仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE FIRST CROSS 作:大ちゃんネオ
ふと気が付くと透明で狭苦しい四方を囲む壁の向こうには日本ではお馴染みのコンクリートの高層ビルが無数に伸びて形成された摩天楼の光景がムゲンの視界には広がっていた。
「……あ、れ?」
彼の口からは寝起きのような気の抜けた声が漏れた。
ビルが建ち並ぶ街模様に、通りを行き交う人々の姿。
彼もよく知る日本のそれなりに栄えたどこかの都市の風景だ。
だけど――。
けれど――――!!
「なんだぁこれえッ!?」
とびきり大きな驚きの声が虚しく公衆電話の中に響き渡った。
明らかにおかしい。バカでも分かる、これは異常だ。
すかさずムゲンは公衆電話の透明な壁に壊れるぐらいに勢い良く貼りついて周囲を見渡した。自分はついさっきまで確かに奥多摩のキャンプ場にカナタたちと一緒にいたのに、いまは何故だか知らない街のどこかにいるのだ。
「どーなってんだよオイイィ!? 気付いたら電話は切れてるしよお!」
ツー……ツー……と空しく無責任な音を立てる受話器を少し乱暴に戻して、ムゲンは自分の置かれている状況に大いに狼狽えた。
「仮にこの公衆電話があのネコ型ロボットの秘密道具だったとしても、このまま何の説明もなかったら俺は絶対にぶっ壊すからな!! 野郎……やっぱり、さっきの電話の奴から住所か電話番号聞きだすんだった!! 俺のバカ、アホ、蛮族ゥ!!」
檻の中でバナナをチラつかされた空腹のお猿のようにジタバタと暴れ、壁を殴りまくって混乱するムゲンに当然ながら通行人たちは奇異の視線を向けていた。
「ママー! あのお兄ちゃん、お魚もってなにしてるの?」
「先の見えない未来に参っているのかもしれないわね。お邪魔しちゃいけないから黙って行くわよ」
「待ってええ! お魚あげるからこのお兄さんのこと見捨てないで! じゃなくて……ヤバい」
無慈悲にも親切な通りすがりの少女の指摘にムゲンは自分の格好を思い出して冷や汗を浮かべた。微かに鏡のように自分の姿を映す公衆電話の壁に目を凝らす。いまの彼の服装は普段の学ランではなくガチガチにアウトドアやっていますけと言っている様な格好だ。
「い、いや……まあ別に、最近はキャンプの漫画も流行ってるっていうし、その手の熱心なオタクさんって見られるかもだしよ。普通だよな、たぶん」
確かに街中では浮いているが余計なトラブルを招くようなものは持っていないと思う。とはいえ、ムゲンは気持ちを落ち着かせるためにも念のため装備の確認を行った。
藍色のミリタリーシャツと黒のカーゴパンツは問題ない。
手に持ったままの食べかけの魚の串焼きもこの場で平らげてしまえば大丈夫だ。
腰に巻いたブッシュクラフトベルトに吊り下げている自分の持ち物はどうだろう。
携帯電話にペンライト、方位磁石にパラコードあたりもまだ平気だろう。
「うんうん……いけるじゃん、俺。さて、あとはなんだっけな」
薪割り用の鉈と藪や小枝払い用の安物のマチェーテ、調理用のアウトドアナイフと購入特典で貰った十徳ナイフ、さらには折り畳みの小型のノコギリ――刃物五連!キリサキジャックもビックリな刃物の過剰搭載!どう考えてもアウトである!!
背中に悪寒が走り、血の気が引いていくのが分かった。更に不意に歩道を見たムゲンの視線の中に警邏中であろう警察官の姿が飛び込んできた。大ピンチである。
「違うんです……違うんですって! 俺マジで本当にもう善良で健全な男子高校生なんですって!! だああああああ!!」
ムゲンは焼き魚を口に突っ込んで骨ごと一瞬で食べきると公衆電話から飛び出した。そして、完全にテンパった様子で独り言を騒ぎながら見知らぬ街を猛然と駆け出す。割と色々な経験をして、それなりに肝の据わっているムゲンではあるが今回ばかりはかなり不味い状況だと直感で気付いた。
「なにはともかく、警察のご厄介になるわけにはいかねえ! こいつら目立たないようにしてからカナタたちを探そう!」
だが、激しく動揺して若干おかしな言動を取りながらも、ムゲンは瀬戸際で精神的に踏ん張ると最優先で対処する問題と絶対達成条件である大切な仲間たちの捜索を目標に立てて、気合を入れ直して行動を開始するのであった。
※
「文字や言葉も通じるし、お金も自販機で問題なく使えた。携帯も肝心のカナタやハルカたちには繋がらないけど、大体機能してるか……たぶん、地球の日本なのは正解だよな」
あれから、一端人目の付かない裏路地へと退却したムゲンはナイフ各種を持参していたパラコードでグルグル巻きに一つに束ねて、手荷物風に装って謎の町の探索を行っていた。
「もしかして、ウィザード先輩の魔法みたいにワープしただけなのか?」
