眩しい闇
________
「美々子と奈々子が何故か新宿にいてね。話を聞いて急いで駆けつけたわけだ。
いやはや、伊地知には無理を言ってしまったかな。」
「伊地知さんに電話が繋がらなかったのはお前が原因か……。」
声が聞こえる。僕の、大切な人たちの声が。
「憂太目が覚めた!」
「おい憂太!! 大丈夫か!?」
「高菜!!」
「しっかりしろ、憂太!!」
「みんな……。」
はっと、目が覚める。
「みんな、怪我……真希さん、狗巻くん……」
霞む視界にみんなが見える。ああ、よかったと安堵するのも束の間。ようやくはっきりした視界に見えたのは……
「ああっ!! パンダくん腕治ってない!
狗巻くん喉大丈夫!?真希さんは足……っ!」
「おーちーつーけー!!」
「なんともないよ」と。目を見合わせて3人が笑う。後ろで見守る先生もニコニコ笑っていた。
安心しろと慰めるように、穏やかな顔で真希さんが言う。
「全員、今の
「俺の腕は2人と違って後でどうにでもなるしな。」
わたが見えるパンダくんの腕がぷらぷら動く。「わたが溢れる!」と一々慌てふためく僕を宥めて、みんなが笑う。
「助けてくれてありがとうな、憂太。」
感無量とは、こう言うことだろうか。この、言葉にできない感情のことを言うのだろか。言葉が詰まって、何も言えなくて、ようやく出てきたのは陳腐な一言。
「〜〜〜よかった…っ!!」
心の裡から溢れ出す思い。例えようのない安堵。敬虔なる信徒のように両拳を握りこみ、吐き出す。
「みんなが無事で、本当に良かった……っ!!」
ああ、生きていて良かった。彼らを助けることができて、本当に良かった。
「【憂太】」
声に振り向く。小さく傍に座る彼女に小さく笑う。異形の姿になろうとも、変わらぬ愛を捧げる最愛の少女を視界に収めて、僕は眉毛を下げる。
「ごめんね里香ちゃん、待たせたね。」
「どーした憂太?」
立ち上がり、彼女に寄り添うための一歩を踏み出すその瞬間。疑問に満ちた声が投げられる。ああ、そうだ、説明しなきゃ。でも、どう説明していいかわからなくて……困る。
「えーー…っと、ですね……。」
目が泳ぐ。
「力を貸してもらう代わりに、里香ちゃんと同じところに行く約束をですね、はい……」
「「「はあ(こんぶ)!?」」」
揃った言葉、驚愕。真希さんの釣り上がった目がぎろりと僕を睨んだ。
「おま、それ死ぬって事じゃねーか!!」
「何考えんだバカ!」
いや、おっしゃる通りで。何も言えなくて曖昧に笑って誤魔化す。
それでも一切の後悔がないのだから、これもひとつの愛の形なのだろう。
「【憂太】」
再び名前を呼ばれた。愛おしいダミ声に「なあに」と振り返って、一拍。
一瞬のことだった。ばらりと崩れる里香ちゃんの体。チリになった器の中から出てきたのは、1人の少女。最愛の、記憶の中の……
「里香ちゃん?」
「そうだよ。」
「憂太」と。僕の名を呼んで微笑む彼女。
声にならない感動。身の内側から湧き上がる衝動。
どこからか聞こえる拍手の音。
「おめでとう憂太。解呪達成だね!」
どこからか、じゃなかった。真横からなんか知らない人が拍手しながら近づいてくる。空耳じゃなかった。
なんだこの人、やたら距離が近いと言うか……フレンドリーだな。
「誰?」
「悟だよ。」
真希さんの声に間髪入れずに夏油先生が言う。死んだ目で五条先生が「ピンポンピンポーン、グッとルッキングガイ五条悟で〜す」とカラカラ笑って、そんな先生を指差して夏油先生が押し笑う。
それを睥睨してから、「以前憂太が立てた仮説、面白いと思ってね」と話を切り出す。
そして、話は超展開を迎えて収束へとむかっていく。僕と五条先生は遠い親戚で、里香ちゃんを呪ったのは僕で、里香ちゃんが元の姿に戻ったのは僕が主従契約を破棄したからで……
「おい。おいコラ傑。いつまで笑ってんだ」
「〜〜〜ふ、ククク……っ!
