者が東北に旅行した折り、当地で知り合った地元の顔役のような老人が言った。

「ゲンドウさんは、あれは牛ですな」

 なるほど今でも東北地方では、碇ゲンドウはゲンドウ"さん"なのである。

「牛というと、あの牛ですか」

「左様。牛頭天王(ごずてんのう)

 

 牛頭天王といえば、蘇民将来伝説や素戔嗚尊と習合した牛頭の疫病の神である。その容貌が余りにも魁夷故、女性(にょしょう)は恐れて誰も近寄らなかったが、やがて端無くも、龍王の(むすめ)を娶り、七男一女をもうけたという。八王子の由来である。と、何やらこの牛頭の怪神の逸話は、今日広く知られている碇ゲンドウの前半生にも似ている。牛のように見かけは鈍重だが、疫病の神ゆえ、祟られれば相応に恐ろしい。邪魔立てする相手を容赦なく皆殺しにして憚らないという。

 

 老人の言うには、ゲンドウの天下一統、補完計画の綿密さや執念深さにもその牛頭天王らしさが見られるという。

 それはともかく。今は、シンジである。

「そんなの出来る訳ないよ」

と言った時点で、シンジの思案としては、

(これは乗らずばなるまいな)

とまでは察している。これも"すすどい"東北の血であろう。察しは良い。

 既に、予備パイロットとして包帯に痛々しくくるまれた少女が移動式寝台に乗せられて控えている。

(なるほど、情に訴えるか)

 それはそれでよい、と思っている。

 

 遥かに後年の事になるが、朋輩のアスカという少女がこの時の話を聞いて、

「あんたバカァ?」

 つまりは見え見えではないかというのである。といって、アスカもシンジがその程度の計算も出来ない男だと思っているわけではない。アスカと同国のメッケルという少佐が日本陸軍に招かれ、関ヶ原合戦図を見、「西軍の勝ち」と厳かに判定したが、恐らくはアスカの心情もそれに似たものがあっただろう。

 アスカの見るところ、これは雪隠詰めである。

 形勢から、シンジに勝ち目は無いことは明らかだったからだ。アスカはそれをいくらか気の毒に思い、また一方では、シンジの牛のような勘ばたらきの鈍さをばかばかしく思っている。口に出しては「ばか」とだけ言った。

 

 このアスカという少女は、なかなか面倒見のいい性格で、影につけ(ひなた)につけ、なにかれとシンジの面倒を見てやったり、助言をしてやったりしていたが、あまりシンジには響かず、やがて止めてしまった。

 シンジにはシンジの考えがある。

(時勢というものがある。時勢に逆らうのはそれこそあほうらしい)

 

 シンジの考えによれば、父にもそれなりに綿密な目算があるようだが、といって、それはあくまで目算であって、やがては綻びもあろう。

(そこが、付け目よ)

 由来、計算高い人間は、足を掬われれば脆いものだ。それに父の弱点は見えている。

 あのレイという母によく似た少女だ。

(入れ込んでいるらしい)

 

 ゲンドウもすでに四十も半ばを過ぎている。妻に身罷られて以降、浮いた話の一つや二つほどは人並みに有ったようだが、それでも、親子ほどにも離れた相手に懸想するというのは尋常ではない。

(そこをつつくか)

 シンジの見るところ、熟柿のように、居ながらにして、たなごころに果実を得る機会が必ず来よう。

 

 

 朋輩のアスカは、シンジに何かれとちょっかいを掛けているうちに、苛々とは別の感情が芽生えたようだ。シンジはそれを知らないでもなかったが別に何ほどの感情もなく、考えを纏めるために時々、話し相手になっていた。

 直情的だが、頭がいいのは確かな様だ。

(他人が阿呆に見えて仕方ないのであろう)

 

 その証拠に「バカシンジ」としょっちゅう呼び慣わしてくるようになった。といって、阿呆と馬鹿とは違う、というのが昔日シンジに熱っぽく語って見せたアスカの持論だ。

「阿呆は自分が阿呆と分かっていないが、馬鹿は自分が馬鹿と分かっている」

ということらしい。

(なかなか面白いことをいう(むすめ)だ)

