花譜ちゃんの「過去を喰らう(作詞・作曲:カンザキイオリ)をBGMにして読んで欲しいです
灰原と七海が離脱した。私は、一人でできることを精一杯、頑張る必要があるのだろう。
祓う、取り込む。その繰り返し。
呪霊から術式の抽出を繰り返し行う。
何度も失敗する。
成功に限りなく近い現象は一度きり。一度だけ抽出し移植できた準一級の術式……【逆夢】は、たった一度の使い切りで終わった。
祓う。
取り込む。
もしかしたら、一級以上の呪霊でなければうまく抽出できないのかもしれない。
今年の夏は忙しい。
昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。蛆のように呪霊が湧いた。実験材料に困るどころか、うんざりするほど大量に有った。
祓う。
取り込む。
抽出する。
失敗する。
皆は知らない、呪霊の味。
吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような。
祓う。
取り込む。
「(ーーー誰のために?)」
あの日から、ずっと言い聞かせている。一度は結論を下した自分の「道」が、また揺らぎだしている。
私が見たのは何も珍しくない、周知の醜悪。それに非術師も呪術師も関係ない。どっちもクズでどっちもゴミだ。
「(ブレるな。)」
先輩の遺志を継ぐと決めたばかりで、何を揺らいでいるというのだ。
私がこんなで、革命はどうなる。私は、非術師出身の特級だ。先輩を殺した私が、先輩の代わりに旗印になると決めたばかりだろう。
私はどれだけ先輩に依存していたというのか。
絶対的な信頼を寄せていた。先輩は絶対に揺らがず折れず、理想の強者だった。憧れだった。
憧れを殺した。
先輩は、卑怯な手段で負けて、折れて、叛逆した。
理子ちゃんは非術師に殺された。呪術師に守られるだけの弱者に殺された。
先輩は呪術師に殺された。同じ呪術師に殺された。
灰原も呪術師に殺されかけた。先輩の庇護が無くなったから。
『世の中は卑怯な奴ほど強いんだ。』
先輩の言葉はいつだって正しかった。
卑怯な奴ほど強い。卑怯な奴は弱いのに、私たち強者を虐げ、殺す。
何が正しいのか、わからなくなってきた。
いや、分かっていたと思っていたものを、しっかり分かっていなかったという話だ。分かったような気になっていただけ、それだけ。
祓う。
取り込む。
抽出する。
移植する。
失敗する。
私の新しい力も、そんなゴミの塊の上に成り立っている。嫌悪すべき力。しかし貪欲を誇れと先輩は言った。
私がブレるほど、私に笑って殺された先輩が穢されていく心地で、毎日食べては吐き戻す。
祓う。
取り込む。
抽出する。
移植する。
成功した時、「やった」と小さく声が漏れた。そんな自分を憎悪した。
私は、これを喜ぶべきではない。
苦しみの果てに、一縷の希望を見つけたような気持ちになるのは間違いだ。私は先輩の共犯者だ。先輩が憎み、愛せないと言い切った人間と同じところに堕ちたくない。
私は、私は先輩に「愛」された私のままでありたい。
これを希望と考えてしまうから。
私の信念はとっくの昔に腐り落ちていて、身も心もとっくの昔に外道に堕ちきっていたのだろう。
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2007年、9月。
■■県■■市(■■村)
任務概要
村落内での神隠し、変死、その原因と思われる呪霊の祓除
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「これはなんですか。」
監禁された少女たち。猿が、何かを言っている。人の言葉を話せよ、鳴き声がうるさい。
『こいつら、生きてる意味あるか?』
先輩の言葉が頭をよぎる。ええ、はい。そうですね先輩。意味、ないですね。
私は今、この瞬間。この少女たちを愛しました。同情しました。情愛を抱きました。愛情を、確かに抱いたのです。
愛したものをぞんざいに扱われるのはひどく腹正しくて、殺意が湧き上がる。先輩が言う通りだ。
『親愛も、友愛も、愛着も。それは全部愛なんだ。
お前も知ってる通り、僕は「愛」に従って行動してる。
愛してる人を守りたいし愛してるから強くなりたい。
だけど、僕の愛の外にいる奴らのことなんて、興味ないね。』
『愛する人が殺されてそれを祝福する奴らなんてすべからず死ねばいい。
術式を使うからダメなんだ。使わなければただの傷害罪だ。』
『力は愛する人のために使うものだ。
有象無象なんてほっておけ。』
ええ、本当に。先輩の言葉は何から何まで正しい。まさに真理ですね。
残穢を残さなければ完全犯罪、術式を使わなければただの傷害罪。呪術規定さえ破らなければいい。
愛せないゴミは、掃除する必要がある。わたしにはそれができる。先輩の『蜃』と同じような呪霊は見つからなかったけれど、残穢を別のものに変えてしまう呪霊なら見つけたんですよ。
今の私なら、私の呪力を別の呪霊や呪詛師のものに偽造して、鏖殺することだって可能だ、きっと。
「(ーーーやってしまおうか。)」
まだ使ったことがないからどれだけの精度で偽装でわかるのか不安だ。だけど、だけど完全犯罪にほとんど近い状態で殺害が可能だ。
『やり方は任せるから、凪さんと順平だけは助けてくれ。こっちの世界に、二度とか関わらせたくない。』
ふと、走馬灯のように言葉が蘇る。先輩が泣きながら、哀願した言葉が、ぐわングワンと頭蓋骨の中を反響する。
『お願いだ、夏油。何がなんでも隠してくれ。ひどいこと言ってるのはわかる。
だけど、僕は、もう凪さんと順平を助けることはできない。』
ーーー………ああ、そうだった。
「私には、まだやるべきことがある。」
人間の言語を介さない猿にやる温情なんてものはない。だが、私が守らなければならないものがある。成し遂げねばならない理想がある。
今、こいつらを殺し尽くすのは容易い。だけど、それをしたら私たちが作りたい水槽を作れない。
ここで猿を滅殺することは簡単だ。完全犯罪に限りなく近い犯行だって成し遂げられる。だが、疑惑はついて回るだろうし、一度踏み越えた一線は次のハードルを低くしてしまう。
それは、きっと近い将来で障害になる。
それに、今、ここで。非術師を皆殺しにするとして、全ての非術師を鏖殺するとしたならば、先輩の愛する凪さんも殺さなくてはならなくなる。それは、駄目だ。そんなことは許されない。先輩の代わりに、守ると決めただろう。
私が凪さんに抱く感情は恋ではない。だが、確かに愛なのだ。
私が順平くんに抱く親心に似た感情も、愛なのだ。
そして私がこの少女たち二人に抱いた感情だって愛で、愛はすなわち人の価値。愛なきものに価値はなく、故にこの猿どもには慈悲などいらない。
「しっかりしろ、夏油傑。」
先輩の遺志を継ぐと、決めたのは私だ。投げ出すことは許されない。
「(やっていいのは術式なしで、半殺しまで。病院送りまでは許容範囲内。)」
私は未成年で、呪術規定さえ破らなければどうにでもなる。先輩の言葉を思い出す。
「私にも、先輩の蜃のような呪霊がいれば良かったのだけれど。」
仕方がないから、私は諦めよう。かわりに報復はしてやろう。
なにせ、愛する者を害したやつなど、すべからず死に絶えればいいのだから。
先輩殺害(七月)→九十九襲来&灰原離脱(八月)→村事件(九月)
一ヶ月ペースでメンブレ案件が襲ってくる。