*凪さんと吉野パパの馴れ初めです
パパが一番幸せだった頃をお納めください
四角い世界で生きていた。
押し入れ、床下収納、天井裏の物置。そんな場所が、僕の居場所だった。
お母さんの記憶はほとんどない。なんか、いつも泣いていたような気がする。
お父さんの記憶もほとんどない。だって、お父さんは僕のことを愛してなかったから。
お父さんとお母さんは僕のせいでリコンというものをしてしまっていて、そのせいでお父さんは僕が嫌い。僕が普通じゃないから、そうなってしまった。
だから僕は、「生まれなきゃよかった」子ども。
それでも、3歳か4歳ぐらいまでは幸せに過ごしてた気がするんだ。忘れちゃったけど、幼稚園に入って、公園で友だちと遊んでたような気がする。
「(全部壊れちゃったんだけど。)」
お父さんは、お母さんは僕が嫌いだから家を出て行ってしまったと言った。お父さんは僕を育てるのが無理だったから、7歳ぐらいの時にママと結婚した。
ママはお父さんが大好きだったから結婚したけど、お父さんはママがそんなに好きじゃない。
ママはお父さんが嫌いな僕が嫌い。僕がいるせいで、結婚したのに幸せじゃなかったみたい。
だから、ママは僕を教育した。
自由に歩けていたはずの家が、自由に歩けなくなった。
最初は、僕の部屋から出てはいけないと言われた。犬の首輪と鎖で繋がれて、部屋から出られないようになった。
しばらくしたら外の犬小屋が僕の家になって。
たまに暴力。痛いのも慣れはじめた。そんな時だった。
「テメーら何してんだ!!」
ネギを持った女神が、現れた。
□□□
「あの、凪さんっ!
一緒に水族館行きませんか!!」
そんな、つい最近起こった奇跡を思い出していた。
あの後、僕が入院している間に僕の世界は変わっていた。
あれよあれよと僕は凪さんと一緒に暮らすことになった。
畜生から人間になったかわりに大人の庇護が必要になった。親戚に名前だけ借りて一人暮らしするか、それとも施設に行くか。
右往左往する僕に凪さんは「うち来る?」と言ってくれて、僕はそれに頷いた。凪さんのお父さんとお母さんは、異物たる僕の存在を許した。
凪さんが大好きになった。 僕の女神様、僕を救いあげてくれた人。
好きにならないわけがなかった。
ある日、凪さんが目元を腫らして帰ってきた。
心配する僕。凪さんのお母さんが「公平くんは凪が好き?」と聞かれる。頷いたら、水族館のチケットを貰った。
「これあげる、デート行ってきな!
ついでに告っちゃいなさいよ!」
軽い。だが力強く魅力的な提案だ。
あまりにも軽いノリで背中を押された僕は、勢いのまま凪さんを誘った。凪さんはスケジュール帳を確認し一言。
「水族館?
いいよ、いつ行く?」
まじか。奇跡か?
浮かれに浮かれた僕は、知らなかった。水族館というものが、海というものが。どれだけ「汚いもの」を集めるのか……。
「(……うぇっ)」
巨大な水槽の中にひしめく黒い物体。黒い肉の塊と靄。アクリル板の向こう側にいる僕たちに怨み言葉を吐いて呪う、おぞましいナニカが、水族館目玉の大水槽いっぱいに詰まっていた。
入場して一発目、見た光景が酷すぎて固まる。隣の凪さんが突然止まった僕を心配する。
「どうした公平、具合悪い?」
「……ううん、なんでもないよ。」
「いや、なんでもないって顔じゃないって。」
帰る? と聞いてきた凪さんを「大丈夫だから、デート続けましょう」と拳を握りしめる。
水族館に来て二十分程度、僕はずっと下を向いて水槽をろくに見ないようにして過ごしていた。
「ねえ、私と一緒じゃ面白くなかった?」
「そんなことあるわけない!」
見当違いな凪さんの言葉に、つい大きな声を出す。
「でも、今日一日浮かない顔してるよ。」
「それは……」
怖いのが、いるから。
だけど理由を説明できない。
言ってはダメだ、母さんのように凪さんに嫌われて、捨てられてしまう。
いやだ、それだけは嫌だ、凪さんに嫌われるのも、怖がられるのも、全部嫌だ。
その綺麗な舌に「バケモノ」と言葉を乗せて、キラキラな瞳を恐怖に染め上げて遠ざけられるのは、想像するだけで「ひゅっ」と気道が狭まる。
「(凪さんにそんなこと言われたら、もう死ぬしかないじゃないか。)」
息苦しくて、過呼吸を起こしかけた僕の背中を凪さんが「ちょ、大丈夫じゃないじゃん!」と慌てて摩る。
「ねー、やっぱり具合悪いんでしょ。嘘つかなくていいよ。
今日がダメなら、また今度来ればいいんだし。」
「(……違うんです、凪さん)」
嘘ついてないです。具合は悪くない、ただ怖い。
黒い奴らが怖くて、目を合わせたくない。不必要にビクビクするのもそのせいで、今日の僕は一日中凪さんに守られっぱなしだ。
「(凪さんに嘘つきたくない)」
嘘つかなくてもいいよ、と言う言葉が耳の奥で響く。
「………ねえ、凪さん。
凪さんは、あそこにいる水槽の中の気持ち悪いやつ見える?」
「は?
