「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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五条悟・夏油傑VS.主人公

これから怒涛のラストです。


だから僕は「愛」せない❶

 《あー、はい。これちゃんと出来てるかな?

 んん、宣誓します。僕、吉野公平は、たった今、腐った老害を皆殺しにすることを決意しました。

 手始めに五条本家を潰しました。

 これから禪院、賀茂と御三家を襲撃します。》

 

 

 メガホン片手にそう言って。三脚に設置したビデオカメラに向かって演説する。

 

 《これは革命です。革命なんです。非術師家庭出身の術師の立場向上運動なんです。

 使い潰される僕らの魂の叫びなんです。リセットが必要なんです。

 みなさん、理解してください。

 僕の理想に同意してくれる方は殺しません。ですが、腐ったみかんは潰します。》

 

 最初からこうするつもりだった。最初からやることは決めていた。

 五条家皆殺しは予定に入ってなかったけれど、まあ仕方ない。

 大人も子どもも関係なく全滅だ。特に赤ん坊は一匹残らず殺戮した。

 大丈夫、苦しんで逝かせてあげたから、死後の世界で少しは罪が軽くなってると思うよ。

 

 《ですが、外道な研究続けてたクソは例外なく殺す。》

 

 ああ、口に出すたびに湧き上がる殺意。研究のキーワードだけで瞬間湯沸かし器だ。今なら「プッチン吉野」と呼ばれても仕方がないな。

 キーンと音割れして、うるさいからメガホンはそこらへんに投げた。肉声で、声を張り上げる。

 

 「お前ら、絶対に許さないからな。」

 

 ま、今更逃げても遅いけど。

 

 

 

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 2007年.7月8日

 

 たった一晩で、112人の呪術師を殺害した吉野公平は呪詛師に認定され、翌日早朝には討伐部隊として私と悟が送り込まれた。いや、送り込まれると言うのは正しくないだろう。だって、私たちは最初から「そこ」に居た。

 決戦の舞台は呪術高専東京校。思い出のある母校。

 正々堂々と、先輩は降伏を求めて攻め込んできた。私たちはその対抗勢力としてそこに居た。

 

 「やっぱり、お前らが出て来たか。」

 「や、殺しにきたよ公平。

 たった一晩でよくもまーおじいちゃん達殺しまくってくれたね。

 うちの本家まで潰してくれちゃってさー。

 助かったよ、ありがとう。」

 「あっはっは。お礼を言われるほどでもないぜ。」

 

 私たち以外無人となった高専は閑散としていた。先輩の術式(どく)を警戒し、「精鋭を送り込む」という結論に達したからだ。

 ようは、逃げただけだろ、と思った。だけど足手まといはかえって邪魔だし、それでよかったとも思う。

 先輩は敵の陣地に悠々と乗り込んできた。わざわざ帳を下ろして笑っている。

 

 「でもな、五条。お前は殺す。お前の家はお取り潰しだ。末の末まで俺が呪って呪って呪って呪って血の一滴残らず殺してやる。」

 「うっわ、殺意マシマシじゃん。

 俺なんかしたっけ?」

 「そうだな、お前はしてないかもな。だけどお前も五条だからな。ごめんな、すべからず殺し尽くすと決めたんだ。」

 「こっわ、いつもの愛情理論と真逆じゃん。」

 「悪いけど、僕は『五条』を愛せないんだ。」

 

 先輩の言う「五条」は、悟単品を示すと言うよりは、「五条家」という大きな枠組みを示している気がする。そんな、壮大な言い回しだ。

 一体、先輩に何が起きた。五条は先輩に何をした?

 先輩は何も答えない。ただ、狂った笑顔で呪力を練り上げていた。

 

 「お前への対策は十分だ。最近開発してるっつーご自慢のオート術式もな。」

 「へー、言ってくれるね。どうやって突破してくれるか楽しみだね。」

 

 悟が笑う。最近ずっと笑いっぱなしだけど、その笑い方だった。不気味な感じの笑い方。

 ……私は、今の悟の笑顔を好きになれずにいる。

 

 「言っておくけど、俺の無限が防ぐのは物理攻撃だけじゃない。毒もとっくに対策してる。」

 「僕と戦うのに対策してなかったらバカだろ。」

 「そーゆーこと。で、どうすんのセンパイ?

 毒は効かない。ドーピング身体強化したって物理攻撃は届かない。詰みじゃん?」

 「あっはっは、先輩舐めるなよ?」

 

 先輩は笑った。ケラケラ、腹を抱えて笑う。どこか自暴自棄にも見えた。先輩は可笑しそうに涙を拭った。

 

 「触れられないなら、届かないと言うのなら、アプローチを変えれてリトライする。研究開発とはそう言うもんだ。バカでもわかる話だぜ。」

 「へえ? さっきも言ったけど、先輩ご自慢の毒はシャットアウトしてるよ。

 新しい毒でも作ってた?