 

 シンジの周りにも密やかに春の薫風が漂い始めている。

 

 

 期せずして同居する事になったアスカに暮夜、「バカシンジ、頼まれた物よ」とノートを差し出された。

 シンジはこの所、この少女を前より好ましく感じている。会話のセンスがよく、打てば響くようにたちどころに気の利いた返事が返ってくる。さらには、昼間、背筋をピンと張って背伸びをする風情が、夜になり二人きり保護者を待つ部屋の中、緊張がやや解けるさまに年相応の少女らしさを感じる。

 

 アスカのしたためたノートにはエヴァ各号機の基本的諸元データがアスカの拙い日本語で書かれている。漢字は殆ど交じらず、創製した女性たちにちなんで平仮名が女手と呼ばれていた頃の文章を彷彿とさせる。ときたま、日本の書記言語に不慣れなあまり、鏡文字が混じるのもかえって愛らしい。

 中身はといえば、最高機密というわけではなく、パイロットなら知っていてもおかしくないレベルだが一応は機密だ。アスカはそれを欲しがるシンジに理由を聞くこともなく収集に協力してくれた。知っている事でも他人に伝えるならば、改めての確認、裏付けが必要となる。その点を手抜きする少女とは思えず、目に見えぬ苦労が偲ばれた。礼を言おうとして、シンジはふと考え込む。

 

「アスカはよく頑張っているよ」

 

 何とは無しにそう答えたら、アスカがバンと大きな音をたて立ち上がった。目の下の縁に一杯に涙を浮かべ、その涙滴が零れ落ちるのを堪えているかのようだ。

 

 遂には一言もなく、自分の部屋に立ち去った。

 

(…女とはむつかしいものだな)

 

 シンジは頭をかくしかない。

 

 

 シンジはこの頃、前後して何人かの知己と友人を得ている。

その一人とは、意外な顛末がある。ジオフロントの外れで天然の西瓜を育てる人物がいるという噂にふと興味を覚えて、シンジ自らが足を運んでみる事にしたのである。

 

(まさか狂人ではあるまい)

 

 果たして、その人物はアスカが来日する際に、途中まで同行した加持リョウジなる人物だった。

 

 この世界で西瓜など育てても益もあるまいという趣旨をやんわり言うと、

 

「さすが、碇シンジ君。手厳しいな」

 

と油断のない笑いを見せた。

 やはりこの人物の狙いは別にあるようで、恐らくはシンジの耳に入るようにあえて西瓜の噂をまいていたものと思われる。

とすれば、加持の方が一枚上手であろう。

 

 盛唐の詩聖、杜甫の詩に「一たび故国を辞して十たび秋を経たり 秋瓜を見る毎に故丘を憶う」とあるのを加持は引き、「もう俺の故郷はないんだ、セカンドインパクトでな。だがこの西瓜を育てていれば、故郷の丘をもう一度思い出せるような気がする」

 静かに呟いた。

「俺くらいの世代の人間は皆そうさ」

 

 だが、シンジの人間観察は甘さを出し渋るという点で、驚くほどにしわい。

「この西瓜は蹴鞠の鞠じゃないんですか?」

 

 シンジの冷静な問い掛けに、加持は一瞬だけ考え込み、

 

「俺は中臣鎌足という訳か」

 

 蘇我氏打倒を目指す鎌足は、中大兄皇子に蹴鞠の趣味で近付いたという。

 

「確かに君は我々の王子様だな、碇シンジ君」

 

 そして芝居がかった調子で、胸に手を当て一礼する。

 碇ゲンドウというネルフの「王」の存在を後景に置けば、確かに碇シンジという少年は王子となるのだろう。

 

「拝顔の栄に浴しまして、メイン州の王子」

 

 怪訝な顔のシンジに加持は苦笑し解説する。

 

「セカンドの後、親兄弟を失った俺は施設に入ってね。元々は映画の台詞らしいが、そこでの就寝の挨拶が『メイン州の王子、ニューイングランドの王たち、おやすみ』だったんだ」

 

大人になったもう一人の王子は静かに言った。

 


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