「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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呪いの子❷

 基礎鍛錬というのは意外と早く進んだ。と言うか、ほとんどただの授業だ。

 呪術師の基本というような、そんなのをよく教えてくれた。

 

 「あの、このままでいいんですかね……。」

 「ああ、呪術の鍛錬しなきゃって?

 そんなの高専に入学して実地で訓練すれば勝手に身につくさ。」

 「そんなものですか?」

 「そんなものだよ。」

 

 私はそうだった、と夏油先生が言う。「今の君なら余程のことがない限り折本里香を暴走させることもないだろうし」とウインクしながら付け加えて。

 

 「呪力の操作や呪術師の基本。窓や補助監督と言った常識的な部分もカバーできてる。

 帳や術式と言った実践的な部分は祓除してたら自然と身につく。

 君の本望たる【祈本里香】の解呪の件だけど……そこから先は悟の担当。私の担当はこれでお終いだ。」

 「え……。」

 

 するりと。一方的に離された手に、寂しさを思う。見放されたのか、と不安が迫り上がる。

 

「ずっと夏油先生が教えてくれると思ってました。」

 「そうしたいのは山々なんだけどさ、私は革命派だからね。

 私1人に教えを受けたとなると、ちょっと君の立場が悪くなる。完全に大人の都合だ。本当に申し訳なく思う。」

 

 夏油先生が忌々しそうに、しかしどこか愉しそうに「呪術師の勢力図について教えただろう?」と声を弾ませる。

 

 「はい。

 えっと、確か保守派・中立派・革新派・革命派の四つでしたよね?」

 「そうだ。」

 

 夏油先生は「よく覚えていたね」と僕を褒める。褒めてるけれど、何故かその声には確かな嫌悪が滲んでいる。

 

 「その四つのうち君を擁護する派閥は二つ。革新派と革命派だ。君の助命を願い出たから執行猶予がついた。

 保守派と中立派は君の殺害に積極的。」

 

 「で」と、夏油先生が自分の胸に手を添える。

 

 「私は革命派。それも筆頭だ。

 何かがあっても責任が取れる特級呪術師と言う立場故に、君を教育する権利を与えられた。

 でも、この教育というのがね……洗脳と紙一重と言われてる。ニュースとかでもたまに見るだろう?

 君が納得していても、大人は納得しない。お互い面子(おもてむき)ってものがあるからさ。」

 「そうなんですね……。

 でも、なんで五条さんなんですか?」

 「あれでも革新派筆頭なんだよ、悟。」

 

 ぽんっと。能天気にダブルピースする五条さんが脳内に思い浮かぶ。……少し、いやだいぶ不安だ。

 大丈夫だと、手を握られた。僕の手を包む両手は暖かい。夏油先生が微笑む。

 

 「最後に一つ、話をしようか。」

 「話、ですか……?」

 「私の思想の話だ。」

 

 少年のような、希望に溢れる表情で語られた理想。それは……

 

 「私はね、私が愛する人々が笑って、幸福に生きられる。そんな幸せな水槽(セカイ)を作りたいと思っているんだ。」

 

 綺麗すぎて、僕には少し眩しかった。

 

 

 ■■■

 

 

 「転校生を紹介しやす!!!

 テンション上げてみんな!!

 ………上げてよ。」

 

 ドアの外からでもわかる。しらっと冷え込むような気配。

 ものすごく冷めた空気を感じて、腰が引ける。

 いや、でも。前の僕ならいざ知らず、今の僕なら大丈夫。夏油先生お墨付きだ。

 五条先生にも「これならまあ大丈夫っしょ!」と肩パンをされたばっかりだ。自信を持て、憂太(ぼく)

 

 「(よしっ!)」

 

 気を持ち直して、教室に入る。教卓の前に立って、おず、と口籠もりながらも前をしっかり見つめた。教室には3人しか生徒がいない。

 人手不足なのは聞いていたけれど、これほどなのか。

 

 「乙骨憂太です。よろしくお願いしま……」

 

 シュッと。薙刀が黒板に突き刺さる。

 

 「おい。」

 

 クラスメイト三人が全員、僕を囲んでいた。中央に立つ、眼鏡をかけた強気そうな女の人が、眉毛を吊りげて一言。

 

 「オマエ、呪われてるぞ。」

 

 倒れた机。割れた黒板。獣が威嚇する唸り声。

 

 「ここは呪いを学ぶ場だ。呪われてる奴が来るところじゃねーよ。」

 

 【日本国内での怪死者・行方不明者は年平均一万人を超える。】

 

 「『そのほとんどが人の肉体から抜け出した負の感情。

 呪いの被害だ。中には呪詛師による悪質な事案もある。』」

 

 夏油先生に習った授業を脳裏で反芻する。同じ言葉。同じ音程。五条先生が夏油先生のソレをなぞるように語る。

 

 「呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。

 ここは呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校だ。」

 「……ん?」

 

 既に知っている知識。焦りと混乱でぐちゃぐちゃになる脳みそを回しながらなんとなく聞いて、はたと気づく。

 呪いを祓うために呪いを学ぶ学校の生徒。

 呪いを解除するために呪術師を学びにきた僕。

 たらりと、頬を冷たい汗がなぞる。

 

 「あっ、早く離れた方がいいよ。」

 

 しらけて、緊張感が緩んだ三人の同級生に五条先生が壁にもたれかかりながら言う。疑問符を浮かべる3人。背後に感じる()()の気配。

 

 「【ゆゔだをををを……】」

 「待って!! 里香ちゃん!!」

 「【虐めるな!!!】」

 

 伸ばされたのは巨大な腕。ああ、またこうなってしまった、と自分自身に失望する。

 これでは、なんのために夏油先生に指導されたのかわからないじゃないか。

 思い出すのは6年前の記憶。里香ちゃんが生きてた頃の記憶。

 里香ちゃんが死んだ日の記憶。死んだ瞬間。

 

 【大人になったら結婚する。】

 

 変わることのない永遠の約束。僕たちの大切な繋がり。

 ゆえに起きた悲劇。果たされなかった約束は、現在進行形で世界に牙を剥いている。

 

 「__ってな感じで、彼のことがだーいすきな里香ちゃんに呪われてる乙骨憂太くんでーーーす!

 みんなよろしくーー!!」

 

 夏油先生とは違うハイテンションで僕を紹介する五条先生。余計に荒れてしまった教室に、ボコボコにされてしまったクラスメイト。(しかし軽症)

 なんとも言えない居心地の悪さ。

 

 「憂太に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり。

 なんにせよ、皆気をつけてねー!」

 

 軽い。何がと言わないが、軽い。この人、本当に革新派のトップ?

 新進気鋭の革命派と肩を並べる四大勢力の一角?

 

 「コイツら反抗期だから僕がチャチャっと紹介するね。」

 「(この先生が悪い気がする……。)」

 

  まさに前途多難。そうして、僕の呪術師としての人生は始まった。


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