ペットボトルのお茶を一口飲んで近くにあったベンチに腰掛けて見聞きした情報を整理していたムゲンはふと自分が所有するライダーメモリアに刻まれた戦士が使用する魔法のことを思い浮かべた。
一時間ほど歩いて街を見て回ってみたがその様子や施設、この地に暮らす人々などに特に大きな差は見受けられなかったからだ。
眩しい太陽と澄み渡った大空の下で、人々は変わらぬ日常とありふれた平和を謳歌していた。その世界は驚くほどに普通だった。まるで魔人教団が来襲してくる前の何の変哲もない普通の世界がムゲンの目の前には広がっていた。
「なあ、ネットでクウガの無料配信始まったけどお前見てるか?」
「たまにですけど見てますよ! CGとかは時代を感じますけどエグい描写多くて、見入っちゃいますよね」
ムゲンの目の前を通りかかった二人組のサラリーマンの会話が偶然にも耳に入り、彼は思わず目を丸くした。
「いやぁー俺なんかはリアルタイムの時に小学生でモロ世代だからさ! 展開分かっていても気になって見ちゃうわ! なんて言うか、柿ピーのピーナッツみたいなノリ?」
「流石っすね先輩。自分もオーズとか配信始まったら見ちゃうかなー」
「あ、あの! 突然すみません……いま、クウガって言いましたか?」
堪らず駆け出したムゲンはそのサラリーマンを呼び止めて声をかけた。
違う何かの名前とも思ったがどんな情報でもいまは手に入れたかったからだ。
「なに、君? 仮面ライダー知らないの? クウガって平成ライダーの一作目。ガキの頃はレンタルビデオ屋の世話になったけど、いまはネットで見れるんだから便利なもんだ。とにかく面白いよ! ちょっと過激なとこあるけど」
「そうなんですか。すみません、俺ってばちょっと海外で暮らしていたので」
適当に誤魔化したが妙な予感が的中したことでムゲンの胸中は激しく高鳴っていた。
「SF入ったサスペンスドラマって言ってもハッタリじゃないから見てみるといいよ」
「先輩、お得意さんとの商談遅れちゃいますよ」
「行って下さい。急に呼びとめちゃって、すみませんでした」
「気にしないでよ。クウガはいいぞ!」
頭を下げてサラリーマンたちを見送るムゲンの額から緊張の汗が数滴零れた。
周囲を見渡して運良く見つけたホビーショップの店頭へと駆け足で寄ったムゲンは陳列されている商品の数々を見て、思わず半笑いになってしまった。
「やあ、大先輩の方々……今日は随分と大人数でいるんだな」
ムゲンの目の前のショーウィンドの向こうには仮面ライダーシリーズのソフビ人形やベルトといった玩具が数多く展示されていた。
ライダーメモリアとして自分が所持している見知ったライダーもいれば、見たことのない仮面ライダーも大勢いる。何の知識もない状態ならきっとムゲンは押し寄せる情報量の余りに自棄になって考えるのを止めていただろう。
「クーさんには今度ケチャップ料理のフルコースでもご馳走しないとな。お陰でいま俺が置かれてる状況は何となく分かってきたぞ」
魔人教団の数多の平行世界に及ぶ侵略を食い止めるためにずっと世界を跨いで旅をしていた彼女と出会ったばかりの頃に聞いていた話をムゲンは思い出していた。平行世界には大体にして次の三つの世界があるという。
一つ目は仮面ライダーという超常の力を持った戦士が実在する世界。
二つ目は仮面ライダーという概念そのものが存在しない、本来のムゲンが暮らしていたような世界。
そして、三つ目として仮面ライダーが映像や書籍などフィクションの作品として存在している世界。
先程のサラリーマンの言葉とこうしてホビーショップで販売されている玩具たちを目にしてムゲンは確信した。いま、自分はこの三つ目の世界にいるのだということを。
「そりゃあ、カナタやハルカを必死で探しても見つかるわけねえや。迷子になったのは俺の方なんだからな。さて……どうしたもんだ?」
ビルの壁に背中を預けてムゲンは次の問題解決のための方法を模索し始めた。
目標はズバリ、元の世界に変えること。だが、言うは易しの極限のような難題を前に困り果ててしまった。
「キィアアアアアッ!!」
すっかり温くなったお茶を飲み干して、仕方なく早めに今夜の宿でも確保しておこうかとムゲンが歩き始めた矢先だった。
背後の方から街中には似つかわしくない怪物の雄叫びのようなものが複数と爆弾でも破裂したかのような轟音が次々に鳴り響いたのだ。
「なんだ!? いや……そういえば、まだ電話の相手を探すって問題も解決してなかったな。すっ飛んで行くべき場所がここなら、次は注文を達成しないとな!」
恐怖を孕んだ原因不明の混乱が通り雨のように人々に伝播して平和だった白昼の街は一瞬で悲鳴が飛び交う惨劇の舞台と化してしまった。突然すぎる謎の異変に僅かに驚くムゲンだったがすぐに大事なことを思い出すと闘志に満ちた面構えで異形の叫び声か聞こえた方角へと走り出す。
そうだ。ムゲンはまだ助けてと自分を呼んだ謎の声の主を知らないし、その願いに応えていなかった。