はー、笑った笑った……で?」
「あ?」
「いや、君何しにここに来たの?」
「いや、それ
「まさか……君、仕事放って出歯亀しにきたのか?
ちょっとそれはどうかと思うよ?」
「自分のこと棚に上げてんじゃねーぞ出歯亀1号!
誰かさんと違って、僕は祓除が終わったから来てるんですーー!
すっぽかし野郎の尻拭いまでしてね!」
「ははは! 生徒の危機に馳せ参じない教師なんていないだろう?」
「特級2人揃って何してんだよ……。」
背後の喧騒も、遠くに聞こえる。言われた言葉が衝撃的で、そして納得してしまって。今までの記憶が目の前でフラッシュバックする。あれも、これも、ああ、それだって。
「全部、僕のせいじゃないか……っ!!」
被害者面して、不幸ぶって、悲愛ぶって。どれもこれも、僕が引き起こした惨劇でしかない。最愛の彼女を地獄のような世界に引き留め、汚れ仕事ばかり押し付け……
「そんな事ないよ。」
優しい声と、抱きしめられた腕の温もり。久しぶりに嗅いだ彼女の匂いにありとあらゆる記憶が蘇る。鼻の奥がツンとして、「泣いてもいいよ」と里香ちゃんが微笑む。
小さな胸に顔を埋めて、ただ泣く僕の弱いこと。これじゃあただの変態だ。
「憂太、ありがとう」
信じられない言葉を聞いた。涙もぴたりと止まって、心臓も一瞬止まる。恐る恐る顔を上げる。里香ちゃんは変わらぬ笑顔でそこにいる。
「時間もくれて、ずっとそばに置いてくれて」
違う。里香ちゃんを縛りつけたのは僕だ。時間も、居場所も、もらっていたのはずっとずっと僕の方で。
「里香は、この6年間が生きてる時より幸せだった。」
なんで、そんなに優しいの。僕は君の優しさに報いたことなどなかったのに。
光の中に消えていく。まって、と縋ることすら烏滸がましい。笑って送り出してあげなければいけないのに、「なんでもいいからそばにいて」と手を伸ばしそうになる。
僕は、唇をぎりぎり噛んだ。爪が食い込む掌。
「あんまり早くこっちにきちゃダメだよ?」
ああ、そんなの里香ちゃんはお見通しなのか。困った笑い方。ダメだ、最後に見るのがこんな笑顔じゃダメだ。里香ちゃんの優しさを無駄にしてはいけない。最愛の女性を裏切る男はクズだ。
だから、涙も鼻水も叫びたくなる衝動も全部堪えて頷く。長い沈黙のはてに、ようやく「うん」と言葉が出る。
「またね、憂太。ずーーっと大好きだからね。」
「僕も、ずっと愛してるよ。」
里香ちゃんは、「知ってるよ」と言って笑って、光の粒子は空へ登る。僕は、最後の一粒まで彼女を見送った。
【ーーーーー1月、某日】
「今更だが、例の件に君の責任はない。あれは革命派と保守派の派閥争いだった。君は私たちの争いに巻き込まれただけだ」
「ですかね……」
喋るだけで息が白む。冬の早朝、高専の一画を夏油と共に歩いていた。ふと、自分の背後に視線を送っては「はっ」として動きを制する。
ほんとうに、僕はまだまだ弱いやつで。
いまだ僕の後ろには彼女がいて、わかっているのに振り返ってしまう。本当に情けない。
でも、切り替えなければ。僕は背筋を伸ばして前をむく。僕を呼ぶ友人たちが手を振っていた。
「大丈夫かい?」
「……ええ、大丈夫です。」
そう、大丈夫。僕はもう、彼女におんぶ抱っこの情けない男ではない。
「先生。例の話ですが、今更ですがお受けしてもいいですか?」
「……ああ、もちろん。歓迎するよ、憂太」
そして僕は、夏油に差し伸べられた手を取った。