 まあ、残念ながらそれも俺には届かないんだけどね。」

 「うんうん、そうだな。毒は届かないな。

 ーーーーじゃあ、毒じゃなきゃいいんだろ?」

 「は?」

 

  ころりと、砂利に見紛うほど小さな貝が私たちの足元に転がっている。はっと気がついて「悟!」と叫ぶ。

 

 ーーーー先輩の策略はもう始まっている!!

 

 「僕の術式は当然知ってるよね。 呪力を毒に変えるんだ。

 さて、問題です。

 術式反転したら、何になると思う?」

 「……術式開示かっ!」

 

 叫んだ悟が警戒しても今更遅い。先輩がパチンと指を鳴らした。いつも敵に向けていた邪悪な笑顔を向けられる。剥き出しの殺意。

 

 「正解は『毒が薬になる』だ。残念だな五条。お前の無下限は確かに毒は通さないかもしれないが、定義が少し惜しかったな。

 薬の定義もたくさんある。薬も過ぎれば毒になるし、毒も使いようによっては薬になる。

 そして酒は万病の霊薬。アルコールだって薬だよ。」

 

 はっと、悟が目を見開く。心なしかーーー否。たしかに赤く上気した頬。のぼせたように、ふらりとたたらを踏む。

 

 「で、人にはアルデヒドデヒドロゲナーゼ2型っていう酵素がある。

 この酵素が点突然変異することでアルコールの強さってのは決まるんだ。

 お前は変異型ホモ接合体、つまり下戸。

 だから、すぐ酔っ払う上に悪酔いする。

 最強の呪術師、五条悟。アルコールに弱いのがお前の弱点だ。」

「ゔぇっ!!」

 

 悟が一気にゲボを吐いた。顔を真っ赤にさせて、ゆらゆらと揺れて、力が抜けていって、とうとう両手を地面について座り込む。

 

 「悟!!」

 「しゅう、う……。」

 

 呂律が回らない舌で、意味のわからない言葉を吐いて、ばたりと倒れた。「傑」と私の名を呼んだのかもしれない。

 まだ意識はあるけれど、立ち上がることもできない悟が「とろん」とした目で私を見ていた。

 

 「はは、無様だなぁ五条悟。」

 

 先輩が嘲笑う。悟を眺めて、くつくつ笑う。邪悪な表情。昏い瞳。冷たい声。平坦な口調。

 

「本当に、僕は運がいい。お前さ、まだフルオート術式完成してないんだよな。 ダメだろ、未完成なものを不完全なまま自慢したら。

 知ってるぜ、僕は知ってる。一月くらい前のことだ。

 お前が過労で倒れて医務室行った時のこと、知らないわけがないだろう。

 “体に害のあるもの”をフルシャットアウトしたら、薬効かなくなるんだよなぁ。

 点滴打とうとしたんだけど、針が刺さらなくてすっごい困ったことになったよな。

 で、なんとか意識取り戻して針刺したはいいものの、今度は点滴薬の静注が出来なくてさぁ。

 だから、概念的な遮断はやめて、しっかり細かく設定したんだ。その時、薬は例外にしたんだよなぁ?」

 

 ゆったりと、余裕ぶった足取りで先輩が悟に近寄る。伸ばした手は無限に阻まれて届かなかったけれど、先輩はそれでも満足そうに笑っていた。

 

 「薬といっても致死量超えたらそれは毒だ。だから薬用量で設定してたみたいだけど、残念。

 自分に合った濃度で設定しておかないからこんなことになる。個体差って知ってるか?」

 

 吉野先輩は、知識をひけらかすような人じゃない。つまり、これも術式開示。

 どれだけ追い討ちをかけるつもりだろうか。この間にも悟はぐらぐらと頭が揺れていて、とうとう気を失った。

 

 「お前の敗因は薬に関する知識が付け焼き刃だったこと。

 そもそも僕に相談しにきたくせに、そのこと忘れちゃ意味がないぜ!」

「クソ野郎……!!」

 

 思わず、言葉を荒らげて先輩を罵倒した。この人は、本気で悟を殺しにかかっている。説得とか、そんな次元の問題ではないのだ。

 殺すか、殺されるか。私たちは、すでに敵だ。

 

 「あーあ、可哀想にな。空気ごとシャットアウトしちまえばこうはならなかったのに。まあ、無理か。

 そんなことしたら、今度は酸欠で死ぬ。

 しっかり急性アルコール中毒で殺してやるから。安らかに死ねよ。 」

 

 とん、と。先輩がわざとらしく靴音を鳴らす。「さて、次は夏油か。」と言って、グッと伸びをした男は、余裕だ。

 改めて、脅威を感じる。吉野公平という特級呪詛師の存在に。

 

 「えげつないですね、先輩。まさか悟が瞬殺されるとは。」

 「何事も、対策すればどうにかなるんだ。」

 

 ばーん、と。指鉄砲で自分の米神を打った。「意外と頭脳派なんだよ」なんて、先輩が冷ややかに笑う。

 

 「んじゃ、第二ラウンドと行こうか。」

 

 先輩が、私を見据えていた。濁った瞳で、投げやり気味に。

 


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