……いや、わたしにはクリオネにしか見えないけど。」
「やっぱりなんでもない!! 変なこと言ってごめんね!」
やっぱり。僅かに抱いた期待は、べきりとへし折れる。ああ、言わなきゃよかったんだ。
絶対「気持ち悪い奴」だと思われた。
そんな、どうしよう。どうしたら、僕は……
「公平」
凛と、まっすぐな声が僕の名前を呼ぶ。僕の顎を持ち上げて、合わない視線を無理やり合わせた。
「言え。アンタの目には何が見えてんの?」
「……黒い肉の塊みたいなキモいやつ」
逆らえない、力強い瞳。僕が大好きな凪さんの目は、今一番怖いものになっている。
「人には見えないものが見える」とカミングアウトした僕に、凪さんが「肉の塊……」と繰り返す。
「ふぅん、そうなんだ。」
その続きを聞くのが怖い。心臓がどくどく、張り裂けそうなぐらい脈を打つ。一秒が何十秒にも感じて、背中がびっしょり汗で濡れる。
「じゃ、水族館はやめて別のとこ行こう。」
……?
「え?」
それだけ?
「近くにゲーセンあるしそっち行く?
それとも遊園地?」
「そうじゃない!」
凪さんが普通すぎて、頭が混乱する。「じゃあ公平の行きたい場所教えて」と提案する凪さん。
そう言うことじゃないんですよ。
「……変だと思わないの。バケモノだって、思ったでしょ。」
「バケモノぉ?
どこがよ。」
「人と、違うものが見えるから。」
「別にいいんじゃない、それぐらい。」
微笑んだ、女神様が。「そんなもの、ちょっとした個性でしょ」とパックジュースを飲みながら*1、なんでもないように「ね?」と笑って。
ちょいっと、公平の隣で、優しい声で。凪さんは「この水槽と一緒でしょ」と、水槽を指さす。
「よくわかんないけどさ、この水槽みたいなものでしょ。
こっちの熱帯魚の水槽と、こっちのクリオネの水槽。
住んでる環境がちょっと違うだけで、同じ海の生き物だ。」
凪さんが触った水槽にも、やっぱりバケモノがギッチギチに詰まっていたんだけれど。
そんなのが気にならないぐらい、ナギさんの言葉に聞き惚れた。
「公平はバケモノなんかじゃない。
私たちはちょっとだけ住んでる水槽が違うだけの、同じ人間だよ。」
「愛してる。」
するりと、言葉が出てきた。凪さんは「へ?」と目を丸くして。
僕は彼女の両手を自分の両手で包んだ。引っ込めようと逃げる手を握った。手汗、やばい。
「あなたが好きです。愛してます、凪さん。
僕と結婚してください。」
緊張に震える声で告げた。幼いプロポーズに近くを歩いている高校生が「かわいい」なんて言っているのが聞こえた。どうでもいい、凪さんしか目に入らない。
凪さんの呼吸音すら聞き逃したくない。
「俺はあなたと生きていきたい。一緒に生きて一緒に死んで、同じ墓に入りたい。」
「あっはっは! 重いな!」
「嫌ですか? でもごめんなさい。僕は絶対に諦められません。
好きです。好きすぎて呪いたいほど、大好きです。」
「言うねえ、年下のくせに。
………でもまー、いいよ。付き合おっか。」
世界に薔薇が咲き誇る。頬を紅潮させて、「はい!」と元気のいい返事をした僕に、凪さんは悲惨な事実をタイムリーに告げる。
「ちょうど彼氏に振られちゃったし」、と。
「浮気されちゃって」
「殺す。」
繋げられた言葉に耳を疑う。凪さんと付き合っておいて、浮気?
ふざけるなよクソ野郎、お前どんだけ傲慢なんだ。凪さん一人に満足できずにハーレムでもねらったのか? 呪う。
「誰ですか、そいつ。」
「いーよいーよ。元々、告られたから付き合ってただけだし。」
「許せない。」
「あははっ! 私が許してんだからアンタが出る幕はないよ。
復讐も出来たしね。」
「復讐?」
「そ!
昨日振った彼女が、次の日に新しい彼氏作った、ってさ。」
だれだよ、その羨ましい奴は。ぎり、と噛んだ唇。僕を差し置いて……!!
「公平は、私の彼氏なんでしょ?」
「そうですね!! 忘れましょうそんな**カス野郎のことなんて!」
「口悪いなー。」
そうだった、彼氏僕じゃん!!
ああ、感謝しますゴミ野郎。お前のおかげで僕の女神様が正真正銘
天使の祝福が聞こえる。教会のベルが歓喜の音色を奏でている。
「結婚してあげるから、浮気しないでね。」
「結婚指輪買います。」
「気が早いなー。」
この幸せを守るためだけに、僕は強くなろう。凪さんを守るため、そしていつか生まれる凪さんと僕の子どものために。
誰かを愛することは、無敵になるということなのだから。
アタシちゃんにもラブコメかけるんだからね(幼女)!!という気持ちで書きました。